284話目
グダグダグダグダグダグダ……さぁ何回言ったでしょう。
きっかけはほんの些細なことだったそうだ。
貴族としては譲れないことかもしれないが、縦ロールなお嬢様の馬車の方が、ガキ大将似のお坊ちゃまより僅かに先に到着した。
その結果、縦ロールなお嬢様が先にお茶会の会場へと向かおうとしてたのだが、それにガキ大将似のお坊ちゃまが文句を垂れた。
『女なんかより俺様の方が偉い。当然、会場入りも俺様が先だ』
なんていう謎理論だ。
正直、俺の見たところだけど、縦ロールなお嬢様の方が、振る舞いとか喋り方から見て、しっかりと教育を受けた身分の高い方に見える。
あと幼いからわかりにくいけど既視感があるから、もしかしたらゲームの登場人物かもしれない。
グダグダグダグダグダグダ言っている最中、縦ロールなお嬢様の背後にいる自分好みのメイド姿の従者に気付いて、矛先がそちらへ向かった。
グダグダグダグダグダグダ言われてる間は我慢していた縦ロールなお嬢様も、さすがに自分の従者を狙われて黙っていられなくなり舌戦がスタートした、というのが事の顛末だそうだ。
反射的に「くだらない」と出そうになった突っ込みを何とか飲み込み、俺は馬車の中からこちらを窺っているナハト様を振り返る。
ナハト様も何となく状況を理解してるのか、俺を見て大きく頷いてみせたので、俺は一つ深呼吸をしてニコリと微笑む。
相手へ圧力をかけたいため、お手本はヘイズさんだ。
「ナハト様、足元にお気をつけください」
白々しいかもしれないが、しっかりと声を張り上げてこちらの存在をアピールする。
ヘイズさんからの事前情報によると、フシロ団長のお宅は貴族としての格は上の下だが、フシロ団長の騎士団長としての働きと陛下からの覚えがめでたいということで一目置かれているらしい。
なのでその息子であるナハト様も有望株として、繋ぎを求めて子供に接触させようとする親が多いだろうとのことだ。
フシロ団長としては貴族としての立ち位置や力関係は面倒なので「まぁ適当に流しとけ」と言っていたと行きの馬車の中でナハト様がやたら似ている物真似付きで教えてくれた。
ついでにニクス様からは『にこりと笑って「父に直接おっしゃってみてください」と言えば問題無いですよ』と助言をもらったそうだ。この場合のにこりは、美少年なニクス様の冷笑だとダメージがより大きそうだ。
まぁ、入る順番で因縁つけてるようなお育ち具合の子供なら、そんな高度な政治的取引みたいなことはなさそうだと、妙な安心感はあるが。
本来ならナハト様に手を貸して降りさせるのが従者の仕事だろうが、ナハト様よりほんの少しだけ体格が負ける俺には体を預けられると難しいので、軽く手を取って足元の安全の確保だけに務める。
「あぁ。ありがとう」
俺の声かけに鷹揚に頷いて降りてきたナハト様は、言い争う二人……主に少年の方を呆れた表情で見ている。
どうやら知り合いらしいが、今の俺は従者なので自分からはナハト様へ訊ねられない。
それを察したのかナハト様がわざとらしく肩を竦めてみせる。
「オレの同級生だ。……親の肩書きの紹介はいるか?」
近寄って来たナハト様を見た二人は揃って目を見張って口を噤んだので、力関係がわかりやすい。
「あの方がナハト様にとって必要である方でしたら」
俺は嫌味をほんの少し混ぜて控えめに微笑んで首を傾げてみせる。ちょっと可愛い子ぶってみた。
どうしても年下の従者で甘く見られるだろうから──もしかしなくても俺が一番年下のお茶会だろう──あえてのあざとく見えない程度に可愛さアピールだ。
「こっちの元気の良いのが、ミラベル・テンペスタース侯爵令嬢だ」
お兄さんぶりたいナハト様には刺さったのか、上機嫌な笑顔ましましで同級生の紹介をしてくれた。
ここで普段ならへらっと笑って自己紹介したいところだが、今日はナハト様の従者なので俺はナハト様をちらりと見て微笑み、許可を待つ。
「あー、ほら、挨拶しろ。……ミラベル、こいつはオレの従者だ」
俺の視線で察したのか、そこそこ投げやりだが求めていた言葉をもらえたので、ミラベルお嬢様の方を向いて微笑む。
「はじめまして、お嬢様。ナハト様の従者見習いのジルヴァラと申します」
名前まで名乗らなくても良いとは思ったが、ナハト様の態度からみて仲の良い同級生だと思ったから名乗っておき、きっちりと頭を下げる。
次はお坊ちゃまの方だなと待機するが、特に紹介されることはなく内心で肩透かしを食らう。突っ込みが表情に出そうになったが、何とか微笑みを維持する。
「ミラベル。おま……あなた方がそこを塞げば、皆通れずに困るだろう」
結局、お坊ちゃまは紹介されず、ナハト様の言葉を受けたミラベルお嬢様は、ハッとした様子でこちらの方を振り返り、楚々とした仕草で軽く頭を下げる。
「皆様、お騒がせして大変申し訳ございません」
仕草も行動も、やはりしっかりとお嬢様だ。
背後の従者の子も、きちんと頭を下げて謝罪を意を示している。
「……お前の方は謝る気は」
ナハト様はお坊ちゃまの方を見て、そんなことを言いかけたがそれにお坊ちゃまが答えるより早くお坊ちゃまの従者が口を挟む。
「なんでペッシュ様が謝らないといけないんだよ! 同級生だからって、騎士団長の息子がデカい顔するな! ペッシュ様、こんな奴ら気にしないで行きましょう」
お坊ちゃまには一言も喋らせず、従者が一気にまくし立てて、ドカドカと去って行くまで見送って、俺はそっとナハト様を振り返る。
「…………友人は選んだ方が良いとは伝えた」
ナハト様は優しいからきちんと諭してはいたらしい。だが、それもきっとさっきみたいな感じで従者によって遮られていそうだ。
従者は主人を立て、守るものだと俺は認識してたが、あれはある意味従者の鑑…………いや違うな。あの従者は、主人に威光を利用してるだけにしか見えない。
「オレ達も行くぞ」
騒ぎの原因のお坊ちゃまと従者が消えたおかげで、他の参加者達も会場へと向かい始めたのを見て、ナハト様が俺を促す。
「はい、ナハト様」
にこりと微笑んで返した俺は、主人であるナハト様の少し後ろついていく。
ナハト様の隣には「ご一緒してもよろしくて?」ときちんと許可を得たミラベルお嬢様が歩いているので、俺の隣にはミラベルお嬢様の従者であるメイド姿の少女がいた。
「あの……災難でしたね」
本来なら声をかけるのはマナー違反かもしれないが、横を歩く少女のあまりの顔色の悪さに思わず声が出てしまった。周囲を慮ってかなりの小声だけどな。
「え? あ、うん……いえ、あなたのご主人様に声をかけていただき、助かりました」
俺に話しかけられるとは思ってなかったのか、メイド姿の少女は一瞬きょとんとした表情をして、素らしい返事をしてから、気を取り直したのか微笑み付きで感謝を告げられる。もちろん、こちらも限りなく小声で。
喋る間もメイド姿の少女が俺の方を見たのは一瞬で、彼女の視線はずっと主人の背中を追っている。
「お互い、良い主人に恵まれましたね」
微笑ましくて俺の口からは自然とそんな言葉が口からこぼれ落ち、隣を歩くメイド姿の少女を微笑ませることに成功する。
「……はい」
小声ながらしっかりと聞こえた力強い返事。俺は少しだけ緊張を忘れて、少女にならって目の前を行く本日の主人である友人の背中を見つめて、気合を入れ直すのだった。
いつもありがとうございますm(_ _)m
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いくら貴族の子供だろうが「俺一番乗りー!」的なのは譲れなかったようです。
お嬢様の方は順番なんか興味はないですが、思いがけず大事な従者が絡まれたので応戦してます。




