282話目
お茶会の前日終了。
「主様も昼寝したかったんだな。でも、何で俺の下に敷かれて寝てるんだよ」
腰砕けから回復した俺はもちろんすぐ主様の上から退こうとしたのだが、敷かれている本人から伸びて来た腕がベルトのように巻きついて離れないため、諦めてうつ伏せ寝のまま当然の疑問を投げかける。
「…………今日はロコが足りませんから」
しばらくの沈黙の後、返ってきたのはそんな答えで。
ちょっと拗ねたみたいな顔をして俺を見上げている主様は、もったいないぐらい可愛かった。
見た目はおとぎ話のお姫様も真っ青な美人さんなのに可愛い。何それ最強だ。
どうやら自分で提案したけど、俺が真剣に従者をしてて、いつもみたいに抱えたり出来ないのが不満だったらしい。
主様の色気で腰砕けてた俺は、今度は主様の可愛らしさにやられて脱力してしまい、再び主様の上でぐでっとなる。
仕方無いのでこのまままったりを継続しよう。
主様も異存はないらしく無言でぽやぽやとしながら、また猫でも撫でるように俺を撫でながら起きる気配はない。
「主様、夕ご飯何食べたい?」
また寝ようかとも思ったがせっかくだから主様と話してたい。少し体を上へとずらして主様の顔を覗き込んで、当たり障りのない質問をする。
ここで世の旦那様が口に出しちゃいけない台詞の上位は『何でもいい』だろうな。
何でもというからには、生米出されても文句言わずに食べろよって話だ。
主様は文句言わずに生米食うタイプだから、生米も……最悪生肉だろうと食べちゃうな。
主様の『何でもいい』は本当に何でもいいだ。食いしん坊なのに全くこだわりがないのは不思議としか言いようがない。
同じ『何でもいい』という雰囲気な答えでも『君が作る料理なら何でも食べたい』とかなら少しはマシになるかもな。ただしイケメン限定、って後ろに付くかもしれないけど。
そんなどうでも良いことをのんびり考えられる程度に主様からの答えがない。
もしかしたら目を開けて寝てるとか? と主様の顔を窺うと、目が合ってふわりと微笑まれる。
バッチリ起きてた。
つまりこれは答えるまでもなく『何でもいい』ってことか。
自己完結した俺は、夕ご飯のメニューを考えるため、冷蔵庫の中身を思い出していく。
朝も昼もパンだったから……と悩む俺の耳に、さっき考えてたイケメン限定な台詞が聞こえてくる。
「ロコが食べたいです」
微妙に言い回しは違うが、主様ほどの美形から言われると悪い気はしない。
思わず照れ臭さからえへへと笑っていると、がぶっと頬を甘噛みされた。
「へ?」
思わず間の抜けた声を上げる俺。
「味見です」
笑顔の主様から味見されてしまった。
ぽやぽやドヤッとしてる主様の反応からみて、からかわれたようだ。
微かにじんじんとする頬を押さえてへらっと笑っていると、下に敷いた主様が手紙を差し出してくる。
何処から出した? と突っ込みかけた俺は、収納魔法という主様のチートを思い出して無言のまま手紙を受け取る。
「えぇと、これはフシロ団長からの手紙だな。なになに……『当日はこちらからナハトを乗せて馬車で迎えに行く。前日に……』」
要約すると明日はナハト様を乗せた馬車で迎えに来るから、そのまま一緒に城へ向かえ。なので、前日からメイドさんを俺の準備用に待機させる。食事の準備をする余裕がないかもしれないので、前日の夜の食事と朝は用意してくれる、と。
「至れり尽くせりだなぁ……って、じゃあ今日の夕ご飯の心配しなくていいんだな」
主様はそれを伝えるために手紙を見せてくれたようだ。口で説明した方が絶対早いと思うが。
夕ご飯の心配をしなくて良いらしいので、もう少しまったりしてるかと体の力を抜いた俺をしっかりとホールドする主様。
ほぅと吐息を洩らして目を閉じようとした俺だったが、不意に何かを感じた気がして扉の方を見る。
テーミアスも何かを感じてるのか、尻尾をピンッと立てて部屋の入口の扉を見つめているのを視界の端に捉える。
意図せずテーミアスと揃って扉の方を見ることになったが、その理由となった何かはすぐに判明した。
「………………お邪魔しております」
向こうの方から少し困ったような表情で微笑みながら挨拶をしてくれたから、な。
見つめ合うこと数秒。
俺は自らの体勢に気付いて、わたわたと手足を動かして主様の上から退こうとしたが、腰辺りに回された主様の手が離れない。
「すぐ起きるから!」
微笑ましげなフュアさんの眼差しに耐えきれなくなり、俺はそう宣言したのだが、フュアさんは静かに微笑んだまま首を横に振った。
その落ち着いた表情は明日のお手本にしたいので心のメモ帳にしっかり書き記しておく。
話は逸れたが、フュアさんは「お夕飯の準備が出来ましたらお呼びいたしますね」と落ち着いた微笑み付きで告げてから、登場と同じぐらい静かに去っていった。
その際開いた扉の隙間から青色が見えたので、プリュイがフュアさんを案内して来てくれたんだと察する。
冷静になって考えれば、主様の結界があるんだから入って来るのは主様の許可がある人間。そこまで警戒する必要は無かったよな。
無駄なシリアスしちゃったなと苦笑いした俺は、額の汗を拭うような……という無駄に人間臭い仕草を見せているテーミアスと視線を交わして笑い合った。
主様の撫で撫でですっかりとろけさせられていた俺は、半分以上寝た状態で夕ご飯の場へと主様に抱かれて連れ出され、そのまま主様から給仕……ではなく給餌されて夕ご飯を終えることになった。
せっかくフシロ団長のお宅の料理人さんが作ってくれたご飯だったのに、美味しかったという朧気な記憶と、主様がやたらと上機嫌にぽやぽやしていたことしか覚えてないのが残念でならない。
夕ご飯を食べて一休みすればお風呂の時間だが、その頃には俺もしっかりと覚醒し……。
「いや、だから起きてるから! 自分で洗えるから」
そう声高に訴えたのだが、何故か先ほどまでと同じ扱いで、主様にしっかりと抱えられて髪を洗われ、その状態で体も隅々まで洗われる。
そして、自分の体にしっかりと密着させて洗えば、俺を転がさずに体も洗えると気付いてしまった主様は、良いことに気付いたとばかりに目を輝かせているが──次はない。
ふわふわぽやぽやとしている主様の腕の中、俺は据わっている自覚のある目で主様を睨み、そんな言葉を心中で呟くのだった。
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次話からお茶会の日の話になる……予定です(๑•̀ㅂ•́)و




