275話目
どうやら愚王ではないようです。
「全く……陛下との昼食の途中で消えるな。陛下が『相変わらずだな』と笑ってくださるような器の大きい方とはいえ、せめて最後まではいろ」
俺からフルーツを食べさせられている主様へ、フシロ団長が苦笑いを浮かべてそんなこと忠告をしてくれてるが、もぐもぐ中の主様は聞いてるか微妙だ。
しかし、ゲームではほとんど描かれてなかったけど、この国の王様は相当心の広い方なんだな。
あ。俺が覚えてないだけで、そういうイベント的なのあったかもしれないな。
何せ攻略対象には第二王子であるグラ殿下もいる訳だし。
ハッピーエンドになれば、結婚する……はずだったかは忘れたけど、王様との接触は当然あるよな?
けど、さすがに今回のお茶会で王様と遭遇するようなことは、ヒロインちゃんじゃない限りフラグは建ってないだろうから、俺が気にしなくても良いか。
「王様って優しいんだな」
とりあえず無難な誉め言葉を口にすると、フシロ団長は少し困ったような表情で俺を見て、何かを濁すように口内で「あぁ……」と不明瞭な声で肯定するような返答を口にしたようだ。
俺が首を傾げていると、もぐもぐを終えた主様がぺろりと唇を舐めて、
「…………あれは食えない人物です」
ポツリとそんな一言を発する。
きょとんとする俺に対して、フシロ団長は軽く目を見張ってから深々とため息を吐く。
「お前なぁ……人目のある所で絶対にそれは口にするなよ?」
そんな忠告なのか注意なのかわからないフシロ団長の台詞に対し、ぽやぽや復活した主様はふいっと視線を外してフシロ団長を完全に視界から出してしまう。
さすがにフシロ団長に失礼だと俺も取りなそうと主様へ声をかけようとしたが、それより早くフシロ団長から独り言めいた苦々しい声音の呟きが洩れ聞こえる。
「お前は苦笑い一つで済まされるだろうが、巻き込まれれば平民の子供の首など簡単に──」
主様は不敬とか気にしないからなぁとか苦笑いしていた俺は、思いがけず自分へも累が及ぶ可能性もあるのかと目を見張ってフシロ団長を見る。
同時にフシロ団長の言葉も途切れてしまう。
俺が見たからフシロ団長は気を使って最後まで言わないでくれたとかは、どうやら的外れな考えだったようだ。
何故なら、俺を抱きしめる主様の腕の力が強まり、暖炉の中で揺れていた赤い炎が白く色を変えたのを視界の端で捉えたからだ。
俺には部屋の温度が少し上がった程度にしか感じられないが、フシロ団長の額に汗が浮き始めたところを見ると、ヤバい温度上昇らしい。
主様の駄々漏れ魔力は、温度を下げるだけじゃなくて、上げるのも有りだったようだ。
そんな主様を過保護だと思う反面、意外と俺のことを気にかけてくれてるのがわかる反応に、嬉しくなった俺はその背中をなだめるようにポンポンと軽く叩く。
「主様、落ち着けよ。フシロ団長は『そう』ならないように忠告してくれたんだ。……だから、王様とかへの軽口は外ではシーッだぞ?」
唇に立てた人差し指を宛てて『シーッ』というジェスチャーをしてみせた俺は、立てていた人差し指をじっとこちらを見てくる主様の唇に触れるか触れないかの位置へ移動させてへらっと笑いかける。
いくら人外だとしても主様は普通に言葉が通じるのだから、きちんと説明すればわかってくれる。
たぶんそれを今まで主様へやろうと考える相手が少なかったんだろう。
あの方だから仕方ない。
そんな感じで。
主様の強さは圧倒的だし、見た目もこう拝みたくなるような美人さんだから、仕方ないってなる気持ちもよくわかる。
けどな、きょとんとこちら見てくる主様は、何処かあどけなくて可愛いんだからと、自慢したくなるのと見せたくない気持ちが心の中でせめぎ合う。
そんな気持ちが洩れ出してふへへと笑っていると、指先に温もりを感じてそちらを見る。
気付くと主様が唇の前にあった俺の人差し指に唇を触れさせて「しーっ」と言いながら、さっきの俺の真似をしていて。
これが世に言う『ぐうかわ』かと俺は遠い目をしながら、満足げにぽやぽやとしている可愛らしい主様を見つめていた。
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「……今更だが、そちらは?」
とりあえず主様がきちんと言うことを聞いてくれそうなので、フシロ団長は額に浮いた汗を拭い、ソファに腰かけてほぼ空気だったアシュレーお姉さんの存在を問いかけてくる。
しかし、フシロ団長の口から出たのはまるで初対面のような台詞で、俺は首を傾げながらアシュレーお姉さんから受け取ったスカーフリングを手のひらに乗せてフシロ団長に見えるようにする。
フシロ団長へ近寄って手渡しすれば良いんだろうが、主様シートベルトが外れそうもないので、精一杯手を伸ばすしか方法がない。
「ほら、これ! フシロ団長が頼んでくれたんじゃないのか?」
「ん? これはスカーフリングか。刻まれてるのは、うちの紋章だな。……あぁ、彼がノーチェの依頼したという付与魔法の使い手か」
俺の手に顔を近づけ、スカーフリングを確認したフシロ団長は、察し良くアシュレーお姉さんの正体に気付いたらしく、アシュレーお姉さんを見て何度か頷くような仕草を見せる。
主様も興味はあるのか、無言のままじーっとフシロ団長の手に渡ったスカーフリングを見つめていたが、不意に俺の方へと視線を戻すと俺の手を取り、俺の指にかぷっと噛みついて歯型を付けて満足げにぽやぽやしている。
意味不明な主様の一連の行動に、俺が目を白黒させているうちにフシロ団長とアシュレーお姉さんの会話は続いていく。
「はぁい、こうして会うのは初めましてね、騎士団長サマ。アタシは本職は装飾品の作成、仕入れのために冒険者をしているアシュレーよ。ジルちゃんの後見もしてるから、その縁もあって今回の依頼受けさせてもらったわ」
「あなたの作る物にはとても助けられたよ。……前回は急ぎとはいえ、かなり無茶な依頼をしてしまったようで、申し訳なかったな」
「うふふ、問題ないわ。ジルちゃんのおかげで、材料は何とかなったもの。もっと馬鹿馬鹿し……無茶な依頼をしてくるお貴族サマのより、やりがいのあるお仕事だったから気にしないで」
美しく笑いながら、しれっと毒を吐くアシュレーお姉さんはさすがとしか言えない。
その笑顔と所作の美しさを見れば、下手な貴族より貴族らしく気品があるように見える……気がする。
口調はいつも通りだけど。
そんな感じでフシロ団長とアシュレーお姉さんが和やかに交流している中、未だに俺の手のひらにあるスカーフリングをガン見している主様。
自分の付けた歯型を見ているかと思っていたが、どうやら興味はまたスカーフリングへ移っていたらしい。
主様はぐっと顔をスカーフリングへ近づけて、くんくんと匂いを嗅ぐような動きを見せる。
「…………姿を変えて見せる魔法、か」
「あら、さすが幻日サマね。今ので付与した魔法がわかるなんて」
主感心してみせるアシュレーお姉さんにちらりとだけ視線をやった主様は、俺の方を見てお気に入りらしい俺の黒髪を撫でる。
「ロコは今のままが一番可愛いです」
「え? あ、ありがと……」
主様からもらう初めてかもしれない髪以外の容姿に対する誉め言葉に、俺がえへへと照れ笑いしていると、アシュレーお姉さんの方から「可愛いわぁ」という声が聞こえ、フシロ団長が苦笑いしてるのが視界の端に映る。
「そんな可愛いジルちゃんが目立ったら、わるーい貴族サマに連れてかれちゃうかもしれないもの。自衛はし過ぎて悪いなんてことはないのよ?」
今度のアシュレーお姉さんの声は先ほどより距離を詰めていて、かなり近くから聞こえて来た。
所作が綺麗なアシュレーお姉さんは移動も静かなので、移動するところを見ていなかった俺は声の近さに少し驚いてしまうが、主様は見えていたか気付いていたのか全く驚いた様子はない。
「こうして俺の紋章をこれ見よがしに着けていれば、かなりの『虫』避けにはなると思うが、念には念を入れてある。……だからお茶会へ乱入するようなことはするなよ?」
アシュレーお姉さんの方を見ていると、今度はフシロ団長からのそんな念押しのお言葉があり、主様はわかりやすく不服そうだ。
まだお茶会への乱入を諦めてなかったらしい。
どうしたら安心してくれるかなぁと思っていた俺の耳に、主様がポツリと呟いた言葉が届く。
それを聞いた俺は一気に脱力してしまった。
「………………私もロコの従者している姿近くで見たいです」
心配しているだけかと思ったら、そんな理由もあったらしい。
アシュレーお姉さんにもばっちり聞こえたらしく、あらあらと言いながらも微笑み付きで解決策を提案してくれた。
「なら、明日は予行演習として、一日幻日サマの従者してみるのはどうかしら? 服だけは汚れたりしたら困るから、別のを用意すれば良いでしょ?」
俺が悩む間もなく、きらきらぽやぽやした主様がこちらを見てきたので、俺に拒否という選択肢はなかった。
いつもありがとうございますm(_ _)m
主様から食えない判定される王様。……物理じゃないよ?
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