271話目
ジルヴァラのイメージとしては『坊や、良い夢を』的なやつです。
「さすがに、くるしかった……」
今日はそんな一言と共に目を覚ますことになった俺は、原因となった相手の寝顔を見上げる。
夢見が悪かったのか、主様の拘束が強まったせいで俺もちょっと夢見が悪かった気がする。
よくは覚えてないけど。
プリュイの触手には負けるがしっかりと巻き付いている主様の腕を抜け出してベッドを降りると、大きく伸びをして強張っている気がする体を解す。
振り返って主様の寝顔を見ると、いつもより険しい気がしたので、俺は数秒ためらってからもう一度ベッドの上へ上がる。
匍匐前進で眠る主様へそろそろとにじり寄り、眠る主様の頭へ手を伸ばしていい子いい子と撫でて手触りの良い髪を堪能する。
「……大丈夫だから、もう少し寝てろよ?」
何度か撫でていると、何だか寝顔も緩んできたように見え、俺はそっと安堵の息を吐きながら主様を起こさないよう小声で囁く。
そのまま離れようと思ったのだが、ふと脳裏に浮かんだのは海外ドラマとかで見たことのある、親が眠る子供に「良い夢を」と優しく囁いて頬とか額とかに口付けを贈るあたたかな光景だ。
「…………良い夢見ろよ」
台詞のチョイスは何か間違った気もするが、ちゃんと主様の額に唇を触れさせられたので、効果はある……と思いたい。
気休めかもしれないけど、俺の主様へ安眠して欲しい! っていう気持ちはしっかり注いだし。
魔法のある世界なんだから効果がないってことはないはず。
誰に見られた訳でもないが、気恥ずかしくなった俺はえへへと笑いながら、ベッドを降りて今度こそ部屋を後にする。
一度も振り返らなかった俺は知る由も無かった。
しっかりと目を開いた主様がこちらをじっと見ていたことなんて。
●
「おはようございます」
「へっ!?」
朝ご飯の準備を終えて、さて主様を起こしにと考えていた時に突然背後から声をかけられ、俺は思わず声を裏返らせて小さく体を跳ねさせる。
おずおずと振り返ると、やたらと機嫌の良さそうにぽやぽやとした主様の笑顔が俺を見下ろしている。
これで主様以外だったら、悲鳴の一つでも上げてるところだけど、普通に主様だったので俺は小さく息を吐いてからへらっと笑ってみせる。
「おはよ、主様。今日は何かあるのか?」
自力で起きてくるなんて珍しいと言外に含ませて問うと、主様はきょとんとした表情で首を傾げる。
「違うのか。あ、もしかして、夢見悪くて起きちゃったのか」
落ちる夢とか遅刻する夢とか、ハッとなって目覚めるのはあるあるだけど、人外で最強な主様にもあるんだなぁと妙な親近感を抱いて一人で納得していると、主様は微笑んで首を横に振る。
「──夢見はとても良かったですよ」
ふふっと笑ってそう答えた主様は、その言葉通り相変わらず機嫌良さそうで、髪を梳くように自らの額辺りを撫でている。
撫でているのが俺の唇が触れた辺りなのは偶然──だよな?
偶然だとしても、もしかしたら『おまじない』でしかないあれに効果が出たのかもと嬉しくなって頬を緩めた俺は、また今度主様がうなされていたら試してみようとひっそり心の隅に書き留めておくことにする。
さぁ朝ご飯にするか、と頬を緩めたまま俺が口を開こうとした瞬間、呼び鈴が鳴って俺は驚きから目を見張る。
主様の方はさすがというか結界か魔法で感知出来ていたのか驚く様子はない。
ただぽやぽやとしている表情が少し面倒臭そうに変わった気がする。
それを訝しんでると、呼び鈴を鳴らした相手がプリュイによって案内されてやって来る。
「お、この時間に起きてるとは感心だな。どうせ待たされるものだと思ってたが」
主様を見て驚いた様子を見せてから豪快に笑っていたのは、騎士団の制服姿のフシロ団長だ。
「フシロ団長、おはよう!」
パタパタと駆け寄ると屈み込んで抱き上げてくれ、朝の挨拶と共にいつも通りじょりじょりと頬擦りをされる。
「おはよう、ジルヴァラ。今日も元気そうだな」
痛くすぐったさにけらけらと笑っていると、伸びて来た手が脇の下に差し込まれてフシロ団長の顔が遠ざかる。
代わりに現れたのは目の前いっぱいの主様の顔。
抱く腕の持ち主が変わったことに驚く間もなく、フシロ団長を真似るように頬擦りをされたが今回は髭の気配が全く、ただただ互いの頬が触れ合う温かな感触があるのみだ。
これがソルドさん辺りだと、朝一限定でほんの少しだけじょりじょりとするんだよなと思い出してほっこりしていると、主様から不服そうな眼差しが向けられていることに気付く。
「……私だと楽しくない、ですか?」
「へ? 違うから! フシロ団長に頬擦りされて笑うのは、髭がじょりじょりするからくすぐったいからだって」
しょぼんとした主様が可愛らしくて言われた内容を聞き逃しそうになった俺は、間の抜けた声を洩らしてから、ハッとして慌ててぶんぶんと首を横に振る。
「……髭」
俺の反応をじっと見つめていた主様は、しばらくしてポツリと呟いてフシロ団長の方を無言でじっと見つめる。
「俺を睨んでも髭は生えないからな? それより、そろそろ出かける準備をしろ」
主様の扱いに慣れているフシロ団長は、苦笑い混じりで肩を竦めて主様の熱視線をあしらうと、ちらりと時計を確認してから手の動きで外を示す。
フシロ団長の動きと言葉で、そりゃ何もないのに騎士団長が朝から来る訳ないかと納得した俺は、未だにフシロ団長をじっと見ている主様の顎をちょいちょいと指先でくすぐるように撫でる。
「ロコ?」
主様が俺の方を見たことを確認してから、グッと体を伸ばして俺の方から軽く頬擦りをする。
「主様の頬はツルツルしててきもちいいなー」
で、へらっと笑って誉めてみる。思い切り棒読みだったせいか、フシロ団長が視界の端で苦笑いしているのは見てないことにした。
「……そう、ですか」
少し不思議そうな反応をした主様だったが、無駄では無かったらしく嬉しそうにぽやぽやとして、フシロ団長を見つめるのを止めて俺を見ている。
「朝ご飯食べてる時間無さそうだし、おにぎり握っとくから、主様はその間に身支度しとけよ」
俺を見つめている主様にへらっと笑って頷いてみせ、俺は主様の腕を抜け出──せなかったので、ぺちぺちと叩いて首を傾げてじっと見つめ返す。
「…………わかりました」
出かけるの嫌なのが丸分かりな主様からゆっくりと床に降ろしてもらい、俺はキッチンへ向けてパタパタと駆け出す。
「プリュイー、手伝ってー」
道中呼びかけると、すぐにプリュイがてちてちてちてちと高速で移動して付いてきてくれ、無事に主様が出かける準備を終えるまでにおにぎり作りを終わらせられたのは言うまでもない。
出かけるのが面倒だったらしい主様が、かなりのんびりと準備していたせいもあって、な。
いつもありがとうございますm(_ _)m
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主様なら髭を生やす魔法とか、髭生え薬とか作れそうですが……頑張って止めてください、ジルヴァラ。
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