269話目
ジルヴァラの中では、サボりたかったんだなぁで解決しました。
[視点無し]
腕の中にしっかりと閉じ込めた子供からすやすやと寝息が聞こえて来ると、眠っていたかと思われた青年の目がパチリと開く。
そこには先ほどまでの眠そうな雰囲気は微塵もなく、腕の中の子供の安心しきった寝顔をガン見し始める。
身動ぎどころか瞬き一つしないその姿は、類稀ない美貌も相まってまるでよく出来た彫像のようだ。
「ぢゅ……」
散歩のため子供から離れていたテーミアスが子供を探してやって来たようだが、青年の腕の中でガン見されながら眠る子供の様子を遠くから眺め、やれやれといった様子で小さく鳴いて去っていった。
部屋にはまたガン見している青年と眠る子供だけが残される。
しばらくして今度は青い魔法人形がそっと室内へ入って来て、布団も掛けずに眠っている青年につるりとした面に呆れた表情を浮かべ、そろそろと触手をベッドの方へ伸ばしていく。
一瞬ピクリと反応した青年だったが、子供に目覚める気配がないためかそれ以上動くことはなく。
触手を器用に使って子供に毛布を掛け、魔法人形はするすると触手を引き戻し、そのまま去るかと思われたがその足が止まる。
瞳のない眼差しが向けられるのは、自身が生み出した魔法人形を警戒するように見つめている創造主だ。
「……ワタクシからノ忠告デス。仮病ハ、バレるト怒らレルか、下手ヲするト嫌われマス」
眠る子供を慮った小声での忠告を聞くと、ぽやぽやとして動かなかった青年の表情がするりと剥がれ落ちる。
「アマりしナイ方ガ良いト思いマス」
青年がきちんと話を聞いたことを確認した魔法人形は、そんな一言を置いて入って来た時と同じようにそっと部屋を出て行った。
部屋に残るのはぽやぽやとした表情が剥がれ落ちた青年と眠る子供。
「ロコに、嫌われる……」
ポツリと呟いた青年はそっと上体を起こして、毛布に包まれて安心しきった寝顔の子供を見下ろす。
『それならいっそ……』
薄く微笑んだ青年の唇が音無く動いて言葉を紡ぎ、先ほどまで子供を抱き締めていた手が向かうのは、無防備に晒された子供の首だ。
青年の両手は躊躇いなく子供の首に輪を作るように触れ、見た目的にはどう見ても絞め殺す五秒前な光景だ。
まだ力は込められていないのか、子供の寝顔が苦しそうに歪んだりすることはない。
ただただ柔らかく触れているだけらしく、子供は少しくすぐったそうに身動ぎして、やがてぱちりと目を開ける。
「ぬし、さま……?」
目は開いたが完全に寝惚けているらしく、青年を呼ぶ声はふにゃふにゃとしていて、開いた目もまたすぐにでも閉じてしまいそうだ。
それでも子供は青年の姿を認め、嬉しそうに頬を緩めてふわふわ笑う。首に回されている手など気付いていないように。
「…………いたいの嘘、でした」
今にも眠ってしまいそうな子供に、青年はポツポツと囁くように話しかける。
まるで聞こえなくても良いとばかりな抑えた声だったが、子供にはきちんと届いたらしく、閉じかけていた目がまたぱちりと開かれて、ゆっくりと瞬きを繰り返す。
そして、子供は吐息のような笑いを洩らすと、さらさらと流れる青年の綺麗な赤毛に手を伸ばして捕まえる。
「ふは……っ、そうなんだ? ぬしさまも、さぼりたいひ、あるか」
ふへへと気の抜けた笑い声を洩らす子供に、その首に触れていた青年の手が外れて、いつの間にか填められた首輪だけが残される。
緩くしか止めていなかったのか、その首輪もすぐ外れてしまい、半分以上寝ているような状態の子供は気付かない。
青年の髪を撫でてとろとろと笑っていた子供だったが、不意にキリッと表情を引き締めると青年の髪を軽くちょいちょいと引いて、自分の方を向かせる。
「でも、さぼりたいなら、そういってほしい。ぬしさまげんきないと、おれしんぱいするんだからな」
次からはそうしてくれと途切れ途切れ続けた言葉に青年が頷くのを見て満足げにふふんと笑った子供は、青年の髪に顔を埋めるようにしてパタッと糸が切れるように眠りに落ちてしまった。
「……しまう」
その言葉が向けられたのは、シーツの上に落ちたままの黒い首輪か、それを着けられそうになっていた子供なのか。
答えを知るのは青年と、いつかしまわれるかもしれない対象のみだろう。
●
「ふぁ……よく寝たぁ……」
いつもの朝と変わらないスイッチが入ったような目覚めを迎えた俺は、伸びをしながら主様の腕から抜け出す。
「顔色も良さそうだし、寝息も異常なし……っと」
寝乱れた主様の綺麗な赤毛をそっと直していた俺は、その感触に半分以上寝惚けながらした主様とのやり取りを思い出す。
「まさか、ダラダラしたいから、具合悪いフリしてたなんて……」
子供じみた主様の可愛らしさにニヤけていると、ふと何となく首周りに違和感を覚える。
寝ている間、何だかそこに何か巻かれていたような、そんな妙な寒々しさを感じてしまい、首周りを撫でてみる。
もちろん何事も起きてないし、何も巻かれていたりはしない。いつも通りな俺の首周りだ。
「ぢゅーっ!」
それでも違和感が拭えず首を捻っていると、やっと起きたか! とご立腹なテーミアスが飛んで来て首周りに落ち着いたので、感じていた妙な寒々しさや違和感はあっという間に記憶の片隅へ追いやられてしまう。
「あはは、主様に添い寝するだけの予定が、一緒に熟睡しちゃってたみたいだな。……夕ご飯には早いけど、昼ご飯には遅いって時間か」
ぢゅぴぢゅぴと不服そうに訴えてくるテーミアスの頭を撫でながら、俺はちらりと時計に目をやって、自分のお腹を見下ろす。
「なんかおやつでも食べるか?」
「ぢゅっ!」
俺の提案に先ほどまで不服そうだったテーミアスの表情が一変し、可愛らしく目を輝かせて俺の頬へ体を擦り付けてくる。
「じゃ、行くか」
戯れてくるテーミアスをあしらいつつ、俺は身軽にベッドから飛び降りてキッチンへと向かうため歩き出す。
主様はまだよく寝ているので起こさなくても良いだろう。
「この間焼いたクッキー残ってたかなぁ。無ければパンケーキでも焼くか」
「ぢゅっぢゅっ」
テーミアスと話しながら歩いていると、一仕事終えたプリュイがやって来たので一緒にキッチンへ向かう。
確認してみるとクッキーはほとんど残っていなかったので一枚だけ俺が食べて、残りをテーミアスへ譲った。
俺はもう少し食べたいのでパンケーキを焼くことにする。
俺一人なら面倒だが、プリュイがいてくれるからパンケーキ作りも楽ちんだ。
調子に乗って結構な枚数を焼いてしまったが、あまり甘くしてないので食事用にも出来るから問題ない。
何より主様は見た目より食べるからな。
ベッドに残してきた大好きな相手を思い浮かべて頬を緩めながら、俺は量産したパンケーキをふふんと鼻を鳴らす。
腰に手を宛てて立ち、いわゆるドヤ顔をしていた自覚はある。
「食べるか?」
そのポーズのまま問いかけたのは、クッキーを食べ終えたテーミアス──のはずだったのだが。
「……食べます」
不意にとろりとした甘やかな声が背後から聞こえ、俺の体は一瞬の浮遊感の後に声の主の腕の中へ。
まだ眠いのか俺を見る主様の顔はやたらとぽやぽやしていて、宝石色の瞳も揺蕩うような色を宿している。
何だか吸い込まれそうな気がして、ほぅと吐息を洩らした俺は、誤魔化すようにへらっと笑ってパンケーキを示す。
「お、主様も起きたのか。甘いのにする? それともガッツリが良いか?」
「……………………ロコが」
「久しぶりに聞いたな、その冗談」
よく眠ったから気分も上がったんだなとへらっと笑った俺は、主様の分のパンケーキの準備を始めようと主様の腕から降りる。
いつもなら引き止められるのだが、今日はお腹が空いていたのかするりと降りられて、ちょっと物足りなかったのは内緒だ。
降りた勢いのまま、パタパタとプリュイに駆け寄って、ついでに転びかけて埋まって、やんわりとたしなめられるまで一連の流れだ。
「えぇと、主様はどっちでも良いみたいだから、両方でいいな」
「…………」
誤魔化すように……というか、誤魔化すためにパンケーキ作りを押し進めようとしたら、プリュイからの反応は無言とジト目。
で、しばらくして伸びて来た触手にやんわりと頬を抓まれた。
「へへ」
痛みは無くくすぐったさで笑うと、仕方ないデスねとプリュイも笑ってくれ、二人で並んでパンケーキへトッピングしていく。
俺用に生クリームとバターたっぷりの背徳感のあるやつと、主様用にパンケーキを何枚も重ねた皿を二つ。
主様用には生クリームとフルーツを乗せて、もう一皿にはプリュイからカリカリに焼いてもらったベーコンと目玉焼きの乗せてガッツリさせて完成だ。
主様の分はどう見てもおやつじゃないが主様なら平気だろう。
無言ですすすと近寄って来ていた主様に主様用のパンケーキを示して、へらっと笑いかける。
「ちょっと盛り過ぎたかもだけど、主様ならペロッといけるよな」
運んで向こうで食べようと続けるはずだった俺は、ぽやぽやとしている主様によってまた抱き上げられてしまい、発する言葉を変えようとしたのだが、それより早く主様の顔が近づいてきて頬を舐められる。
「へ? クリーム付いてたか?」
盛り付けに夢中になり過ぎたかと舐められた頬を押さえて問いかけるが、主様はぽやぽやとしているだけで答えはない。
主様はそのままいつもの暖炉前に向かって歩き出してしまったが、パンケーキはプリュイが持って来てくれてるから問題はないか。
触手と手を器用に使って、三皿を運んでいる姿が抱えられた状態でも見えている。
なので、俺はしっかりと寝て機嫌の良い主様に抱えられて、おとなしく運ばれていくのだった。
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