268話目
バレバレな仮病を覚えてしまったぽやぽやです。
「おはよう、プリュイ!」
「……おはヨウございマス、ジル」
いつも通り道中プリュイに埋まり、いつも通りやんわりとプリュイに叱られて運ばれて、一緒に朝ご飯を作る。
すっかり朝のルーティンと化した流れを終えた俺は、もう一つ朝の恒例行事をこなすため自室へパタパタと駆けていく。
ノックもせず飛び込んだ部屋の中には、俺が出て行った時から全く動いた気配のないベッドの住人がいる。
「主様、朝ご飯出来たぞー?」
俺が声をかけても動く気配がないので、今度は少々大胆な手でいかせてもらおう。
という訳で、俺は助走をつけて思い切りよくベッドへ飛び込もうと思い、タッと駆け出してベッドを目指す。
もちろん飛び込むのは眠る主様の横の空間だ。主様の上に乗っちゃったりして、怪我とかさせたら嫌だからな。
幼児な俺用ベッドとはいえ、大人二人でも余裕なサイズなので、何の問題もなく俺は誰もいないマットレスの上に着地出来るはず。
ベッドから少し離れた位置で踏み切る瞬間まで、俺は呑気にそう考えていたのだが……。
タンッと床を蹴った俺の視界に入ったのは、先ほど見た時より明らかに移動して眠る主様の姿で……その位置は俺の着地予定地点だった。
「うぇっ!? ちょっ!」
思わずそんな声を上げるが、空中で二段ジャンプとかそんな技を俺が使えるはずもなく、もちろん飛べたり浮いたりも出来ないので、俺は眠る主様の上へ向けて避ける間もなく落下する。
なんて思ってたなぁと思い返せたのは、着地した後なんだけどな。
俺には残念ながら高速思考みたいなチートもないから。
走馬灯的なので一瞬ゆっくり風景流れた気もしたけど、それも一瞬のことで、俺は瞬き一つもしないうちにベッドではない温かなモノの上に飛び込んでいた。
「なっ!? ごめん主様! 痛くなかったか? 怪我してない?」
わたわたと手足を動かして温かなモノ──寝相の悪さまであったらしい主様の上から退こうとするが、焦っているせいなのかうまくいかない。
いくら俺が六歳児の中でも小柄な方とはいえ、眠っている無防備なところへのダイレクトアタックはかなり効いただろう。
実際、主様は微かに呻いて動かない……とそこで、俺は違和感に気付く。
下敷きにしている主様からは微かな呻き声とそれに伴って震動が伝わってきていたが、呻き声だと思っていたのはどうやらくぐもった笑い声らしい。
「……へ? もしかして、笑ってる、のか?」
その声に少しだけ落ち着きを取り戻した俺は、そこで初めて下敷きにしてしまった主様の顔を見やる。
主様も起きて俺を見ていたのか、バッチリと目が合って蕩けるような微笑みを向けられてしまい、なんだか照れ臭くなった俺は、下敷きにしている主様の服へ顔を埋め、意味なくうりうりと動かす。
そのまましばらくうりうりしていた俺は、下半身に何か触れている感覚に気付いて意味のなかった動きを止め、精一杯顔を動かして後ろを向く。
そこにあったのは俺の下半身をしっかりと抑えるように巻き付いている二本の腕。
生えてるのは下からなので……とか真面目ぶって推測しなくても、絶対主様の腕だ。
もしかしたら、さっき退こうとしたのに動けなかったのは、この腕のせいかもしれない。
こんな悪戯が出来るぐらいに俺が飛び乗ったダメージがないと安堵すべきか、まだ気になるのかやたらとお尻に触れている点も含めて注意すべきか。
しばらく悩んでしまったが結局──、
「えぇと、怪我とかしてないか? ごめんな、次からは気をつけるから……」
やっぱり安堵と下敷きにしてしまった心苦しさが勝った。
「怪我……?」
熟睡中のダイレクトアタックはさすがの主様にもダメージを与えたらしく、下敷きになっている主様の反応が鈍い。
いつもよりぽやぽやとした表情で首を傾げて俺のことを見上げている。
相変わらずお尻辺りにある手はしっかりと動いてるようなので神経とか大丈夫だろうけど、意識がぼんやりとしているのかもとじっと見つめる。
見つめ合うこと数分。
「……なんだか、とてもいたくなってきました」
ぽやぽやと微笑んだ主様からそんな言葉が出て来た。
「あー、寝惚けてたから痛みを感じなかったんだな」
眠気が勝ってる時はわからなかったんだなぁと心配しながら、俺は下敷きにしてしまった主様のお腹辺りをゆっくりと撫でる。
「ごめんな? 痛みは強い? 湿布とかプリュイとか貼るか?」
そんな感じで謝ってる俺だったが、主様が腕を離してくれないので馬乗りの体勢のままだったりする。
俺はまだ少し慌てているし、重いんじゃないか? とか、余計に痛むんじゃないか? とか当たり前のことを突っ込んでくれる存在が不在のため、端から見たらカオスな時間は続いていく。
最終的に、
「…………ロコを抱えたら治るような気がします」
という主様の謎発言によって、俺は主様に抱えられて朝ご飯へ向かうことになった。
●
「本当に治ったんだな」
膝に乗せられていつも通りな朝ご飯を終えた俺は、膝の上から膝の持ち主の主様を振り仰いで、首を傾げながら問いかける。
「はい」
食後のお茶を飲んでいた主様は、すっかり元気な様子でぽやぽやとしてて、ついでになんか艶々している。
俺の方はと言うと、何かする度に「いたいです」と主様が言って見つめてくるので、その度にいつもなら抵抗を感じるようなことをさせられて、まだ朝だというのに少し疲れた気すらする。
ちなみにいつもなら抵抗を感じることというのは具体的に…………まぁ、何かその辺の若いらぶらぶなカップルとかしてそうなことだ。
思い出すと余計に恥ずかしいので、ブンブンと頭を振ってそれを追い払った俺は、朝ご飯も終わったこともあり、主様の膝から降りようとする。
しかし、その瞬間ぽやぽやと寛いでいたはずの主様の腕がすかさず伸びて来て、ぐっと俺の腰を掴んで引き戻した。
おかげで俺は床へと降りることが叶わず、引き戻されるまま主様の胸元へと引き寄せられる。
そのまま、ぎゅっと抱き込まれてしまった俺は、主様の顔を見ようとするのだが、しっかりと抱き込まれてしまったので顔は見えない。
「主様? まだ何かあるのか?」
「………………またいたくなりました」
ボソボソと耳元で囁かれた先ほどまでとは違う弱々しい声に、俺は目を見張って息を呑む。
「え!? やっぱり内臓とかやっちゃってたか? ドリドル先生……診てくれるかなぁ」
人外系な主様とはいえ、見た目はヒトだからドリドル先生なら診てくれるかもと、俺は抱きついて来ている主様を抱き返すようにして気分だけ支えながら、ドリドル先生に連絡を取る方法を考える。
主様は丈夫そうだから、いきなりどうにかなるとかはなさそうだけど、だからといってのんびりもしていられない。
「主様、ドリドル先生に手紙を……って、しまってる、しまってるから!」
ドリドル先生の名前を聞いたら不安になってしまったのか、見た目より怪力な主様の腕に力がこもり、絞め落とされそうになった俺は、必死に主様の腕をぺちぺち叩いて訴える。
そこでやっと気付いてくれたのか、少しだけ腕の力が弱まったが、主様は離れる気配はない。
「プリュイー」
こうなったらと頼りになる魔法人形の名前を呼ぶと、すぐにてちてちと駆けつけてくれる。
「ジル、ドウカしましタカ?」
「俺が下敷きにしちゃったせいで、主様ちょっと具合悪いみたいでさ。ドリドル先生に手紙で往診頼みたいんだけど……」
俺が主様の背中を撫でながら説明するのを聞いてくれていたプリュイは、何ともいえない様子でふるりと大きく体を震わせる。
プリュイの反応の意味がわからない俺は首を傾げてプリュイを窺うが、仕事の早いプリュイにしては手紙の用意をしてくれる気配もなくて、どんどん首を傾げる角度が深くなってしまう。
俺の首の角度が限界になったのと、プリュイがもう一度ふるりとして主様の部屋の方を指差すのは同時だった。
「え? なに?」
「…………オソらくデスが、ジルが添い寝すレバ治りマス。ドリドル先生ハ、呼ばナクても大丈夫デス」
どうやらあのふるりとした動きは、主従でしかわからないような主様の体調を観察する方法だったんだなと感心しながら、俺はプリュイの言葉を聞いて安堵で頬を緩める。
「そっか、寝不足から来た体調不良みたいなやつだったんだな。そうとわかれば、部屋行こうぜ? 歩けそうか?」
ここでやっと主様が動き出して顔を上げて、俺の顔をじっと見てくる。
「…………ロコが一緒なら」
「おう。今日は休みにする予定だったから大丈夫だ。主様の具合が良くなるまでそばにいるよ」
主様も具合悪いと人恋しくなるんだなと微笑ましさにへらっと笑った俺は、緩んだ主様の拘束を抜け出して床へ降り立つと、主様の手を引いて立ち上がらせる。
「主様の部屋でいいよな?」
俺に手を引かれた主様は、素直にぽやぽやと俺に手を引かれるまま歩き、何事もなく主様の部屋へ辿り着く。
ま、いくら体調不良とはいえ主様の結界の張られたこの家の中で何かが起きるなんてある訳ないか。
そのまま主様の手を引いて室内を進んでいき、ベッドまで主様を先導する。
「ほら着いたぞ。ゆっくり休んでくれよ?」
「…………ロコは?」
ベッドに横たわりながら、主様はそんなことを言い出した。で、俺をじっと見てくる。
「ここにいるよ」
もちろんそう答えたのだが、何処か不服そうにぽやぽやとした主様は、じっと俺を見ている。
「…………あぁ、添い寝が必要なのか」
ポツリと呟いたら正解だったらしく、主様のぽやぽやが増した気がする。俺以外に確認する人間もいないから当社(?)比だ。
「寝不足と寒さのせいかな……」
いくら主様が強くても生物ではあるから、こうやって体調崩したりもするんだな。
新しく知った主様の一面に嬉しさもあるが、心配が勝った俺はいそいそとベッドに横たわる主様の横へ潜り込む。
「ゆっくり休んでくれよ?」
直ぐ様引き寄せられた俺は主様の胸元にくっつきながら、瞬く間に眠りに落ちた主様を邪魔にしないよう小声で囁く。
そのまま主様の寝顔を見つめていたが、俺も段々と眠くなってくる。
「おやすみ……」
俺は襲い来る睡魔に逆らうことなく目を閉じると、主様の腕の中で主様の湯たんぽをしながら深い眠りへ落ちていくのだった。
いつもありがとうございますm(_ _)m
感想などなど反応ありがとうございます(^^)
反応いただけると嬉しいですー(*´∀`)
ぽやぽやは具合悪いと言うとジルヴァラがベタベタしてくれることに気付いてしまったようです←
ちなみに、具合悪い相手への対応は、仲の良い人相手ならだいたい同じ感じになるジルヴァラです。




