266話目
しまっちゃう人外さん、さてしまったのは何でしょう。
ヒント、ヒラヒラした布製品。
「ジル、ぽやぽや迎えに来たぞ」
主様が迎えに来たとナハト様から先の台詞を伝えられたのは、夕ご飯をごちそうになった後だった。
「今日はフシロ団長んちに泊まらせてもらうのかと思ってた」
「……オレも」
主様が来たと伝えてくれたナハト様は、俺の言葉に残念そうな表情で同意を示すと、勢いよく抱きついてくる。
お茶会の日付はもう少し先だし、仕方ないかと俺も少しだけ残念に思いながら、こちらは体全体で不服を訴えているナハト様と手を繋いで歩き出す。
そんな俺達の背後には、ナハト様と一緒に来た年若いメイドさんが微笑ましげな表情で付いてきてくれている。
ナハト様はよく悪くも素直で可愛らしいから、そんな表情になるよなぁとちらりと振り返って見てたら、バッチリ目が合ってしまい、にこりと微笑まれる。
俺も反射的にへらっと笑い返しておいた。
「主様とノーチェ様……?」
「本当だ。何話してるんだろ?」
たどり着いた玄関ホールにいたのは主様だけでなく、一緒になってほわほわ微笑むノーチェ様の姿もあり、俺とナハト様は顔を見合わせて首を傾げてしまう。
「ジルちゃん、ナハト、こちらへいらっしゃい」
俺達に気付いたノーチェ様に手招きされて近寄って行くと、主様はちょうど収納魔法で何かをしまうところだった。
よくは見えなかったけどヒラヒラしていたので、また俺用にナハト様のお下がりを貰ったのかもしれない。
「ノーチェ様、ありがとうございました」
ナハト様と手を繋いだままとてとてとノーチェ様の足元まで行くと、今日のお礼と結局もらうという話になってしまった従者っぽい服のお礼を兼ねてお礼を伝え、いいのよとふんわり微笑んだノーチェ様から頭を撫でてもらう。
俺の頭だけでなく、両手を使って平等にナハト様の頭も撫でているノーチェ様は、その慈愛溢れる表情も相まってお母さんって感じで、不意に湧いた郷愁で少し泣きそうな気分になった。
そして『お母さん』で思い浮かんだ姿が、前世の母親ではなく育ての親な熊の姿だったことに、ほんの少しだけ寂しいというか……なんだかなぁな気分になった。
何より熊は立派な雄だから。アシュレーお姉さんみたいにオネエサン要素がある訳でもない。
そんな複雑な気分で笑っていると、無言で背後に回った主様から両脇の下に手を差し入れられ、そのまま持ち上げられそうになる。
「っと、主様、俺ナハト様と手繋いでるんだから、危ないだろ?」
体が浮いた瞬間、慌ててナハト様の手を離して危険回避をした俺は、首を回して主様を振り返ってやんわりと抗議する。
主様の反応はというと、無言のまま持ち上げた俺を抱え直すと満足げにぽやぽやしている。
たぶんだけど俺と視線が合いやすくなったからだと思うが、俺のやんわりとした抗議は全く響いてないということだ。
「主様、聞いてるのか? 俺かナハト様、下手すれば二人して怪我するかもしれなかったんだぞ?」
人形じゃないのでお互い腕がもげるなんてことはないが、運が悪ければ脱臼、そこまで行かなくても転んでしまうかもしれない。
そんな思いと気合を込めて主様をじっと見つめていると、主様の顔が近づいて来て全身のあちこちをくんくんと嗅がれる。
「怪我はないです」
「……どんな確かめ方だよ」
今ので確認出来たのかとか、主様鑑定出来るだろとか、全て飲み込んだ突っ込みを力なくする俺を気にせず、主様はドヤッとしてぽやぽやしている。
「ぽやぽやって、やっぱり変わってるな」
すっかり主様に慣れたナハト様は、呆れた表情ながら感心したようにこちらを見て呑気に呟いている。
「あらあら、幻日様はジルちゃんのことを心配されてるだけなんだから、そんな言い方をしてはいけないわ」
「はぁい」
で、やんわりふんわりノーチェ様に注意されて、良い子な返事をしたナハト様は、主様へ向けて「ごめんなー」と謝罪をしている。
それを聞きながら俺が何をしているかというと──。
「だ・か・ら、懐には入りません! 今日は普通に帰りたいから!」
俺の発言を聞いてもらえばわかると思うが、先ほどから問答無用でローブの懐へしまおうとする主様へ地味な抵抗を続けていた。
「ぢゅぢゅ!」
テーミアスも一緒になって抵抗してくれてはいるが、正直戦力にはなっていない。
テーミアスが全力で掴んでるのは俺の服だし、踏ん張ってるのは俺の肩の上だから。
ただただひたすらに俺の服を引っ張ってるだけだから。
視界の隅に見えるテーミアスの可愛さにやられそうになりながらも俺はかなり全力で抵抗してるのだが、主様はというと涼しい表情というかぽやぽやとしてる。
それでもかなりの力な上、手加減までしてくれてるぽい。
「しま…………この中は安全です」
しれっと『しまう』と言いかけた主様は、表情を変えず自らのローブの懐の中の安全性をドヤッとアピールする。
確かに主様の言う通り、とんでもない付与とされているローブの懐は安全だろう。
でも俺的にはちょっと残念な点が何個かあるのだ。
外が見えない。安心し過ぎて眠くなる。
何より──、
「…………そこ入れられると、主様の顔を見えないから、やだ」
思わずそうぽろりと呟いてしまった。
すると俺をしまおうとしていた主様の手がぴたりと止まり、まじまじと俺の顔を覗き込んで来る。
「ロコ」
「……なんだよ」
油断させて一気にやる気かと警戒して主様を見つめていると、体勢が一気に変わって足の裏にしっかりと地面を感じる。
「主様?」
「……帰りますよ」
急に心変わりした理由がわからず、主様を見上げて首を傾げていると、そんな言葉と共に手をぎゅっと握られる。
「怒ってる?」
あまりにもワガママを言ったから、呆れられたのかと今さらながら少しだけ不安を覚えて訊ねると、ぽやぽやとした主様は意味がわからない様子でぽやぽやしている。
怒ってはいないようだと安堵した俺は、親子揃って微笑ましげな顔をして見守ってくれていたナハト様とノーチェ様に挨拶をしてから、主様に手を引かれて歩き出す。
主様が挨拶をしないのはいつものことなので気にしないで主様と並んで歩いていく。
「今日は馬車で帰りましょう」
「おう」
ちょうどよくやって来た乗り合い馬車を見た主様がそう言ったので、本日は馬車帰宅となった。
主様の手を借りて馬車へと乗り込み、主様と並んで座席に腰を下ろす。
珍しく膝上に乗せられなかったなぁと主様の顔をちらちらと横目で見ていたのだが、その度に主様とバッチリ目が合う。
俺達って息が合ってるかもと、嬉しくなってコソッと笑っていると、何度目かで主様がハッとした表情になって止める間もなく俺を自らの膝上へと移動させた。
何でこのタイミングで? と主様を振り返りたかったが、満足げにふふんと小さく鼻を鳴らして俺の髪へ鼻先を埋めているので諦める。
もしかしたらだけど、忘れていたのかもしれない。
自分で言ってて意味がわからないんだけどな。
ま、主様が嬉しそうなら俺も嬉しい。他の乗客の迷惑になってる訳でもないから、おとなしく乗せておいてもらおう。
しかし、俺はまた「馬車に乗っててお尻が痛くなったー」とか言わせてもらえないらしいな。
別に痛くしたい訳じゃないが。
そんなどうでも良い心の声が微かに口から洩れてしまっていたらしく、無事に帰宅した後、主様とお風呂に入ったら、やたらとお尻を見られていた気がする。
それでも納得できなかったのか、やたらと撫で回されたので勘違いではないと思う。
しばらくは我慢していたが、我慢しきれなくなった俺はプリュイに助けを求めることになった。
その結果──、
「痴漢ダメ、ゼッタイデス」
「ぢゅぢゅぢゅー!」(その通りー!)
屋敷の主が正座で怒られることになってしまった。
いつもありがとうございますm(_ _)m
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誤字脱字報告助かりますので、これからもよろしくお願いします(*´∀`)
たまーに、書いた本人が何でそうしたみたいなことをやってますので。
指摘されて何でそう書いたか思い出したり、思い出せなかったり←
そんな事があったりもしますが、こちらはただの趣味で書いてるものですので、誤字脱字報告していただけると大変助かります。これからもよろしくお願いしますm(_ _)m
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