263話目
一応、女装注意で。
主様の頑張り(?)もあって無事に俺の手紙はグラ殿下に届いたようで、その日の午後にはナハト様からの呼び出しの手紙が来た。
どうせやるならと従者の基本的なことをヘイズさんから学びたかったので渡りに船だ。
次の日の朝、俺は迎えの馬車にテーミアスをお供に乗り込んでナハト様のお宅……つまりはフシロ団長のお屋敷へと向かっていた。
主様は外せない用事があるらしく、馬車が発車する直前まで張り付いていてなかなか離してくれなかった。
主様の弱みとして『可愛らしい子供』が狙われたりしたから、過保護が加速するのは仕方ないとは思うが、あちこちがぶがぶされた後何とか出発した。
がぶがぶされた理由はわからない。マーキングだろとテーミアスが言ってたので、マーキングなのかもしれない。
誰に対して……というか、効くのかわからないが主様のマーキングなら効きそうだなとテーミアスと話していたら、いつの間にか目的地へたどり着いていた。
前世でも今世でも乗り物酔いはしないタイプなので、馬車の揺れで酔うことはなく、よく異世界物のラノベで見る『馬車が揺れてお尻が痛くなるので揺れない馬車を〜』みたいなことも──。
「もう着いてしまいましたね。では、ジルヴァラ様、失礼します」
迎えに来てくれた馬車に乗っていたフュアさんが抱っこしてくれていたので、今回もお尻が痛いという経験をすることはなかった。
少しだけ残念そうな表情をしたフュアさんに抱えてもらい馬車から降ろしてもらった俺は、そのまま歩こうとするフュアさんを何とか説得して、今度は地面へ降ろしてもらった。
建物まで歩くとはいえ、さすがにここで俺が誰かに誘拐されるなんてことはないだろうけど、万が一があると困りますので、と困ったように微笑む美しいメイドさんには勝てなかった。
なので仲良く手を繋いで俺はお屋敷まで続く道を歩いていく。
一番最初にこのお屋敷に来た時のようにふと視線を感じたので顔を上げると、窓からニクス様がこちらを見て微笑んでいる。
その背後にはトルメンタ様らしき人影も見えたので、俺はフュアさんと繋いでいない方の手を二人へ向けて振っておいた。
「ジル、よく来たな!」
両開きの立派な玄関を開けると、キラッキラな笑顔のナハト様から迎えられた。
その隣にはヘイズさんと、やたらとにこにこのノーチェ様がいた。
「えぇと、お邪魔します……?」
ヘイズさんはともかく、にこにこのノーチェ様に何となく違和感というか妙な胸騒ぎを覚えて、挨拶する声が小さくなる。
そんな俺の態度を気にした様子もなく、ノーチェ様はにこにことした笑顔のまま歩み寄って来て、フュアさんと手を繋いでいた俺の前で足を止める。
「うふふ。ジルちゃん、お着替えしましょうねぇ」
楽しそうに笑ったノーチェ様の言葉に俺は逆らう術はなく、そのまま抱き上げられてしまう。
「いや、あのこの間の服があるんで……」
「あら駄目よ。あれはナハトとお揃いの服だもの。今日は従者を演じるジルちゃん用の服を用意したのよ」
やんわりと服は大丈夫と伝えてみたが、返ってきたのは正論というか納得してしまう内容だったので、俺は「ありがとうございます」とノーチェ様に抱えられたまま頭を下げる。
服に関してはともかく、抱えられるのは断っても構わなかったのではと気付いたのは、着替えが用意された部屋に着いた後だった。
●
着替えが用意されている部屋というのは、俺がいつも泊まる時に使わせてもらっている部屋だった。
勝手知ったる部屋ということで部屋に入ってすぐ、俺の首周りのファーと化していたテーミアスが飛び立ち、自分用に用意された籠に落ち着いた。
にこにこと笑うノーチェ様が怖かった訳じゃない……よな?
「さあ、ジルちゃん。お着替えしましょうね」
にこにこと笑ったノーチェ様の横には、服らしき物を手にしたフュアさんを始めとするメイドさん達。
今日は従者っぽく見せる服なんだから前の時みたいに何着も着せ替えはないよなと言える空気ではなく、俺にはされるがままになる選択肢しかなかった。
その結果どうなったかというと……。
「まぁ、やっぱり可愛いわ!」
「あえて長いスカートにしたのは正解でしたね」
「こちらのヘッドドレスはどうでしょう」
気付いた時にはこうなってた。
確かに従者と言えば従者かもしれないが、クラシカルなタイプのいわゆるメイド服を着せられ、今の俺はたぶんすんっていう顔してると思う。
秋葉原のメイドさんみたいなフリフリミニスカじゃないだけマシと言えばマシだけど、恥ずかしいものは恥ずかしい。
けれど、ノーチェ様やフュアさん筆頭にメイドさん達が喜んだり楽しそうな顔をしてるのを見ると、邪魔をするのも申し訳ない。
ノーチェ様達以外で見てるのはテーミアスぐらいだから、俺がしばらく我慢してれば良いか……と色々諦めかけた俺の目に、開いた扉の隙間から覗いている仲良し三兄弟の姿が映る。
「あ……」
「あら」
思わず洩れた俺の声と視線に気付いたノーチェ様がそちらを見て、奇しくも俺と同じように言葉を洩らして、すぐにくすくすと柔らかく笑う。
「覗き見なんて、お行儀が悪いわ」
入ってらっしゃいとのんびりふわふわ声をかけたノーチェ様に対して、俺は正直逃げ出したくなったが、未だにメイド姿なので逃げるに逃げられない。
「……別に覗いてたんじゃないぞ?」
「すみません、トルメンタ兄様がジルがどんな格好になるのかあまりに気にするので」
「オレも気になって……ジル、可愛いぞ!」
さすがに仲良し三兄弟の方は逃げ出すことはなく、それぞれ三者三様な反応と共に入って来る。
バツが悪いのか思い切り誤魔化しているのはトルメンタ様。
トルメンタ様にしれっと責任を押しつけて微笑んでいるニクス様。
素直に認めて、力いっぱい誉めてくれるナハト様。
いやー、兄弟でも反応は違うもんだな。
とりあえずナハト様は、女の子誉めるみたいに頑張って誉めるのは止めて欲しい。
初対面の『この平民が!』より語彙が増えたのは、成長したなぁと思うけど、俺の女装姿を誉めるのには発揮しなくて良いかなー。
「……もう脱いでいい?」
口々に似合ってると誉めてもらっても色々ゴリゴリ削られていく一方なので、俺はノーチェ様より与しやすいような気のするフュアさんの服を摘みながら、じっと見つめて首を傾げる。
ヒロインちゃんの上目遣いには負けるだろうけど、幼児の上目遣いには多少は心動かされるものがある……はず。
そう信じてフュアさんをじっと見上げていると、唐突にフュアさんは口元を手で覆ってしまい、ふいっと視線も外されてしまう。
「あらあらぁ、ジルちゃんったら、可愛らしいわ」
その様子を見ていたノーチェ様はそんな言葉と共に楽しそうにうふふと笑って、俺の方へと手を伸ばして来る。
服の分のかさが増しているはずだが、ノーチェ様は全く意に介さず俺をひょいっと抱え上げ、間近から俺の目を覗き込んで来る。
「ヘイズはまだ少し用事があるの。それが終わるまで……」
もう少し付き合ってもらえるかしら? と楽しそうに笑うノーチェ様に俺が逆らえる訳もなく、横目で三兄弟に助けを求めてみたが、そっと視線を外された。
絶対に無理だろうなとは思ったが、最後にテーミアスを見てみると──。
「ぢゅっ!」
頑張れと男前な応援をしてくれたので、もう少し頑張ろうと思う。
いつもありがとうございますm(_ _)m
ジルヴァラは決して女顔という訳ではなく、ただまだ六歳と幼いので、女の子の格好させてもそこまで違和感ないというだけです。
強気系元気っ子みたいな見た目になると思います←
感想などなど反応ありがとうございます(^^)
反応いただけると嬉しいです(*´∀`)誤字脱字報告も助かりますのでよろしくお願いしますm(_ _)m




