27話目
何も考えてないように見えて、本当にほとんど何も考えてないのがジルヴァラです←
「ま、まさか……っ!」
主様だけでなくフシロ団長達も固まってたので、さらに申し訳なくなった俺は、念のため驚き直してみたが、一番早く復活したフシロ団長に無言で軽く頭を小突かれて終わった。
「ジルヴァラは気付いてたのか? まぁ、もとから本人にあまり隠す気がないからな」
感心した様子のフシロ団長の言葉に、俺はきょとんとして首を傾げる。
「え? 気付いてなかったけど?」
乙女ゲームの知識が蘇ってれば主様の正体とかわかってたかもしれないけど、残念な俺の記憶は主様関係ほとんど思い出せてないからな。
もしかしたら、主様を攻略する前に死んだから記憶がないだけかもしれないけど、今はこうして現実に生きてる主様の前にいるんだから前世なんか関係ない。
今のところ、乙女ゲームの攻略対象者あるあるな過去のトラウマな悲劇が訪れる気配もないし、訪れても主様ならどうにか出来そうだし。
「ロコ、私の言ってる意味は通じてましたか?」
やっと動き出した主様は、本当に不思議そうな顔をして首を傾げ、俺の顔を覗き込んでくる。
「おう。主様は人でなしなんだろ?」
自信満々に答えた俺は、思い切り言い方を間違えた事に気付いてなかったが、背後ではドリドル先生が思い切り吹き出した気配がする。
「ジルヴァラ、その言い方だとただの悪口だ」
フシロ団長から痛ましげな顔で重々しく突っ込まれ、俺は自分の発言を振り返る。
「あ、ごめん! 違うんだよ! 主様は人じゃないって言いたかったんだけど……なんか段々悪口みたいになってく……」
言葉のチョイスミスに気付いて言い直した結果、さらに罵ってるようになってしまい、俺は頭を抱える。
「俺はただ、主様が主様だから好きになったんで、人だろうとなんだろうと気にならないって言いたかっただけだから!」
何とか捻り出した言葉を口にすると、主様は少し困ったような笑顔でぽやぽやして俺の黒髪へ触れ、頷いてくれた。
「ええ、わかりました」
「本当にわかってんのか? 俺は、ちゃんと主様が好きだ」
むっとして軽く頬を膨らませてると、またグッと顔を寄せてきた主様が、かぷりと俺の頬を甘噛みしてすぐ離れていく。というか、俺の方がドリドル先生から引っ張られる形で、主様から引き離された。
「子供相手に何してるんですか!?」
特に痛みもなくただ熱を持つ感じがしたなーと、怒っているドリドル先生の腕の中で他人事な感想を抱いていると、苦笑いしたフシロ団長と目が合う。
「あいつは何に見える?」
「主様は主様にしか見えてないよ、ずっと」
一欠片も迷うことなくそう答えたら、優しい眼差しをしたフシロ団長からぐりぐりと頭を撫でられた。
そのまま、俺はドリドル先生の腕からフシロ団長の腕へと受け渡される。身軽になったドリドル先生は、主様へお説教(?)みたいなことを始めてる。
「フシロ団長には何に見えるんだ?」
ふへへと気の抜けた笑い方をして、フシロ団長を見上げると、
「……最近は、聞き分けのない大きな子供に見えて仕方ないな」
そう笑いながら肩を竦めたので、俺も真似て肩を竦めて返したら、さらに笑われてしまった。
●
「じゃあ、明日こそ十の鐘の鳴る頃に迎えに来るからな。心配なら、おまえもついてくればいい」
昨日は、あのあとフシロ団長からのありがたい提案がされたことにより、俺は本日迎えに来てくれたフシロ団長の馬車に無事乗っていた。
もちろん、隣には主様がぽやぽや座っている。
ここに住まわせてください! という事件の発端になったお願いイベントも無事に終わらせた。
主様はなんかぽやぽや通り越して、脱力してたけど、頷いてくれたので良しとする。
「次は首輪ですから」
そんな謎の一言も言われたけれど、きちんと俺の気持ちは主様へ伝わったようで良かった。
「ほら、着いたぞ。ここが俺の屋敷だ」
街並みを眺めているうちにフシロ団長のお屋敷に着いてたらしく、フシロ団長に声をかけられ、ハッとして馬車の窓から視線を外す。
「外はそんなに珍しかったか?」
微笑ましげなフシロ団長に抱えられて馬車から降ろされ、俺はへらっと笑って頷く。
「ああ。だって、俺がまともに見たことある人の住んでるとこって、村だったんだぜ? それが一気に王都だからさぁ」
俺が興奮も露わにフシロ団長に抱かれたまま腕を回してると、何処からか視線を感じた気がしてきょろきょろと辺りを見回す。
「どうかしましたか?」
フシロ団長に抱かれているので目線が近くなった主様が、俺の目を覗き込んで心配そうに問いかけてきて、俺は何でもないと首を振った。
「ありがと、フシロ団長。降ろしてくれ」
「いや、屋敷の中まで抱っこさせてくれててもいいんだぞ?」
「なら、私が抱きます」
「俺自分で歩くからな?」
せっかくフシロ団長から降ろしてもらったので、抱えようとする主様の腕から逃れた俺は、抱えられないようにフシロ団長の手を握って見上げる。
「案内してもらえるか」
えへへと誤魔化すように笑って見せると、何処からか黄色い悲鳴が聞こえ、驚いた俺は思わずフシロ団長の手をしっかりと握る。
「え? なに、何かあったのか?」
主様を見上げると、安心させるように、というかいつも通り俺を見てぽやぽや微笑んでるので、別に何でもないのか、と警戒を解く。
「……今さらだけどさ、フシロ団長んち、大きいな」
「ま、一応、貴族の端くれだからな、これでも」
繋いだ手をぶんぶんと振ってると、フシロ団長がそんな暴露をしてくるが、この大きな屋敷を見た後なのであまり驚かなかったが……。
「俺、不敬で手打ちとかされない?」
今さら過ぎる不安を抱き、周囲を見渡しながら繋いだ手をくいくいと引っ張ると、豪快に笑われてしまった。
「そうだなー、じゃあジルヴァラは不敬罪でくすぐりの刑だな」
傷の辺りを避けるようにくすぐる真似をされ、けらけらと笑いながらフシロ団長と手を繋いで大き過ぎる両開きの扉の前に立つ。
「「「お帰りなさいませ、旦那様」」」
開いた扉の先に広がった玄関ホールにいたのは、執事服を着た壮年の男性と数名のメイド達だ。メイド達が着ているメイド服は、秋葉原で会えるようなメイドさんのタイプのではなく、長いスカートでクラシカルな感じの落ち着いたやつだ。
彼らの綺麗に揃った挨拶に、俺がおおーと感心してると、横に並んだ主様から頭を撫でられた。
「おう、帰ったぞ。これが話しておいたジルヴァラだ。幻日の方は保護者としてオマケの付き添いだから、適当でいい」
本気か冗談かわからないフシロ団長の言葉に、執事さんを始めとする使用人さん達が戸惑いを滲ませる中、ホールの奥の階段をふんわりとした水色のドレス姿の女性が降りてくる。
「あなた、そのような訳にはいかないでしょう?」
ふふふ、と笑いながら歩み寄って来る女性は、俺がこっそり思い描いてたような高慢ちきな金髪縦ロールなテンプレ貴族女性ではなく、おっとり微笑む優しそうな栗色の髪の女性だ。
フシロ団長の奥さんなんだし、それもそうかと一人で納得していると、近寄って来た女性は屈み込んで俺と目線を合わせてくれる。
「本当にあなたの言う通り愛らしい子ね。わたくしは、フシロの妻のノーチェよ」
「俺はジルヴァラです」
母性溢れる妙齢な美女の笑顔に何だか気恥ずかしくなり、フシロ団長の足にしがみついて隠れながら、自己紹介して頭を下げる。
「お、人見知りしてるのか? 珍しいな」
「まぁ、可愛らしい」
俺がもじもじと見慣れない反応をしていたせいか、無言で伸びて来た主様の腕により抱き上げられ、ノーチェ様から物理的に離される。
「ロコが嫌がってます」
むすりとフシロ団長を睨む主様に、ノーチェ様はあらあらとおっとりと微笑んで体を起こして、フシロ団長へ視線を向ける。
「ジルちゃんは、六歳にしては少し小さめね。うちの子のだと、少し丈が余るかしら?」
「奥様、それでしたら私にお任せを……」
「フュア。そうね、あなたにお願いするわ。幻日様、ジルちゃんを少しお借りしてもいいかしら」
ノーチェ様とフュアさんというメイドさんの間で話は決まったらしく、ノーチェ様は両手を主様へと差し伸べる。
「私も共に行きます」
女性が相手だからか、主様はやんわりとノーチェ様の手を避けてぽやぽやしながら、有無を言わせぬ声音で答える。
「だ、そうだ。少し邪魔だろうが、こいつも一緒で頼む」
相変わらずフシロ団長は主様を雑ともいえる扱いをしてるが、指示された方の使用人さん達の表情には明らかな緊張が見えている。
「主様、俺歩くから降ろしてくれよ」
主様、本人が人じゃない宣言してたぐらいだし、まんま人ならざる美貌って感じだもんな。
降ろして大丈夫なのか? と目で訴えてくる主様に、大きく頷いて返すと、やっと床に降ろしてくれたが、今度は手を握られる。
「主様?」
「さらわれると困りますから」
「……確かにとても愛らしくていらっしゃいますからね」
主様の言葉に苦笑いしてると、前を歩いているフュアさんの方から何か聞こえ、俺は小首を傾げてフュアさんの背中を見る。
フュアさんが特にこちらを見てた気配もないし、聞き間違いだったらしい。
「ジルちゃん、怪我してるってうちの人が話してたけれど、具合は大丈夫かしら? 少しでも気持ち悪かったりしたら、言ってね?」
俺が首を傾げる様子に気付いたのか、同じく少し前を歩いていたノーチェ様から心配そうに話しかけられたので、俺はへらっと笑って頷いておく。
「そう。ジルちゃんは我慢しちゃう子だから、気にかけてあげてくださいって、ドリドル先生からも言われてるの。だから、我慢は禁止よ? 我慢したら、にがーいお薬飲ませますっておっしゃってたわ」
おっとりと微笑むノーチェ様は、慈愛に満ちていて、母がいたらこんな感じかなとかも思ったけれど、言われた内容に俺は引きつり気味だろう笑顔で頷いておく。
「……おう」
ドリドル先生仕事熱心だな、と思うのと同時に、何処まで手を回してるんだよと、ちょっと怖くなったのは秘密だ。
いつもありがとうございますm(_ _)m




