259話目
浮気じゃないデス。あくまでも、芸能人を生で見て「おぉー」となってる感覚です。
パチッと目を開けた俺の視界に入って来たのは、主様の完璧過ぎる寝顔だ。
つまりはここは主様の家、しかも俺の部屋──。
「またやっちゃったかぁ……」
俺はいつの間にか運ばれていた自室のベッドの上で、自己嫌悪から頭を抱えて小声でブツブツ呟く。
ついさっきまでは主様の腕の中だったが、主様はよく寝ているので抜け出しても身じろぎ一つしなかった。
そして、ちらりと見やった時計の針が示すのは真夜中で、家の中は静まり返って……というか、そもそもプリュイが起きていたとしてもそこまでうるさいことはないか。
寝起きで少しボーッとしていたせいか、そんな妙なノリツッコミじみた脳内に一人でくすくすと笑っていると、部屋の扉がそっと開いて青い触手が侵入して来る。
ベッドまでやって来た触手を手を伸ばして捕まえ、体を起こしてもみもみと揉んでいると、触手を辿ってプリュイ本体がやって来る。
てちてちと音を立てて歩くプリュイの手には湯気の立つカップがある。
「ジル、ミルク温めマシタ。飲めマスか?」
「うん、ありがと。お腹空いて眠れなくなるところだった」
プリュイの優しい心遣いにへらっと笑ってカップを受け取った俺は、冗談めかせてお腹を擦ってみせる。
主様の眠りが深いことはわかっているが、起こしたら可哀想なのでお互い小声だが、ぴたりとくっついているし、周囲は静かなので会話するのに不自由はない。
「俺、いつ寝ちゃってたかとかわかるか?」
どの段階で寝たか記憶にないため、ちびちびとミルクを飲みながら訊ねると、プリュイは少し考えるようにふるふると震えて、
「アシュレーサンが、送っテきテくださいまシタ」
と答えてくれる。
「そうだった。アシュレーお姉さんが冒険者ギルドまで迎えに来てくれて……」
アシュレーお姉さんの名前を聞くと、朧げだがこの辺で寝たんじゃないかと寝落ち前の記憶が蘇ってくる。
会話は出来なかったけど、こっそり会いたいと願っていた人と再び会うことが出来たことを思い出して、考える前に口からポロリと言葉が落ちる。
「ちゃんとエノテラに会えたんだ」
その前に冒険者ギルドでヒロインちゃんの同行者として空気になってた時は、俺は隠れてたから会ったとは言えないから、何となくそんな言い回しでポツリと呟いた。
ゲームとは違うのは重々わかってるけど、やっぱり生きて動く推しの姿は色々妙に感慨深くなってしまう。
──主様ショックで怯えられてみたいだけど、エノテラはエノテラだ。
思い出した姿に頬を緩めながらミルクを飲んでいると、不意に腰辺りに何かが触れたかと思うと、ぐいっと引っ張られて俺は「うわっ」と声を上げながら仰向けでベッドへと倒れ込んでしまう。
咄嗟のことで思わず手をつこうとしてしまい、持っていたカップは無意識に放ってしまったのだが……。
幸いにもカップの中身はほぼ空だったし、俺の手を離れた瞬間すかさずプリュイがキャッチしてくれたらしく、ミルク爆散とかいう大惨事にはならなかったようだ。
カップの無事を見届けた俺は、仰向けの体勢のまま引っ張った犯人である主様を見やる。
視線の先にいる主様はいつの間にか上体を起こしていて、寝起きなせいか不機嫌そうに無言でぽやぽやと俺を見下ろしている。
「ごめん、起こしちゃったな」
そう笑って声をかけるが主様は無反応だ。
「主様? まだ真夜中だし、もう少し寝ようぜ?」
寝惚けているのかとシーツをばふばふと叩いて横になるよう促すと、やはり眠かったのかすぐに主様の体が倒れてくる。
ただし、寝転ぶ俺の両脇に手をついて、まるで俺を押し倒してるかのような体勢で。
さらさらと流れ落ちてくる髪に見惚れていると、主様の顔が近づいて来て──頬をあむあむと唇で食まれる。
これは主様もお腹空いてるのかもと助けを求めてプリュイを見やったら、笑顔でこちらを見ながらてちてちと去って行くところだった。
これは主様が眠るまでおとなしく食まれるしかないのかと思っていたが、しばらくして満足したのかやっと頬が解放される。
「ロコには私がいるでしょう?」
食まれて熱を持った頬を撫でていると、寝惚けているのかと思った主様から意外としっかりとした言葉が発せられ、俺は軽く目を見張って主様の顔を見る。
とろんとした目でこちらを見下ろして、ぽやぽやとしている。
これはバッチリ寝惚けてるな。
「うんうん、そうだな」
寝言には答えちゃいけないって聞いた気もするが、これは寝言じゃないからセーフだよなぁと言い訳みたいな注釈を脳内で入れつつ、主様の手を引いてベッドへ転がす。
もちろん俺にそんな怪力がある訳ではなく、半分寝ている主様が楽しそうにぽやぽやとしながら自分で動いてくれたから出来ただけだ。
大人が子供と相撲とかする時に手加減してくれてる的な雰囲気だろう。
また起き出してしまう前にと、俺は転がした主様の隣へいそいそと横になり、じっとこちらを見ている主様へ笑いかける。
「ほら、俺も寝るから。おやすみ、主様」
母親が幼子を寝かしつけるように優しくポンポンと主様の体を叩くと、伸びて来た腕に絡め取られるようにしっかりと抱き締められる。
これは変に起きてしまったから肌寒いのかもしれないと俺の方からもとしっかり体を寄せると、微かな笑い声と共に主様の体が揺れる。
「おやすみ、主様……」
「おやすみなさい、ロコ」
ふふふとまた主様の笑う声が聞こえたが、それはやたらしっかりしていて、寝惚けていた人物とは思えないものだったのだが、それを疑問に抱く前に俺の意識は微睡みの中に落ちていった。
「かわいいわたしの……」
耳元で囁かれた声を子守歌に。
●
ぐぅ〜……。
次に俺が目を覚ましたのは、自分のお腹から情けない鳴き声が聞こえてきたからだ。
あれだけ森を歩き回って、テーミアスと一緒におやつをちょっとだけ食べただけなんだから、お腹も空くよな。
夜中にプリュイからホットミルクを出してもらってなければ、もっと空腹で寝られなかったかもしれない。
改めて気の利く魔法人形のプリュイに感謝しつつ、俺はまだ眠っている主様の腕の中から抜け出して、ベッドから降りる。
その後、朝一プリュイに埋まって挨拶して、顔を洗って一緒に朝ご飯を作るといういつもの流れをこなす。
お腹が空いてるので、いつもよりなる早だったかもしれないけど。
メニューはガッツリ食べたいから、パンよりお腹に溜まる気がする白米だ。
おかずは某有名アニメ映画に出て来たようなベーコンエッグ。
俺のはしょう油をかけて、主様のは塩コショウを振っておく。
プリュイがさくさくさくと野菜を切ってくれたので、それをミルク仕立ての野菜スープを作って、デザートにはフルーツのヨーグルトがけを付けておこう。
相変わらずうちの冷蔵庫の中は品揃えが良い。
特に、俺が買ったというかおねだりした物以外に入ってる物のおかげだ。
買う物のセンスも品質も間違いないし、一度買い物を頼んでいるっていう冒険者さんに会ってみたいものだ。
開いた冷蔵庫から果物を取り出しついでに、そんなことを思いながらプリュイに果物を渡して切って(?)もらう。
数秒で食べやすい大きさになって吐き出されたので、人数分の皿に分けて盛って、ヨーグルトをかければもう出来上がりだ。
「俺、主様起こして来るから、プリュイは運ぶのお願い出来るか?」
いつも通りの役割分担をプリュイにお願いしてから、俺はパタパタと主様の待つ自室へと向かう。
わざと足音とかを立てて騒々しく部屋に入ってみたが、安全な自分の家で寝ているせいか主様は起きる気配はない。
まぁ近づいて来てる俺には殺気なんて欠片もないし、仕方ないと言えば仕方ないよな。
そんなことを考えながら飛び込むようしてベッドへ乗り上げ、主様の体をゆさゆさと揺さぶる。
「主様、朝ご飯出来たから起きてー」
今日は眠りが深いのか、いつもならこれぐらいで起きるはずなのに、今のところ無反応だ。
「……起きないな」
すやすやと眠る完璧な寝顔を見つめていると、悪戯心がむくむくと湧いてきてしまい、俺はベッドの上をずりずりと移動して主様の寝顔へ顔を寄せる。
まつ毛の本数すら数えられそうな近さだけど、主様の顔には毛穴も見えないし、朝なのに髭の気配すらない。
「ふぁ〜……」
無意識に謎の声が口から洩れてしまい、慌てて口を手で覆いかけた俺だったが、そういえば主様を起こしに来たということに気付いてその手を外す。
「ふふふ、主様のこういう顔見れるのって、今のところ俺とプリュイぐらいだよな」
そう呟いて小さな優越感に浸っていた俺は、眠っているはずの主様の手が動いていることに気付けなかった。
「……かわいい」
そんな声が聞こえたのと、俺が昨夜のようにベッドへ引き倒されたのは同時だった。
一瞬固まった俺だったが、ハッとしてベッドへ引き倒した犯人である主様を見ると、バッチリ目を開けてこちらを見ている。
「主様……いつから起きてたんだよ……」
俺が不貞腐れ気味にぽつぽつと呟くと、笑っているような吐息と共に主様の顔が近づいて来て、最近の主様のお気に入りである鼻をぶつけ合う挨拶をされた後、がぶりと頬を噛まれる。
「あはは、お腹空いたんだろ? 朝ご飯出来てるから、さっさと顔洗ってこいよ」
無言で頬をあむあむと噛んでくる主様の腕から抜け出すと、引き止められる前にとベッドを降りた俺は、へらっと笑って振り返りながら自分の顔を撫でてみせ、主様を置いて部屋を後にする。
あぁやって起きてしまえば、主様は二度寝することはないので大丈夫だろうと、俺は小走りでほぼ食堂と化している暖炉前へと向かうのだった。
いつもありがとうございますm(_ _)m
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そして、いつかジルヴァラをパクッといきそうな主様ですが……。
さすがにこの年齢でのあはんうふんは本編では書きません(*>_<*)




