254話目
ヒロインちゃんの探知能力やばし。
「ぢゅーっ!」
俺がついに対面かと緊張しながらも気合を入れる横で、肩の上のテーミアスが一声鳴いたかと思うと、勢いよくこちらへ向かって来ていた白いイノシシ……もといヒロインちゃんの表情がきょとんとしたものになり、その速度も緩まる。
さすが乙女ゲームのヒロイン。
きょとんとしてても可愛いなぁとか緊張のあまり思い切りズレたことを考えていた俺は、シムーンさんから突然小脇に抱えられて敵前逃亡することなる。
動物達もシムーンさんと一緒に駆け出して、それぞれ茂みの中へ飛び込んで身を隠してしまい、きょとんとしていたヒロインちゃんがぶんぶんと頭を振って周囲を見渡した時には、一匹残らず逃げ出した後だった。
そして、そんなヒロインちゃんの前に残ったのは──。
「森での大声はあまり感心しませんね」
そう穏やかに微笑んで忠告をするティエラさんだけが残されていた。
敵前逃亡をした俺の方はというと、シムーンさんに抱っこされる体勢で茂みの中で息を潜めて、ヒロインちゃんと対峙しているティエラさんを見ていた。
「ティエラなら大丈夫だから、ジルちゃんはしーっだよ〜」
俺が不安になって何かを言おうとするのを察したのか、先回りしたシムーンさんからゆるいが有無を言わせぬ口調でたしなめられてしまい、俺は口を噤むしかなかった。
「せっかくそのもふもふのおかげで、あの騒がしい子はジルちゃんのこと気付なかったんだからね〜」
それでも落ち着かずもぞもぞしていたら、こーらとゆるいお叱りの言葉と共に頬を軽くもみもみと抓まれる。
頬の痛みより、シムーンさんの言葉に驚いた俺は、勢いよく横を向いて肩の上にいるテーミアスを見る。
「……ありがと。また助けられちゃったな」
「ぢゅ」
小声でお礼を言うと、テーミアスは可愛らしい見た目にそぐわない男前な一声で素っ気なく「これぐらいどうってことない」と尻尾の一振りと共に返してくれる。
「さすが幻の獣だね〜」
シムーンさんからゆるい口調ながらも手放しで誉められて、ちょっとドヤッとしてる可愛らしい姿を見てると忘れがちだけど、テーミアスの見せる幻は相当なものだ。
それこそ、主様やアルマナさんレベルじゃなければ見破るのは不可能らしい。
テーミアスの機転で、今回もヒロインちゃんの目にしっかりと俺は認識されなかったようだ。
今現在のヒロインちゃんとの対決はちょっとキツいので、せめてもう少し落ち着きを知ったヒロインちゃんで初対面をしたい。
ティエラさんにきゃんきゃんきゃんと小型犬のように吠えてる元気いっぱいなヒロインちゃんを見て、そんなことを考えていた俺はふと今さらなことを考えてしまう。
ヒロインちゃんの年齢から考えて、今ってゲーム開始時期の二年前ぐらいなはずだけど、イベントとかの前倒しとかはあるんだろうか、と。
ヒロインちゃんに前世というかゲームの記憶があるから早めに動き出してるとしての仮定だけど。
って、俺がここでこうして考えても詮無いことか。
実際にヒロインちゃんは冒険者になって、こうして活躍してる訳だし。
──ゲームよりちょっとお転婆になって。
もしかしたら、そのせいで色々引っ張られて一気に前倒しされてるのかもしれない、なんてちょっと思ったのは誰にも言えないし、言っても理解はしてもらえないだろうけど。
●
[視点変更]
「あんた誰? ねえ、さっきまでここにいた動物はどこに行ったのよ!」
きゃんきゃん吠える目の前の少女に気付かれないよう、私は小さく安堵の息を吐く。
こんな存在にジルヴァラの事を認識されたとなれば、リーダーであるエルデに合わせる顔がない。
しかし、動物達が警戒してくれていたとはいえ、私もシムーンもそこまで気を抜いていた訳では無い。
なのにここまで接近に気づかなかったとは、この少女はジルヴァラとは違う意味で気にかけた方がいいかもしれない。
「……先ほども言いましたが、森であまり大声を出さない方が良いですよ」
「別に誰かに迷惑かけてる訳じゃないからいいでしょ! それにみんなスリジエは元気が良くて可愛いって言ってくれるんだから!」
私の少し嫌味の混じった忠告は、スリジエという名の少女には全く響かなかったらしい。
「元気が良いのは構いませんが、このような森の中では不要な危険を呼び込む事もあるんですよ」
そう微笑んで答えながら、私は死角から少女目掛けて飛んで来ていた人の頭ほどの虫を抜刀の勢いのまま斬り捨てる。
「なっ!?」
「虫のモンスターです。大きな音に惹きつけられるという性質を持つので、森で無闇矢鱈と大きな音を立てるなと冒険者ギルドで注意を受けるはずですが?」
虫の体液で汚れた刀を軽く振って納刀しながら少女を見ると、先ほどまでの元気が嘘のようにぴたりと黙って私をきちんと見てくれている。
これは良い薬になりましたかと内心胸を撫で下ろした私の耳に聞こえて来たのは、全く理解の出来ない内容の発言だった。
「さすがあたし……ピンチになると助けが入るなんて! しかも、なかなかの美形だし、脇役を攻略するってのも、ヒロインならではよね!」
やたらときらきらとした眼差しで見上げられるが、そこに滲む光は子供特有の純粋な光には見えず、奇妙な悪寒が背筋を走る。
その感覚を押し殺して、私は微笑んで少女の意味不明な発言を理解するのを諦めた。
理解しても全くこちらに利はない。
それどころか、少女を見た瞬間のジルヴァラの態度、そして少女はあからさまにもう一人の特例冒険者を敵視している。この二点から少女と知り合いになることすら避けたいほどだ。
「ねぇ! あなた名前は?」
「…………そちらはお一人ですか?」
確かこの少女にも連れがいたはずだという思いを込めて、ついでに少女からの問いは聞こえなかったことにしておく。
私達パーティーはジルヴァラの保護者ほどではないがそこそこ有名なのですぐバレるだろうが。
私の些細な抵抗など気にした様子もなく、少女はぷっくりと頬を膨らませて、上目遣いで私を睨んでくる。
少女は見たところ八歳ぐらい。
こんな愛らしい仕草にも違和感は無いはずなのだが、私には何処か何ともいえない奇妙としかいえない。
「エノテラっていう冒険者と来たんだけど、ゴブリン相手に手こずってるから、魔法で気配消して一人で来たのよ。気配消してたら、あの動物達も見つかるかとも思ったから」
エノテラがいるせいで動物達が逃げるの! と少女は声高に訴えたが、ジルヴァラが聞き取った証言と少女がしでかしてきたという逸話からすると、原因はこの少女だ。
もう! と可愛らしく怒る本人は何故か気付いていないらしい。
まるで自分が他人から嫌われたり憎まれたりするなんて有り得ない、そんな風に考えているとしか思えない。
それはつまり裏返すと──。
「あたしを愛さないなんておかしいもの」
そういう考えなのかもしれないと、一瞬抱いたとても信じられない馬鹿げた推測は、本人の自信満々な発言という疑いようのない証拠と共に肯定されてしまった。
適当に受け答えして煙に巻く予定だったが、これは私よりシムーンの方が適任だったかもしれない。
今さらな事を考えながら、私は目の前の少女を見て微笑む。
確か残りの採集目標は一つ。
ジルヴァラの付き添いはシムーンだけでも大丈夫だろう。
森の中なら頼りになる動物達もいてくれる。
「…………小さなお嬢さん。一緒に来た方と合流出来るまで、私がご一緒してもいいですか?」
「うふふ。仕方ないから許してあげる」
とんだ苦行になりそうだと思いながら、私は森に来る前にジルヴァラから貰った房飾りを握り締めて少女へ微笑みかけるのだった。
いつもありがとうございますm(_ _)m
ティエラさんも美形なので、ヒロインちゃんのお眼鏡にかなった模様。
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