252話目
頑張れネペンテス←
そんな感じで、相変わらずヒロインちゃんの相手はネペンテスさんがしてます。
「ん〜、少しは落ち着いたかと思ったけど、まだまだ元気だねぇ」
うわぁと思わず洩らしそうになった俺だったが、シムーンさんののんびりとした言葉を聞いて、唇をきゅっと引き結ぶ。
ちらりと見やったシムーンさんの表情は、のんびりとした発言の通り主様とはまた違ったゆるゆるとした笑顔だった。──ヒロインちゃんを見るその目は全く笑っていなかったが。
「シムーン、無駄な口を叩かないで。下手に絡まれたくないでしょう?」
「はぁい」
ティエラさんに怒られたシムーンさんは、肩を竦めながらゆるーく返事をして俺を隠してくれつつヒロインちゃんと距離を取る。
幸いというか、ヒロインちゃんは受付カウンターに上りそうな勢いで詰め寄ってるんで、俺達が今いるテーブルの置いてある側を見る心配はなさそうだ。
でも、念の為野次馬の中に紛れるようにして、元気の良いヒロインちゃんを遠くから眺める。
さすが主人公なだけあって、皆からの注目も半端ないなぁと感心していたが、以前と向けられている視線に温度差がある気がして俺はしぱしぱと瞬きを繰り返す。
以前ならこういう時、すぐにヒロインちゃんに賛同してるガヤみたいな冒険者がいたけど、今日はあまり声を上げている様子はない。
「……まぁ毎日いる訳じゃないよな」
「そーそー、今日はちょーっと運が悪かったね〜」
俺の独り言を聞き止めたシムーンさんは、大袈裟な仕草で頷いてみせ、俺の頭をよしよしと言いながら撫でてくれる。
「今日はぼく達がいたから中に入ったけどぉ、一人の時はアレがいたら回れ右だよぉ」
「……うん、そうします」
『アレ』と口にした瞬間のシムーンさんの声の冷ややかさに少しビクッとしてしまった俺は、シムーンさんの勘違いを訂正出来ず、へらっと笑って大きく頷いておく。
今の俺だとヒロインちゃんに絡まれたら色々削られそうだから、俺としても絡みたくないのは本音だからな。
「でも主様返せ……とか言われたらどうしよう……」
DLCからとはいえ、主様も乙女ゲームの攻略対象者なんだし、ヒロインちゃんの物……って、主様は物じゃないから! 他の攻略対象になってるオズ兄とかだって、いくらゲーム世界と似ていてもヒロインちゃんの物じゃない……よな?
怖れから考えないようにしていたことを考えてしまって、俺が内心の葛藤であわあわしていると、よいしょというのんびりとした声が聞こえて一気に視界が高くなる。
「妖精ちゃんが何を悩んでるか知らないけど〜、『アレ』がそんなこと言ってきたら──幻日様に告げ口してあげるよ〜?」
俺を抱き上げ、ゆるい口調でそんなことを耳元で囁いてくれたシムーンさんに、俺は状況も忘れて瞬きを繰り返す。
「シムーン、論点が違います。ジルヴァラ、心配しなくとも幻日様はあのような生き物には興味がないですよ」
「そっかぁ、そっちで行くべきだったか〜。遠くで見るぐらいなら、アレも珍獣枠で面白いんだけどねぇ」
片方はふんわり優しく微笑んで毒を吐き、もう片方はのんびりとゆるゆると楽しそうに「失敗、失敗」と嗤う。
というか、ヒロインちゃんのあまりの言われように、さっきまでの怖れなんて何処かへ行ってしまい、俺は目を見張ってティエラさんとシムーンさんの顔を交互に見てしまう。
「あはは、ティエラにそこまで言われるって、ある意味そんけー出来るよね〜?」
視線をさ迷わせてる俺に、シムーンさんは相変わらず楽しそうに笑って俺の頬をふにふにと揉んでいる。
痛くはないが、きちんと触れ合えるという『現実』が、思いがけず先ほどの混乱を落ち着ける答えをくれる。
ヒロインちゃんがヒロインだろうとも、ここはあの乙女ゲームの世界ではなく、よく似た現実の世界だ。
ヒロインちゃんがいくらヒロインしてても、現実なんだからゲームみたいに攻略していくことは出来ない……はず。
「あたしを誰だと思ってるのよ! グラからの指名依頼なんて、あたし以外誰を指名するのよ?! もー! それ、キークエストなんだからね!?」
発言からするとヒロインちゃんにはあの乙女ゲームの記憶があるっぽいし、その点にはもう気付いているとは思うけど。
確認してみたい気もするが、何かヒロインちゃんに前世の記憶持ちだと知られたらまずいような気もする。
そもそも、あの状態の彼女と仲良くなれる気はしない。
「あぁ、やっと副ギルドマスターが出て来てくださいましたね」
俺がちらちらとヒロインちゃんを窺っていると、ティエラさんが心底安堵した様子で呟いてカウンターの奥へと視線を向ける。
つられてそちらを見ると、厳しい表情をしたエジリンさんが奥の扉から出て、ヒロインちゃんの方へ向かうところだった。
野次馬達と一緒に聞き耳を立てていると、一瞬だけエジリンさんと目が合い、あからさまに反らされた。
「シムーン、また何かしたんですか?」
「今日は何もしてないし〜」
エジリンさんのあからさまな行動に、ティエラさんとシムーンさんがそんな会話をしてるが、たぶん原因は俺だろう。
ヒロインちゃんショックで深く考えてなかったが、どう考えてもヒロインちゃんの叫んでる『グラからの指名依頼』って、俺に来てるやつだよな。
そういえば、ヒロインちゃんはさすがヒロインクオリティというか、グラ殿下から愛称プラス呼び捨てにしていいって許可されてるんだなぁ。
「あたしじゃなきゃ、誰に指名依頼が来てるのよ! 教えなさいよ! そいつがあたしから指名依頼を横取りしたの!」
現実逃避してみたが、ヒロインちゃんの声はよく通るので無理だった。
やっぱり矛先は俺になるらしい。
思わずエジリンさんを縋るように見てしまったが、小さくだが力強く頷いてくれたので、エジリンさんに任せておけば大丈夫だろう。
「掲示板に貼り出されている依頼ならともかく、指名依頼を横取りなど出来る訳がないでしょう? 依頼人が指名した相手に受けて欲しいと出されたものなのですから」
「だから! 誰かがあたしを嵌めようと……そう! きっと、グラにあたしの悪口を吹き込んだのよ。それで、グラに会えなかったの! あ! だから、指名依頼が来なかったのね……そうよ、そうに決まってる」
至極真っ当で冷静なエジリンさんの対応に、ヒロインちゃんも少し冷静さを取り戻したかのように見えたが、口にした言葉の内容は、ヒロインちゃんが前世の記憶持ちなんじゃと思っている俺でも意味不明だ。
ヒロインちゃんは前世の記憶持ちかと思っていたが、もしかしたらその前提が違うのかもしれない。
聖女になる逸材だし、常人には聞こえない『声』みたいなのが聞こえて動いてるのかも?
そういうスピリチュアルなやつなら、他人からは理解されにくいよな。
「ぢゅぅ……」
ヒロインちゃんの不可思議さに、テーミアスも恐れ慄いて『何だあれ』と言ってるから、やはりそうなんだろう。
俺が一人でうむうむと納得していると、不思議そうな顔をしたティエラさんから心配そうに頬を撫でられる。
「無理してないですか? 出直しますか?」
「平気です。それに……」
たぶんもうすぐ終わりそうだから。
続けようとした言葉は飲み込んだが、ヒロインちゃんは俺の想像した──俺の想像を軽く超える発言をし始めた。
「そっか、そうよ! 別に指名依頼受けなくても、採集したのをあたしが届ければいいのよね。それで、指名依頼された横取りした卑怯者より先に、しかも品質が良ければ……」
うふふと先ほどの俺みたいに一人で納得したヒロインちゃんは、周囲の視線なんて全く気にした様子もない。
「おい、スリジエ……一人で行くなよ」
どうやら本日の連れだったらしいエノテラが遅ればせながらキラリとした笑顔付きで現れるが、鼻息荒く「行くわよ!」と宣言したヒロインちゃんに引っ張られてあっという間に見えなくなり。
ヒロインちゃんの元気の良い声が消えた冒険者ギルドの中には、何ともいえない静寂が落ちる。
「……えーと、お待たせしました! 次の方どうぞー!」
それを振り払ったのはずっとヒロインちゃんの相手をしていたネペンテスさんの溌剌とした声だ。
それをきっかけにしたように、冒険者ギルド内の時間が動き出す。
「ありがと、シムーンさん、ティエラさん。もう大丈夫だから」
俺もそう言ってシムーンさんの腕から降ろしてもらい、問題になっている指名依頼を受けに行こうと思っていたのだが、現実は抱く腕がシムーンさんからティエラさんに交代しただけだ。
「たまには私達にも後見らしいことさせて欲しいですね」
「そーそー、ぼく達も妖精ちゃんに頼られたいみたいな〜?」
優しく笑う二人にそう言われてしまうと断るのも難しく、行き先がヒロインちゃんと同じになっちゃった訳だから付いてきてもらった方が安心だよな。
「ぢゅぢゅぢゅー」
アレの相手はもうしたくないとテーミアスから真顔で言われたせいではないよ?
「ジルヴァラくん。では、こちらを……」
待機してくれていたエジリンさんの前に行き、コソッと指名依頼を受けた俺は森の守護者のメンバー二人を連れて森へ出発した。
さすがにずっと抱っこ移動はちょーっと遠慮したいので、抱っこだけは止めてもらった。
シムーンさんもティエラさんも、かなり残念そうだったけど見ないふりをしておく。
指名依頼の内容は、グラ殿下からもらった手紙の通りだったので、テーミアスと動物達の手を借りれば揃えるのは可能だろう。
ヒロインちゃんが俺より早く品質の良い物を納品した場合、俺の物は別の方へ回してもらえば良いからと、急かそうとするシムーンさんへ争うつもりはないと告げておく。
「えぇ〜、残念だな〜」
全く残念そうじゃない表情なシムーンさんに俺とティエラさんはくすくすと笑いながら、無駄に急いだりはせず三人で手を繋いで森へと向かうのだった。
いつもありがとうございますm(_ _)m
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森の守護者。気をつけないと、すぐ守護者の森と打ちそうになります←
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