閑話・幕の周辺
本編停滞のため、閑話投稿。
[とある通りの喫茶店のウェイトレス語る]
私は週三回、冒険者ギルドの面している通りにある喫茶店でウェイトレスとして働いている。
美味しいまかないも出るし、マスターも奥様もとてもおおらかで優しい良い雰囲気の喫茶店だ。
特に奥様は聖母かと思うほど優しくて、こちらが心配になるぐらい。
来る客層も近所の人が多くて、たまにいかつい冒険者の人も来たりするけれど、この喫茶店に来る冒険者さんは優しい人ばかりで怖いことはほとんど無い。
まれーに、少し怖かったりもする人も来るけど、他のお客さんが窘めてくれるので私でも何とかやれている。
そんな私の最近の密かな楽しみは、最近よく顔を見せてくれる可愛らしいお客さんを見ることだ。
色んなタイプの美形な人を連れてきたり、たまには一人でパタパタと現れたり、くるくる変わる表情と相まって本当に可愛らしい見た目の元気な子なのだ。
聞き耳を立てていた訳ではないけど漏れ聞こえた会話から、あんな可愛らしい子が冒険者なんだと知って驚いたのを顔に出さないようにするのが大変だった。
あの子の元気な姿を見るのが、私……さらにマスターご夫妻の楽しみになってしばらく経ったある日、私は応援で普段シフトに入ってない曜日に出勤していた。
常連の多い店なので、曜日が違うとお客さんの顔もあまり見覚えがないという感じになってしまう。
だからといって笑顔で接客するのは変わらないけど。
「ありがとうございました!」
混むお昼時を何とか乗り切って私がそっと息を吐いていると、いつもこの曜日に入っている友人が話しかけてくる。
「今日はありがと。お客さん切れたから、少し休憩して良いって」
そう言いながらジュースの入ったコップを手渡してくれる彼女は、同性である私から見ても美人で大人っぽい。
私の方はと言うと……まぁせいぜい可愛いぐらいとしか言われない。大人っぽい女性を目指してるのに、なかなか上手くいかないものだ。
年齢もそう変わらないのに……やっぱり胸かしら、と思わず並んでカウンターの椅子に腰かけている彼女の横顔を見ていると、ちらりと時計を見て深々とため息を吐いた。
「どうかしたの? 体調悪いなら……」
「え? あぁ、違うのよ。もう少しするととあるお客さんが来る時間帯だなぁって思っただけ」
心配して声をかけた私の言葉を遮った彼女は、ほんの少し苦笑いして私の心配をやんわりと否定してくれる。
彼女の視線を追って時計を見た私は納得して頷いてから、違和感を抱いてすぐに首を傾げる。
「……もしかして、子供苦手だったっけ?」
「んー、騒がしい子供は少し苦手なんだけど……あれはレベチかなぁ」
「騒がしい……? 確かにあの子は元気いっぱいだけど、そこが可愛いよ?」
「あれ? あなたも会ったことあるんだ? 心広いねー、アレって見た目は可愛いけど、あたしならぶん殴りたくなりそう」
「そ、そうかな」
握った拳をぷるぷるとさせている彼女の怒り具合に、私は自分の感性が人とズレているのかと心配になってくる。
思わず、
「えぇと、ほら、いつも一緒にいるお……元気な人と楽しそうにしてる姿とか、無邪気で可愛くない?」
とあの子の可愛いアピールを始めてしまうくらいに。
「いつも一緒に来る元気な人? 何かちょっと馬鹿そうな冒険者の男の人のこと? アレはどう見ても媚びてるというか、あざといというか、子供らしい可愛らしさは無くない?」
私の言葉に、彼女から返ってきたのは嫌悪感すらチラつく反応としかめっ面だ。
彼女の言う通りなんだろうか。私の目からは、大型犬と戯れてる幼い飼い主みたいで可愛く見えてたんだけど。
大型犬さんとたまに一緒に来るクールな感じの人も、すっごい美人の魔女さんも可愛がってて、照れてながら甘えてるの可愛い……これが媚びてるって見えたのかな。
幸いにもまだお客さんは来ないし、マスターは奥の方からもうちょっと休んでて、と声をかけてくれたのでもう一度だけと彼女と向き直る。
何だろう、お気に入りの物を否定されて私、思いの外ムキになってるかも。
「な……ならさ、あの色っぽい美人の男の人と来てる時は? また雰囲気が違ってて、ちょっとおしゃまさんみたいで可愛くない? 見てると癒やされるというか……」
次に話題にしてみせたのは、大型犬みたいな人ほどじゃないけど、やっぱりあの子とよく来て、あの子を可愛がっている綺麗で色っぽい独特の雰囲気のあるお兄さんだ。
通りでアクセサリーを売ってる姿を見たこともあるけど、強い冒険者らしいと知って、こっちもあの子が冒険者と知った時並みにビックリしたのを思い出しながら言うと、
「え? そう? 何か色気のある男の人よね? 馬鹿そうな冒険者の人は、アレに惚れてる! って感じだけど、こっちは仕方ないから面倒見てるって感じで、アレはいつも通りワガママいっぱいじゃない? どの辺がおしゃま? というか、思い出すだけでイライラするんだけど?」
みたいな答えと共に不思議かつ少し不機嫌そうな表情で見られてしまった。
「え? 丁寧な言葉で話しかけてて可愛くて癒やされて……お姉さんって……あれ? お姉さん?」
彼女の答えと表情、今さらながらのあの子からの呼びかけの違和感に首を捻っていると、くすくすという柔らかな笑い声が二人分聞こえてくる。
「あ、ごめんなさい、声大きかったですか?」
「ごめんなさい、そろそろ仕事に戻りますね」
笑い声の主であるマスターと奥様へ二人揃ってぺこりと頭を下げて仕事へ戻ろうとしたら、マスターは時計を示して「お昼時は過ぎたから、お茶にしよう」と言ってくださり、奥様は入口に『休憩中』という札を出す。
顔を見合わせた私達は、断る理由もないので甘えさせてもらいマスターご夫妻と向かい合ってお茶をいただくことにする。
「さっきは笑ってすまないね」
「あなた達のお話が聞こえてたのよ」
そう言って思い出したように笑うマスターご夫妻の顔は優しくて、怒ってる様子はないので、私達はこっそり目線で会話してため息を吐く。
そんな私達の反応に、またくすくすと楽しげな笑い声を洩らしたマスターご夫妻は、悪戯っぽい表情でこちらを見ている。
「見事にズレているのに、噛み合ってしまったなぁと思ってね」
「本当に。上手な喜劇みたいだったわ」
マスターご夫妻の言葉の意味がわからず、彼女と揃って首を傾げているとマスターの方がふふっと笑って種明かしというか謎を解明してくれる。
「君達は仲良しだけど、今までほとんど同じ日には働いてもらって無かったね」
その通りなので揃って「はい」と答えてコクリと頷く。
マスターの隣では、奥様が楽しそうな表情で私達を見守るように見ている。
流れで今度は紅茶とお菓子を進められたので、ちまちまと飲んで食べながらマスターの次の言葉を待つ。
「働く曜日が違えば、よく来るお客様も変わるのは理解出来るね?」
口の中にお菓子があったので無言で頷く。隣の彼女も以下略。
「そこが君達の勘違いの始まりだ。君の言う『可愛くて人懐こい小さな冒険者』と」
「あなたの言っていた『見た目だけは可愛いけど、無駄に声の大きくてウザいワガママな冒険者』はそもそも違う子を指しているのよ」
私の方を見ながらマスターが、彼女の方を見ながら奥様が言葉を紡いで、聞いてしまえば「あー」となる単純でわかりやすい答えをくれて、私達は顔を見合わせてからくすくすと笑ってしまう。
「そういうことだったんだ……」
「通りで話が合わない訳ね。あたし、あなたの趣味がとんでもなく悪いか、目が腐ったのかと思っちゃったわ」
そんな会話を始めた私達を、マスターご夫妻はゆったりと紅茶を飲みながら優しい眼差しで見守ってくれている。
「あのね! 私が言ってる子はね、真っ黒い髪で銀色の目をした妖精とか子猫みたいに可愛い男の子よ? あなたもきっと可愛いって思うよ」
「それは会ってみたくなるね……じゃあ、あたしが言ってたのは、白っぽい髪に金の目をした見た目だけは可愛い悪魔みたいな子。絡まれないように気をつけるのね」
「……そっちの子も、別の意味で会ってみたいけど」
関わりたくないなぁという気持ちが洩れてしまったのか、マスターご夫妻も含めた全員からくすくすと笑われてしまった。
幸いにも彼女が言っていた『白い悪魔』とは会うことなく応援を終えた私は、お土産に貰ったお菓子を手に帰宅の途についた。
今日の出来事を思い出していた私は、ふと違和感を抱いて首を傾げる。
「見た目だけは可愛いけど、無駄に声の大きくてウザいワガママな冒険者……って、彼女そこまでひどい事言ってたっけ?」
深く考えると怖くなりそうなので、私は抱いた違和感をそっと気付かなかったことにしておくことにした。
●
[とある酒場の酔っ払いの会話]
「おいおい、知ってるかよ」
酒場で一人、イライラを治めるため酒を飲んでいた俺に絡んできたのは、かなり出来上がっている友人だ。
気付かないふりをしたかったが、カウンターに座っていた俺の隣へ腰掛けて絡んできたため、無視は難しい。
ちょうど手持ち無沙汰でもあったし、馬鹿話でも相手をしてやろうかとでろんでろんな友人へ向き直る。
「何をだ?」
「へへへ、特例冒険者っていう、珍しい冒険者の話だよ」
まさかピンポイントでイライラの元の話が出るとは思わず、俺は表情を歪めて無言でジョッキの中身を一気に煽る。
そんな俺の反応に気付くことなく、でろんでろんな友人はにへへと妙な笑い方をする。
「おれもさぁ、噂話だけは知ってたんだけどさぁ、今日な、森へ行ったら会っちゃった訳よ、その特例冒険者ってのに!」
「……それで」
聞きたくもない話だったが、義理でかなり気の無い相槌を打つ。普段ならともかく、ここまででろんでろんな友人は気にしないだろう。
「それがさぁ、おれ下手打っちまって、足を捻挫して動けなくなった上、飯忘れて空腹でぐったりしてた訳よ! そこに特例冒険者が来てさ」
「キャンキャン喚いて、不味い飯でも恩着せがましく押しつけられたか? で、そのまま放置されたとか」
あのイライラの元ならしそうな『善行』を口にすると、友人は一瞬きょとんとしてから、あははと大きく口を開けて楽しそうに笑い出す。
「確かに周りにいた動物達が、おれを見て『キャンキャン』みたいに特例冒険者に訴えてたな! なんか、汚い不審者に近寄るなって言われてそうで、不思議だったなぁ」
確かにあのイライラの元ならそう言いそうだとも思って俺はイライラしたが、友人は全く気にした様子もない。
「…………心が広いな」
「だよなあ。腹減ってるって気付かれて、貴重な食料分けてくれて、捻挫の治療までしてくれたんだぞ? おにぎりっての? 美味かったなぁ。で、歩けないのに気付いてくれてさ、助けを呼んでくるって言って、A級冒険者連れてきてくれたんだよ。そのおかげでおれはこうして今ここに無事でいる訳よ」
俺の発言を件の特例冒険者へのものだと勘違いした酔っ払いな友人は、楽しそうな顔であははと笑いながら俺の背中をバンバンと叩いて、特例冒険者のことを楽しそうに語るが、ふと違和感を覚える。
友人の特例冒険者を誉め称える言葉にも違和感しか覚えなかったが、その前にも何か少し引っかかった気がする。
こいつの言い方だとまるで──、
「特例冒険者本人ではなく、周りにいた動物から言われたように感じたみたいだろ……」
「ん? おれそう言わなかったか? あはは、酔っ払ってるから間違えたなー」
すっかり笑い上戸と化した友人は、自分が言い間違えたのだと思って「悪い悪い」と謝っている。
その姿を見ていると、不思議になる。
「よくあの特例冒険者のことを笑顔で話せるな」
思わずそう吐き捨てるように言うと、友人はほんの少し驚いたように目を見張って俺を見てくる。
それでも俺は止められず言葉を続けようとし、友人も何かを言おうとする。このままでは喧嘩になるかもな、と頭の片隅の冷静な自分が囁いた気もするが──、
「あんなクソうざい害虫みたいなガキを」
「あんな無邪気で素直な子をなんで嫌うんだ」
喧嘩になる前に、お互い違い過ぎる言葉を吐いたことに驚いて顔を見合わせる。
「特例冒険者の話だよな?」
俺が改めて問うと、だいぶ酔いが醒めてきた友人はこっくりと頷いて、またへへへと笑う。
まだ酒は抜けてないようだ。
「そうだぜ! 一部では森の妖精とか呼ばれてるんだぞ?」
それはどれだけ目が曇ってるんだ? いや……、
「まぁ、見た目は可愛く見えないこともないか……?」
俺が微妙な同意を示すと、友人はさらに勢い切って言葉を続ける。
「銀色の目って、初めて見た時は驚いたけど、きらきらしてて悪くないよな」
酔っ払っているからか、ついに色の表現も出来なくなったらしい。
「銀色の目? 金じゃなくて、銀色?」
酔っ払いに指摘してもわからないだろうなと思いながら突っ込んだのだが、思いの外しっかりとした声音でさらに予想外の言葉が返ってくる。
「あぁ、そうだぞ? お前、ちゃんと見たこと無かったのか? 黒い髪も艶々でふわふわで撫で心地も良かったなぁ」
「黒い髪……? ほぼ真っ白じゃないのか?」
これはもう酔っ払いの域を超えて……とそこまで考えて、俺は自身も酔っ払ってると自覚する。
どう考えても、俺と友人の話している『特例冒険者』は別の人物だろう。
「俺の言っている特例冒険者は、白っぽい髪に金の目をした声の大きくてウザい、見た目だけはそこそこ可愛いがクソうざい害ち……少女だ」
「そこまで言ったならもう言い切れよ! まぁいいけど。ちなみにおれの言ってる特例冒険者は、黒い髪に銀色の目をしたちっこくて元気なぼうずだ!」
酔いの醒めてきた友人は、俺の暴言に突っ込みを入れてから、これでどうだ! と自慢気に自分の言っていた『特例冒険者』のことを説明してくれた。
その表情は本当に楽しそうで、もう特例冒険者なんか関わりたくもないと思っていた俺の心が、ほんの少しだけ動く。
「お前がそこまで言うなら、そっちには会ってみたいな。で、お前はぜひクソうざい害ちゅ……みたいな方に絡まれればいい」
「──おれはお前がそこまで罵倒する方には絶対会いたくない」
友人の酔いはすっかり醒めたようだ。
いつもありがとうございますm(_ _)m
幕の外と幕の内側の間ぐらいの人々。
どちらも白い悪魔に会わせてみたい。
感想などなど反応ありがとうございますm(_ _)m
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