245話目
まったりとは……。
「今日はまったりする日にしまーす!」
朝ご飯を食べ終わり、ぽやぽやとお茶を飲んでいた主様に、先程プリュイと話していたことを宣言した俺は駆け寄った相手にしがみついてえへへと笑う。
──朝ご飯の片付けをしてくれているプリュイへと。
ぎゅーっと思い切りよくしがみついても、良い感じのふるふる感と弾力のあるプリュイの体はダメージを受けている様子はない。
「フフ」
プリュイから聞こえる楽しげな笑い声を聞きながら、俺はそのままプリュイへしがみついて移動していく。
正確には、俺を埋め込んだプリュイが俺をくっつけたまま器用に運んでくれてるんだけどな。
視界の端で主様が「え?」みたいな表情をして固まっていた気がするけど、気のせいだろう。
「あ……さすがに溶けそうだな」
運ばれている途中、庭が見える廊下を通りがかると、強い日差しに照らされている真っ白な雪が目に入り、思わずそんなことを呟いてしまった。
自然の摂理として仕方ないことだが、昨日皆で遊んだのが楽し過ぎたのが悪い。
内心でそんな責任転嫁をしていると、しがみついているプリュイの体が無言でふるると謎の震え方をして、俺は驚いてプリュイの顔の辺りを見る。
「──マダ大丈夫デスよ」
「そうだな。まだ寒い日は続くよな」
励ます言葉を探してくれてたんだなと謎の震えに関して自己完結をした俺は、プリュイを見上げて安心させようとへらっと笑いかける。
「ハイ、大丈夫ニなりマス」
微妙におかしな言葉遣いが出た気もするが、プリュイはあまり喋るの得意じゃないし、言い間違えたんだろうと納得して、俺は再び歩き出したプリュイへしっかりとしがみつき直すのだった。
●
「ゆっくりトハ……」
プリュイの手伝いとして、触手で持ち上げてもらいながら雑巾で棚の上を拭く俺に、持ち上げてくれているプリュイは困惑した様子で小さく呟く。
「俺は楽しいよ?」
プリュイの困惑を滲ませた呟きが聞こえた俺は、持ち上げられたまま振り返って言葉通りニッと笑ってみせる。
元々プリュイが毎日きちんと掃除をしてくれてるので、拭くといってもそこまで力を入れて拭く必要もないし、ただただ触手で持ち上げられて移動するのを楽しむアトラクション感覚だ。
「こうしてると、なんか宙に浮いてるみたいでさ」
笑いながら、次はあそこ! と指差すと、ふるふると苦笑いのような表情を浮かべたプリュイは、俺の指示に従って触手を動かしてくれる。
動かしてもらった先は玄関先が見える大きな窓の近くで、窓ガラスではなく窓枠の出っ張ってる所や、複雑な飾りみたいな所を攻めてみたが、そういう所にも埃一つ見当たらない。
「プリュイの掃除、完璧だな」
手伝うにしても埃一つないという状態に、何だか少し悔しさを覚えてむぅと唇を尖らせていると、ゆっくりと触手が引き戻されていき、プリュイの文字通り涼し気な面が目前に迫る。
「ジル? 可愛イ顔シテどうしマシタか?」
何を言われるかと思ったら予想外過ぎる言葉で、俺は思わずプッと吹き出してしまった。
「プリュイも冗談とか言うんだな」
声を上げて笑い続ける俺に、プリュイは困惑したように首を傾げていたが、不意にそののんびりとしていた雰囲気が消え去る。
今度は俺が困惑する番で、笑うのを止めてプリュイの様子を見ていると、プリュイは無言のまま触手を動かして立ち位置を変え、窓側にあった俺の体はプリュイの背中に庇われるような体勢となる。
「……何か来たのか?」
窓の外をひたと見つめるプリュイに小声で話しかけると、振り返らないプリュイ本体の代わりに触手でちょんと唇を突かれる。
その仕草の意味することを悟った俺は、きゅっと唇を引き結んで言葉を飲み込み、プリュイの体に隠れながらそっと窓の外を窺う。
さっき見たばかりだからプリュイの視線の先にあるのは玄関の辺りだろうとこっそり見ると、そこには二つの人影があった。
あれが侵入者かと目を凝らした俺は、それが両方共見覚えのある人物だと気付いてしぱしぱと瞬きを繰り返してプリュイを引っ張る。
服みたいな感覚で掴んで引っ張ったら思いの外ぐにょんと伸びてしまったが、プリュイは気にした様子もないので痛みはないらしい。
「じゃなくて……! プリュイ、あれってヘルツさんとその息子だっていうファラドさんだぞ? 主様の結界で入れないみたいだけど」
ズレてしまった自分の思考に突っ込んでから、警戒しまくっているプリュイへ言葉で訴えてみたのだが、プリュイは警戒を解く気配はない。
「アレは敵ダト、幻日サマから言ワれマシタ」
「……あー、そういえば、ヘルツさんって主様のこと毛嫌いしてたな」
お見舞い貰ったのもトレフォイルの三人経由で「あの野郎に渡したら絶対に捨てられる。ジルぼうずへ直接渡すんだぞ」とまで言われてたらしい。
ヘルツさんの中で、色々反応が薄い主様は相当な冷血漢だと思われてるみたいだけど、主様は単にぽやぽやしてるだけなんだよな。
そのせいで余計な敵も増えるし、死亡フラグ建てるのも得意だし。
「とりあえず主様に二人を入れるように頼もう。……いや、俺が二人から話を聞いてきて伝言した方が早いな」
あそこにいるからには、何か用事があって来てるんだろう。
ぽやぽやな主様を挟むと、ただでさえ気が短そうなヘルツさんがブチギレて話にならないかもしれない。
そうと決まればと玄関へと駆け出そうとした俺は、ハッとしたプリュイによって触手で再捕獲される寸前、いつの間にか近寄ってきた主様からひょいと抱えあげられる。
「主様、ちょうど良かった! あのさ、外にヘル……え?」
当たり前だけど主様も気付いてたんだなとか考えながら、俺は抱き上げられた体勢のまま外を指差してヘルツさん達のことを訴えるため話しかけようと上げた視界は一気に薄暗闇に包まれる。
落ち着く匂いと温もりに一瞬ほっこりして丸くなりかけるが、すぐにそんな場合じゃないと再びバッと顔を上げる。当然視界は全面薄暗闇なので何も変わらないが。
「主様、ヘルツさんが……」
「しぃー」
しまわれたローブの懐の内側から犯人である主様へ話しかけると、静かにというわかりやすい注意をされてしまった。
あれ? 主様がここまで身構えるって、もしかして外にいるのはヘルツさんとファラドさんに変装とかした不審者なのかもしれない。
そもそも少し距離もあるし、実は全くの別人な可能性もある。
主様とプリュイは、結界から色々わかるからそれできっと警戒してたんだな。
世界で一番安全であろう懐の中でそんなことを考えて一人で納得した俺は、警戒心をしっかりと抱いて外の様子に耳をそばだてる。
油断してて主様の足手まといにはなりたくないからな。
主様は急に動いても俺を振り落としたりはしないだろうが、少しでも楽になるようにとぎゅっと主様へしがみつくと、体に回された腕にさらに力がこもる。
主様がここまで警戒するなんて、一体どんな化け物が外に──と緊張していると、玄関の扉が開けられる音と共に外の匂いがして……、
「幻日てめぇ、一体どういうつもりの歓迎だ!? さっさとジルぼうずに会わせろ!」
ちょっとした爆発音の後、元気の良い聞き覚えのある男性の声が自己紹介のような吠え声を響かせて。
「…………やっぱりヘルツさんだ」
相手をしっかりと確認出来たので、俺は無駄に肩に入れていた力を抜いてへらっと笑ったのだった。
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