24話目
小動物がご飯食べてる姿って、可愛いですよね。
色々気付いちゃうフシロ団長と、全く気付かないジルヴァラ。
そして、忘れがちだけど六歳児体型なので、ちっこいジルヴァラ。
小脇に抱えて持ち去りやすいサイズです!←
「おー、美味しそう」
茶色の紙袋から出て来たのは、食べやすいように一つ一つ紙に包んであるバケットサンドだった。
中身はトマトとレタスと何かの肉、それとチーズとなかなか具だくさんだ。
「お、そうだ。飲み物いるだろ。俺が紅茶入れて来てやろう」
俺の手には余る大きさのバケットサンドを色んな角度からしげしげと眺めていると、フシロ団長がサッと立ち上がり、止める間もなくキッチンの方へ消えていった。
向かう足取りに一切迷いがなかったし、主様へ特に許可を得ないってことは、フシロ団長来るの初めてではないんだな、と主様の横顔を窺う。と、主様は俺の方を見ていてバッチリ目が合う。
「フシロ団長、よく来てるのか?」
いつから見られてたんだろ、と思ったのはおくびにも出さないで飲み込み、首を傾げて尋ねると、主様はゆっくりと瞬きして頷く。
「そいつが何かしでかした時の担当にされてるんだよ、俺は。これでも騎士団長なんだがね」
主様が何か答える前に、紅茶の入ったカップを金属の丸いお盆に乗せたフシロ団長が戻って来て、ぽやぽやしてる主様の代わりに苦笑い混じりでそう説明してくれた。
「ありがと! ……騎士団長が担当になるなんて、主様期待されてるんだな」
差し出された紅茶のカップを受け取り、俺は隣に座って受け取った紅茶を飲んでいる主様を見やる。
「期待されてるというか、きけ……いや、なんでもないぞ? こいつは天下の幻日様だからな」
「きけ?」
フシロ団長は明らかに言葉を中途でぶった切り、訝しむ俺を誤魔化すようにがははと笑って自ら入れた紅茶をがぶ飲みしてる。
熱くないのか、と思ってたら、あちちち、と小さく聞こえたので、やはり熱かったらしい。
「ロコ、食べましょう」
「おう、いただきます!」
フシロ団長の奇行は気になったが、ぽやぽやしながら圧をかけてくる主様に負けて、俺はバケットサンドを両手で掴んで思い切り口を開けてかぷりと齧りつく。
「んー、これ美味しいな」
異世界メシマズ展開からの飯テロ成り上がりはよくある異世界転生のテンプレだけど、ここでは無理そうだなとどうでもいいことを心の隅で思いつつ、俺はバケットサンドの美味しさに頬を緩める。
主様もフシロ団長の口にもあったらしく、二人共無言でバケットサンドを齧っている。
二人のバケットサンドはもう半分も無いが、いかんせん口の大きさが違い過ぎるため、俺の方のバケットサンドはまだまだ減っていない。
「焦らなくていいから、ゆっくり食べろ」
もぐもぐと口いっぱいにバケットサンドを詰め込んでると、優しい笑顔を浮かべたフシロ団長からポンポンと頭を撫でられる。
喋れないためコクリと頷いたら、脇から伸びて来た主様の指が俺の口元へ触れて、すぐに離れていく。
訝しんで首を傾げて主様を見ると、すでにバケットサンドは食べ終えていて、指に摘んだ何かを口へ運ぶところだった。
「付いてました」
「ん、そっか。ありがと」
俺の視線を受けてぽやぽやと答えた主様に、口の中の物を一回飲み込んでお礼を言ってから、俺は再びバケットサンドへ齧りつく。
「ふぁに?(なに?)」
そこでこちらをガン見して固まっているフシロ団長に気付き、行儀が悪いのはわかってるが、あまりの顔芸ぶりについモゴモゴ尋ねてしまっていた。
「い、いや、何でもない。喉に詰まらすなよ?」
「ん」
何でもないとは思えない顔だったが、大したことではなかったのかと思い直した俺は、小さく頷いて再びバケットサンドへ思い切り齧りつくのだった。
●
少し年より大人びてるが、基本的子供らしく無邪気な子猫のようなジルヴァラは、今は子ねずみのように頬を膨らませてもぐもぐとバケットサンドへ齧りついている。
俺やあいつには一つでは少し物足りなく、お互い二つ目を食べ終えたぐらいなのだが、ジルヴァラには大きすぎたのか、やっと一つ目の半分に到達したぐらいだ。
美味しそうに頬を緩めて無心で食べている姿は小動物めいて愛らしいの一言だ。
「美味しいですか、ロコ」
ジルヴァラを見ているのは俺だけではなく、あいつは俺よりさらにじっと見つめ、盛んに話しかけている。その声音はやけに甘やかで、尻のあたりがモゾモゾして落ち着かない。
表情自体はいつもの微笑みだが、その声音はどう聞いても何も思ってない相手へ向ける声ではない。長い付き合いだがこいつのこんな優しい声は正直初めて聞いた。
こいつは、浮かべている表情は常に微笑、口調も丁寧で、物腰柔らかな穏やかな人物にしか見えないが、実際は何にも興味を持ってないため全て当たり障りなく答えているだけ。
人と似た姿をした別種の生き物。
それが『幻日様』と呼ばれているこいつへの俺の印象の全てだったのだが。
「思いの外、人らしい……」
俺の気の回し過ぎでなければ、先程オズワルドをやたらと警戒していたのは、ジルヴァラが懐いてるからだろう。
俺やドリドルへ甘えて懐いてるのとは違う、対等な遊び相手に向けるような全力の懐き方が警戒を誘ったのかもしれない。
しかし、冒険者にすぐにはなれない事を知ったジルヴァラは、気を使ってこいつから離れようとしていたようだが、この分だと結局失敗したらしいな、とジルヴァラを熱心に見つめて全く視線を外さない横顔を窺う。
ジルヴァラが宝石みたいで綺麗だとことあるごとに誉めている瞳の中では、ゆらゆらと炎のような色が揺れている。
親愛と呼ぶには重すぎる炎に、俺はこの先のジルヴァラを思い、人知れずため息を吐いた。
●
子供とか小動物がご飯食べてる姿ってついつい見ちゃうけど、主様とフシロ団長もそうなのかな、と突き刺さってくる二対の視線に若干の食べづらさを覚えつつ、俺はやっとバケットサンドを完食する。
「ごちそうさまでした」
残っていた紅茶も飲み干し、手を合わせて食後の挨拶をした俺は、三人分のカップをお盆に乗せて立ち上がる。
「主様、キッチンって何処?」
「ん? まだ案内してもらってなかったのか?」
拗ねると学習したので尋ねたのは相手は主様だったのだが、フシロ団長の反応が早かった。
「ロコと話し合うのが優先だったので」
何処か不服そうにポツリと洩らした主様は、俺が持っていたお盆をひょいと取り上げて、奥の方へと歩き出す。
「キッチンはこちらです」
案内してくれるらしい主様に、俺は慌ててパタパタと小走りで主様を追う。
「ジルヴァラ、明日の予定は何かあるか?」
主様を追いかけて小走りの俺の隣に、大股で歩くフシロ団長が並んで、そんな問いかけをされる。
「俺は特にないよ」
「なら、明日うちの屋敷へ来ればいい。十の鐘が鳴る頃迎えに来るが、起きれるか?」
「大丈夫!」
心配そうなフシロ団長に、グッと力こぶを作る真似をして元気よく返事をすると、くくく、と笑われて頭を撫でられる。いや、本当に大丈夫なんだけどな。
「俺は寝起きはいいからな。主様はかなり寝汚いけど……」
「そう、なのか」
肩を竦めて俺がそう言うと、フシロ団長は驚いたような顔で前を歩く主様の背中へ視線を向けてる。
ぽやぽやしてる主様だから、らしいと言えばらしいと俺は思うんだけど、フシロ団長的には驚きだったらしい。
「ここがキッチンです」
俺達の会話は聞いてなかったのか、少し前を歩いていた主様がそう説明してこちらを振り返り、首を傾げている。
「主様、俺、明日フシロ団長んち行くから」
「……体調は大丈夫ですか?」
俺の言葉に、主様は数度瞬きして珍しく体調の心配をしてくる。顔色でも悪かったか、と自らの頬へ触れながら、俺は大きく頷いて返す。
「おう! 見ての通り、全然平気だぜ」
「元気なのは何よりだが、あまり張り切って塞がった傷口が開くような真似はするなよ? 問答無用でドリドルから連行されて、にがーい薬漬けにされるぞ?」
元気良く返した俺に、フシロ団長からは悪戯っぽい口調だがなかなか威力のある脅し方をされ、薬の苦さを思い出して俺は思わず渋面になる。
「気をつけます!」
豪快に笑ったフシロ団長は、ビシッと敬礼の真似事をした俺の頭を一撫でして「じゃ、明日な」と帰っていった。
その後ろ姿へ手を振って見送った俺は、カップを洗おうと意気込んでキッチンへ入ったが、見渡して襲い来る現実にしばらく固まった後、主様を振り返る。
「……踏み台、欲しいなぁ」
主様はぽやぽや微笑んで、何も言わずに頷いてくれた。
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