228話目
たぶん欲しがってるのはどこかの貴族。
「すまない。私がきちんと罰金を払わせると……」
床で呻いている冒険者の男を一瞥すらせず、金髪イケメンは俺へ向けて謝罪をしてくれ続けてるが、さっきから言い出しづらかった一言をそろそろ言わないといけないだろう。
「あの! 受けた依頼なら全部達成出来ると思うんで、そういう分の罰金ならいらないです」
冒険者ギルドとしての罰則での罰金なら、自業自得なので冒険者ギルドへ払えばいい。
ここで下手に俺の罰金の肩代わりとかで、恨みを買うようなフラグは欲しくない。
そんなフラグを建てるのは主様だけで十分だ。
「へ?」
「え?」
「本当に?」
俺の発言にアシュレーお姉さん以外の驚きの声が重なる。
どうでもいいけど、一番最初の気の抜ける声が元凶の冒険者の男のものだ。本当にどうでもいいけど。
嘘吐くんじゃねぇ! とでも言いたげな顔で俺を睨んできた……というか、言おうとしてたぽくて金髪イケメンに頭がガシッと掴まれてる。
俺はそのやり取りを見なかったことにして、アシュレーお姉さんに持ってもらっていたロック鳥の尾羽根をテーブルの上へ出してもらう。
あの長い羽根をどうやって懐へ入れてたのか、今になってちょっと気になったが、今はそれより採集してきた品の確認をしてもらうことが最優先だ。
「これは……っ。こんな見事なロック鳥の尾羽根、久しぶりに見たわ。まるで本人が自分で抜いてプレゼントでもしてくれたみたいよ」
感嘆の声を上げて状態を誉めてくれるネペンテスさん。さすが冒険者ギルドの受付嬢なだけあって、かなり鋭い。ほぼ……というか完全に正解だ。
「うふふ」
ロック鳥とのことは念の為隠しなさいと言われたため、俺がボロを出す前にアシュレーお姉さんが完全無欠な微笑みでネペンテスさんをやり過ごしてくれてる。
「さすがにうちの馬鹿が押しつけた『テーミアスの体毛(ギルド職員の目の前で本体から採集した物限定)』なんていう依頼は無理だったな。こちらの分の違約金は──」
「あら。そっちの方はこれからよ?」
金髪イケメンが申し訳なさそうに話しかけてきた時も、サラッと笑顔でアシュレーお姉さんが迎えうってくれたので、俺は金髪イケメンのことはスルーしてネペンテスさんの方へ話を振る。
「ネペンテスさん。ネペンテスさん一人に見てもらうので大丈夫ですか? それとも、もう一方ぐらい必要ですか? それでしたら待ちますけど……」
納品した物の検分をしていたネペンテスさんは、俺の言葉にハッとした表情になると「少々お待ちを」と一言告げて足早に部屋を後にする。
何とも言えない空気になった部屋の中、俺がマフラーを直しているとネペンテスさんは見知らぬ厳ついおじさんと共に帰ってくる。
「こちらはうちのギルドの納品担当のリーダー、ヌーベさん。モンスターや動物に造詣は深いし、鑑定も使えるから今回の依頼にはぴったりなのでお願いしたわ」
「よろしくお願いします、ヌーベさん。俺は……」
「ジルヴァラだろ? いつも質の良い薬草類を持ってくるから、納品の方でも話題になってるぞ」
そう言って豪快な笑顔付きで俺の自己紹介を遮ったヌーベさんは、ガタイの良さもあって某空から女の子が落ちてくる映画に出て来た、悪人と張り合って筋肉勝負して服を破いたおじさんに似て……ってどうでも良いことだなこれは。
笑顔と同じぐらい豪快な手つきで頭を撫でてくれるヌーベさんに、俺はへらっと笑って返しておく。悪い人じゃなさそうだけど、頭がぐりんぐりんされて目が回りそうだ。
「ぢゅ?」
あいつ殺るか? と懐から姿を見せず不穏な確認してきたテーミアスを止めると、さっき森でしておいたお願いを聞いてくれるため懐から姿を現してくれる。
「お、そいつか」
テーミアスが姿を見せたことにより、ヌーベさんの手も止まったのでちょうど良かった。
よっ! とばかりに片手を上げるテーミアスを両手で掬うようにして持ち上げ、俺は成り行きを見守っていたネペンテスさんと金髪イケメンへ笑いかける。
「毛を切らせてもらう許可はもらってあるんで……切るのは、アシュレーお姉さんにお願いしても大丈夫ですか?」
「おう。依頼書にはギルド職員の目の前で採集になってるだけだからな。切るのは誰でも問題ない」
ネペンテスさんと金髪イケメンは固まってたが、面白そうに笑って言い放ったヌーベさんはさすが納品担当のリーダーなだけある。
「じゃあ、遠慮なくこの辺の毛を少しもらうわね?」
事前に打ち合わせしてあったので、アシュレーお姉さんの方も戸惑うことなく、切れ味の良さそうな鋏を手にテーミアスへひと声かけて影響の少なそうなお腹の部分の毛をヌーベさんに見えやすいようにして切ってくれる。
「ぴゃ!」
「……ジルちゃん、痛かったのかしら?」
ビシッとポーズを決めて一鳴きしたテーミアスに、アシュレーお姉さんが少しだけ困ったような表情になって鋏を持つ手を止めて、俺を見る。
「え? 男前にしてくれよって言ってるぐらいですから……なぁ、痛くないだろ?」
「ぢゅぅ」
意外と心配性なアシュレーお姉さんのため、念には念を入れてテーミアスへ確認すると、全然痛くないなと男前に返してくれる。
「ほら、大丈夫だって言ってますし」
「……そう」
見た目愛らしい小動物だから心配になるのは仕方ないかと思いながらテーミアスの尻尾を撫でてると、部屋にいるアシュレーお姉さん以外からガン見されていて、ちょっと不安になってしまった。
「よし、全ての採集品の確認を終えたぞ。代金の用意をしてくるから、少し待ってろ」
「手続きもするんで、カード預かるわ」
口々にそう言ってギルド職員の二人が消え、部屋に残されたのは俺とアシュレーお姉さん、金髪イケメンとそのお仲間な冒険者の男の四人だ。
「本当に金は……」
早速話しかけてきた金髪イケメンに、俺はへらっと笑って首を横に振る。
「特に被害はなかったから、今回は大目に見るってことで良くないですか? 冒険者ギルドからの何らかの罰はあるみたいだし」
ただでさえ主様というフラグが建ちやすい存在と暮らしているんだから、余計な恨みを買って変なフラグを建てたくはない。
今だってまだ完全にあの精神魔法の一件が完全解決した訳じゃないんだから、これで変な恨みを買うと主様の過保護が加速して外出させてもらえなくなるかもしれないし。
「ジルちゃん……気持ちはわかるけど、そうはいかないのよ。雷獣の巣は大きなパーティーだから、きちんとしていかないと……」
そんな俺の思いがバレたのか、アシュレーお姉さんは困った子ねぇと笑いながら俺の頭を撫でて、金髪イケメンの事情を説明してくれる。
要するに大きなパーティーだから、こういう輩を野放しにしておくとパーティー全体に良くない……とそこまで納得しかけた俺は、パーティー名に聞き覚えがあって金髪イケメンを振り返る。
当然だが俺より大きくて年上の男性が、困り顔で俺を見下ろしている。
「雷獣の巣……? あれ? それって、ヘルツさんがリーダーのパーティーなんじゃ?」
「……それは私の父だ」
思いがけないところで、思いがけない繫がりというか、共通の知り合いとなる人物が出て来たようだが、俺にはそれより気になることがあり、深く考える前に疑問となって口からこぼれ落ちる。
「え? ……俺より小さい娘さん?」
ヘルツさんといえばですぐ思い出せるのは娘ラブの蕩けきった顔と、いかに娘が可愛いか語る様子で……絶対に違うのはわかっていたのに思わず口から出てしまったのだ。
当然だが、
「どう見ても違うわよ、ジルちゃん」
「それは私の年の離れた妹だな。私は長男だ」
という当たり前な答えがアシュレーお姉さんと本人から返ってきた。
冷静に考えればそうなるよな。
確かにここまで育った大きな息子を、人前で幼児と比べて可愛い連呼はしないだろう。
まぁ、もう少し俺と金髪イケメンの年齢が近かったなら『うちの息子は可愛げがなくなって……』ってボヤくとか。または『うちの息子はおれを手伝ってくれてるんだ』とか自慢したりとかするんだろうな、ヘルツさんなら。
「そうなんですね。ヘルツさんは?」
ヘルツさんを懐かしく思い出しながら……お見舞いに来てくれた時はぼんやりしてたから、野営地で別れたのが一番はっきりした記憶なのでかなり前な気がして、会いたいなと金髪イケメンを見ると苦笑いされた。
「父はとある冒険者が死ぬほど嫌いでね、あまり王都には来たがらない……あー、そうか、君が『ジルぼうず』なら、とある冒険者が誰かもわかってしまうかな」
どうやら金髪イケメンの中で『俺』と『ジルぼうず』がイコールになってなかったらしく、ここに来て俺がヘルツさんが『ジルぼうず』と呼ぶ相手だと気付いて、何処か距離のあった雰囲気が一気に和らぐ。で、ついでに冒険者の男への視線が鋭くなって妙な胸騒ぎを覚える。
「じゃあ、改めまして。俺はジルヴァラ。ジルでもジルぼうずでも好きに呼んでくれていいです」
空気を変えようと、人懐こさを前面に押し出してヘルツさんの息子だとわかった金髪イケメンへ自己紹介をする。
「よろしく、ジル。私はファラドだ。雷獣の巣のサブリーダー……というか、まぁ見ての通りトラブルを起こすメンバーの回収係だよ」
金髪イケメン改めファラドさんは、だいぶ柔らかくなった雰囲気で微笑んで俺の頭を撫でてくれ──スッと細めた目で本当に空気となった冒険者の男をちらりと流し見る。
そこに見える明らかな冷徹さに、俺はまた少しの不安を覚えるが、パーティー内のことに他所者……しかも俺みたいな幼児が口を挟むのはおかしいだろう。
その後は、どれだけヘルツさんが娘ちゃんに甘々なのかとか……どれだけ『ジルぼうず』が可愛くて健気だったか……と話してたとファラドさんに聞かされて、待ち時間は平和に過ぎていく。
そんな中、俺のお腹からきゅるるという情けない音がして、アシュレーお姉さんとファラドさんの微笑ましげな視線が俺へ注がれる。
「あら可愛らしいお腹の虫ね」
「何か食べる物……あぁそうだ、確か先程買い物した店で干しブドウ入りのカップケーキをおまけにもらったんだが……食べるかい? 私は甘い物はあまり食べないんだ」
うふふと笑って俺の頭を撫でてくれるアシュレーお姉さん。
ファラドさんの方はヘルツさんと同じく世話焼き属性らしく、服のあちこちを探ってポケットから紙袋を取り出してくれる。
「ありがとうございます。……じゃあ、遠慮なく」
ヘルツさんの息子さんなら変な物盛ったりとかないだろうし、アシュレーお姉さんも笑顔で微笑ましげに見てきてるので食べる一択だろう。
受け取った紙袋から出て来たのは、俺の拳ぐらいの小さめなカップケーキだ。
確かに干しブドウがちょこちょことカップケーキの表面に水玉模様のように見えていて、お世辞じゃなく美味しそうだ。
「いただきます!」
恨めしげに睨みつけてきてる気がする冒険者の男の視線を感じつつ、ガブッとカップケーキへ齧りつく。
齧りつく寸前、何処かで嗅いだことのある香りが鼻を掠めたが、気にせずあむあむと干しブドウ入りのカップケーキを咀嚼し──感想を言う前に俺の意識は暗転して、
「あれ……?」
ふっと気付くと、俺はベッドに寝かされていて、パチパチと瞬きをして見つめる先には見慣れることも見飽きることもない主様の完璧な寝顔がある。
色々疑問は浮かんだが、目の前には主様がいて、ぎゅっと抱き寄せてくれたので、どうでもよくなった俺はえへへと笑いながら主様の胸元へ額を寄せて、また深い眠りへと落ちていった。
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