223話目
あれ、ネペンテスさんの様子が……。
久しぶりの自宅を満喫した次の日の朝、主様とのんびり朝寝をして遅めの朝ご飯のような早めの昼ご飯のような微妙な時間のご飯を終えてまったりしていると、予想外の来客があった。
「先日は大変失礼いたしました」
「いやいや、俺の方こそ、迷惑かけてごめんなさい」
「いえ、あれは私の失言が招いたことで……」
「いや、俺が、過剰反応したせいなので」
みたいな感じで玄関先で謝罪合戦になってしまい、だいぶ嫌そうなぽやぽや感ながらも、主様の許可が出たので恐縮するエジリンさんを家の中へと招く。
「アタシまでお邪魔させてもらっちゃっていいのかしら」
「もちろん。……いいよな? 主様」
付き添いだというアシュレーお姉さんへ入ってもらう許可も出たので、二人を暖炉前のソファへ案内する。
なかなか二人が座らないので、二人が座りやすいように俺が先にと腰かけようとしたのだが、俺より先に腰かけた主様の膝上へ乗せられる。
「……えぇと、二人も座ってください?」
「ここは、アタシがエジリンの膝上に乗る流れかしら?」
「その流れが違うことだけは確かですね」
少し緊張が解けたのか顔を見合わせた後そんな軽口を交わした二人は、やっとソファへ腰を下ろす。
もちろん、アシュレーお姉さんがエジリンさんの膝上……なんてことはなく、普通に並んで腰かけ、テーブルを挟んで俺達と向かい合う。
「オ茶ヲ、ドウゾ」
「あら。ありがとう」
「いただきます」
お茶とお菓子を持って現れた魔法人形に、現役冒険者である二人は少しだけ驚いたような反応を見せたが、当たり前だけど『モンスターが!?』とか叫んだりはせず、普通に返している。
「さすが幻日サマのお宅ね。あの子、魔法人形とは思えないわ」
「へへ。プリュイはすごいんだ……じゃなくて、すごいでしょ?」
大好きな相手を誉められた嬉しさから口調が乱れてしまったりもしたが、えへへと頬を緩めているとやんわりと回されていた主様の腕に力がこもる。
「あー、プリュイがすごいってことは、生みの親である主様もすごいってことだからな?」
この答えで正解だったらしく、無言のまま回されていた腕の拘束がやんわりとしたものへと戻る。
負けず嫌いで可愛らしい主様に、俺がえへへと笑っていると、エジリンさんがゴホンと咳払いして居住まいを正す。
「改めまして、先日の失礼を詫びるため、本日はジルヴァラくんへお詫びの品をお持ちしました」
「本当に気にしてないですけど……」
つられて居住まいを正す俺だが、座っている場所は主様の膝上だし、頭にはテーミアスが乗っかっているのでたぶん締まらない。
アシュレーお姉さんが俺を見て、うふふふと優しい顔で笑ってるから絶対締まってない。
気にしたら負けと思い直し、俺は首を傾げながらエジリンさんの差し出した『お詫びの品』をじっくりと眺める。
それは金属のようにも艶のある革のようにも見える、不可思議な輝きを放つ細い輪っか状の物体だ。
素材はともかく、ブレスレットのようにも見える物体の用途が何かわからず、俺は無言でエジリンさんとアシュレーお姉さんを見る。
「うふふ。それはねぇ、アタシが作った精神魔法対策のブレスレットよ。ジルちゃん用だから、なるべく目立たない見た目にしたのよ? あとは、アクセサリータイプも欲しがってたでしょ? だから、当たり障りのないアクセサリーをいくつか持ってきたわ。もちろん、そっちも精神魔法を防ぐのに有効な付与をしてあるわ」
「え? 嬉しいですけど……でも、アシュレーお姉さん、たくさん作らないといけないって言ってたのに、大丈夫ですか? それに……お高いですよね?」
笑顔のアシュレーお姉さんが追加で出してきた数点のアクセサリーは、シンプルながら品が良いし、アシュレーお姉さんの話から付与の付いた物だとわかるのでさらに値段が跳ね上がるだろう。
そんな不安を込めてアシュレーお姉さんを見ていると、背後から伸びて来た手が、テーブルの上にジャラジャラと金貨の山を作る。
「……これで足りますか?」
「主様! 俺が自分で……」
犯人である主様を止めようとする俺を止めたのは、艶やかに微笑んだアシュレーお姉さんだ。
「うふふ。心配しなくてもジルちゃんの分はエジリンからのプレゼントよ。あ、遠慮しちゃ駄目よ? 万が一、ジルちゃんが精神魔法で操られてしまったら、幻日サマを傷つけたりしちゃうかもしれないわよ?」
「私は──」
俺程度に主様が──と俺が思うのと、主様の反論はほぼ同時だったが、主様の言いかけた反論をまた軽やかにアシュレーお姉さんが遮る。
「あら? 幻日サマは、ジルちゃんが攻撃してきたのを何のためらいもなく迎撃出来るのね? あ、攻撃とは限らないわね。操られてその辺のおじさまと何処かの宿へ……とかも」
「……っ!? それの予備はありますか?」
アシュレーお姉さんのセールストークに、食い気味で主様が俺の分の予備のアクセサリーまで買ってくれることになった。
主様にも影響あるなら、と自分の分は納得出来たけど、それ以外の友達の分とかは出来るなら自分で買える分だけ買いたい。
と言っても、俺があげたいと思いつくのは、イオぐらいだ。
残りの仲の良い人達は、自分で何とか出来たり、自前で買っているだろうし。
でも、唆した犯人は見つかってないみたいだし、アシュレーお姉さんに余裕があるなら数個は持ってたい。
それをつっかえつっかえながら伝えると、アシュレーお姉さんとエジリンさんは微笑ましげな表情をして、俺の頭を撫でてくれる。
「もう! ジルちゃんはいい子ねぇ」
「転ばぬ先の杖とは、冒険者としても良い考えです」
「タダで……って言っても、ジルちゃんは納得しないでしょうから、原価ギリギリで手を打つわ」
そういう流れになったので、俺の手持ちで買える数だけ……だったはずなのに、主様がコソッとアシュレーお姉さんにお金を渡していたようで、気付いたのは俺が買った分の二倍の数のアクセサリーが手元に残された後だった。
それは後でわかったことで、思いがけないプレゼントと欲しかった物を買えた俺は大満足でアシュレーお姉さんとエジリンさんとのお茶会を楽しんだ。
主様はずっと空気で、俺の背もたれに徹してたけど。
エジリンさん達との会話の流れで、薬草などの採集依頼を受けてくれる人が減ってるという話を聞いたのと、ほぼ俺の指名依頼となっていて、ここしばらく受けられていなかった配送の依頼を先日知り合った三人組にも任せることになったことを聞いた。
配送の方は気になっていたので、あの三人組が受けてくれるなら一安心だ。
あとは、あのネペンテスさんが最近は以前の調子に戻って来てるので、もうやたらと俺へ絡まないだろう、というついでの話も。
いくら可愛いとはいえ、あんな態度で人気があるのが不思議だったけど、元々ネペンテスさんはサバサバ元気良い系で駆け出し冒険者にも優しく親身になる親しみやすい受付嬢さんだったらしい。
今の俺に対する態度からは……いや、そういえば嫌味だと思ってたけど、基本ネペンテスさんは『小さいから止めときなさい』みたいな心配するニュアンスで絡んできていた。
何かあってグレてたけど、根はいい人なのが抜けきれなかった感じなのかもしれない。
「あら、そうなのね。アタシはエジリンかオーアにしか頼んでなかったから、そんな子だったまでは知らなかったわ」
アシュレーお姉さんも本来のネペンテスさんを知らなかったらしく、驚いた様子で頬に手を宛てて考え込む姿勢になる。
「そういえば、確かに取りようによってはジルちゃんのことを心配して絡んでたようにも聞こえてたわね、あの子の言い方。ちょっとウザかったけど」
「俺も今同じこと思ってました。冒険者辞めちまえ、みたいなことは言われたことなくて、小さくて危ないから辞めておいた方がいいわ、みたいな感じでしたし。ウザかったですけど」
「そんなうざ……回りくどい言い方をする性格の子ではないので少し戸惑いましたが、多少仕事の滞りはあっても元々がとても早いだけなせいで、そこまで滞りなく来ていたんですが……」
つまりはネペンテスさんの前の渋滞は、ただただネペンテスさんが人気過ぎてたくさん並ぶし、親身になるから話が長くなっていたせい……ということらしい。
「さすがに受け持ちの場所から離れた際は注意しようかと思いましたが、あの時はアシュレーがビシッと言ってくれたので、私の出る幕がなく……」
「そういえば、いつもカウンターの中からウザ絡んで……話しかけてきてました」
そう考えると何だかあのウザさも可愛く思えてきてしまうのが不思議だ。
「あのさ、主様……傷も塞がったし、明日は冒険者ギルドへ顔出しても良いか?」
真・ネペンテスさんを見てみたくもあり、背もたれになっている主様を振り返ってお伺いを立てると、無言で首を横に振られる。
「……じゃあ、明後日なら?」
すかさず次の提案をするが、主様の表情は変わらない。
「明後日でしたら、森の守護者の面々がお帰りになってるので、昼頃ギルドへいらっしゃれば会えるかもしれませんね」
そこへ、エジリンさんから助け船というか、俺がさらに冒険者ギルドへ顔を出したくなるような情報が出されてしまい、俺は無言で主様をじっと見つめる。
「一人で行動しないのなら……」
数分後、主様が不服そうながら出してきた条件に、アシュレーお姉さんが良い笑顔で片手を挙げてくれる。
「なら、アタシがお付き合いするわ」
「……まぁ、あなたでしたら」
アシュレーお姉さんをしばらく見つめた後、主様はそう口にして、膝上の俺をぎゅっと抱き締めてくる。
こんな心配性モードの主様を納得させるなんて、アシュレーお姉さんはやっぱり強いんだなぁと俺はエジリンさんを見て、えへへと笑う。
俺の視線に気付いたエジリンさんは、相棒を誇るように柔らかく微笑んで頷いてくれた。
いつもありがとうございますm(_ _)m
ご都合主義と言われようが、ネペンテスさんこちら側へいらっしゃーい。
完全に突き落とすか悩んだんですが、何か気に入ってしまったので……。
ネペンテスさんは、ちゃんとヒロインちゃんのことも好きなんです。でも……。
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