222話目
今回は大人げない主様……いや、いつも大人げないか。
ふわりと肌を撫でる慣れ親しんだ感覚に、俺の意識はゆっくりと浮上する。
まだ抱かれたままで眠っていたらしく、目を開けると息がかかりそうな至近距離に主様の顔がある。
「なにしたの……?」
寝起きなせいか自分でもわかるぐらい鼻にかかった甘えたような声が出てしまい、ハッとして口元を手で覆うが主様は気にした様子もなくぽやぽや微笑んで、ちらりと窓の外の方へと視線をやる。
「結界を強化しただけです。もう少し寝ていなさい」
それ以上話す気はないのか、そもそもそんな大したことではないのか微妙だが、ふふと笑った主様の唇が瞼へ落とされ、眠るようにと促される。
「もうすこし、ぬしさま……」
見てたかったと最後まで言えず、俺の意識はまた穏やかな眠りの中へと落下していく。
「コ……ロコ……起きてください」
今日は珍しく主様の方が早起きしたんだなぁと思いながら、主様の優しい声に促されるまま目を開ける。
まだまだ俺を抱いたままでいてくれたらしく、また楽しそうにぽやぽやしてる主様の顔がほぼゼロ距離にある。
それは嬉しいが抱かれたままだと主様が休まらない気がする。
「ベッドで寝かせてくれれば良かったのに……」
俺のせいで主様が休めてないのが気になって、無意識に拗ねたような口調で唇を尖らせていると、尖らせた唇に柔らかな感触が重ねられて、主様の吐息を感じる。
「私がロコを抱いてたかったんです」
「…………ならいいけど。でも、ずっと抱いてて腕大丈夫か? 俺軽くないだろ」
こちとら育ち盛りの六歳児だ。
「え?」
心底不思議そうに返ってきた一語に、思いの外凹んだ俺は朝ご飯だと呼びに来たフシロ団長の腕の中へ逃げ込ませてもらった。
●
「ロコ……」
辿り着いたダイニングルームでフシロ団長からノーチェ様の膝上に移動させられ、ノーチェ様とメイドさん達から嬉々として朝ご飯を食べさせてもらっている間、主様はしゅんとして朝ご飯にも手を付ける様子もない。
横目でずっとそれを見ていた俺は、大人気なかったなと反省してノーチェ様とメイドさん達にお礼を言ってから主様の側へと戻る。
「ジル〜、心臓に悪いから止めてくれよ」
風邪引くかと思ったー! と鼻を啜るナハト様の謎の発言に首を傾げながらも、食が進んでない主様の隣へと立つ。
「ほら、主様も食べろよ」
「ロコ」
「大人気ないことしてごめん」
「ロコ」
「食べたくないのか?」
「ロコ」
相槌を全部俺の名前で済ます主様に少しだけ呆れながら、俺は食べさせろと口を開けて待つ主様へ親鳥よろしく食べ物を運んでいく。
「あらあら」
ノーチェ様とメイドさんが微笑ましく、フシロ団長からは苦笑い、ナハト様とニクス様からは呆れたような眼差しを向けられながらも、俺は主様の朝ご飯を終わらせることに集中する。
主様は食べさせ続ければ延々と食べそうなので、とりあえず用意されていた分を食べさせ終えたところで手を止める。
「面倒臭がらず、自分でも食べろよ?」
なんだかんだで満足そうにぽやぽやしている主様にへらっと笑って言うと、聞こえませんとばかりにふいっと視線を外される。
「幻日様はナハトより甘えん坊さんねぇ」
「……母上、あれは甘えん坊とは違うと思う。あと、オレは甘えん坊じゃないからな」
「甘えて……るんですよ、たぶん」
そんな母子の会話も聞こえてきてるが、主様は全く気にしてないようだ。
視線を外したまま立ち上がった主様を目で追っていると、そのまま伸びて来た腕に捕まって抱き上げられる。
「もう自宅へ帰っても構いませんよね」
「……あー、まぁ、唆した犯人は見つかってないが、ジルヴァラを狙っているであろう輩は壊滅したからな。大丈夫だろう。ジルヴァラ、もう一日ぐらいは家から出るなよ?」
このまま帰宅する気満々の主様に、フシロ団長は苦笑い混じりで俺を見つめて肩を竦めてみせる。
「言われなくとも」
「ちゃんといい子にしてるよ」
珍しくふんすと気合の入った様子の相槌と共に離すものかと力が込められた主様の腕の中、俺は挙手していい子な返事をしておく。
ついでに俺の胸元でビスケットをかじっていたテーミアスも、俺を真似たのか同じように挙手して女性陣から「お可愛らしい」とか「艶々のほっぺを食べちゃいたい」とか大人気な様子だ。
人気者な小さな友人の頭を撫でた俺は、ふとつい先ほど聞こえた言葉に引っかかりを覚えて首を傾げる。
「つやつや……?」
テーミアスの頬はもふもふでは、と一瞬だけ気になったりもしたが、そんな些細な疑問はお世話になったフシロ団長家族と使用人さん達へお礼とお別れを言ってる間に忘れてしまっていた。
●
すっかり俺を懐へ入れるのが気に入ったのか、帰りは乗り合い馬車ではなく主様の懐だった。
「……これ落ち着くけど、眠くなるんだよな」
「ぢゅっ!」
眠りそうになるとすかさずテーミアスからの突っ込みが入るので、何とか眠らずに自宅へ帰り着けたのだが、俺を懐から出そうとした主様は少しだけ驚いた様子で瞬きを繰り返す。
たぶん俺が寝てると思ったんだろうなぁと思いながら、へらっと笑った俺は主様の懐から出してもらって、自らの両足で地面を踏み締める。
なんて大層に言ってみたけど、普通にお願いして降ろしてもらっただけなんだけどな。
せっかくだから数日ぶりのプリュイには、自分の足で立ってる姿で会いたいので、頑張って説得した。
それを待ってたかのように、玄関が内側から開かれてプリュイがいつもよりふるふるしながら待機してくれている。
「プリュイ、ただいまー!」
せっかくプリュイが待機してくれていたので、俺は遠慮なくいかせてもらうことにする。
頬を緩めながら帰宅の挨拶をして、その勢いのまま待ち構えていてくれたプリュイのぷるぷるボディへとためらいなく飛び込み埋まる。
知らない人に見られたら、子供がスライムに捕食されていると通報一択な光景だが、勢いのまま建物の中へ入っているし、背後で玄関の扉も閉まったので問題無い。
「オ帰りなサイ、ジル。……ト、幻日サマ」
プリュイがさらっと主人の方をおまけみたいな言い方をしたような気はするが、主様はそんな小さなことは気にしない……うん、何か腰に手が回されてて、引っ張られている気がする。
「主様? 主様もプリュイに抱きつきたいのか?」
「違います」
背後を振り返って問うと、食い気味の否定と共に引っ張られる力が強まる。プリュイにしっかり埋まってるので、抜けないけど。
ここで俺が「痛い痛い」って言った時に離した方が俺の真の親……ってそれは違うか。
ちょっとした引っ張り合いみたいになってる状況がおかしくて、脳裏に浮かんだ馬鹿馬鹿しい考えを頭を振って追い払う。
その間も主様の手は外れなかったが、プリュイの方はゆっくりと俺を吐き出してくれたので、俺の体は引かれるまま主様の腕の中へと収まる。
「プリュイ、寂しくなかったか? 俺はプリュイに会えなくて寂しかった」
離れてしまったぷるぷるが恋しくて手を伸ばすと、触手が伸びて来てちょんと触れて離れていく。
「ワタクシにハ、コレがアリましたカラ」
微笑んだプリュイの体内から出て来たのは、見覚えのある手紙だ。
「えへへ、そっか」
送った手紙を喜んでもらえているのが嬉しくて頬を緩めていると、主様の顔が近づいて来て間近からガン見される。
「…………私には?」
ぽやぽやしてない真顔な主様の目力に気圧されながらも、俺はへらっと笑って、
「主様は何処にいるかわからなかったから」
と、当たり障りのない……というか一番の理由になるであろう事実を口にしたのだが。
「私には?」
何か朝も似たようなやり取りあったなぁと思いつつ、鼻先が触れ合うぐらい近距離な主様を見つめ返して、ほらと首を傾げて自らの手を体の前で揺らしてみせる。
「俺は魔法で手紙送るの出来ないし」
「……私もロコから手紙欲しいです」
その手をぎゅっと握られ、主様が甘えるようにそんなことを言ってきたので、俺もおねだりをしてみる。
「主様も書いてくれるならいいよ。俺も主様から手紙欲しい」
「何百枚でも」
それは俺も何百枚単位で返すことになるのかとか、ちょっと恐ろしくなったが、主様は嬉しそうにぽやぽやしてるし、俺も嬉しいのでどうでもよくなってへらっと笑っておいた。
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