217話目
本日都合により、2話投稿です。こちらは1話目です。どちらから先に読んでも大丈夫ですが、どちらを先に読むかで「あー」の感情が変わると思います←
なんだかんだでフシロ団長とゲースの付き合いは長く、やはり情みたいなものはあるんでしょう。
しらんけど。
[視点変更]
標的の隠れている場所から少し離れた地点に建てた天幕の中で、俺は集まってきた資料を眺めて今回の件の黒幕が副団長のゲースだと確定したことにため息を吐いていた。
小心者であったが、そこまでの悪人ではないと思い込んできたが、やはり他人の内心など神ならぬ俺にはわかりかねるのか。
そんな寂寥感にもう一度ため息を吐いた俺を気遣う様子など欠片も、ついでに近づいて来た気配もなく現れた相手から出て来た一言は、ここ何日か……いや日に何度も聞く言葉だ。
「ロコは」
とある事情から、行動を共にするようになって数日、あいつの口から日に何度も挨拶の代わりのように聞く単語に、俺はすっかり慣れてきてしまっていた。
「美味しそうに朝食を食べ終えて、テーミアスと日向ぼっこしているそうだ」
俺の言葉を聞くと、あいつは満足そうながら悔しそうという器用な表情で去っていく。
本当にそれだけを聞きたかっただけなのだ。
「団長」
俺達のやり取りを見ていたトルメンタが、何ともいえない表情で呼んでくるのに対して、俺は肩を竦めておく。
「これぐらいであいつが暴走しないなら安いもんだ。そもそも、ノーチェからやたらと送られてきていて、ジルヴァラ観察日記が出来そうだ」
「ジルヴァラは外を走り回れず、窮屈な思いをしてるだろ?」
ジルヴァラを今の状況へ追いやったのは自分という気持ちがあるのか、トルメンタが暗い顔をして訊ねて来るので、俺は執事から送られて来た方の手紙を渡してやる。
あの堅物もすっかり籠絡されてしまったらしく、ジルヴァラが自由気ままに邸内を遊び歩いたり、使用人達の手伝いをしたりして、うちの屋敷での生活をいきいきと楽しんでいると書いてある、そんな手紙を。
「……あー、ナハトもニクスもいるし、楽しんでくれてるようなら良かったよ」
「時々、あいつに会いたそうにしてるらしいが、伝えると文字通り飛んで行きそうで言えないでいるがな」
「それは、言わないで正解だ。親父殿……じゃなかった、団長の言う通り飛んで帰って、そのまま自宅へ籠もるよな。あそこが一番安全な場所なんだし」
「屋敷にも魔法使いを数人配置して結界を張ってもらってあるが、あいつの結界には勝てないか」
そんな会話を最前線でもある天幕の中でしていた俺は、しばらく後にとある理由から飛び出していったあいつが、まさにその結界をぶち破るなんて思いもしなかった。
●
[視点変更]
証拠があるからと言って、いきなり踏み込んでぶち殺すなんて貴族相手には出来ず、おれは思い悩む様子の親父殿を見つめていた。
おれ自身の忍耐と、ジルヴァラのおかげで最悪の事態は避けられたが、おれはジルヴァラに言えなかったことが一つだけある。
幻日サマとの隷属魔法に関してではなく、ジルヴァラに関係して。
隷属魔法はただ言いそびれただけで、特に深い意味はない。隷属などという大層な言葉はついているが、幻日サマはおれに何かを命じたりはしないし、ただ「ロコに何かしたら……」と言われたのみだ。
そんなことはこの際どうでも良くて、それより少し前ジルヴァラに訊ねられた時は正直ドキッとした。
何故操られていたおれが一番にジルヴァラを狙ったか。
あの時は何とか『子供を狙え』と濁して誤魔化し、ジルヴァラは自分がナハトより小さいからか、と凹んでいて少し申し訳なくなった。
けれど、真実は何となく言えなかった。
操られていたおれの脳裏に浮かんでいたのが、
『黒髪の子供を狙え』
なんて、明らかにジルヴァラを指し示すような言葉だとは。
かなり珍しいとはいえ、探せば他にもいるだろう、黒髪の子供は。
しかし、犯人はわざわざおれから精神魔法を防ぐアクセサリーを奪い、おれを操ったのだ。
おれの近くにいる黒髪の子供など、一人しかいない。
だから、言えなかった。
幻日サマにはバレバレだったらしく、ここ何日かで違法な精神魔法の使い手が何人も姿を消している。
精神魔法の使い手に依頼を出した黒幕であろうゲース副団長がまだ無事なのは、親父殿がジルヴァラをダシになんとか説得をしたからだろう。
ゲース副団長を唆した存在がいると。
ゲース副団長は善人とは言えないが、ここまでのことをしでかせるような悪人では無かった。
そりゃあ、多少……かなり腐った貴族の典型みたいな奴ではあったが、かろうじて『騎士』として矜持は持っていた。
それより出世欲が高かったりもしたが、騎士の矜持で一般人を直接傷つけるような真似などしなかった。罵倒ぐらいはしてたが。
だから、あの大規模人身売買組織を壊滅させた際、繋がっていた貴族はかなりの数が社会的または幻日サマ的に潰されたりしたが、ゲース副団長は名前すら上がらなかった。
──面倒臭くて親父殿へ組織の対処を丸投げしていたというどうでも良い事実は出てきていたようだが。
ついに出世欲が最後の矜持を奪ったのか、そもそもそんなものは持ち合わせていなかったのか、おれという『他人』を使えば自分の矜持は傷つかないと判断したのか。
ただの人であるおれには理解出来ない。いや、したくない。
おれが大暴れしていると、おれの所業を声高に吹聴しまくっていたゲース副団長は、何事もなく現れたおれを見ると「う、嘘だ! そんな訳は!」という疑ってくれと言わんばかりの発言をして、そのまま自宅へ引き籠もってしまい、数日が経つ。
とある方によって、関係者がどんどん消されていくせいもあり、親父殿の呼び出しにも応じない。
繋がっていた後ろ暗い奴らも、騎士団……ましてや幻日サマ相手には助けには来てくれないだろう。
貴い身分な後ろ暗い方々はもちもん、社会的にも後ろ暗い集団の方も情報屋から幻日サマの弱みを探ろうとしたりはしているようだが、こちらの守りは完璧だ。
幻日サマの弱点など一つしかなく、その弱点は保護してぬくぬくと過ごしていることが確認されているのだ。
死角はない。
数分前までおれはそう信じていた。親父殿も信じていたはずだ。
風雲急を告げるというが、停滞しているとしか言えなかった事態は一枚の紙切れを手にして現れた幻日サマによって一気に崩れ去る。
「……これはどういうことだ?」
魔力が乗せられた常より低い声音で吐き出される言葉が、周囲を文字通り凍りつかせる。
ここにいるのは親父殿が信頼する騎士や兵士なので、気絶するような者は出ていないが、生物としての本能が体の震えを止められない。
鎧や武器がぶつかり合う音しかしない中、親父殿は震えることもなく真っ直ぐに幻日サマの視線を受けながら、その手にある紙切れを受け取っている。
父親の胆力に改めて尊敬の念を抱きながら、おれも何とか震えを抑えて、親父殿が受け取った紙切れを背後から覗き込む。
それは幻日サマ宛で書かれた定番の呼び出し状。
のこのこ行くと、囲まれてボコボコにされるのが決定しているそんな文面で、普段の幻日サマなら即座に燃やして無視しているだろう。
おれだって無視していると思う。
だが、そこには絶対に無視しては──いいや、何があろうとも無視出来ない文が付け加えられていたのだ。
ヤケクソで書かれた虚偽かもしれない。
けれど、それはおれや親父殿、特に幻日サマの動揺を誘うには十分だったのだ。
『お前が溺愛している子供は預かった。子供を無事に返して欲しければ──』
「落ち着け。ジルヴァラは何事もなく屋敷にいたと──」
親父殿の言葉を最後まで聞くことなく、常に浮かべている微笑むような表情を消した幻日サマはまさに疾風のごとく天幕を飛び出していく。
すぐさま追いかけたのだが、おれが外へ出た時にはその後ろ姿さえ見ることは叶わなかった。
●
[視点変更]
「追うぞ、トルメンタ。後のことは任せてきた。どう考えても、あいつの方が危ない」
天幕を出たところで呆けていたトルメンタへ声を掛け、俺達はなるべく体力のある馬を選んで、飛び出していったあいつを追って馬を駆る。
「親父殿! 何処を目指すんだ!」
風を切る音に負けないようにと張られたトルメンタの問いに、俺は真っ直ぐ屋敷の方を見据える。
「まずは屋敷だ! 状況を知りたい!」
万が一あいつが呼び出し状の場所へ直行し、そこにジルヴァラがいるにしろ、いなかったにしろ、犯人は全滅させられるだろう。
一番怖ろしいのは、ジルヴァラが本当にさらわれていたして、その身が無事でなかったと場合だ。
人質にしたのだから、殺されたりはしないだろうが、ジルヴァラは少々……だいぶ変態的な趣味を持つ相手に好かれやすい。
死ななければ問題無いと、万が一、そういう類の手出しをされたりしていたら……。
だが、何より俺の心を急かせるのは、ジルヴァラがさらわれたとしたなら屋敷がどうなっているか、という騎士団をまとめる者としては失格であろう不安と焦燥だ。
嫌な汗で滑りそうになる手綱を握り直し、俺は限界まで馬の速度を速めるのだった。
●
[視点変更]
フシロが馬を急かせて辿り着いた屋敷は、見た目には普段通り何事もなく見えたが、近寄ると結界のために配置されていた魔法使い達が介抱されていたりと明らかに騒がしい。
道中していた嫌な想像が当ってしまったかとフシロはトルメンタと視線を交わし合い、共に馬から降りて勢いのまま屋敷へ飛び込んだ。
屋敷へ入って、まず二人の目に入ったのは、泣きそうな顔できょろきょろしながら一人歩くナハトだ。
「ナハト、何があった!」
フシロが呼びかけると、頼りになる父親と長兄に気付いたナハトは安心したように表情を緩めて、ふらふらと近寄って来る。
「ナハト、ジルヴァラはどうした? 一緒じゃないのか?」
しゃがんでナハトと目線を合わせたトルメンタが問うと、ナハトは悔しそうな表情をして首を横に振る。
「父上、トルメンタ兄上……ジル、見つからないんだ、ずっと探してるのに……。皆に聞くけど、なんかさっきから皆忙しがってて話しかけづらくて……」
あの脅迫状めいた呼び出し状を知ってる立場からすると、襲撃があってジルヴァラがさらわれたことをナハトへ隠しているのだろうとしか思えない言葉に、フシロ達の顔色が目に見えて悪くなる。
「まさか、結界を破られたのか……」
「っ! 魔法使いが倒れていたのは、そういうことか!?」
しゃがんで合わせてくれていた兄は立ち上がってしまい、そのまま目の前で内緒話を始めた二人に、ナハトの機嫌は目に見えてどんどん下降していく。
「なぁ! 父上とトルメンタ兄上もジルを探してくれよ!」
ナハトがくいくいとトルメンタの服を引いて訴えると、トルメンタは困りきった表情でフシロの方を見やる。
「……すまない、ナハト。ジルヴァラは」
「オレが鬼なんだから、早く見つけてやらないと! ジル、待ちくたびれて寝ちゃってるかも……」
「「え?」」
重々しい口調でジルヴァラ不在の理由を告げようとしたフシロの台詞を遮ったのは、少しの苛立ちとかなりのやる気に満ちた元気の良いナハトの声で。
その内容と声の明るさに、フシロとトルメンタは異口同音な気の抜けた声を洩らし、同時にナハトを見て、さらに同時に視線を交わし合う。
数秒後、口を開いたのはフシロだ。
「ナハト……鬼というのは?」
「鬼は鬼だよ。オレ、ジルとかくれんぼしてたんだけど、まだ見つからないんだよ。父上とトルメンタ兄上も探すの手伝ってくれるよな?」
「……つまり、ジルヴァラが今ここにいないのは、かくれんぼで隠れているからか?」
「だから、そうだって! ちゃんと、ジルヴァラはうちでおとなしくしてるぞ?」
ここに来てやっと父親と兄の様子のおかしさにナハトは不思議そうに首を傾げて二人を見上げている。
「……襲撃があったのではないのか? なら、何故結界が」
いくらナハトに対して襲撃があったことを隠していても、屋敷内はピリピリしたりするはずだが、そんな様子は欠片もない。
重くなった空気を掻き消したのは、おっとりと微笑んで現れたノーチェだ。
ナハトを探していたらしく、見つけると微笑んだまま歩み寄って来て、ナハトの頭を撫でる。
「ナハトここにいたのね。……あなたも帰っていらしたのね。ちょうど良かったわ」
「母上、ジルが見つからないんだ!」
「うふふふ。そうだと思ったわ。ジルちゃんなら、違う鬼さんに見つかって捕まっちゃったのよ? ナハトに知らせたかったらしいけど、鬼さんが少しご機嫌ななめでジルちゃんを離してくれないから、わたくしとメイドでナハトを探してたの」
「えぇー、誰だよ、かくれんぼの邪魔したの! ニクス兄上じゃないよな?」
「えぇ、違うわね。向こうに鬼さんといるから、一緒に行きましょう。あなた、結界に関してはヘイズから説明を聞いてもらえるかしら?」
さすがというかノーチェはフシロが帰って来た理由を察しているらしく、柔らかく微笑んだまま影のように控えていたヘイズへと視線を流して、そのままナハトを連れてその場を去る。
──残されたのは呆然とした表情のフシロとトルメンタ。
そして、彼らの説明役を承ったヘイズ。
「おかえりなさいませ、旦那様、トルメンタ様。まずお伝えしておかないといけない点ですが、特に敵襲などはございません。
結界を破壊したのは、飛び込んで来た幻日様です」
「……そうか」
「あの人、何やってんだよ」
ここまで休憩もせず馬を駆けさせてきた二人は、その疲れもあってふらふらとその場にしゃがみ込み、お互い顔を見合わせて力なく笑うしか無かった。
いつもありがとうございますm(_ _)m
ご都合主義と言われようが、こういう勘違いさせてホッとさせるのが好きですみません。
さて、こちらから読んだ方が何人いらっしゃるかわかりませんが、本日2話目行く前に、もしさらわれた子供がいるなら、と予想されるかもしれません。
さぁ、誰でしょうねー(棒読み)
感想などなどいつもありがとうございますm(_ _)m
反応いただけると嬉しいです(^^)




