215話目
嵐の前の静けさなのか、蚊帳の外なだけなのか。
「テーミアスにあげたいから、ビスケットかクラッカー、それとナッツもらえるか?」
給仕してくれているメイドさんにお願いすると、すぐに数枚のビスケットと数種類の素焼きのナッツが皿に盛られて出てくる。
「ありがと」
お礼を言うと可愛らしいメイドさんははにかんだように微笑んで、綺麗な一礼をして去っていく。
メイドさんを見送ってからテーブルの上に置かれた皿を改めて見てみると、アーモンドとクルミぐらいしか俺にはわからないが、その他にも数種類のナッツが乗せられていて、テーミアスは大興奮で俺の肩の上で尻尾を揺らしている。
「ほら、ゆっくり食べろよ?」
まずは丸くて茶色いまさに俺のイメージするビスケットな姿をしたビスケットをテーミアスへ手渡すと、俺の肩に乗ったまま美味しそうにカリカリとかじっていく。
テーミアスの体の大きさ的にこの一枚でお腹ぱんぱんになりそうだが、いつもの食べっぷりを考えると一枚では足りないだろう。
横目でテーミアスの食べっぷりを見守りながら、俺も朝食を食べ始めようとしたのだが、不意に何かが気になって顔を上げると室内にいたほぼ全員がこちらを見ている。
「な、なに? やっぱりテーミアス気になるのか? なら、俺は部屋で食べるけど……」
テーミアスだけを部屋へ送り返しても良いが、一匹で食べるご飯は味気なくて可哀想だ。
「違うのよ。皆ジルちゃんとテーミアスが可愛くて見てたの」
すぐ反応したのはノーチェ様で、うふふと笑いながら大きく首を横に振ってくれる。
「そうだぞ、ジル」
続いたのはナハト様で、俺の隣を陣取っているので、横からぐいぐいと勢い良く圧をかけてくる。
「テーミアスは幻の獣と言われるぐらいに珍しい動物ですから。……ジルが可愛いのもありますが」
最後の追い討ちは静かに微笑んだニクス様だ。付け足すようにボソリと何かを呟いた気もしたが小声過ぎて聞き取れず、テーミアスと揃って首を傾げる。
「かわ……っ」
その瞬間、控えているメイドさんの方から妙な声が聞こえた気がしてそちらを見たが、そこにはにこやかに微笑むフュアさんとヘイズさんがいるだけだ。
気のせいかと俺は再び朝ご飯へと意識を戻す。
俺がフレンチトーストととろとろのオムレツを気に入っていたのを覚えていてくれたのか、その二つが目の前の皿に並んでいた。
「いただきます!」
マナーとかは知らないけど、汚く食べなければ問題無しというフシロ団長一家の前なので緊張せず美味しい朝ご飯を堪能する。
そもそも、主様がいる時は常に「あーん」で食べさせられてたんだし、マナーなんて今さらか。
「ジル、美味しいか?」
「ん、美味しいよ。やっぱりフシロ団長のお宅のオムレツ好きだなぁ」
ナハト様の質問に、ふわふわでとろとろなオムレツを堪能しながら、うっとりとして呟いていると、ナハト様がいるのと反対側の椅子に誰かが腰かけ、俺の目の前にオムレツの乗った皿をスッと差し出してくる。
「僕のもどうぞ」
「え? いいよ、ニクス様の分だろ?」
そこまでお腹空いてるように見えたのかと慌てて押し返そうとするが、無言でにこりと微笑んだニクス様は何か妙な迫力があって、俺には頷くしか選択肢がなかった。
「……ありがと、いただきます」
俺の隣では同じくオムレツを食べ終えてしまっていたナハト様が悔しそうな顔をしてるから、半分あげるべきかとお礼言いながらちらちら見てたら、焦れたニクス様から『あーん』とオムレツを口へ運ばれる。
「冷めたら美味しさが半減ですからね」
そう言われてしまうと、確かにそうなので俺は無言で美味しいオムレツを堪能する。
ナハト様が食べたいなら、おかわりをお願いすれば良いのだと気付いたのもあって、遠慮はもうしない。
俺はあっという間に二個目のオムレツも食べ終えたが、ナハト様がおかわりを頼んだ様子はなかった。
俺が食べているのを見たら食べたくなった気がしたけど、よく考えたらお腹いっぱいだった、とかかな。
たまにあるよな、そういうこと。
「んー、やっぱり美味しい」
二個のオムレツを平らげ、フレンチトーストを食べてデザートの果物まで食べた俺は、少し膨らんだお腹を撫でながら片手でナッツをテーミアスへと手渡す。
しれっともう一つ要求されたのでもう一つ渡すと、テーミアスは二つを交互にかじって味わっているようだ。
さかんに美味しいと連呼してるので何よりだが、ビスケットを一枚完食した後なので食べ過ぎにならないか心配だ。
さすがのドリドル先生もテーミアスは診られないだろう。
「食べ過ぎてお腹壊すなよ?」
「ぢゅっ!」
そんなことならないという力強い答えが返ってきたので、たぶん大丈夫だろう。
かなり人懐こいとはいえ一応野生動物なんだし。
ナッツを食べ終えた後、リンゴにも興味を持ったので小さな一切れをお願いして食べさせる。
「ぴゃっ」
美味いぜ! という可愛らしい見た目には不似合いの男前な感想をくれたので、リンゴは口に合ったらしい。
さすがにリンゴ一切れを食べるとお腹いっぱいになって打ち止めらしく、俺の肩の上で食後の休憩をとる体勢になる。
お腹を上にして、でろんと溶けたように寝転がる体勢だ。
野性って…………以下略。
テーミアスは幻を見せることが出来て、幻の獣って呼ばれるぐらい見つかりにくい動物だから、いざとなれば逃げ切る自信があるからこその落ち着きなんだろう。
俺としては落としそうで怖いから、あまり変な体勢で落ち着くのは止めて欲しいものだ。
「ジルヴァラ様、こちらへ」
そんな俺の状態を察したのか、テーミアスが寝床にしていたのと同じような籠を持ったメイドさんが、俺の肩からテーミアスを動かそうと近づいてくる。
「ぢゅっ!」
その途端、お腹を上にして寛いでいたテーミアスが一声鳴くと尻尾を膨らませてあっという間に姿を消した……襟ぐりから俺の服の中へ。
「……こら、それくすぐったいんだって」
中が暖かくて落ち着くのか、しばらくゴソゴソとした後、テーミアスはそこで落ち着いたのか動かなくなる。
「ジル、大丈夫か?」
「大丈夫だよ。ごちそうさまでした。籠ありがと、今は大丈夫そうだから」
心配そうなナハト様へ軽く応え、残念そうな表情になったメイドさんにお礼を言って立ち上がると、隣へ移動してきていたニクス様も立ち上がる。
「さぁ、部屋まで行きますよ」
ニクス様もごちそうさまなのかなぁと思っていたら、にこりと微笑んだニクス様に手を取られ、そのままエスコートされるような体勢になる。
まるでお嬢様のような扱いに面食らってしまい、俺が反応出来ずそのままおとなしくついていくと、振り返ったニクス様はまたにこりと微笑む。
優しい笑顔なのに有無を言わせぬ迫力のあるそれに、俺は頷いてついていくことしか出来なかった。
●
朝食後少し部屋で休んだ後、家庭教師の先生が到着したと呼ばれて案内されたのは、勉強用の部屋なのか日当たりが良く、テーブルと椅子と本棚のみというシンプルな内装の部屋だ。
そこにはすでにナハト様とニクス様、それと──もう一人。
「では、本日はナハト様は文字の読み書きの復習を。ニクス様はこの世界の歴史についてを。ジルヴァラくんはナハト様と一緒に文字の読み書きを勉強するので良いですか?」
そう言って俺へ小さな黒板を差し出してくれている、ニクス様とナハト様へ勉強を教えている家庭教師の先生だ。
ちなみにだが、フシロ団長のお宅では、剣や体術はフシロ団長とヘイズさん、魔法はノーチェ様とフュアさんが教えているので、そちらの先生は雇っていないそうだ。
で、目の前にいるのが座学担当の家庭教師の先生だ。
何処かの貴族の次男坊さんだそうで、おっとりとした見た目の優しそうな先生で、闖入者な俺のことも優しく微笑んで迎え入れてくれた。
「はい、よろしくお願いします」
俺が黒板を受け取ってペコリと頭を下げると、家庭教師の先生は見た目通りの優しい手つきで頭を撫でてくれる。
「では、ナハト様はこの間の続きから……ジルヴァラくんはどの程度読み書き出来ますか? あぁそう言われてもわかりにくいですよね。そうですねぇ、この中の本ならどれがつっかえずに読めそうですか?」
先生がそう言って俺の目の前に並べたのは数冊の本だ。
向かって一番左側にあるのは、幼児向け絵本そのものな絵が大きくて、その下に単語が書かれている本で、右に行くほど文字と絵の割合が変わっていく。
真ん中辺りに『オジーさんシリーズ』があってちょっと笑ってしまった。
それはさておき、俺はたまに本を手に取って確認しながら、先生が置いてくれた本の一番右側をそっと指差す。
「おや。これを苦なく読めるなら、読む方は特に私の指導は必要なさそうですね。では、書く方ですが──ニクス様、前回の復習も兼ねて、歴史書の最初の方を音読していただけますか?」
「はい」
「ジルヴァラくんは、それを書けるだけ書いてみてください。どれぐらい書けるか知りたいだけなので、書けなくても気にしないでくださいね」
「うん……じゃなかった、はい」
そんな感じで俺はニクス様の聞き取りやすい声に聞き惚れながら、初めて聞くこの世界の歴史の一部を黒板へ書いていく。
その結果はというと……。
「ジルヴァラくんには、私が教える程度の読み書きの勉強は必要ありませんね」
「ジル、すごいな!」
先生からの太鼓判とナハト様からの手放しの誉め言葉だ。
ここで俺へ変な嫉妬をこじらせないナハト様は、カラッとしていて良い男になるなと親戚のおじさんじみた感想を抱いていると、ニクス様が椅子ごと移動してきて俺の隣へぴったりとくっついてくる。
「では、先生、ジルは僕と歴史の勉強でも良いですよね」
「ええ、そうしましょう」
「よろしくお願いします」
一人だけ違う内容の勉強になってしまったナハト様は、ちょっとだけ寂しそうだったが、すぐに「オレも読み書きもっと完璧に出来るようになるから!」と気合を入れており、有言実行で今日の勉強が終わる頃には先生から花丸付きの合格点をもらっていた。
俺の存在が良い感じに刺激になったとしたなら嬉しいことだ。
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