213話目
ひたひたと迫る。
「それがおれの覚えてる全部だ。残念ながら魔法をかけてきた犯人の顔は覚えてなくてな。記憶力の悪い自分が嫌になる」
泣き笑いみたいな顔で自嘲気味に呟いたトルメンタ様が痛々しくて、俺は励ます意味も込めてさらにしっかりと抱きつき、心から思っていた言葉を伝えようとしたのだが、
「そうなんだ……。でも、トルメンタ様が誰も傷つけてなくて本当に良かった。今はちゃんと……って、何? トルメンタ様、痛いって」
ついでに今はきちんと付与のあるアクセサリー着けてるのか確認しようとしたのが気に障ったのか、抱き締めてくる力が強まって思わず言葉を途切れさせる。
テーミアスは肩の上に避難済みで潰される心配はないが、俺が痛がったせいで耳元で盛んにトルメンタ様へ文句を伝えている。……全く伝わっていないが。
「おれが、誰も傷つけてない?」
「おや、まだそんなことを言ってるんですか」
低く地を這うようなトルメンタ様の声に続くのは、呆れと苛立ちを含んだドリドル先生の声だ。
「どうしてだ……どうして、その『誰も』の中に自分を入れてないんだ、ジルヴァラは」
「え? あ、でも、かすり傷だし……」
「あなたのような小さな子には十分に大きな怪我です。どうやらジルヴァラは入院してしばらく安静にしてもらう必要がありそうですね」
「いや、でも、そうだ! その、ここは騎士様のための場所だろ?」
二人がかりで責められて、俺はあわあわとしながら唯一自由になる顔を動かして周囲を見渡して、思いついた理由になりそうな言い訳を口にする。
「そうですね」
「だろ?」
頷いて答えたドリドル先生に、我が意を得たりと安堵を相槌に滲ませる俺の顔を、イイ笑顔になったトルメンタ様が覗き込んでくる。
「そういうことなら、ジルヴァラはうちの屋敷で傷が治るまで安静にしてもらおう」
「え?」
俺の目を見つめるためにトルメンタ様の拘束は緩んだが、その予想外すぎる発言に驚いた俺はそのまま固まってしまうことになる。
「それはいいですね。あの方はなんだかんだ言ってもジルヴァラには甘いですし、普通の感覚とずれてらっしゃいますから」
流れからしてドリドル先生が味方してくれることはないと思っていたが、想像よりしっかりとフシロ団長のお屋敷での静養を勧められてしまい、俺は言葉を失ったまま瞬きを繰り返す。
「俺、ちゃんと一人でおとなしくしてられ……」
「今日も森でゴブリン相手に大活躍だったらしいな?」
俺の力無い反論は、いい笑顔のトルメンタ様からぶった切る形でうちかえされてしまった。
それを言われてしまうとぐうの音も出ない。というか、何でバレてるのか。
返答に詰まった俺が思わず頭を抱えていると、肩の上でテーミアスも真似をしている。
可愛い……じゃなくて。
頭を抱えている俺をベッドへ降ろしたトルメンタ様は、ドリドル先生の所へ近寄っていき、深刻な表情で何か話し合いを始めるが小声なので聞こえない。
「あのジルヴァラがあんな目元を泣き腫らすぐらいにひどい目に遭ったんだろ? 一体、何があったんだ?」
「あの方は何も言わずに出て行かれたのたので……しかし、やはり泣いた後に見えますか。本人がケロッとしているので、違うのかと思いかけていたんですが」
「現場では強がってたけど、幻日サマ見たら泣いたとかじゃないか?」
「それはありえそうですね」
何だろう。何だかとても痛々しいものを見るような眼差しで、二人がちらちらとこちらを見てくる。
あまりに見られてるのでさっきの悪夢の名残が湧いてきそうで、俺は胸の辺りを押さえて俯いて二人分の視線から逃れる。
「ジルヴァラ? どうかしたか?」
「何処か痛みますか?」
当たり前だが俺をガン見していた二人は俺のそんな態度にすぐ気付き、内緒話を止めてこちらへ足早に近寄ってくる。
「ごめん……ちょっと不安になっただけ」
二人の勢いに圧された俺は、慌ててへらっと誤魔化すように笑うと、大丈夫だと首を横に振って答える。
「我慢しなくていい。ほら、幻日サマが迎えに来るまで、おれがついているからな」
「私もいますから、もう少し眠りますか? 外には騎士達がいます。ここは何処より安全ですよ。安心して眠りなさい」
何故だか我慢している判定をされてしまった俺は、再びトルメンタ様に縦抱きで抱え直され、ぽんぽんと優しく背中を叩かれた上、ドリドル先生のゴッドハンドで頭を撫で回される。
そんなことをされたらまだ疲れの残る六歳児の体は逆らえる訳もなく、とろとろとしてきた思考の中「ねむくないもん……」という駄々をこねる幼児そのものな台詞を口にし、俺は主様の迎えを待つことなく眠りへと落ちていった。
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[視点変更]
「やはり我慢をしていたんですね」
常よりあどけない言葉を残して眠りへ落ちた幼児を痛ましげに見つめ呟き、私はその頭を優しく撫で続ける。
私の手でも折れそうな子供特有のふにふに感の残る腕にある傷を思い出して、私の表情は自然と曇る。
怪我をしたとは聞いていたが、あの方に連れて来られた際、診させてもらった怪我の傷の大きさと深さに一瞬息が止まった。
それを負わせてしまったのが目の前にいるトルメンタだとわかっているので、それに関してはなるべく動揺を押し殺す。
手当てが良かったのか傷はしっかりと塞がっているので、しばらくすれば傷跡も残らず治るだろう。
それでも流れた血はすぐには戻らないのだ。
「血を増やす食材を優先的に食べさせるように料理人の方へお願いしてください」
「わかった。まぁ、まずは保護者の許可が出るかだな」
すっかり深く眠っている幼児をベッドへ降ろしながら、トルメンタは苦笑いをしながらそんなことを独り言のように呟いているが、ある事実を知っている私にはあの方が頷くことがわかっていた。
「そうですね。ですが、たぶんかなり不承不承でしょうが、許可はしてくれますよ」
私の言い方に何かを感じたのか、幼児の寝顔を見て緩んでいたトルメンタの表情がキリッと引き締まり、答えを急かすように私を見てくる。
そういう表情は父親であるフシロ団長と良く似ている。
「……何かあるのか?」
「今あの方がいないのは、実行犯の情報が手に入ったからなんですが、それに関して黒幕も動き出しているらしいですよ」
私の説明に一瞬あぁ……と納得しかけたトルメンタは、すぐに「ん?」といった表情になって首を傾げて私を見てくる。
「それは、どういう意味だ? 幻日サマをどうこう出来る相手なんて……」
「存在はしないでしょう、あの方をどうにか出来る者など。……ですが、そのせいであの方の弱みを握ろうとしたらしく、その筋でとある情報が出回っているそうです」
トルメンタの言葉に、私はベッドの上で可愛らしい寝顔ですやすやと眠る幼児を見ながら、思い出してしまった胸糞悪い情報に思わず吐き捨てるように呟いた。
「とある情報……まさか!?」
察しの良いトルメンタは、私の視線と語調で情報がどのようなものかを悟ったらしい。
「あまり大声は出さないように。ジルヴァラが起きてしまいますから。……幸いというか、原因はあの方なのでしょうが、出回っている情報は『あの幻日が溺愛している子供がいる』というものです」
「いや、どう考えてもそれはジルヴァラだってバレバレだし、幸いにも、とは言えないだろ……」
脱力した様子で心配そうに眠る幼児を見たトルメンタに、私は先程まで眺めていた書類を手渡す。
「これは?」
「こちら側の情報屋から探らせた、『幻日が溺愛している子供』の情報です」
「何言ってるんだ? そんなの『黒髪に銀の目の六歳ぐらいの男の子』とか書いて……ないな、何処にも。どれだけ街中や冒険者ギルドで聞き込みをしても『可愛らしく礼儀正しい元気の良い子供』という情報しかない? いや、ジルヴァラはかなり目立つよな?」
私が渡した書類の文字を目で追ったトルメンタの表情は、徐々に怪訝そうなものへと変わっていき、首を傾げて私の方を窺い見てくる。
「目立ちますね。髪や瞳の色も目立つ上に、容姿も動きも愛らしいですから。だから私は幸いにもと言ったんです」
「……あぁ、そこで幻日サマが原因か」
「えぇ。ここまでジルヴァラの情報が出回らないのは、あの方がジルヴァラの味方以外に対して常に認識阻害魔法のようなものをかけているのでしょうね」
自分で口にしていて、その荒唐無稽さに苦笑いしてしまう。
それがどれだけ魔力を使い、どれだけの凄まじい能力が必要なのか。魔法使いでない私ですら、まさに気が狂いそうな化け物じみた所業だとわかってしまい、笑うしかない。
しかし、そのおかげでジルヴァラは一人歩き出来ているのだろう。
それが無ければ今頃ジルヴァラは何回誘拐されていたかわからない。
そして、ジルヴァラを人質にされたあの方が──。
「ドリドルせんせ……?」
少し私達の話し声が大きくなってしまったせいか、ベッドの方から呂律の回っていない幼児の声が聞こえて来て、私は息を呑む。
トルメンタと顔を見合わせて息を止めるが、それ以上声は聞こえてくることはなく、しばらくしてそっと窺うとそこには穏やかな寝顔があるだけだ。
「寝言か」
「そのようですね」
また顔を見合せた私達は、安堵を滲ませて微笑みながら大きく息を吐く。
「ああ、わかった。そういうことか。それで事態が収拾するまで、不承不承でもうちの屋敷でジルヴァラを預かることを許可してくれるってことか」
「フシロ団長がそのように説得してるでしょうから、そうなりますね。いくら認識阻害をしていようが、あの方が離れた隙や、ジルヴァラが一人になったところを狙われる可能性はゼロでは無いのですから」
「女の子を使うぐらい卑怯な奴らだからな。幻日サマの弱みだなんてバレたらどんな目に遭わされるか……」
「ジルヴァラなら平気そうな気はしますが、一人で出歩いてほいほいついていきそうで怖くもあります」
「それで王都半壊とか……冗談にもならないな」
溺愛する幼児のためならあの方は本当にしでかしそうで、私はトルメンタのたちの悪い冗談を咎めることも出来ず、眠る幼児の髪を撫で続け、あの方が帰って来るのを待つ。
一時間後、不機嫌そうに入って来たあの方は、無言のまま幼児が眠るベッドへ近寄ると、眠っている幼児を抱え上げる。
その後ろから疲れた表情のフシロ団長が現れたので、説得は成功したのだろう。
「全員灰にしてしまえば良いのでしょう?」
「だから、それは最終手段だ。まずは──」
そんな会話をあの方としながら、フシロ団長は私へ向かって軽く手を挙げて去っていく。
とりあえず私は、王都が半壊しないことを祈っておこう。
いつもありがとうございますm(_ _)m
トルメンタ様、自分が幻日様の隷属魔法にかかってると言いそびれるの巻。
まぁ、大した事じゃないですし←
ついにジルヴァラの存在が!? と思ったら、無駄にチートな主様が色々していたようです(。>﹏<。)
それなのに変態ほいほいしているジルヴァラ(笑)
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