211話目
今回は、しでかしちゃったエジリンさん視点です。
[視点変更]
「一度かけられた精神魔法を上書きするには、それをかけた相手より強い魔力が必要となる。つまりは、あいつの魔法で隷属状態になっているのなら、あいつの魔力を上回る魔力量が必要だからな。ちなみにだが、ボクが今まで生きてきて、あいつより魔力量が多い生き物は見たことも聞いたこともない」
見た目だけは大人しい深窓の令息ながら、顔に似合わぬニヤリとした老獪な笑顔を浮かべた上司の説明に、私は先程の自らがしでかした罪からのダメージも抜けておらず、ただ静かに頷くことしか出来なかった。
初めてジルヴァラくんと対面したのは、特例措置で冒険者になる手続きをするために冒険者ギルドへあの子が訪れた時だったが、初めて見たのはそれより少し前。
私の上司であるギルドマスターに、保護者である幻日様と共に面会に来た際だ。
幻日様という孤高の存在にくっついている上、その小ささと目立つ容姿で人目を惹きまくっていたが、やたらと騒ぐ様子はなく人懐こい笑顔を周囲へ振りまく。
礼儀正しく、受付嬢であるオーアにもきちんとお礼を言う。
特例冒険者になりたいという幼児が来ると聞いていた私は、すでに特例冒険者となった少女のような相手を想像してしまっていたため、良い意味で外れた想像に胸を撫で下ろしていた。
普通の……いい子が来た、と。
あとでよく考えれば、幻日様と手を繋いだり、抱き上げられたりしていた時点で、普通の子ではないのではないかと思ったが、それでも悪い印象は無かった。
その直後に、まさに特例冒険者の先輩である少女が来て一暴れしていったせいで、余計にそう思えたのだろう。
そして、二度目の遭遇できちんと名乗り合い、顔見知りとなった。
自慢ではないが、私は子供には怖がられ、ほぼ子供に近しい年齢で冒険者になった者達からも当然恐れられてしまっていた。
副ギルドマスターとしては、ちょうど良いのかもしれないが、さすがに何もしていない初対面から毎回怖がられてしまうのは、少し気にはしていた。
そんな時、顔見知りとなり、流れで後見をさせてもらうことになったジルヴァラくんは、私を怖がる素振りなど全く無く、逆に親しみを覚えてくれているような態度だった。
それは私が後見を受ける前からなので、後見になった私へ気を使っていた訳では無い。
その事実は思いがけず嬉しいことで、私は少し浮かれていたのかもしれない。
もちろん、私へ懐いてくれるからといってジルヴァラくんへの評価を甘くしたりはしていないが、元からジルヴァラくんはきちんとしている子なので特に減点すべき所は見当たらない。
少し危険へ突っ込み過ぎる悪癖があるようだが、男の子なのだからこんなものだろう。
採集の依頼も、配達の依頼も、大きなクレームはない。そもそも、小さなクレームすらない。
たまに、あれは幼すぎて心配になる、というクレームなのかよくわからないものはあるが、それぐらいだ。
このまま何事もなく行けば、無事に特例冒険者という肩書からE級冒険者へと肩書を変えることが出来るだろう。
もう一人の特例冒険者である少女も、ちらちらと悪評が聞こえる割にはきちんと依頼もこなしているようなので、どちらが先になるかはわからない。
ジルヴァラくんに関しては、順番などは気にしないだろうが。
ジルヴァラくんが私の前へ来ることは滅多にないが、毎回きちんと挨拶をしてくれるので、それが私の密かな楽しみでもあった。
今日は、たまたま出会った私と同じくジルヴァラくんの後見であるトレフォイルの三人が行う、問題児対象の『新人冒険者講習』を受けたいです、と元気良くお願いをされ、特に問題は無いので了承した。
強いて言うのなら、問題児対象の講習を受けるにはジルヴァラくんには問題がなさすぎるというぐらいだろう。
今日の講習を受ける三人組は、十歳になってすぐ冒険者登録をした、まだ幼さの残る三人組だ。
あの少女ほどではないが、行く先々で揉めているようだ。
自分達より幼いジルヴァラくんの姿を見て、何かを少しでも学んでくれたらと思いながら見送った結果──。
「思った以上に上手く行きましたね」
もとよりそこまで腐っていた訳ではなく、やる気が空回りしていただけの三人組は、可愛らしい弟分と頼りになる先輩との出会いによって良い方向へ転がってくれたらしい。
このまま潰れてしまうのでは、と危惧していた三人組のいきいきとした姿を見て安心していたところへ相棒であるアシュレーがやって来た。
はしゃぎ過ぎていた三人組をやんわりと叱ったアシュレーは、受付へ来ると素材の注文をしてくる。
二人でパーティーを組んでから、欲しい素材は自ら狩る、というスタイルになった彼にしては珍しい注文に、私は一体何が必要なのか問うたが、返ってきたのは「ここでは話しにくい」というさらに珍しい答えだ。
奥へと案内したアシュレーの口から出て来たのは、確かに外では言いにくい内容ではあったが、それより気になる点が私には一つある。
その原因はというと、銀の大きな目を好奇心に輝かせながら、私とアシュレーを交互に見ている。
──アシュレーの腕に抱かれたまま。
結局、アシュレーはジルヴァラくんを抱えているのを忘れていたらしく、今さらな注意をしている。
アシュレーの言葉ではないが、ジルヴァラくんは言い触らしたりはしないだろう。
その後、必要とする素材のことや、大口の依頼のことなどで話し合っていると、ギルドマスターがいらして話はさらにややこしくなる。
そこに幻日様までいらっしゃって、緊張感まで出てきてしまう。
そんな中で私はつい口を滑らせてしまった。
ジルヴァラくんは見た目は幼児だが、きちんと話も通じて大人びたところもある上、私を怖がらず接してくれる。
思いがけずそれは私の口を滑らかにしてしまったらしい。
相棒とのいつもの軽口のやり取りの中で、少し趣味の悪い冗談を口にしかけてしまった。
相棒なら「あら」と笑って受け流すような、そんな趣味の悪い冗談を。
ここにいるのは気心の知れた相棒だけではなく、上司であるギルドマスター、畏怖すべき幻日様……そして何より、六歳の幼児でしかないジルヴァラくんがいたというのに。
私の言いかけた言葉を理解した瞬間、ジルヴァラくんの表情がくしゃりと歪み、大きな瞳にはみるみるうちに水分が溜まっていく。
反射的に言い直して謝罪したが、時すでに遅し。
まだ大声で泣き出してくれた方がましだった。
だが、ジルヴァラくんは喉を震わせるようにして、静かにはらはらと涙を流すだけで余計に痛々しい。
そのまま泣き疲れたジルヴァラくんは眠ってしまい、私は何故かジルヴァラくんにくっついていたテーミアスからもお叱りを受け、幻日様からの「二度目はない」というほぼ死刑宣告を受けてしまった。
しかし、その恐怖より幼い子供を泣かせてしまったという事実が私を苛む。
衝撃的なことを色々聞いてしまったせいもあり、ギルドマスターも去ってアシュレーと二人きりになった室内で、私は深々とため息を吐く。
「あらあら、大きなため息ね。しでかしたことはもう仕方がないわ。大事なのはきちんと謝罪して、同じ轍を踏まないことじゃないかしら?」
「……わかっていますが、ジルヴァラくんに嫌われていたら、と思うと気が重いです」
「ジルちゃんなら大丈夫だと思うけど、心配ならやっぱり贈り物でしょ? せっかく素材が手に入ったんだから、ジルちゃんにあげる用のを優先して一つ作ってあげるわ。それを渡してしっかり謝りましょう」
思わず洩れてしまった私の弱音を、アシュレーはいつも通りの笑顔で笑い飛ばしてくれる。
正反対だと言われることも多いが、アシュレーは私にとってかけがえのない相棒だ。
今はひとまず気を取り直して、通常業務へ戻ることにしよう。
ずれてもいない眼鏡をかけ直した私は、気合を入れ直すのだった。
●
「ロコ、ロコ、起きられますか?」
何だかとても悲しくなるような、胸が引き裂かれそうな悪夢からすくい上げてくれたのは、大好きな人のそんな優しい声だ。
やたらと開けにくい瞼を押し開けると、寝惚け眼でも見間違いようのない美人が微笑んでこちらを覗き込んでいるのがわかる。
それがなんだかとてもうれしくて、おれはふにゃふにゃとわらいながら、しあわせなきぶんでまためをとじる。
まだねむりたりない。
それに──、
今度はきっと良い夢を見られそうだ。
いつもありがとうございますm(_ _)m
猛省するエジリンさん。
ジルヴァラの性格的に、あれぐらいの冗談で泣くなんて思わなかったんでしょうに。
感想などなどいつもありがとうございますm(_ _)m
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