210話目
忘れられがちですが、六歳児なのです。
「ぢゅぢゅ!?」
俺は慣れているが、肩の上のテーミアスはそうでなかったため、驚いて鳴き声を上げ、もふもふの尻尾で主様の顔を叩く。
それを煩わしげに手で払った主様は、少しだけぽやぽやを増やして再びアシュレーお姉さんの方へと向き直った。
「ぴゃー」
テーミアスは自分の攻撃が効いていない主様の様子にショックを受けたのか、しゅんとした鳴き声を上げて俺の耳元で「あいつ何なんだよ」と訴えている。
「あれは戯れてるみたいなもので、痛くはないから心配しないで大丈夫だよ。でも、怒ってくれてありがと」
拗ねてしまったテーミアスだったが、お礼を伝えてナッツを渡すと機嫌を直してくれたようだ。
主様達の話が終わるのをテーミアスを撫でつつ待っていると、いつの間にか話は話し合いは終わっていたようで、気付くと至近距離で主様がこちらを見ている。
「わ、びっくりした! もう話し合いは終わったのか?」
美人は三日で飽きるというが、今のところ俺は主様に飽きたりしないなぁと感慨深くほぼゼロ距離美人をまじまじと眺めていると、その美人がぽやぽやと口を開いて首を傾げる。
「こちらは終わりました。……ロコが欲しいのは何処なんですか?」
「どこ?」
「目ですか? 心臓? それとも肉を食べたいんですか? 魔石は使ってしまったのでないんですが……」
「魔石……」
ファンタジー定番ともいえる、普通の動物とモンスターを区別する物体の名前が出て来たのが何か面白くて、先程の『付与』みたいについ口に出してしまった俺は、その次の瞬間後悔して主様をしっかりとホールドすることになった。
「離してください。ロコがドラゴンの魔石を欲しいと……」
「言ってないから! 魔石って何だろうと思っただけだから! ……主様、俺を置いて出かけちゃうのか?」
なかなか主様が止まらなかったので、最終的にはちょっと情けない声を出してしまったが、何とか止まってくれたので良しとしよう。
「魔石というのはモンスターの体内にある魔力が溜まった石みたいな物かな。これのある無しが、基本的なモンスターと動物との区分方法だ」
ソファに腰かけた主様の膝の上、くっつき虫と化した主様を放置して、アルマナさんによる魔石の説明を受けた俺は、何となくくっつき虫な主様の胸元を見ながら、
「へぇ。やっぱりドラゴンぐらい強いと大きいんですか?」
と質問してみた。
「基本的には、な。まぁ、生き物だから誤差はあるし、魔石のない動物と分類される筈の存在でも、ジルヴァラの養い親の熊のように恐ろしく強い力を持つものもいる。で、ちなみに念の為言っておくが、いくらそいつが恐ろしく強くて人外扱いでも魔石はないからな?」
苦笑い混じりのアルマナさんの答えを聞きながら、無意識にペタペタと主様の胸元を触ってしまっていた俺は、えへへと照れ笑いして手を引っ込めておく。
「うふふ。ジルちゃん可愛いわぁ。確かに幻日様に魔石あったら、とんでもなく大きそうよねぇ」
「そのためには、まず幻日様を倒す必要性が──っ! いえ! 冗談ですので!」
慌てた様子など見たことのないエジリンさんが慌てたのは、自意識過剰ではなければ俺が今にも泣きそうな顔になってしまったからだろう。
アシュレーお姉さんとエジリンさんも会話に参加して来たまでは別に良かったのだが、エジリンさんの主様倒す必要性がという発言に、六歳児の幼児な涙腺が反応してしまったのだ。
「ごめんなさい、ジルちゃん! お姉さん達、ふざけすぎたわ。お願い、泣かないで……」
アシュレーお姉さんも慌て出してるし、これぐらいで泣いちゃ駄目だと大人な部分の俺は止めようとしてるのだが、主様倒すイコール主様が死んじゃうかもというのは、俺の弱点に痛恨の一撃を与えてしまった。
視界が滲むぐらいに涙が溜まっていき、ひくひくと喉が震えて今にも決壊しそうだ。
「……ロコ。私は死にません。誰にも倒されません」
優しく微笑んだ主様がそう言ってくれたのだが、そのあやすような柔らかい声音が最後の一押しになってしまった。
「ぢゅっ!」
テーミアスも慌てて、必死に慰めてくれようとしてるが、一度流れ出した涙は止まってくれない。
「ロコ、泣かないで……」
主様の唇が何度も目元へ触れて涙を吸ってくれてるが、やはり『主様が死ぬ』という恐怖が与えたダメージは大きく、講習での疲れもあったせいか俺は主様の腕の中で寝落ちしてしまい、次に目が覚めた時は自宅のベッドの中だった。
●
[視点変更]
「申し訳ありません……っ」
「本当に、ごめんなさい!」
真っ青な顔になってしまった相棒であるエジリンと並んで幻日様に向けて深々と頭を下げながら、アタシは眠ってしまった可愛らしい子猫ちゃんの様子を窺う。
ジルちゃんが見た目より大人びてるからといって、大好きな保護者が死んでしまう、なんて匂わせる冗談は言うべきじゃなかった。
そもそも、アタシが大きい魔石あるかも、なんて冗談を言ったのが悪かった。
心の中でそう猛省しながら、ジルちゃんの寝顔を見る。
幻日様に抱えられているおかげか、寝顔が穏やかなのはせめてもの救いだと思う。
濡れた頬を何度も唇で吸う様子から見ても、幻日様がジルちゃんを溺愛してるのは丸わかりだ。
ジルちゃんから話を聞きたかったというギルドマスターは、苦笑いして聞き取りに相手を幻日様へ変えて話しかけている。
「ジルヴァラにも話を聞きたかったんだが、内容は騎士団長とそう変わらないか。お前も現場にいたんだろ? 何か気付いたことは?」
濡れたジルちゃんの頬を拭ってあげながら、幻日様は面倒臭そうにふるふると首を横に振っている。
「ぢゅっ!」
そちらを見ていたら、いつの間にかエジリンがジルちゃんの肩の上にいたテーミアスに絡まれてて、おたおたしながらアタシの方へ目線で助けを求めてきている。
テーブルの上で後ろ足で立ち上がり、前足をバタバタさせて盛んにエジリンへ文句を言っているように見える。
そう見えてはいるんだけど、見た目が見た目だけあって、正直に言うとただただ可愛らしいだけだったりする。
「可愛いわね」
「……どう見ても怒っていますが?」
「わかってるけど、可愛いのよ。子猫ちゃんがシャーッてやっても可愛いのと一緒ね」
あまりの可愛らしい存在に、アタシがついつい状況も忘れてきゃぴきゃぴしている間、生真面目なエジリンはしゃがみ込んでテーミアスと目線を目線を合わせている。
「心から反省していますので、許していただけないでしょうか? もちろん、ジルヴァラくんにはもう一度きちんと謝罪します」
「ぢゅ」
やり取りを見守っていると何とか納得してくれたのか、やけに男前な一鳴きを披露したテーミアスは、もふもふな太い尻尾でエジリンの顔を叩いてから身軽にジルヴァラへと飛びつき、よじ登って肩の上で丸くなる。
「……ひとまず許してもらえたようです」
「エジリン、ジルちゃんへ謝罪する時は、当たり前だけどアタシも一緒に謝るわ。元はといえばアタシの軽口が悪いんだもの」
しゃがみ込んだまま目に見えてしゅんとしてしまった相棒の肩を叩きながら、アタシは慰めるようにそう告げる。
連帯責任……というより、アタシの軽口が発端な上、エジリンは相棒なのだから当然だ。
「いえ、ジルヴァラくんは私を怖がらないので、少し調子に乗った私が悪いのです」
「エジリン、何もしてないのに子供に泣かれるものね。冒険者になったばかりの新人ちゃんにも怖がられるぐらいだもの」
怖がる気配もなく懐いてくれてるジルちゃんが可愛くて、エジリンにしては珍しく口を滑らせてしまったのだと思うと、うちの相棒も可愛く見えてしまう。
「ジルヴァラなら大丈夫だろ。謝れば許してくれるだろうし、そのせいで怖がったりはしないと思うぞ。……この狭量な男は無理だろうが」
アタシが相棒の可愛らしさを再認識していると、幻日様からの聞き取りを終えたギルドマスターが近づいて来てエジリンを慰めてくれる。
付け足した一言以外で。
付け足された一言の原因は、ジルちゃんを抱え直しながら部屋を出て行こうとしているところだった。
慌ててエジリンと共に駆け寄ろうとしてしまい──向けられたのは、絶対的強者からの明確な殺意の篭った一瞥だ。
「──近寄るな」
声にすら魔力を込めて放たれた一言に生存本能がここから逃げろと訴えるが、アタシもエジリンも何とかその場に踏み留まり、二人並んでもう一度深く頭を下げる。
冷えた気配が流れてきて『彼』がこちらを値踏みするように見ているのがわかる。
「ん……」
凍りついた空間を溶かしてくれたのは、寝心地が悪いのか小さく呻いた幼児の声。
救われた気分でその寝顔を見ようとしたけれど、見るなとでも言うように……きっと実際そういう意味で、その姿はアタシの目から見てもとんでもない付与をされているのがわかるローブの中へと隠される。
「二度目はない」
それだけを告げ、ふいっと視線を外してアタシ達に興味を失った様子で、幻日様は部屋を出て行ってしまう。
残されたアタシ達は、へなへなとその場へしゃがみ込んで顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。
「……悪い、ボクも久しぶりにあいつの怒りを測り損ねた。何とか結界を張ったんだが、体は平気か?」
「ありがとうございます、ギルドマスター。問題はありません」
「ありがとう、大丈夫よ。でも、結界があってアタシ達があれぐらいなら、外は大騒ぎじゃないかしら」
下手すると死人が出てそう、と流し目を扉の方へと向けるが、壁の厚さのおかげか特に騒ぐ声は聞こえない。
「そうですね。外の安全の確認と事態の収拾を……」
アタシの言葉にハッとした表情になったエジリンが飛び出して行こうとするのを、少し疲れが滲んだ顔で微笑んだギルドマスターがゆっくりと首を横に振って止める。
「結界を張ったと言っただろ。君達を守るより、外へ洩らさない方へ力を割いたからな。……あんなもの、一般人なら一秒で発狂する」
相変わらずの化け物だ、とうっそり微笑むギルドマスターも、アタシから見れば十分に──。出そうになった言葉を飲み込んで、アタシは微笑んで相棒の背中をとんとんと叩いておいた。
その後、
「一応、君達も関係者になるから、何が起きたかを伝えておこう。そこに座ってくれ」
と、ギルドマスター直々に騎士団長のお宅で何が起きたか説明を受け……。
ついでに、何者かの精神魔法によって再び操られるのを防ぐため、騎士団長の長子であるトルメンタ様は幻日様の隷属魔法にかかっている、というとんでもない爆弾まで抱えさせられてしまい、アタシは引きつった笑顔を浮かべるしかなかった。
いつもありがとうございますm(_ _)m
泣き虫だと思われてしまいますが、やはり精神は肉体に引っ張られることもある訳で、六歳の子に対して、絶対的に大好きな……まぁ『お母さん』並みの相手が死んでしまうと匂わせる冗談はキツいと思うんですよねぇ。
いい歳した私でもグサッとなるというか、嫌な気分になりますから。
それなのにそれを何故書いたんだろう、と若干思いかけて来ましたが、主人公を痛めつけたい私の悪癖が出てしまい、すみません。
ハッピーエンド大好きですし、この作品は息抜きに書き始めた私の萌えの塊なので、そういう悲しい終わり方はしない予定なのでそこだけはご心配なさらずにお読みください。
感想などなどいつもありがとうございます(。>﹏<。)
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