208話目
アシュレーお姉さんは鍛えているので、今のジルヴァラ程度負荷ではなかったんですね(^^)
「ジルちゃんなら言い触らしたりしないと思うけど、ここで聞いたことはやたらと誰かに喋っちゃ駄目よ」
あらあら困ったわと全く困ったように見えない表情で洩らしたアシュレーお姉さんは、先の台詞を言いながらつんつんと頬を突いて来たので、俺はへらっと笑って大きく頷いておいた。
元から話す気なんて一ミリも無かったんだけど。
「はぁい」
ついでに良い子の返事も付け足したら、アシュレーお姉さん、エジリンさんから交互に頭を撫でられる。
「じゃあ改めて、在庫の確認をお願い出来るかしら」
「はい。……カウンターでは言い難いとは言ってましたが、何が足りませんか」
「まずドラゴンの爪と鱗、それにキメラの体毛、グリフォンの羽根、それと金属系が足りないわね」
「……またずいぶんと希少な物ばかりを。金属系は問題なくあります。キメラとグリフォンもありますが」
黒い革の表紙のやつは在庫帳だったらしく、該当するページを開いて見せながらエジリンさんが説明してくれるので、何となく俺も覗き込んでくる。
キメラとグリフォンというファンタジー代表格な名前のモンスター達は、さすがにそれだけの強さを持つのか在庫の数は圧倒的に少ない。
金属類のページには、オリハルコンとかいう見えてはいけない文字列もあったりしたが、やはりファンタジー代表格な金属もあるらしい。こちらも他の金属と比べると少ないようだ。
「あら、ドラゴンはほとんど在庫がないのね。時間があるなら一狩り行くのだけど……」
「ここから一番近いドラゴンの居場所となると、あそこのダンジョンか火山でしょうが……間に合いますか?」
「制作期間もあるから、難しいわね。付与もしないといけないんだもの」
壁に貼られていた地図を見ながら、相談する二人の会話を大人しく聞いていた俺だったが、気になる単語が聞こえてきて思わず心の声が洩れてしまう。
「付与?」
それはゲームでもお馴染みだった、武器や防具、または装身具に何らかの効果を付けること……のはず。
だとしたら、この間の一件から俺が欲しかった物をアシュレーお姉さんなら作られるのかもしれない。
忙しそうだからアシュレーお姉さんには頼めなくても、アシュレーお姉さんなら作ることが出来る人か買える人を知ってるだろう。
「うふふ。付与っていうのは、物や人に対して何か効果を付け加えるってこと、かしら。アタシのアクセサリーには色々効果を付け加えてる物があるの。材料が希少だし、手間もかかるからお値段はすこーし高くなるけど」
俺が付与という言葉の意味がわからなくて呟いたと思ったらしく、アシュレーお姉さんはそう丁寧に説明してくれて、アクセサリーの現物まで見せてくれた。
見た目はまるで普通のブローチや指輪で、ゴテゴテしてたりしないから俺から見ても素直に綺麗だなと思えるような物だ。
「あの、俺も付与のあるアクセサリー欲しいです。いくらぐらいになりますか?」
「あら? ジルちゃんが着けるのかしら? まぁそうよね。幻日様がアタシ程度の付与なんて必要としないわね」
うふふと自分の発言にウケたアシュレーお姉さんが示した答えは、付与の内容にもよるが金貨が飛び交う金額、だそうだ。
「それでジルちゃんの欲しい付与の内容は何かしら? 在庫があればすぐに見せてあげられるけれど」
「えぇと、魔法で操られるのとか魅了を防いで、自分の意に沿わないことを他人にさせられないようにするのって、付与で出来ますか?」
「あら……ジルちゃんもそういう付与の付いた物が欲しいの? 今巷で増えてる流行り病じゃあるまいし、うつる訳じゃないわよね、そういうのって」
「……つまり、アシュレーの所に来ている大口の依頼というのは」
頬に指をあてて首を傾げる
「そうよ。魔法による洗脳と魅了を防ぐ物、それと使用された際に判別出来る物を急ぎで、というご依頼なの」
「そう、なんですか」
まるで誰かの意図に操られているかのような巡り合わせ……って、普通にトルメンタ様の件でフシロ団長が動いてるんだろうな、たぶん。
トルメンタ様の件はさすがにアシュレーお姉さん達には伝えられないので微妙な相槌となってしまった俺に気付き、慌てた様子でアシュレーお姉さんが頬擦りして慰めてくれようとしてくる。
「だ、大丈夫よ! すぐに大口の依頼片付けて、ジルちゃんのも作ってあげるわ。お姉さん、仕事早いのよ〜?」
俺が付与のあるアクセサリーを手に入れられなくて凹んだと思ったんだろう。
ひとまず一番ヤバそうなトルメンタ様周辺にはフシロ団長経由で渡るだろうから心配してないけど、問題は他に犯人に接触しそうな人達だ。
魔法で洗脳してこようとする犯人より魔力が高いと基本的には大丈夫らしいので、主様に関してだけは全く心配してない。
トレフォイルの三人や森の守護者の面々はただの冒険者だから大丈夫だとは思うけど、手駒として使われないか少しだけ心配なのだ。
彼らはA級冒険者だからかなり強いし、万が一操られたら──そこまで考えて俺はその恐ろしさに小さく身震いする。
黒幕がゲームの通りゲース副団長なら、冒険者である彼らが巻き込まれる可能性は低いけれど……。
ここはゲームと似ているだけで現実世界なのだ。何があるかわからない。
「でも、アシュレーお姉さん、材料足りないって……」
そんな不安な気持ちから思わず拗ねたような言葉が口から溢れてしまい、慌てて口を押さえるが時すでに遅し。
「そうねぇ。ドラゴンの素材となると下手な冒険者には頼めないし、やっぱりアタシ達が行くのが一番早いわよねぇ」
深いため息を吐いたアシュレーお姉さんは、無駄に色気のある流し目を相方であるエジリンさんへ向けて、小首を傾げてみせる。
「では、私の方も予定を──」
アシュレーお姉さんの流し目を呆れ顔で受け止めたエジリンさんは、上着のポケットから手帳を取り出して予定の確認をし始める。
ノックの音が聞こえたのはそんなタイミングで。
そして誰も何も答えていないが、待ちきれなかったのかノックの主によって扉が勢い良く開かれたのはノックの直後だった。
「へ?」
間抜けな声を洩らしたのは俺だけで、アシュレーお姉さんとエジリンさんは気付いていたのか相手がわかっているのか、二人揃って眉を軽く上げただけだ。
開いた扉から顔を覗かせたのは見覚えのある、金髪美少年にしか見えない王都冒険者ギルドのギルドマスターのアルマナさんだった。
「ここにジルヴァラが来てるって聞いたんだが」
開口一番にそう言ったアルマナさんは、俺の姿を見つけると相変わらず見た目にそぐわない微笑みを浮かべてみせる。
「ジルヴァラに話を聞きたいんだが、構わないか? あー、君達も聞いてくれてて構わないから」
有無を言わせぬ雰囲気のあるアルマナさんからの、確認ではなくほぼ確定な言葉に俺が頷き、アシュレーお姉さん達は部屋を出て行くため目線を交わし合うが、それをアルマナさんが止める。
そのため、立ち上がりかけたアシュレーお姉さんはソファの片側へ寄って腰かけ直し、ついでに俺を抱きかかえた体勢から膝上へと移動させてくれる。
降ろすという選択肢は──という突っ込みは飲み込むしか無かった。
エジリンさんの方はというと一旦立ち上がって、アシュレーお姉さんが空けてくれた場所へと腰かけ、二人は並んでアルマナさんと向かい合う。
一応、アシュレーお姉さんの膝上の俺も。
「ジルヴァラはそこでいいのか? まぁ、いいか。それで、聞きたいことがあったんだけど……」
「だけど……?」
真剣な顔になったアルマナさんは、何故か俺の顔を見ると何ともいえない表情になり、不思議そうに首を捻って言葉を途切れさせてしまったので、俺は唾を飲み込んで続きを訊ねる。
一体どんな重大なことを訊ねられるんだ? と身構える俺に対して、アルマナさんはもう一度首を先程とは反対に捻ってから、自らの肩の上を叩く仕草をして見せる。
「なぁ、そのテーミアスは、ジルヴァラのペットか何かか? それは幻の獣と言われる類の生き物だから、悪目立ちするが」
そして困ったような微笑み付きで告げられた内容に、
「え?」
「「は?」」
俺の口からも、アシュレーお姉さんとエジリンさんの口からも、素の驚きに満ちた声が洩れて、部屋には一瞬の静寂が訪れるが……。
それを破ったのは俺だ。
「え? テーミアス? 何で?」
アルマナさんに指摘された俺は、あわあわとしながらアルマナさんがトントンと叩いて示した方の肩を見る。
見ると本当にそこには見慣れたもふもふが鎮座していて、やべぇ見つかった、と悪びれた様子もなくふわふわな尻尾を揺らしている。
「さっきまでは何もいないように見えていましたが……」
「たぶんテーミアスの幻を見せる能力で認識されにくくしてたのよ。そういうのって魔力の高い相手には効きにくいから、エルフであるギルドマスターは効かなかったんでしょ」
俺の肩の上をガン見しながら会話するアシュレーお姉さん達によって、付いてきていたテーミアス並みに驚きな『ギルドマスターはエルフ』もぶっ込まれてしまい、俺は少々キャパオーバーになりそうだ。
「テーミアス……それに、アルマナさん、エルフ……」
「ん? あいつは、ジルヴァラにボクがエルフだと言ってなかったんだ? まぁ、どうせジルヴァラが自分以外に興味を持つのが嫌だったとか、そんな狭量な理由だな」
ブツブツと呟き出した俺に、アルマナさんは悪戯っぽい微笑みを浮かべて肩を竦めて見せる。
「しかもギルドマスターはハイエルフだから、かなり長生きなのよ」
驚いている俺を落ち着かせようと、うふふと笑いながらアシュレーお姉さんが優しく頭を撫でながら説明してくれたおかげで、俺はアルマナさんに感じていた違和感の正体がやっとわかってちょっとしたアハ体験気分だ。
「まぁ、少し耳が長くて長生きで、魔力が多いだけ。普通の人族とそう変わらないから」
そう言って嗤う表情は、やはり年を経た者にしか出せない老獪さが滲み出ていた。
いつもありがとうございますm(_ _)m
今回、森でのお別れシーンが無かったのは、こんな理由からでした。
そして、ギルマスの正体(?)判明です。まぁ、皆さん予想されていたでしょうが。
感想などなどありがとうございます(^^)
反応いただけると嬉しいですm(_ _)m




