207話目
すっかり仲良し。
子供は仲良くなるのも早いのです。
「冗談だと思ったのに……」
「あら、あたしは冗談なんて言わないわ」
思いがけず口から溢れた呟きは、自分で聞いていても拗ねたようにしか聞こえず、ソーサラさんの笑顔を誘ってしまったようだ。
そんな俺が今いるのは、ソーサラさんの腕の中だ。
講習も一応終わったということで帰ろうという話になった時に、自然な流れで抱えられてしまっていた。
暴れれば降りられるだろうが、ソーサラさんに怪我をさせたりしたら嫌だし、大人しく抱えられながら何度か降ろしてもらえるようにお願いしたが、駄目だった。
先程の『罰として』発言は冗談じゃなかったらしい。
行きの道行きだったら、ソルドさんとアーチェさんからはともかく、三人組からは冷ややかな眼差しで見られていただろうが、なんだかんだで仲良くなった現在は生温い眼差しで見られている。
そんな目で見るぐらいなら、ソーサラさんを説得して欲しい。
無理だろうけど。
パーティーメンバーの二人が諦めてるぐらいだし。
と、思ってたんだけど、バチッとググルと目が合った。
ググルは何か悩むような表情をすると、ピースとパジへ小声で何事か話しかける。
何する気だろうと思いながら、ソーサラさんの腕に揺られていると、三人組がソーサラさんへ近寄ってくる。
「あの、ソーサラさん……その、そいつ……えぇと、ジルヴァラも歩かせた方が良いと思う……思います」
「僕も……そう思います。罰だとしても、ジルヴァラが自分で歩いた方が、体力つくのではないでしょうか」
「そーそー。まぁ、ジルヴァラの方がピース達より体力ありそうだけど!」
一人以外はおずおずと話しかけてきた三人組の予想外の発言に、ソーサラさんは「あら」と可愛らしい驚きの声を洩らすと、うふふと笑いながら俺を地面へと降ろしてくれる。
「……しかたないわね。ジルヴァラも反省しているみたいだから、これぐらいにしといてあげるわ……今日は」
しれっとまた抱っこされることは決定したが、無事に地面を自分の足で踏みしめられた俺は、へらっと笑いながら三人組の元へと駆け寄る。
「ありがと! ググル、ピース……一応パジも」
へらっと笑いながらお礼を言って三人組と並んで歩き出すと、ググルとピースからは照れたような笑顔で頭を撫でられたがパジからは、
「何でオレだけ一応なんだよ!?」
と、キレのある突っ込みをもらった。
あとかなり今さらだけど、呼び捨てに関しては問題無いそうだ。
●
「……無事に戻ってこれたようで何よりです」
冒険者ギルドのカウンターで俺達を迎えてくれたエジリンさんは、ググル達の顔を見て何処か安心したように微笑んで眼鏡をカチャリと上げる。
もしかしなくても、トレフォイルによる講習に受からなければ、ググル達三人組ってかなりまずかった感じなのかもしれない。
そんな講習をやり遂げたトレフォイルの三人は、別の手続きがあるとオーアさんと共に奥へと消えていったので、ここにいるのはこちらの三人組と俺だけだ。
トレフォイルの三人がいなくても、三人組の態度は改まったままなので心の底から自分達の態度を反省しているのだろう。
もちろん初対面の時みたいに俺に絡むことなんて全く無い。
確かに初対面のあの感じでずっとやって来たのなら、色んな所で反感買ってそうだよな。
数時間前の三人組を思い出しながらエジリンさんから書類を受け取る三人組を見ていると、キラキラとした笑顔で自分達のカードを俺へ見せつけてくる。
「ほら見てくれ、これで俺達はD級冒険者だぞ?」
「最速とはいかないのは残念ですが……」
「え? オレ達ってここの冒険者ギルドで最年少だったりしないのか?」
まずは俺様っぽくドヤるググルだけど、素の性格知っちゃってるので今は可愛く見える。
一人水を差すようなことを言うピースだが、意外と負けず嫌いなのか少し悔しそうだ。
で、最年少アピールしたかったぽいパジは、目の前で自分がカードを見せつけている俺の姿をしっかりと見て欲しい。
「三人共、おめでとう! これで討伐依頼も受けられるんだよな? ちなみにだけど、たぶんここの冒険者ギルドの最年少は俺かな」
ググルとピースは俺の存在を忘れていた訳はなく、おめでとうの言葉に嬉しそうな顔をしてくれたが、パジだけは俺の発言を受けて「マジか!?」と言わんばかりの表情で俺をまじまじと眺めている。
あれだけ『チビ』とか『幼児』とか言っときながら、今さら俺の小ささを再確認したらしい。
「ジルヴァラって……小さいな……」
「六歳だからな」
心底不思議そうに呟いて俺の頭に触れて確認してくるパジに、俺は何となくドヤっておいた。
「六歳って、冒険者なれたっけ?」
惰性で俺の頭を撫でながら、パジの口からさらに今さらな疑問が出てくる。
「ジルヴァラくんは特例冒険者となります。数名のA級冒険者が後見としてつくことにより、特例で冒険者活動を許可されています」
俺が答える前に、俺達の話が聞こえていたのかエジリンさんからお手本のような分かりやすい説明があり、パジはへぇーと言いながら俺の脇の下へ手を突っ込んでくる。
何するんだろうと見ていたら、足がちょっとだけ地面から浮いた。
「ジルヴァラはチビだけど、すごいチビなんだな!」
あははと笑ったパジは、俺を持ち上げたまま回り出したため、持ち上げられている俺も当然ぐるぐる回される羽目になる。
周囲からは微笑ましげに見られているが、回されている側としては正直なところいつ落とされるか不安でしかない。
あと、そこそこ三半規管は強いつもりだが、さすがに少し気持ち悪くなってきた。
さっき食べたおやつが出そうだ。
「ちょ、止め……っ」
止める声も届かず、どうしようかと思っていると、
「こぉら、あんまり乱暴にしちゃ駄目よ〜」
そんな感じに口調だけは女性のように柔らかく、しかし明らかに声質は男性の低めの美声が聞こえてきて、俺の体は一気に高くまで持ち上げられる。
声に聞き覚えがあった俺は、目を閉じて回転によって生じた目眩をやり過ごしてから、ゆっくりと目を開ける。
「……わかったな?」
視界が晴れると同時にやたらのドスの効いた声が聞こえて来て、開けた視界にはパジが真っ青な顔でこくこくと頷いているのが見える。
「ありがと、アシュレーお姉さん」
パジの様子も気になったが、まずはおやつリバースの危機から助けてくれたアシュレーお姉さんへお礼を伝える。
「うふふ、男の子は乱暴で駄目ねぇ。ジルちゃんみたいな小さな子を振り回すなんて……」
もう! と仕草だけは可愛らしく怒る細マッチョな男前に、三人組はパジも含めてフリーズしている。
さすがにカウンター前でこれ以上固まっていると邪魔なので、俺達は壁側へと移動して場所を空ける。
移動中カウンターを見ると、俺へ絡むのが趣味みたいになっていそうな某受付嬢さんが忙しそうに俺へ構うことなくテキパキと書類を処理していた。
いつもきゃぴきゃぴうるさいだけかと思っていたけど、きちんと仕事が出来るタイプだったらしい。
最近ヒロインちゃんが冒険者ギルドへ顔を出さないから、寂しくて凹んで仕事に走ってる可能性もあるけど。
あんまり見つめて絡まれても嫌なので、俺はアシュレーお姉さんの方へと視線を戻して、固まったままの三人組を紹介することにした。
それぞれを紹介した後、アシュレーお姉さんを三人組に紹介すると、アシュレーお姉さんもA級冒険者だということを知った三人組は、固まっていたのが嘘のようにアシュレーお姉さんへ話しかけ、一通り話を聞いてから用事があると言って後ろ髪を引かれた様子で去っていった。
残されたのはアシュレーお姉さんと、流れでアシュレーお姉さんに抱えられたままの俺だ。
「俺は後は帰るだけですから別にいいですけど、アシュレーお姉さん何か用事だったんじゃないですか?」
柔らかいわねぇ、と俺の頬をもちもちと揉んでいるアシュレーお姉さんへ声をかけると、ハッとした表情をしてエジリンさんの元へと足早に寄っていく。
「エジリン、大口の注文が入ったから欲しい材料があるんだけど、在庫はあるかしら? アタシの手持ちじゃ足りないのよ」
「アシュレーの手持ちの材料で足りないとは、物は何でしょうか」
「ここでは話しにくいから、奥いいかしら?」
「了解しました。では、こちらへ。ネペンテス、後は頼みました。対処が出来ない際は呼んでください」
気心の知れた感じのする二人の会話へ口を挟むなんて野暮なことも出来ず、ぬいぐるみよろしくアシュレーお姉さんに抱かれていた俺は、そのまま運ばれていく。
俺に聞かれる分には問題ないのか、とか、ネペンテスさんがキリッとしててあれなら人気あるのもわかるな、とか考えているうちに目的地へ到着していたようだ。
いくら俺が考え込んでいても、歩いているのはアシュレーお姉さんなんだから当然か。
通されたのは長方形のローテーブルを挟んで二人掛けのソファが二つ置かれただけというシンプルな応接室だ。
冒険者としてコンビを組んでいる仲良しな二人とはいえ、さすがに並んで座るなんてことはなく向かい合わせで腰かける。
「それで大口の依頼というのは?」
まず口を開いたのはエジリンさんで、机に置かれている黒い革張りの表紙の資料らしき物を指先でトントンと叩きながら訊ねてくる。
「エジリンに隠す必要もないから言うけど、お貴族様よ。もちろん、後ろ暗いお貴族様じゃなくて、真っ当な方の」
妖しげな微笑みを浮かべてアシュレーお姉さんは何人かお貴族様の名前を口にしたけど、小難しくて俺には覚えられなかった。
もともと覚える気がなかったせいもあるけど。
話の邪魔は出来ないから黙ってじっとしているけど、段々眠くなってきてしまい、俺はくしくしと目元を手で擦る。
「…………あの、アシュレー、今さらなんですが」
「何? あなたがそこまで言い淀むなんて、明日は雪でも降るかしら?」
大人なコンビだから、交わす軽口も大人っぽくて思わず俺が「おおー」と小さく洩らすとアシュレーお姉さんがビクッとして、その後不思議そうに自分の腕の中にいる俺を見る。
「……ジルヴァラくんを、抱いたままです」
「そうだったみたいね」
──どうやら俺の存在は忘れられていただけだったらしい。
いつもありがとうございますm(_ _)m
たぶん、この彼らもゲーム本編では小悪党的な登場をしていたのでしょう←
先に会えたのがジルヴァラだったのでこっちルートですが、万が一ヒロインちゃんだった場合は……。
感想などなど反応ありがとうございます(^^)
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