205話目
彼は芯まで腐ってはいなかった模様。
感想ありがとうございますm(_ _)m
各種反応ももちろん嬉しいです!ありがとうございます(^^)
「なかなか見つからないな、ソルドさん……」
「何処まで行ったんだ」
そんな会話を交わしながら俺とソルドさんは、森の中を奥の方へと進んでいく。
アーチェさん達の方が見つけたら合図をもらえることになっているが、その合図もない。
あちらもまだ見つけられないようだ。
「ググル、出て来てくれ! 俺が気に食わないとしても、この森はそこまで安全じゃない!」
俺がアーチェさん達の行った方面を横目で見ている間、ソルドさんは声を張り上げて隠れているであろうググルへ呼びかけている。
「……俺、何度か来てるけど、まだモンスターには会わないな」
ほんのちょっと見てみたいという呑気な前世の気分が滲んでしまったのか、真剣な顔をしたソルドさんがしゃがみ込んで俺と目線を合わせて正面から真剣な顔でじっと見つめてくる。
「森の浅い方には滅多に来ないからな。だが、この辺まで来るとそうはいかない。この辺りはゴブリンやコボルトが頻繁に出没するんだよ。ジルヴァラも一人の時はここまで入る時は気を付けろ。出来れば一人で来るのは、俺達の精神衛生上止めてくれ」
「おう、わかった」
今度来る時は後見してくれてる誰かに連れて来てもらおうと、頭の隅にしたいこととしてメモをしておく。
そんなことより、今はググルだと思い直した俺の視界に、転がるように駆けてくる一匹のウサギが映る。
「ソルドさん」
俺が呼びかけると、ソルドさんもウサギの接近に気付いていたらしく無言で頷いて、しゃがみ込んでいた体勢から立ち上がってウサギを見ている。
俺達の足元までたどり着いたウサギは、後ろ足で立って前足を振りながらググルらしき一人でいる子供を見つけたと教えてくれる。
「見つかったのか」
「一人でいる子供らしいから、たぶんググルだ。万が一違ったとしても、保護した方が良いだろ?」
「そうだな。急ぐから悪いが抱えさせてもらうぞ」
俺の言葉にソルドさんが頷いたかと思ったら、俺の体は浮遊感に襲われてソルドさんの腕の中へ収まっていた。
返事も待たずに俺を抱えたソルドさんは俺の重さなんて苦にする様子もなく、全力で駆けていくウサギの後を難なく追う。
俺はというと下手に喋ると舌を噛みそうなこともあり、無言でソルドさんの胸元へギュッとしっかりしがみついておく。
テーミアスは視界の確保のためか、俺の頭の上へ移動して前を見据えているようだ。
少し走った頃、ぴたりと頬を寄せていたソルドさんの体に力が入るのがわかり、俺は咄嗟にソルドさんの顔を見上げる。
「……嫌な気配がしやがる。ジルヴァラ、しっかり掴まってろよ!」
「おう!」
隠せない緊張感の滲むソルドさんの台詞に、俺も緊張を感じながら返事をしてソルドさんの服を掴み直した。
それから少し進むと目的地が近づいたせいか、ソルドさんの言った嫌な気配というやつは俺にもわかるぐらいになり、前を駆けるウサギも不安そうにしている。
何だったら不快な鳴き声というか騒ぐ声みたいなものも聞こえてきた。
獣とも人とも言い難い濁音だらけの声。
「これって、モンスターの声なのか?」
「近いな。ジルヴァラ、一回降ろすぞ!」
言い終わると同時に俺を地面へと降ろしたソルドさんは、前屈みになった勢いそのままで先導するウサギと共に視界を塞いでいる前方の茂みへ勢い良く突っ込んでいった。
●
[視点変更]
──時間は少しだけ遡り。
「な、なんだ、ゴブリンかよ……」
茂みから現れた見覚えのあるモンスターを見た俺は、思わずあからさまな安堵の声を洩らしてしまった。
相手がモンスターとはいえ、現れたのはたった一匹。仲間が来る気配もない。
体格的にもあのチビより少し大きいぐらいで、俺に比べればかなり小さい。
それにゴブリンなら何度かパーティーで倒したことがある。
大丈夫、俺ならやれるさ。
少しの不安と大きな自信から内心でそう呟き、俺はこれは千載一遇のチャンスだと胸を高鳴らせる。
以前倒した時は一人ではなくパーティーだったが、今の俺なら一人でも大丈夫だと思う自分が、頭の片隅で聞こえた小さな警鐘を無視させる。
このゴブリンを颯爽と一人で倒して、あいつらの前へ見せつけてやればいい。
しかも、ゴブリンはウサギ狙いだったらしく、奇妙な鳴き声を上げながらウサギ達の方へと狙いを定めたようだ。
確実に倒すのなら、ゴブリンがウサギを捕らえて食べ始めたところを襲うのが楽だろう。
そう思うと俺は剣の柄へ手を置きながら、息を殺してゴブリンの様子を窺う。
腹が減っているのかよだれを垂らしながら奇声を上げるゴブリンには、ウサギしか目に入っておらず俺には気付いていないようだ。
ウサギ達は恐怖からか逃げることもせず、一塊になってゴブリンを見て……何故か時々俺の方を確認している。
そんなウサギという獲物に夢中のゴブリン。
誰がどう見ても不意をつく絶好の機会のはずだ。
だが数秒のためらいの後俺がしていた行動は考えていた事とは正反対の事だ。
それは──、
「っ! ……こっちだ! この下等生物が!」
精一杯声を張り上げて、ゴブリンの注意をこちらへ向けることだった。
ゴブリンを倒せば認められるかもしれない。
だからといって、目の前で明らかに自分より弱い生き物が襲われるのを無視するのは俺の矜持が許さない。
音で表現するのが難しい声を洩らし、ゴブリンが首を傾げながらこちらを振り返る。
何となく連想してしまったのは、先程まで一緒にいた幼児の姿だ。
小生意気な幼児だったが、この醜悪な生き物に比べれば可愛らしく思えてきた。
戻ったら俺の方から歩み寄ってやっても良いだろう。
俺はあの幼児より大人なんだし、同じ冒険者なんだからな。
そんな決意をしながら、俺はほんの少し……本当にほんの少しだけ湧いてきた恐怖を紛らせて剣を構える。
「さぁ、かかってこい! 俺はウサギより食いでがあるぞ!」
ゴブリンが俺の方を獲物に定めたのを確認し、俺は剣を構えたまま少しずつ移動する。
もちろんゴブリンから目を離すような馬鹿はしない。
俺はそこらの間抜けな新人冒険者とは違う。
自分にそう言い聞かせながら、俺はゆっくりゆっくりと後退りしていく。
出来るだけあの妙なウサギ達と距離を取らなければ、とそれだけを考えてゴブリンを引き寄せる。
俺に感謝しろよ、とウサギ達の方をチラ見すると、揃って妙な動きをして俺の方を見ている。
感謝の踊りなにかだろうと思いながら、後退を続けていた俺は背中が何かに当たったことで足を止める。
それは木と言うには柔らかく、悪臭がし、表現し難い声が聞こえてくるぶった──そこまで考えたのと、先程あのトレフォイルの三人の一人であるいけ好かない雰囲気のアーチェが話していた事が脳裏を過ったのは同時だった。
『ゴブリンは集団で行動するモンスターです。相対したのが一匹だとしても、決して油断をしてはいけません』
あの時は『知ってる』と適当に流した忠告。
それが走馬灯になるとは、俺の人生なんてつまらないものだった……、
「ググル! 頭を下げろ!」
「は!?」
死の恐怖で固まりかけていた俺がその声に反応して動けたのは日頃の鍛錬の賜物──なんて格好良いものではなく、勢いよく駆け寄って来た小さな体躯の相手に押し倒されたからだ。
俺より小さく高い体温の体に真っ黒い髪。俺に押し倒して乗り上げているのは、ジルヴァラとか名乗っていたあの幼児だ。
「ゴブリンは!?」
なんでここにあの幼児がいるのか、なんで俺を押し倒したのか、それとさっきの声はあのソルドのものだったはずだ。
混乱する中、一番気にすべき存在のことを口にすると、俺を押し倒していた幼児はふにゃふにゃとした笑顔になって、ある一点を指差す。
そこには俺の背後にいたであろうゴブリンが、顔面を陥没させて事切れていた。
明らかに死んでいる様子のゴブリンに一瞬安堵しかけた俺だったが、すぐもう一匹の存在を思い出して幼児を庇いながら立ち上がって周囲を見渡す。
「も、もう一匹いたんだ!」
思わず声を荒げた俺に、幼児はまたふにゃふにゃとした呑気な笑顔を浮かべて「ほらあそこ」と指差す。
俺が慌ててそちら見ると、ちょうどソルドが危なげなくゴブリンを剣で斬り裂いたところだった。
しかも、その足元には少なくとも3匹のゴブリンの死体がある。
「……嘘だろ」
いくらゴブリン相手とはいえ、あの短時間であの数を仕留めたのかと呆然として呟いていると、剣をぶんっと振って血を飛ばしたソルドが足早に近寄ってくる。
「ググル! 怪我はないか?」
怒られると思っていた俺は、心配そうに俺を見下ろしておろおろと訊ねてくるソルドの行動が予想外過ぎて言葉を失う。
「ど、どうした? 何処か痛むのか?」
「……大丈夫。その、ごめんなさい」
全力で心配してくれているだけの相手に、無駄に反発心を抱いていきがっていた『俺』は、一気に萎んでいき自然と謝罪の台詞が口から紡がれていた。
「俺の方こそ悪かった。俺はあまりに他人に教えるのは向いてないらしい」
返ってきたのは予想外な反応とニカッという優しい笑顔と、俺の頭を撫でてくれる大きな手だ。
──その瞬間、俺はソルド……ソルドさんには、いやアーチェさんやソーサラさんにも勝てないだろうと理解した。
いや、本当はもっと早く気付いていたが、俺の無駄なプライドがそれを認めたくなかったのだ。
それが消えた今、俺は初めて目の前にいるソルドさんをきちんと見て、その凄さを改めて認められそうだ。
そして、俺を助けるためにゴブリンの前へと飛び出してきたであろう、幼児──ジルヴァラのことも。
いつもありがとうございますm(_ _)m
感想などなどありがとうございます!
皆様、風邪などひかれないようご自愛ください。




