204話目
書いててイタかったです。
ソルドさんと並んで森の中を進んでいると、俺の肩の上でテーミアスが「ぢゅぢゅー」と鳴いて、しばらくするとあちこちの茂みから動物達にが顔を覗かせた。
ソルドさんを警戒しているのか近づいては来ないが、視線はばっちりこちらを見ている。
「……なぁ、ジルヴァラ。なんか見られてるよな?」
俺は慣れているがソルドさんは落ち着かないらしく、あちこちに視線を巡らせながらコソコソと話しかけてくる。
「ん? あぁ、皆心配してくれてるんだよ。……そうだ! 皆にも手伝ってもらっても良いよな、ソルドさん」
落ち着かない様子のソルドさんを安心させようと説明していた俺は、集まった動物達を見て思いついた名案をソルドさんへ提案してみたのだが……。
ソルドさんが何か答える前に、俺の言葉が聞こえたらしい動物達が俺達を囲むように集まってくる。
「ソルドさん?」
「あ、あぁ、そうだな……そうなのか?」
ぎこちなく頷いたソルドさんだったが、頷いてから疑問を抱いたように首を捻っている。
ちょっとソルドさんの奇行は気になるが、今はググルの安全確保の方が優先されるので後回しだ。
「さっきまで俺と一緒にいた子供なんだけど、一人で森へ入っちゃったんだ。探してるんだけど、手伝ってもらえるか?」
集まって来ていた動物達に話しかけると、ウサギみたいに後ろ足で立てる組は後ろ足で立って前足の片方を挙げ、立てない組は頭を縦に振ったりして意思をわかりやすく示してくれる。
「皆、ありがとう。近寄り過ぎると驚かれるかもしれないから、見つけたら俺かこっちの大きい人に教えてくれるか?」
それぞれ鳴き声や動作で応えてくれた動物達は、森のあちこちへと散っていく。
「俺達も引き続き探そうぜ」
「あ、あぁ」
「ぢゅっ!」
相変わらず少し戸惑いながらも頷いてくれるソルドさんに続いて、俺の肩の上でテーミアスも気合の入った鳴き声を上げている。
「え……? もしかして、あそこにいて、ジルヴァラに頼めば良かったのか?」
ソルドさんはまだ何か悩んでいるのかぶつぶつ呟いて動かないので、仕方無く手を繋いで引っ張って進んでいく。
意外と真面目なソルドさんのことだから、自分のせいでググルがはぐれてしまったと気に病んでいるんだろう。
「よし、さっさと見つけて、ソルドさんを安心させてやらないとな」
気合の入った送り出しをしてくれたパジには申し訳ないが、俺は聖人じゃないので正直なところググルの安否をそこまで気にかけていない。
でもこれでググルに何かあれば、それはどう考えてもトレフォイルの三人の責任となるんだろう。
そう考えて、ググルを早く見つけないといけないと思う俺は、薄情で嫌なやつなのかもしれない。
ま、俺は選ばれし勇者でもヒロインちゃんみたいに聖女な訳じゃないし、俺の手の届く範囲の好きな相手のことぐらいしか興味はない。
とりあえず、ソルドさんの精神衛生上ググルには無事に生きていて欲しいものだ。
●
[視点変更]
俺は自分が優れていると思っている。
実際、俺は同い年な仲間二人よりは遥かに頭が回り、剣の腕も立つ。
相手が大人だろうとひけをとらないと信じていた。
その勢いで王都の冒険者ギルドへ登録したまでは良かったが、俺達のパーティーへ与えられるのは荷物の配達や買い物代行、冒険者らしいと言えるのはせいぜい薬草採集ぐらいだった。
『自分達はもっと出来る』
これは仲間達も共通の思いで、俺達はごねにごねたが、答えはいつも同じだった。
冒険者ランクを上げなさい。
眼鏡をかけたいけ好かない、冒険者のぼの字もわからないようなヒョロい男がにべもなく言い放ち、俺達の要求は通らなかった。
それどころか冒険者ギルドからの通達で、俺達は『新人冒険者講習』などというものを受けろと言われてしまった。
拒否しようとしたが、拒否をしたら冒険者資格を剥奪すると言われてしまい、仕方無く受けることにした。
これをきちんと受けたならランクを一つ上げ、討伐依頼も受けられるようにするとあの眼鏡が言っていたことも大きい。
そんなこんなで受けることになった新人冒険者講習だったが、やって来たのはどう見ても弱そうな男二人に女一人の浮ついたパーティーと、俺達と一緒に新人冒険者講習を受けるとかふざけたことを言う六歳ぐらいの幼児だった。
トレフォイルとか名乗ったパーティーの女に抱えられている様は、どう見てもただの幼児だ。
見た目は確かにソーサラと名乗った魔女の言う通り可愛らしい方かもしれないが、それがどうした。戦う力も何も無い幼児だろ。
足手まといにならなければ良いかと文句は心の内に収めて、研修の場である森へと向かう。
道中は自らの足で走ることになっていたため、幼児はどうせ途中で抱っこか負ぶわれるでもするんだろうと俺は心中で嘲笑っていたのだが……。
「この辺で休憩するか」
トレフォイルのリーダーであるソルドがそう言って足を止めたのは、幼児がついて来れなくなったからではなく──俺のパーティーメンバーであるピースが限界になったからだ。
俺も少しは息が上がってきた気もするが、まだまだ走れた。けれど、パーティーのリーダーとしては、メンバーのことに気を配る事も必要なので仕方無く休憩を受け入れたのだ。
パジの馬鹿はそんな俺の気遣いを全くわかっていない。
へろへろになったピースは、まだまだ大丈夫だと強がっているが、限界なのは見ていて丸わかりなのがわからないんだろうか。
俺は一番体力がないだろう幼児に合わせてやっただけだ。
ピースでこんな感じなら、あの幼児はもっとへろへろだろうと見やった先から返ってきたのは、まろい頬をほんのりと上気させて息も切れていない様子の笑顔付きのお礼だった。
どうやら、あの幼児はピースよりは体力があったらしい。
肉体労働派じゃないと馬鹿な言い訳したピースは、パジから追撃を受けて表情を歪めている。
こういう時にフォローするのも、リーダーである俺の役目……。
そのはずだったが、幼児が出しゃばってきたせいでフォローするタイミングを逃してしまった。
余計な口出しに対してパジと共に注意をしたが、生意気な幼児には届かなかったらしい。
六歳児には話が難しすぎたのだろう。
その後始まったのは、冒険者としてするような華々しい活躍の仕方の講習などではなく、地味な草の見分け方の講習だ。
モンスターの倒し方を習うならともかく、こんな草むしりみたいな事は冒険者がする事じゃない。
パジも同じ意見らしく、馴れ馴れしくソルドへ絡んでいき、俺とパジは実技の講習を受けることになった。
草むしりよりはましかと素直に従ったが、武器は危ないなどと子供扱いされて持たされたのは木剣だ。
それだけでも腹立たしいというのに、俺達と相対するソルドが持つのはその辺にあった木の枝だ。
「二人一緒にかかってこい」
余裕綽々な態度にイラッとした俺は、遠慮なくソルドへ斬りかからせてもらう。
木剣だろうと当たり所が悪ければ、良くて大怪我下手すれば死ぬかもしれないが、知ったことじゃない。
俺を甘く見たこいつが悪い。
少しは痛い思いしやがれと思い切りよく振った木剣は何も無い空間を斬り、勢いでたたらを踏んだ俺の額へペシッと木の枝が当たって、驚いたところを地面へ転がされる。
隣では同じようにやられたのか、パジが豪快にごろごろと転がっていき、パッと立ち上がったかと思うと飼い犬みたいな目を転がした犯人であるソルドへ向けている。
「すげー! すげー!」
満面の笑みで馬鹿みたいにそればかりを連呼したパジは、先程までの馬鹿にした態度など忘れたかのように尻尾を振りそうな勢いでソルドへ駆け寄って質問攻めにし始める。
強いやつに従うとか、どんな獣だ……いや、違うな。こいつが強いんじゃない、俺達が油断しただけだ。
頭の隅から何か聞こえた気もしたが、俺は有り余る自信でそれを押し込めて、またソルドと向かい合う。
あのニヤニヤ顔に思い切り木剣を叩きつけ、鼻血でも出させて間抜け顔にしてやると思いながら。
結果的にソルドは地面へ転がされ、鼻血こそ出ていないがそこそこ間抜け顔を晒したが、俺は全く満足出来なかった。
それは、それを成したのが俺ではなく、トレフォイルで一番影の薄そうな確かアーチェとかいう名前のヒョロい男だったからだ。
仲間内の軽口のようなやり取りから軽く突進していったソルドへ、ため息を吐いたアーチェが避けることなく何かをするとソルドは簡単に地面へ転がされて、先にソルドによって転がされていた俺達の近くへと転がってくる。
ただ違うのは、俺達はまだ立ち上がることすら出来ないというのに、ソルドは何事もなかったように笑顔で立ち上がってアーチェの方へすたすたと歩いていく。
あんなヒョロい男がソルドのような男を吹き飛ばすなんて、きっと魔法を使ったんだろう。
自己紹介でもそう言ってたからな!
見事に騙されて憧れの目でアーチェを見ているピースとは違う。
俺は騙されてなんかやらない。
そう思ってアーチェの顔を睨むと、返ってきたのは冷ややかな微笑みだ。
カッとなりそうになったが、この講習を終わらせないといけないと思い、一度は苛立ちを飲み込んだ俺だったが、ソルドへ懐きまくって教えを請うパジや、アーチェの話へ真剣に耳を傾けるピースを見ていると、腹の底がジリジリとしてきて、ついに爆発してしまった。
止めようとしたパジを突き飛ばし、引っ込みがつかなくなった俺はその場から逃げ出し、森の中をがむしゃらに突き進む。
すぐに追いかけてくるかと思ったが、どうやら俺の足の速さについてこれなかったらしい。
ざまぁねぇな。
後ろを振り返ってせせら笑った俺はゆっくりと走る足を緩めていき、手頃な木の根元で足を止めて少し休むことにする。
木の幹の背中を預けて、ずるずるとその場へしゃがみ込む。
見渡す限り同じような木が立ち並び、もう自分がどちらから来たかもわからない。
「……ま、俺を見つけられたら、素直に帰ってやらないこともないかな」
何処からか聞いたこともない生き物の鳴き声が聞こえた気がして、俺はそうポツリと洩らしてまた周囲を見渡す。
風が木の葉を揺らす音すら、何かが迫ってくる音に聞こえてきてしまい、思わず剣の柄へ手を添える。
そのまま油断なく周囲を見渡していると、一際大きく茂みが揺れる音がして、俺は剣を抜いてそちらへ剣先へ向ける。
「来るなら来い!」
この辺りに出て来るモンスター程度に俺は遅れをとったりしない。
見つめていた茂みから、勢いよく何かが飛び出してきて、俺を見て──何故か前足を上げて挨拶するような仕草を見せてきた。
それは──、
「ウサギ……?」
剣の出番は無さそうな相手を油断なく眺めていると、ウサギが出て来た所からさらに数匹のウサギが出て来て、俺を見てまた前足を上げてみせる。
それからウサギ同士鼻先を突き合わせて話し合いでもしているような仕草を見せた後、その中の一匹だけが出て来た茂みの中へ帰っていく。
意味不明な行動に戸惑っていると、ウサギ達は俺から少し離れた場所でくっつき合ってその場に大人しくしている。
もしかして、俺のような強い冒険者の近くだと安心だから寄ってきたのかもしれない。
そう思ったら、なかなかに気分が良い。
ふふん、と鼻先で笑っていると、また茂みが大きく揺れる。
新たなウサギか、さっきのウサギが戻って来たのかとも思ったが、ウサギ達の様子がおかしい。
揃って耳をピンと立て、明らかな警戒態勢になっている。
「な、何なんだ……?」
剣先を揺れる茂みの方へと向けながら、思わず答えもないであろう呟きを洩らした俺の目の前、茂みから姿を現したのは、あの幼児よりは少し大きな体つきで緑色の肌をした人型の生き物──ゴブリンだった。
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