203話目
所詮十歳の子なので。
少々ギスギスした一幕もあったが、新人冒険者研修はまだ始まったばかりだ。
「これが薬草で、これが毒消し草。これは毒消し草に良く似ているけれど、毒草よ」
ただ今、新人冒険者が一番よく受ける依頼である薬草採集のコツをソーサラさんから習っているところだ。
ふむふむと話を聞く俺の隣で、ピースも並んでメモを取りながら真剣に話を聞いているようだ。
ググルとパジは、
「そんな草むしりは冒険者のする事じゃない」
「えー、食べられる草なら覚えるけどさぁ」
と、個性溢れる独り言を大声でぶつぶつ洩らし、ソルドさんから注意されて黙り込んでいる。
三人組だからこんな感じでバランスは取れるのだろう。
実際、トレフォイルの三人もそんな感じでバランス取れてるし。
今も直接注意するのはソルドさん、アーチェさんは周囲を警戒、ソーサラさんはさっきも言ったけど俺達へ色々教えてくれている。
「さて、俺達はせっかくだから軽く実技と行くか」
俺とピースが一通り新人冒険者が採る機会が多い植物の見分け方を習っている横で、集中力が保たない二人はそう言ったソルドさんに軽く稽古をつけてもらい始めたようだ。
あまりにも二人が集中せず邪魔なので、ソーサラさんがソルドさんへ目配せした結果だろう。
少し離れた場所から、金属がぶつかる音が……しなくて、何かが転がされてるような音がしてくるが、俺は顔面にもふもふした物が貼りついて前が見えなくなったので、転がされたものが何かはわからない。
「えぇと、ジルヴァラ……剥がした方が良いかしら?」
「も、モンスターですか!?」
近くにいる二人からの声に、俺はひらひらと左手を振って大丈夫だと応えてから、右手でもふもふした物を掴んで剥がす。
掴まれて少し迷惑そうに「ぢゅっ」と鳴くお馴染みとなったテーミアスに、俺は苦笑いを浮かべて掴んでいた手を離す。
テーミアスは逃げることもなく俺の手にしがみついたまま、俺の周囲にいるソーサラさんとピースを代わる代わる窺うように見てから、サササッと俺の肩へとよじ登ってくる。
どうやらこの二人は危険ではないと判断したらしい。
そうやって確認するぐらいなら、俺の顔面へ着地を決める前にしっかり見てから飛んできて欲しい。
そして、思いがけず埋まったテーミアスのお腹は、ふかふかで日だまりと何処か懐かしい独特の獣な感じの匂いがした。
「……それ、テーミアスよね?」
「そうだよ。幻の獣なんだよな」
あまりにも人懐こいので『幻』ってなんだっけ、という気分にはなるが、ソーサラさんの驚きに満ちた顔を見る限り、やはりテーミアスは幻の獣らしい。
本人……じゃなくて、本獣は俺からナッツをもらってご満悦なようだけど。
あ、どうでも良いことだけど、蜜がかかったナッツはあまり食べさせるのは良くないかと思って、今日は素焼きナッツをあげている。
一瞬『あれ?』という反応をしたけど、これも美味いからいいや、と呑気に食べている。
「ソーサラさん、中断させてごめん。続き聞かせて」
「え、えぇ、わかったわ。……ジルヴァラには本当に驚かされてばっかりね」
闖入者によって中断させてしまった話の続きをお願いすると、ソーサラさんはうふふと笑いながら頷いて、俺の頭を撫でてから話を再開してくれる。
ピースは何か言いたげな顔をしていたが、すぐに諦めたようだ。
何か色々ごめん。
小さな騒動の原因となったテーミアスは、俺の肩の上でナッツを食べながら呑気に「ぴゃっ」と鳴いていた。
あと俺の視界の端で転がされていたのは、ググルとパジと何故かソルドさんだった。
「え?」
一回「なんだソルドさんかぁ」と流しかけてしまって二度見を決めた俺は、瞬きを繰り返して目の前の光景を確認する。
何度見ても、ググルとパジ、それとソルドさんが転がされている。
ググルとパジはまだ起き上がられなさそうだが、ソルドさんは普通に立ち上がってパンパンと服の埃をはたき落とすような仕草を見せている。
ソルドさんは俺が見ているのに気がつくと、てへっという擬音がつきそうな悪戯がバレた子供のような笑顔になる。
バツが悪いを絵に描いたような仕草でぽりぽりと頬を掻いて視線を外したソルドさんを思わずじっと見てしまっていると、集中力を欠いた俺に……あとピースも同じように見ていたので、ソーサラさんもソルドさん達の方を見て呆れたように微笑む。
「あの二人をいなして転がしたのはソルドで、そのソルドを吹き飛ばしたのはアーチェよ」
「へぇ、そうなんだ……って、なんでアーチェさんがソルドさんを吹き飛ばすような状況になったんだ?」
あまりに当たり前のことのように言われたので思わず納得しかけたが、すぐソルドさんが吹き飛ばされてた理由がわからずノリツッコミ的な相槌になってしまった俺。
そんな俺の相槌に、同じ疑問を抱いたらしいピースも隣で頷いている。
「いつものことよ。ソルドがアーチェをからかって怒られたんでしょう。大丈夫よ、ソルドはあれぐらいじゃ怪我はしないし、アーチェなら周囲の安全は確保してるでしょうから」
「あー、なんだ、じゃれあってるみたいな感じなんだな」
ソルドさんの運動神経と丈夫さあってのじゃれあいみたいだけどな、さっきの勢いだと。
「えぇ、と、その、ソルドさんみたいな体格良い人を、どうやってアーチェさんが……? 魔法は、使ってなかったですよね」
俺が一人で納得してたら、ピースがおずおずとソーサラさんへ質問するのが聞こえて、そういえば普通はそこが気になるのかと当たり前のことに今さら気付く。
「コツがあるんですよ。特にソルドとは付き合いが長いですから、読みやすいですし」
俺達の話が聞こえていたのか、アーチェさんが近づいて来てそんな説明をしてくれる。
「へぇ、コツであんなに飛ばせるんだ」
すごいなぁという思いを込めてアーチェさんを見上げていたら、照れたように微笑んだアーチェさんから頭を撫でられる。
えへへと笑いながら撫でられていると、隣でピースも憧れに満ちた眼差しでアーチェさんを見ている。
「あ、あの、それってぼくにも出来ますか?」
「えぇ。すぐに、とはいかないでしょうが、やる気があるのなら……」
突然やる気を出したピースに、アーチェさんは少しだけ驚いたように目を見張るが、すぐに柔らかく微笑んで頷いて応えている。
微笑ましげなやり取りを微笑ましく見ていたら、頭にふわふわとしながら重みのある物が乗る感覚があり、もうファーなんじゃないかという感じで寛いでいたテーミアスも「ぴゃっ」と驚いたような声を洩らす。
「ふふ、ジルヴァラはもうちょっと私とお勉強しましょ」
聞こえてきたのは、聞きようによっては妖しげなソーサラさんの誘いに、俺はへらっと笑って頷くとソーサラさんに引き寄せられるまま隣へぴったりと張りつく。
さっき頭に乗せられたのは、ソーサラさんの豊かな……まぁ、それはどうでも良いことなので俺はソーサラさんとの授業に集中することにした。
●
俺はソーサラさんから、ピースはアーチェさんから、前衛な二人はソルドさんから指導を受ける形になって少し経った頃だった。
「ちっ、こんなことやってられるかよ!」
ソルドさん達の方から一際大きなググルの苛立った声が聞こえてくる。
「おい、ググル! ソルドさんの話、結構楽しいぜ?」
俺は乗せてもらっていたソーサラさんの膝から降りて立ち上がると、声のした方向を見る。
見るからに大型犬属性だったパジは、完全にソルドさんへ懐いたらしくあわあわとググルを止めようとしていたみたいだが、それが余計ググルの苛立ちを増すことになったらしい。
「困った子ねぇ」
地面に横座りして俺を膝に乗せていたソーサラさんも立ち上がり、言葉通りの顔をしてソルドさん達の方を見ているし、アーチェさんとピースの二人も驚いた顔をしてそちらを見ていた。
「俺達はとっくに一人前の冒険者なんだよ!」
「おい、落ち着けってググ……っ、うわ!」
全員に注目されていることに気付いたググルは、さらに激昂した様子で近くの木の幹を拳で殴り、それを宥めようとしたパジを突き飛ばした。
突き飛ばされたパジが小さく声を上げて転んでしまうと、ググルは一瞬だけ「しまった」という表情をしたが、すぐに転んだパジを小馬鹿にしたように笑う。
「……ふん。お前には、そいつの指導が必要みたいだが、俺にはいらないんだよ!」
「ググル、落ち着いてください!」
「待て、ググル!」
止めようとするピース、さらにソルドさんまで無視したググルは、踵を返して森の奥の方へと走っていってしまった。
「あー……俺の指導が悪かったか?」
「相性じゃないかしら……じゃなくて、すぐ追いなさい! いくらここが比較的安全な森だとしても一人じゃ危険よ」
叱られた犬みたいにしゅんとしていたソルドさんは、ソーサラさんの声にハッとしてすぐさまググルが走っていったのと同じ方向へと走り出す。
ソルドさんの方が足が速いし、すぐ捕まるかと思って残された俺達は待機していたんだけど……。
「悪い、見失った! 戻って来たりは……してないな」
しばらくして戻って来たのは、ソルドさん一人で。
肌寒さと不安からくっついているピースとパジを囲むように、何となく丸くなっていた俺達を見たソルドさんは、明らかに落胆の色を隠さず言って、また森の方へと戻っていこうとする。
「僕も行きますよ。どちらか付いてきてもらえますか? 仲間がいた方が出て来やすいでしょうから」
「なら、ぼくが行きます。パジだと喧嘩になりますから」
「では、ピース、お願いします。ソーサラは二人を頼みました」
「はい!」
そのまま行こうとするソルドさん達へ、俺も慌てて立ち上がる。人探しなら俺だって役に立てるからな。
「アーチェさん、俺も行く! この辺りなら、俺は採集で何度か来てるし」
悩む素振りを見せたアーチェさんに地の利があるアピールをしていると、俺の肩の上ではテーミアスも一緒になって「ぢゅぢゅー」と地の利アピールをしている。
「……そうですね、ではジルヴァラはソルドと一緒に。二手になって探しましょう」
「ジルヴァラ、ソルドから離れちゃ駄目よ?」
「悪い、頼むな、ジルヴァラ」
アーチェさんは一瞬悩んでから提案を受け入れてくれ、ソーサラさんには心配そうに見送られて、ソルドさんに駆け寄ると申し訳なさそうな顔でぽんぽんと頭を撫でられる。
「じゃあ、行ってきます、ソーサラさん。ソーサラさんも気を付けて」
心配そうなソーサラさんへ逆に心配そうに声をかけてたら、キリッとしたパジから、
「ソーサラさんが詠唱する時間ぐらいオレが稼いでやるって! ググルを頼んだぞ、チビ」
と、あまり安心は出来ないが、やる気は感じられる言葉をもらった。
ここで「オレが守るぜ!」と言わない辺り、良い意味でパジは馬鹿正直で嫌いじゃない。
「おう!」
俺もキリッとした顔を心がけてパジへ応えると、ソルドさんと並んで森の奥へと駆け出すのだった。
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