199話目
視点ころころ変わります。
[視点変更]
「その可能性は大いにあるな。あまりに愚かで信じたくはないが……」
重々しい父様の呟きに、トルメンタ兄様は「まじかよ」と呟いて頭を抱えている。
副団長なら兄様に精神魔法の耐性があまりないことも、それを装飾品で補っていたことも知っていたのだろう。
そう考えると二・三度しか会ったことない副団長に軽い殺意を覚えた僕だったが、不意に背筋へぞくりと怖気が走った気がしてバッと壁の方を振り返ると、そこには美しく微笑む麗人がいるだけ。
それだけ。
それだけだと言うのに、僕は何故だかもう二度と見たくもない副団長の下卑た顔を見ないで済むようになる、そんな気がしてしまった。
●
『……うっわ、本当に下衆野郎だなゲース副団長……って、今は団長か』
夢の中で自分が吐き捨てて耳へ届いた声は今現在より低く聞こえた。
目の前の四角い画面の中では、騎士嫌いの俺様な同級生の過去が紐解かれていくところだ。
騎士団長だった父親は任務中に殉死し、自慢だった次期騎士団長と噂されていた騎士の長兄は突如街中で剣を振り回して暴れ捕まり、最終的に処刑。
その結果、家は取り潰しとなり、彼──ナハトと彼の兄はそれぞれ違う親戚へ養子として引き取られた。
最後まで長兄を信じていた母は、病に倒れて亡くなる。
あの狂った騎士の弟と後ろ指をさされ、捻くれまくったナハトは立派な俺様野郎となり、ヒロインへも絡みまくる。
そんな俺様野郎のことも大きな愛で真正面から受け止めたヒロインは、ナハトと共に、ナハトの父を陥れ死の原因を作り、その長兄を貶めて処刑の道へと追いやった犯人──ゲーム本編では騎士団長となっていたゲースを追い詰めていく。
そして、見事長兄の汚名をそそいだナハトはヒロインと結ばれ、一度は諦めた騎士の道を目指して歩き出すのだった──。
「……あー、そっか、名前の出なかった長兄」
ふっと夢からの醒めた俺は、目の前にあったナハト様の幼い寝顔を見つめながら、夢のおかげで思い出せたストーリーを反芻する。
どうやらトルメンタ様が操られるのはナハト様ルートのゲーム本編のシナリオの一部だったらしい。
攻略相手が違うとストーリーが微妙に変わるのだが、ゲース副団長は変わらず下衆野郎で何よりだ。
そのストーリーに何故かトルメンタ様が抗って、気合で自宅まで帰ってこれたから最悪の事態は避けられたってところだろう。
よくあるラノベの主人公みたいに俺が何かしたとかではなく、フシロ団長が亡くなってない時点でズレがあってそれが影響したんだな。
やっぱり父親が生きてるってかなり精神的に支えになるだろうし、ゲーム本編ではフシロ団長が亡くなっていたからそこら辺で精神的に隙というか穴みたいなのがあったんだろう。
それがフシロ団長みたいな尊敬すべき立派な親父なら特に。
ひとまず最悪の事態は知らないうちに避けられていたということに、俺はふふと小さく笑い声を洩らして、安堵したせいかまた訪れて来た睡魔に抗わず、ぴったりとくっついてくるナハト様を抱き締めながらまた目を閉じるのだった。
●
[視点変更]
母上と眠ることはだいぶ前に卒業し、一人寝が常となっていたオレだったが微睡みの中で隣に温もりを感じてそれを引き寄せていた。
肌寒くなってきたせいもあり、微睡みの中での行動なので深い意味なんてなかった。
ただその何なのかわからない温もりがしっかりとくっついてくる幸せな感覚に、オレは抗わずまた深い眠りへ落ちていった。
「……ぁ……わいらし……」
「……ねこ……です……」
どれぐらい寝てたかわからないが、オレは母上とメイドのフュアの話す声を聞きながらゆっくりと目を覚ます。
横向きで寝ていたオレは、パチパチと瞬きを繰り返していたのだが、はっきりとしてきた視界の中、鼻先が触れ合いそうな間近に誰かの寝顔があってオレは度肝を抜かれる。
上げそうになった声をぐっと飲み込み、体勢を変えないまま目の前にある誰か──ジルの様子を窺う。
オレに抱きついて眠るジルは、熟睡しているらしく全く起きる気配はない。
「うふふ、様子を見に来たら二人でくっついて寝ていて可愛らしかったわ、ナハト」
「えぇ。子猫のようでした」
さっき母上とフュアの声が聞こえたのは気のせいではなかったらしく、ベッドの傍らから笑顔で話しかけてくる。
オレは気恥ずかしさジルから離れたいが、ジルのあどけなく可愛らしい寝顔を見ると起こすのが忍びなくなって動くに動けない。
何だったらオレがくっついてると暖かいのか、余計にジルの手足が絡まってきて身動きが取れなくなる。
それを見た母上とフュアはうふふふと笑い合ってるので助けてはくれないだろう。
オレがもう諦めてジルと二度寝でもするかと思っていると、母上でもフュアでもない男性の手が急に視界へ入ってきてジルの頭を優しく撫でる。
何だったら少しオレから引き離そうとまでしている。
そんなことをする相手は一人しか思いつかず、視線だけで腕を辿っていくと、やはりというか不機嫌そうにぽやぽやとしているぽやぽやがいた。
「ロコ」
抱きつくのはそれじゃないでしょう、と副音声が聞こえそうな声音でぽやぽやはぽやぽやだけが呼ぶジルの特別な呼び名を口にする。
すると先ほどまで起きる気配のなかったジルの瞼が震え、いつもより潤んだ銀色の瞳が現れて頭を撫でる腕の主を映すと嬉しそうに細められる。
「ぬしさま」
寝起きのせいか舌足らずな声で大好きだと雄弁に語る呼びかけに、ぽやぽやは満足そうな顔をしてから、ちらりとオレの方を見て何かドヤッとした顔を一瞬してからジルを抱き上げようとする。
何となく抱きついて妨害してみたら、ぽやぽやからジーッと見つめられてしまう。
ジルはまだ寝惚けているのか、オレにくっついてると暖かいからかわからないが抵抗なくオレに抱き締められている。
「ロコ」
拗ねたように聞こえるぽやぽやの声に、ボーッとしていたジルは瞬きを数度してやっとしっかり起きたらしい。
「ん。……あれ、おはよ、ナハト様」
ジルはぽやぽやに軽く頷いてみせてからオレに抱きついてることに気付いたらしく、呑気な挨拶をしてへらっと笑っている。
「悪い悪い、あったかいからくっついちゃったみたいだな」
ジルがオレから離れようとするのなら、さすがにオレも引き止められない。
オレにしっかりと巻き付いていた手足が離れてしまうと、ふふんと大人げなく勝ち誇ったような顔をしたぽやぽやが早速ジルをベッドから抱き上げる。
「ナハト様、ベッド貸してくれてありがと。ノーチェ様、ここまで運んでくれてありがとう」
笑顔でお礼を言ってくれるジルに俺も笑顔で答えるようとするが、それよりジルを抱き上げている大人げない大人の動きが早い。
「え? 帰るのか? トルメンタ様の話は?」
ジルも慌てた様子でぽやぽやの首へ腕を回し、矢継ぎ早に訊ねているがぽやぽやは止まらない。
「終わりました」
取り付く島もないスパッとした答えに、ジルも困ったような笑顔になって運ばれながらこちらを見ている。
その間もぽやぽやの足は止まらない。
「なぁなぁ、主様。俺、気になるんだけどー」
ジル以外があれしたら、いくら子供でも吹っ飛ばされるのかなぁとかなりどうでもいいことを考えながら、オレは小走りでぽやぽやの後をついていく。
ぽやぽやは本気で帰る気らしく向かってるのは真っ直ぐ玄関らしい。
もうそろそろ玄関という所で、ぽやぽやが向かう先に父上と兄上達の姿を見つける。
ジルがぽやぽやの耳元で何事か囁くと、やっとぽやぽやは足を緩めて父上達の前で足を止める。
「フシロ団長、トルメンタ様、ニクス様、今日はお世話になりました。……えっと、フシロ団長、また剣の稽古つけてくれるか?」
ジルがおずおずとそう訊ねると、一瞬目を見張った父上はすぐに「ああ」と答えて、少し困ったような笑顔だがはっきりと頷いた。
代わりにぽやぽやはかなり嫌そうにぽやぽやしてる。
ぽやぽやは意外とわかりやすいぽやぽやだなと見上げていると、ジルと目が合って「またなー、ナハト様」と笑顔で手を振られる。
「おう。またな、ジル」
操られていたとはいえ、トルメンタ兄上から殺されかけた件を全く気にしてないようなジルの態度に、オレは少しの呆れと大きな安堵を感じながら手を振り返す。
ニクス兄上は少し笑ってジルを見送っているが、トルメンタ兄上の表情に笑顔はない。
そのまま、ぽやぽやに抱えられて連れられていくジルだったが、トルメンタ兄上の顔を見てしばらく悩んだ後、へらっと笑って口を開く。
「なぁ、トルメンタ様! あとでちゃんと説明しに来てくれよな? 俺、待ってるから!」
トルメンタ兄上を元気づけようとしてくれた計算なのか、ぽやぽやだと聞いても意味がわからない答えしか来ないだろうという打算からなのかはわからないが、少なくとも頷いて応えたトルメンタ兄上の顔には少しだけ笑顔が浮かんでいる。
──その代わりジルを抱いたぽやぽやの顔には『まじかよ』みたいな表情があからさまに浮かんでいて、オレは状況も忘れてちょっと笑ってしまった。
いつもありがとうございますm(_ _)m
感想などなどいただけたら嬉しいです(^^)




