198話目
本編200話が見えてきてしまいました。
そして、ノーチェ様の寝かしつけテクに陥落するジルヴァラ。
色々心配になるぽやぽや。
ぷちキレていたナハト様も飛び蹴りをかまして気が晴れたので、主様以外は全員砂埃まみれなので俺達はお風呂場へと来ていた。
正確には俺と主様、フシロ団長と息子達に別れての入浴だ。
さすが貴族様のお屋敷というか、お風呂場が複数あるのだ。
俺は別にフシロ団長達と一緒でも良かったが、主様がかなりの難色を示したため別々での入浴となった。
こちらには主様にも慣れてるフュアさんが付いてくれて、怪我で入浴しにくい俺の補助をしてくれてる。
主様に「傷はあまり濡らしちゃいけない」と言った結果、腕を凍らされそうだったので助かった。
無事にお風呂を終えてすっきりした俺は、広さがパないたぶん居間に当たるであろう部屋へ案内されて、そこのソファ──というか、ソファに腰掛けたノーチェ様の膝上で新しい包帯を巻いてもらっていた。
側で見ているナハト様がヤキモチ妬くんじゃないかと心配したが、良い子なナハト様は俺の怪我を一心に心配してくれている。
どちらかというと、主様がノーチェ様をガン見しているので何か申し訳ない。
「主様、見過ぎだって。ノーチェ様は治療上手いから心配しなくて大丈夫だよ」
あまりの視線の強さに俺が声をかけたが、主様は小首を傾げるだけで相変わらずのガン見だ。
「うふふ。大丈夫よ、ジルちゃん。幻日様はジルちゃんが心配で見てらっしゃるだけだもの」
手のかかる子供を見守るような慈愛溢れる微笑みと言葉で主様の強火視線を流せるノーチェ様は、さすが三児の母であり、騎士団長の奥様だと思う。
俺が思わず感心して見上げていると、優しい手つきで頭を撫でられて豊かな胸へと抱き寄せられる。
その柔らかでふかふかなあたたかさにおぉと思うのは男の性というより、母へ甘えたい幼児の部分の俺な気がする。
熊に母性はともかくそんな柔らかさを求めるのは間違いだろうし、そもそもあの熊は雄だったし……。
そんなことを懐かしく思い出していると、急に動かなくなったせいで眠いと思われたのかノーチェ様からとんとんと一定のリズムで背中を叩かれる。
「のーちぇさま、おれ、ねむくないよ……」
苦笑いしながらはっきりと訴えたつもりだった俺だったが、六歳児な体は休息を求めていたらしく、瞼が重くて開けていられなくなる。
まだトルメンタ様に何があったか詳細は聞けてないし、様子がおかしかった主様のことも心配なのに瞼はくっついたようになって目が開けられない。
「ぬしさま……」
眠りに落ちる寸前、不安を覚えた俺が無意識に呼んだのは大好きな相手の呼び名で、応えるように慣れ親しんだ感触に手を包まれるのを感じながら抗えない眠りへと落ちていった。
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[視点変更]
入浴中ずっとナハトには「トルメンタ兄上の馬鹿、ジルになにするんだよ」と責められ続け、ニクスからは呆れたような眼差しを向けられていたが、最終的に浴槽内では二人共両側からおれへ抱きついてきて離れなかった。
心配かけてしまった心苦しさと、しでかしてしまった事に対する罪の意識を感じながら、一人で居間へと向かう。
ジルヴァラにもう一度きちんと謝罪しようと思い、居場所を執事のヘイズへ訊ねると、母上と居間にいると言われたのだ。
「……ジルヴァラは寝てるのか」
部屋に入ってまず目に入ったのは、母上の胸に抱かれてすやすやと穏やかな寝息を立てて眠る、おれの末弟より小さく幼い子供の姿だ。
きちんと治療はされたのでもう見えないが、あの細い腕から流れた鮮やかな赤色は目に焼き付いている。
そして、それを流させた原因が自分だと言うことも。
痛みを感じる資格もないが、胸をギュッと締めつけられるような感覚に、おれは思わず服の胸元をギュッと握りしめる。
そんなおれの内心を見抜いているのか、母上の視線がおれを真っ直ぐに射る。
幻日様の方はおれ程度などすぐに殺せるとわかっているせいか、先ほどとはうってかわっておれに一瞥もくれず眠るジルヴァラを見つめている。
よく見ると幻日様の手は、投げ出されているジルヴァラの手をしっかりと握っていて、その瞳にはジルヴァラだけしか映っていないのだろう。
下手に近づくと容赦なく攻撃されるだろうなと距離を詰められずにいると、背後の扉が開いて疲れた様子の親父殿が入ってくる。
ジルヴァラの血がついたり、土埃にまみれてしまったので風呂上がりに着替えた服装ではなく、正装姿になっている親父殿におれが訝しんでいると、親父殿は渋面のまま頷いてみせる。
どうやら入浴している間に来客があり、あまり良くない知らせがあったらしい。
タイミング的におれが関係していることなのだろうと内心で当たりをつけていると、親父殿がソファへ座るように手で示してくる。
親父殿の様子で、ジルヴァラやナハトには聞かせたくない込み入った話になると察したのか、母上は眠るジルヴァラを抱えてソファからゆっくりと立ち上がる。
「ナハトもジルちゃんもよく寝ていますから、一緒にベッドに寝かせてきますわ」
母上の言葉を聞き、おれはそこではじめてソファの上で眠るナハトに気付く。
見た目よりはるかに逞しい母上は、片腕にジルヴァラを、もう片方の腕にナハトを抱いた状態でふらつくこともなく歩いていく。
すぐにメイドが駆け寄ってジルヴァラの方を受け取ろうとするが、母上はゆったりと微笑んで首を横に振ってそのまま居間を出て行ってしまった。
母上がジルヴァラを抱いて立ち上がった時点で幻日様と繋がれていた手は解かれ、ぽつんと取り残された幻日様はジルヴァラの気配を追うように扉の方をじっと無言で見ている。
これからする話に自分も関係するだろうと残ってくれたとしたなら、それはジルヴァラが幻日様へ与えた変化だろう。
ジルヴァラと出会う以前の幻日様なら、自分にどれだけ関係がある事柄だろうが興味がないと思った瞬間、無言で立ち去っていたと思う。
そんなことを思いながら一級の芸術品顔負けな横顔を見つめていると、その視線が不意にこちらを向いて、少し不機嫌そうに眇められる。
そのわかりやすくあからさまな表情に、やはりまだジルヴァラを傷つけたことは許されていないと実感する──もちろん許されるとは露程も思っていないのだが。
「とりあえず座れ、トルメンタ。……聞く気があるなら、お前も座ってくれるか」
どっかりと一人掛けのソファへ親父殿が腰掛け、おれと幻日様へ座るように促してくる。
親父殿は長方形のテーブルの奥の方へ腰掛けたので、おれはその向かって左側のソファへ腰掛け、幻日様の方は座ることなく壁際まで歩み寄って壁へと寄りかかる。
顔はこちらへ向いてるので、一応話は聞いてくれる気はあるようだ。
「いつ魔法をかけられた?」
前置きなく始まった尋問のような問いかけに『ような』ではなく尋問かと脳内で突っ込みを入れ、俺は記憶を辿るために目を閉じる。
精神魔法は基本的に相手の目を見ることが必要で、さすがにそんな出来事があれば覚えているはずだが……。
「騎士団の詰所からの帰り際、城から出てすぐ……だと。路地裏から飛び出してきたローブの人物とぶつかった時、ぐらいしか思いつかない」
おれが何とか思い出せたのはそこまでで、相手の性別すら思い出せないのが情けない。
閉じていた目を開けると、おれの答えを聞いた親父殿が、渋面のままおれの方を見て訊ねてくる。
「お前が着けてた精神魔法を防ぐ装飾品はどうした?」
親父殿の心底不思議そうな声音の問いかけに、おれはハッとして自らの耳へ触れ、次いで腰辺りへ手をさ迷わせる。
どちらにも何も触らない。
いつもなら耳にはイヤーカフが、腰にはチェーンでぶら下げたシンプルな羽飾りがあるはず。
いや……イヤーカフに関してはやむを得ない事情により手放してしまい、帰ってから予備の物をつけようと思っていた。
しかし、羽飾りに関してはいつ失くしたか全く思い出せない。
「イヤーカフは、今日昼間暴漢から助けた女の子が怯えて泣き止まなくて、それを持ってたら怖くない気がする、と迫られて仕方なく手放したんだ。あまりに女の子が大声で泣き喚くから、集まってきた野次馬からおれが何かしたんじゃないかとまで言われて仕方なかったんだよ! 最悪羽飾りの方があるし、屋敷に帰れば予備があると考えて正直油断してた」
喋ってる途中、親父殿からの何やってんだ、と言わんばかりの視線に、おれは言い訳がましく言葉を重ねて、今日の昼に会った女の子のことを思い出していた。
ナハトよりは年上、ニクスよりは少し下ぐらいで……。
「……それはどんな見た目でしたか?」
女の子の姿を思い出そうとしていたおれは、思いがけず質問してきた幻日様に軽く目を見張りながら、壁際にいる幻日様の方を見やる。
おれの方を見る不可思議な色の瞳は、先ほどおれを始末しようとしていた時より深く暗く冷たい輝きを宿して俺を見ている気がする。
その瞳が見据える先は、おれではなくこれからおれが紡ぐ女の子……な訳はないか。
「どんな見た目って…………なかなか目立つ可愛らしい女の子だ。そう、ちょうどジルヴァラと反対みたいな白っぽい髪に金色の目をしてたな」
口に出してみてやたらと特徴的だと思い出せた女の子の姿は、つい先程まで脳裏に浮かびもしなかった。
どう考えてもあんな見た目は安物でしか無いイヤーカフを大声で泣き喚いて欲しがった辺り、今回おれに起きた件に少なからず関係はしていそうだというのにだ。
「……思い出しにくくされてたのか?」
「でしょうね」
どうでも良さそうに……実際どうでも良いのであろう気のない幻日様の相槌を聞きながら、おれは黙ってしまった親父殿へと視線を戻す。
「……つい先ほどだが、副団長の腹心の部下がわざわざやって来て『ご自慢のご子息が街中で剣を振り回して暴れているという報告があった』という訳の分からないことを報告に来た」
「え?」
意味がわからず間の抜けた一音しか発することが出来ず、おれは視線だけで問うように親父殿を見る。
「それと入れ替わりで今度は俺の部下が『副団長が、騎士団長の息子が街中で暴れているから捕縛しろ、と馬鹿面で意味不明なことを叫んでいる』と報告に来た。その後、オズワルドもやって来て、トルメンタが暴れている、と言っている騎士がいると教えてくれたんだが……」
親父殿は渋面を通り越した、小さい子が見たらギャン泣きするであろう表情で額を押さえて、淡々と言葉を紡いでいるが、逆にそれが怒りを感じさせた。
「……副団長は、おれが暴れると思い込んでいたってことか」
ここまで状況証拠があるのなら、導き出される結論はそれしかないだろう。
おれの呟きに答える者はなく──、
「トルメンタ兄様が操られるまま手当たり次第街中で剣を振るい、たくさんの人が亡くなれば、トルメンタ兄様は大罪人となり処刑。そして、その責任をとって父様は騎士団長を解任。そうしたらご自分が騎士団長になれると愚かなことを考えていたのでしょう」
おれの良く出来た弟が、微笑みながらさらっと事態をまとめて、さらに毒までトッピングしてくれた。
あまりに静かで忘れかけていたが、実はニクスはずっと同じ部屋、しかもおれの向かい側に腰掛けていたのだった。
いつもありがとうございますm(_ _)m
悪役より悪役らしく暗躍してる方の姿がちらほらと。
まぁ、副団長は夜道歩いてたら……ねぇ。
どうなるかは知りません←
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