196話目
誤字脱字率増えてます!申し訳ありません(。>﹏<。)
まだまだ気は抜けない。
そんなことを頼りがいのある逞しい腕の中で思っていた俺だったが、結果として勝負はあっという間についてしまった。
「ヘイズ」
フシロ団長の落ち着く声が執事さんの名前を呼ぶと、一瞬で氷の壁の向こうは濃い霧のようなものに覆われてしまい、ぼんやり見えていた人影も見えなくなる。
しばらくしてドサリと重い物が倒れる音がして、氷の壁の向こうに黒っぽい服を着た人影が見える。
「──終わりました」
氷の壁の向こうから聞こえたその一言が事態の終結を告げ、俺は今度こそ心から安堵してしまい、足元がふらつく。
すかさず伸びてきた逞しい腕が抱き上げてくれて倒れることだけは避けられ、俺は抱き上げてくれたフシロ団長を見上げる。
「フシロ団長、トルメンタ様は……」
「気絶させただけだ。……問題は、この後だが」
はぁと深々とため息を吐くフシロ団長に、トルメンタ様の無事を安堵していた俺はすぐその理由を悟る。
「そっか、まだあのままなんだよな? どうしたらいつものトルメンタ様へ戻るんだ?」
「相手の魔力が尽きれば影響は抜ける。まぁ、時間的に見てそろそろだろう」
苦々しい表情のまま氷の壁の向こう見やり、フシロ団長はそう答えてくれるが歯切れは良くない。
「強い精神魔法は燃費が悪いんですよ。相手の意志が強ければ強いほど抵抗されて余計に魔力を使うそうですし。兄様は耐性は低いですが、意志が強いので……」
先ほどの魔法でかなりの魔力を使ったのか、喋りながら近づいて来たニクス様の顔色はあまり良くない。
「ヘイズ。念のため、トルメンタの側に待機しろ。何だったら縛っておけ」
「かしこまりました」
そんな主従のやり取りをぼんやりと見ていた俺だったが、抱き上げられたせいでフシロ団長の服に血の染みがついてしまったことに気付いて慌ててしまう。
正装じゃないとしても、フシロ団長の着ている服なんだから明らかにお高い服なのだ。
「ジル!」
「ジルちゃん!」
内心であわあわしていたら、ナハト様とノーチェ様が駆け寄ってくる。
「ごめんなさい! フシロ団長の服に血が……」
先に謝ったもん勝ちと反射的に謝罪を口にしたら、潤んだ目のノーチェ様とナハト様から揃ってキッと睨まれる。
その表情がよく似ていて親子だなぁとか場違いなことを考えていたら、ノーチェ様の手が伸びてくる。
「そんなことはどうでもいいのよ。それより、ジルちゃんの怪我の治療をしないといけないわ!」
「ニクス兄上、父上、トルメンタ兄上はどうしたんだよ!? なんでジルを殺そうと……っ!」
俺の怪我を心配してくれるノーチェ様、事態が飲み込めず詰め寄って来た後泣き出してしまうナハト様。
なかなかの混沌具合だ。
ノーチェ様はトルメンタ様に何が起きたかは理解してるのだなと、フシロ団長の腕の中で頬を撫でられながらぼんやりしてると、ニクス様がお兄ちゃんな顔をしてナハト様を落ち着かせている。
「ナハト、落ち着いて。トルメンタ兄様は、何者かによって魔法による操作を受けていたんです。ジルを斬ろうとしたのは、トルメンタ兄様の本意ではありません」
「……そんな言い訳は裁きの場では通じるか」
そんな仲良し兄弟に水を差すようなフシロ団長の言葉に、俺は驚いてフシロ団長をバッと振り仰ぐ。
するとフシロ団長は俺を見て発した言葉だったらしく、渋面のフシロ団長とばっちりと目が合ってしまった。
「トルメンタ様、何も悪いことしてないだろ? ほら、ちょっとヤル気になり過ぎて、剣振り回しただけだしさ。誰かを傷つけた訳でもないし……」
責任感の強いフシロ団長だから、騎士団長として息子を罰しないといけないと思っての渋面だと思った俺は、今さら感満載だが怪我なんてしてないぜとアピールをしてへらっと笑いかけ──深々とため息を吐かせてしまった。
「……俺の服に血がつくほどの怪我をしてるのに、か?」
「あ」
緊張と興奮からか痛みはあまり感じず、つい先ほど血をつけてしまって気に病んでいたことなんてすっかり忘れた発言をしてしまい、あまりのボケ具合に俺は我がことながら誤魔化すように笑うしかない。
「まずはジルヴァラの治療だな」
「さぁ、ジルちゃん。こっちへいらっしゃい」
「ノーチェ様のドレスにも血がついちゃうから……」
自らの状態を鑑みてこれ以上被害を増やしたくなくて遠慮しまくる俺に、顔を見合わせたフシロ団長とノーチェ様は、困った子だと言いたそうな表情で俺を見てから、揃って視線を何処かへ向ける。
すぐに大判のタオルを持ったフュアさんがやって来て、それを受け取ったノーチェ様がタオルで俺を包んで抱き上げてくれ、そのまま屋内へと向かって歩き出す。
まだ少し泣いているナハト様は、ニクス様に手を引かれながらだが、しっかりとノーチェ様の後ろをついてきている。
「ジル……痛くないか……?」
何度もそう訊いてくるナハト様に、俺はノーチェ様の腕の中でへらっと笑いながら毎回頷いておく。
そうしないとナハト様の手を引くニクス様も不安そうな顔をするのだ。
不安といえば俺の今一番の不安は、トルメンタ様のことだ。
目を覚ましたらいつものトルメンタ様なんだろうか。
後遺症みたいなのはないんだろうか。
何より──。
「絶対気に病むよなぁ……」
願わくば操られた間の記憶はありませんように、と願いながら、俺は後半機械的になりながらナハト様の問いかけに頷き続けていた。
──実はもっと気にすべき案件があることなんて知らずに。
●
「ジル、痛くないか?」
「大丈夫だって。ちょっと出血が派手なだけ」
「我慢しなくていいんですよ?」
「してないから」
ナハト様とニクス様、交互に話しかけて来る二人にへらっと笑って大丈夫アピールしながら、俺は俺用になっているという部屋でノーチェ様からの治療を受けていた。
一番出血が派手だった左腕の傷はすでに包帯で覆われていて、今は転がって逃げ回ったせいであちこちに出来た擦り傷を消毒してもらっているところだ。
「……あの、ノーチェ様。トルメンタ様は罰せられたりするのか? 何も悪いことしてないのに」
俺がおずおずと訊ねると、優しい手つきで俺の治療をしてくれていたノーチェ様の手が止まり、ついでにナハト様とニクス様もピタリと止まってしまう。
「そうねぇ、ジルちゃんは優しいからそう言ってくれるけれど……」
おっとりと微笑んだノーチェ様は、その先をあえて口にしなかった。
俺もその先の言葉を聞くのはまだこわ──、
「ジルヴァラ様! 少々お顔を貸していただけますか!?」
「へ?」
ノックもそこそこに飛び込んで来た執事さんにきょとんと間の抜けた声を返した俺は、それを許可だと思われたのか瞬き一つしてる間に執事さんに抱えられて、廊下を全力疾走で運ばれていた。
運ばれたどり着いた先は、ついさっきまで俺がころころしまくっていた裏庭だ。
フシロ団長が魔法で生み出した氷の壁はまだ溶けてはおらず、ドンッとそこにあって存在感が……と俺が見ている最中、氷の壁が打ち砕かれて誰かが地面を転がる。
どう考えても誰かが氷の壁に体当たりして破壊したとしか思えない。
そこまで馬鹿馬鹿しいことを真剣に考えて、俺は自分が混乱していることを自覚する。
それは氷の壁をぶち破って倒れているのがトルメンタ様だったせいか。
そんなトルメンタ様を見下ろしているのが主様なせいか。
トルメンタ様を見下ろしている主様の目が、初めて見る冷め切った眼差しなせいか。
混乱しきった俺には判断なんて出来なかった。
いつもありがとうございますm(_ _)m
セ◯ムが気付かない訳ないですよねぇ(*´Д`)
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