2話目
子猫(主人公)は触るとあたたかったようです。
ちょっと主人公を意識し始めた、主様です。
主人公の名付けセンスはイマイチです。
最後の方、グロ注意です。
村からの出発当日。
「ジルぼうや、辛くなったら帰って来るんだよ?」
「……ありがとう、メイナさん」
俺はメイナさんから熱烈なハグで送り出され、着替えや食料、色々な道具など旅支度まで用意してもらってしまった。
身長の半分もあるリュックサックを何とか背負い、俺は泣き出しそうなメイナさんへ手を振り、ソーサラさんに手を引かれて馬車へと向かう。
「馬車は初めてかしら?」
「そもそも、森から出るのが初めてだから」
「それもそうね」
馬車へ乗り込もうとした俺は、ステップに足が届かずアーチェさんから抱っこされて、馬車へ乗せてもらった。
「小さくて軽いですね」
「ありがとうございます。見ての通りの幼児なんで」
皮肉ではなく、アーチェさんはただ本当に驚いて呟いただけなようなので、笑って返しておく。
馬車の中には、すでにソルドさんと夕陽色の人が座っていた。
「おはようございます、ソルドさん、主様。今日からよろしくお願いします」
二人へ向けてへらっと笑って挨拶し、俺はソーサラさんの隣へ腰かける。
「ああ、おはよう、ジルヴァラ」
「……おはようございます」
返ってくる二人分の応え。
好きに呼んでいいらしいので、俺は一晩考えに考えて、考えついたのがこの呼び方だ。
なんか時代劇みたいな言い回ししてた→のじゃロリ思い出す→お主って言い方いいかも→おをつけると偉そう→ならおを抜いて様をつけよう。
こうなった。考えすぎて訳分かんなくなった気もするが、拒否されたらされた時で考えればいいかと開き直った。
ソルドさんからは何ともいえない顔をされたから、呼び名としては微妙なのかもしれない。
本人の反応は……相変わらずぽやぽやの笑顔でわからなかった。
●
これは意趣返しなんだろうか。
「ロコ」
五人での旅路が始まってしばらくしたある日の野営中、俺が火の番をしていると主様から突然そんな言葉が飛び出した。
初めはそれが俺を呼んでるなんてわからなかった。
俺はきちんと名乗ったし、俺の名前のどこをとっても『ロコ』成分はない。
だが道中や挨拶のついで、目が合ったりすると何度も呼ばれて、ぽやぽやされるので気付いた。
「主様、おはようございます」
「おはようございます、ロコ」
今日も朝の挨拶をしたら、もはや語尾のように呼ばれてる。
どれだけ考えてもわからないので、諦めて聞くことにした。
「主様、なんで俺がロコなんだ?」
「こんなに綺麗な黒は初めて見ましたから」
俺の不躾な質問に、主様は気にした様子もなく相変わらずな表情で俺の髪先を指で摘む。
理解出来ず見つめて説明を訴えたが、主様は答えることなく離れていき、俺はタオルを手にしたまま首を捻る。
「おはよ、ジルヴァラ」
「おはようございます、ソーサラさん。結局、なんで俺がロコかわからなかったんだけど」
隣に立つソーサラさんを見上げて、挨拶を返しつつ、少し拗ねた気分で呟いていると、屈み込んだソーサラさんから頬を突かれた。
「たぶんだけど、あなたの髪色とか? 少しだけ聞こえたけど、あなたの髪色誉めてなかったかしら? だから、黒い子から少し変形させて、呼びやすいロコ辺りに落ち着いた、とかじゃない?」
「くろいこ……くろこ……ロコ! きっとそうだ! ソーサラさん、頭いいなー」
納得がいってスッキリした俺は、朝食の準備を手伝うために駆け出した。
自慢じゃないが前世ではずっと独身だったので、料理は人並みに出来る。さすがにプロ並みまでとはいかないが、ダークマターは産まれない。
「アーチェさん、手伝うよ!」
「では、すまないがスープに入れる用に野菜を切ってもらえるか」
「りょーかい」
ちなみにこのメンバー内で料理が出来るのは、俺とアーチェさんだけだ。
リーダーのソルドさんは解体とかは出来るが、丸焼き以外の料理には向かないので、基本的に現地調達担当だ。
ソーサラさんは、さすが魔法使いというか、ダークマターを製造出来る。
主様は……なんかさせたら出来そうだが、そのまま食べれます、と生肉を食べようとしたので、料理担当から外された。基本的に食べることに興味がないようだ。
立場的にもソルドさん達より上みたいだから、あまり強くは言えないよな。
ソルドさん達も、主様がとても強い冒険者としか知らないらしい。
あの中二っぽい呼び方も本人から聞いた訳ではなく、周囲が呼んでいたのでそう呼んでいたそうだ。
料理中はアーチェさんと二人っきりのことが多いので、色々教えてもらっている。
外の世界のこととか、冒険者のいろはとか。たまにソルドさんが乱入してきて、良い娼館の選び方とか語り出し、ソーサラさんに耳を引っ張られて去っていったり。
この感じだとソーサラさんを取り合っていがみ合う、なんて展開はこのパーティーにはなさそうだ。
「ジルヴァラ、スープの味はどうです?」
「もういい感じだよ。味見してみて」
考え事をしながらも手は動かしていたので、鍋の中では少し不揃いな野菜達が干し肉といい感じに煮えている。
味見用に小皿へ少しスープをよそって差し出すと、アーチェさんはパンを炙っていた手を止めて、あふあふ言いながら味見してくれる。
猫舌なんだから、冷ませばいいのにと思ったのは内緒だ。
「美味しいですよ、ジルヴァラ」
「そっか? 良かった!」
えへへと笑っているとアーチェさんから、ぎこちなく頭を撫でられる。
三人はそれぞれかなり個性的だが、撫で方も個性的だ。
ソルドさんは慣れた感じで豪快にガシガシと。
ソーサラさんは優しいけどなんか色々と怪しい手つきなことがある。
アーチェさんは今の通り、ちょっとぎこちない。でも、俺を見ている目は優しいから、子供とか動物とか好きなんだろう。
主様はというと……。
「主様ー、ご飯食べろよ」
俺が押しつけたスープと炙られた丸パンが乗る木製の丸いお盆を持ち、ぽやぽやの笑顔で面倒臭そうな雰囲気を垂れ流している。
美人は三日で慣れると言うけど、俺は未だに主様の顔面に慣れそうもない。が、対応には慣れてきたので、無言で見つめてグイグイとお盆を押す。
「わかりました」
やっと諦めたのか、主様が黙々と食べ始める。表情は全く変わらない。ただ栄養を摂るために食べている、そんな感じだ。
ヒロインなら、一緒に食べましょうとか、皆で食べると美味しいですよとか、お節介でも焼くのかもしれないが、俺としては食べてくれるだけで万々歳だ。
俺が見守る中、主様は機械のように食事を終えて、空の食器の乗ったお盆を押し返してくる。
「ごちそうさまでした」
「味はどうだった?」
「味……? 煮込んだ野菜です」
「……そりゃそうだ」
主様のぽやんとした顔から毒舌一歩前の感想が飛び出すのはいつものことだ。
のんびりした美人なのに正直過ぎて敵が多そうだ、と少し心配になりながら、俺はお盆を持って主様へ背を向ける。
ひとまずスープが入っていた皿は空になっているので、食べられない味では無かったんだろう。
次回はソルドさんから鳥でも獲ってきてもらって鳥肉の入ったスープとか挑戦してみるか、と俺はソルドさん達の方へ歩き出す。
すると後ろ髪に何か触れた気がして振り返る。
主様は目を閉じてうたた寝をしていた。
気のせいか、と思って俺は再び歩き出した。
さっきソルドさん達の撫で方に個性があると思って、主様のことも考えたが、そもそも問題外な話なのだ。
主様からは、撫でられたことはもちろん、指一本触られたこともない。
オーガから助けてくれた時に抱き上げてくれたのは非常時だったからで、他人に触れるのが稀な人なんだと短い付き合いでもわかった。
そこを気にせず突っこむのがヒロインなんだろうけど俺には無理だ。
だから髪の毛の先だろうと摘まれたのは、かなりびっくりした。
朝の一幕を思い出して一度だけ足を止めて振り返った俺は、寝てても美人な主様の寝顔をじっくり眺め、ふふふと笑ってまた歩き出す。
そんな俺の後ろ姿を、主様が見ていたなんて知る由もなかった。
●
別れの日は突然やって来た。
「ジルヴァラ、本当にあの方へついて行くのか? 冒険者になるのなら、俺達についてくるのでも構わないだろ?」
「あの方は……お優しく見えますが、とても強く過酷な任務が多いのですよ? ジルヴァラのような幼い子供には、つらい旅路となりますよ? 僕達と行きませんか?」
「……あの方は良くも悪くも、何より冒険者たる方なの。ジルヴァラ、あたし達と行きましょう?」
オーガの討伐依頼を受けてあの村に来ていたソルドさん達は、その報告のためにシュクという街の冒険者ギルドへ向かう予定になっていた。
予定通り、馬車は順調に進んで街道の分かれ道辺りにたどり着いた。
右へ行けばシュクで、左はこの国の王都であるルスキャへ続く街道らしい。
旅の道中アーチェさんとソーサラさんから文字を習ってたので、木製の看板の文字は何とか俺でも読めた。
俺はもちろん主様もソルドさん達と一緒に行くと思っていた。
けれど分かれ道を前にして、主様は「それでは」とだけ言って、普通に馬車から降りて行ってしまった。
その背中を見て、頭の中の冷静な俺は『ソルドさん達と行くのが安全だし、当然だ』と喚いていたが、現実の俺は荷物掴んで主様を追って馬車から飛び降りていた。
そして、先程から三人がかりで説得されていたのだが、俺は首を縦に振ることはなく、ペコッとソルドさん達へ頭を下げる。
「ソルドさん、アーチェさん、ソーサラさん。ここまで、ありがとうございました」
俺の意志が変わらないことを悟ったのか、三人の視線は我関せずでぽやぽや笑っている主様へ向かう。なんだったら主様はもう行こうとする気配すらある。
「俺が言えるような立場じゃないが、ジルヴァラを少しでいいので、気にかけてあげて欲しい」
最後にソルドさんはそう言って主様へ深々と頭を下げ、馬車へと戻っていった。
アーチェさんもソーサラさんも、同じように頭を下げ、俺を心配そうにちらちらと窺いながら、何も言わず馬車へ乗り込む。
俺が走り出した馬車へ頭を下げて見送っていると、すでに主様は歩き出していて、近くにはいなかった。
慌てて視線を巡らすと、王都への方へ歩き出している主様の背中はすぐに見つかった。
俺はリュックを背負ってバタバタと駆け出して、主様の背中を追う。
「変わってますね」
独り言のような言葉は俺へ向けられたものかはわからなかったが、いなくなれとも離れろも言われなかったので、俺は主様の隣へ並んで歩き出す。
「改めて、よろしくお願いいたします、主様!」
そう言って、へらっと笑ってみせると、一瞬だけ主様の視線が俺の方を向いた。
「本当に……ロコは変わってます」
今度は俺へ向けられた言葉だったが、主様の視線はもう俺には向いておらず、前を見つめているだけだった。
●
二人きりで旅するようになってわかったことがある。
主様はぽやぽやして見えるがとても強いし、戦闘面なら何でも出来る人だ。
それはソルドさん達パーティーからも色々教えてもらったし、道中襲ってきたモンスターや動物や野盗との戦いでもわかっていた。
ソルドさん達から聞いた話では、一人でドラゴン倒したとか、何千人もの軍勢と一人で戦ったとか、一人でダンジョンを踏破したとか。
あとは、美人過ぎて手籠めにしようとしてきた貴族を一人で屋敷ごとふっ飛ばしたとか、同じく愛人にしようとしてきた王族を一人で城ごとふっ飛ばしたとか。
列挙される逸話に、俺はなんだか複雑なよくわからない気分になっていった。
俺のよくわからない気分は置いといて、主様が何でも出来るのは戦闘面だけなようなのだ。
ある日は、
「……大丈夫かよ?」
「手を洗おうとしたら流されました」
「みたいだな」
俺の太ももまでしか水深のない小川で溺れかけ俺が救出した。
またある日は、
「大丈夫か!?」
「可愛い花に見えました」
「そういうモンスターだって知ってるよな?」
綺麗な花にほいほい惹かれ、花に擬態したモンスターに呑まれかけてたのを俺がモンスターを蹴り倒して救出した。
そして本日は、
「……大丈夫か?」
「美味しいお菓子があると言われました」
「俺でも疑う誘拐犯の常套句だよ!?」
少し離れた隙にお菓子で誘われて変態に街道脇の森へと誘われそうになっており、俺が睨んで変態を追い払って救出した。
「なんでこんなフラグ建てまくるんだよ、主様は」
美人過ぎるのがよくないのか、と俺は街道脇にある野営地で、備え付けの簡易のかまどで前に食事の支度をしながら一人ため息と愚痴を吐きまくる。
ソルドさん達と一緒の時に教えてもらったのだが、大きな街道脇にはこういう馬車を停めて休めるような広場的な場所が何ヶ所かあるそうだ。ここもそんな場所の一つだ。
さすが王都へ向かう街道だけあって広いし、俺達の他にも何個か休んでいるグループがある。
そろそろ夕暮れだし、馬車には自動車みたいなヘッドライトなんかない。こんな街灯もない街道では夜走るのは無謀だろうし、今いるグループはここで一晩明かすのだろう。
まあ徒歩な俺達も、ここで一晩明かすのだが。
こういう野営地はモンスターを避けるアイテムが設置されてそうなので、人間と動物にさえ気をつければいいので気が楽だ。
人間の方も、こうやって多人数になればお互い監視し合うので、あまりトラブルも起きない、と思っていたが、うちの主様のフラグ建築士としての腕前は最高らしい。
本当はしっかりと常に張り付いていたいぐらいだが、あまり張り付いているとやんわりとぽやぽや嫌そうな雰囲気を垂れ流してくるので、安全な場所では少し離れている。
そして、少し目を離した瞬間に、色々と巻き起こすのが主様クオリティだ。
食べることに興味がないくせにお菓子でほいほい誘い出されていた主様を思い出して、もう一度ため息を吐いていると、伏せていた視界の端にピッタリとした黒いズボンにショートブーツを履いた誰かの足が入ってくる。
主様はローブというか、やたらとひらひらとした淡い色の服ばかりなので、主様でないことは顔を上げて確認しなくてもわかった。
「何か用?」
顔を上げて足の持ち主を見上げると、人の良さそうな商人っぽい格好の男が、笑顔で俺を見つめていた。
年齢は主様より少し上っぽく見え、身なりの良さからして、そこそこ儲けている商人なんだろう。
顔面偏差値的には、いい人だな、という印象を抱く感じの顔かな。
こればっかりは好みもあるから一概に言えないけど。
ちなみにソルドさん達も、主様には負けるけど精悍なイケメン達と美人さんだった。
「一人で旅してるのかな?」
数日前まで一緒だった面々を懐かしく思い出していると、目の前の男からそんな風に声をかけられる。
まるで幼い子供に話しかけるような口調に背中がザワザワする。まぁ、俺の見た目は六歳児だから仕方ないのだが、正直落ち着かない。
「まさか違うよ。あっちに連れが……」
そう言いながら、先ほど張ったテントの方へ視線を向けたが、そこに目立ち過ぎる夕陽色は見えない。入り口が開いていて中も丸見えなので、不在は明らかだ。
「あー、トイレにでも行ってるんだろうけど、連れがいるよ。心配してくれてありがとう」
あまり話しかけられたくなかった俺は、先回りして礼を口にして、これ以上踏み込まれないようにへらりと笑っておく。
「君のような幼い子を一人にしておくとは……」
向こうの方が俺より危ないですとは言えず、俺はあははと笑って誤魔化しておいた。
しかし、俺が幼い子供だと気にするぐらいなら、せめて屈むとかして目線を合わせてもらいたい。見上げているので首が痛い。
「連れは強いんで。俺も逃げ足には自信あるし」
言外に、大丈夫だからさっさとどっか行け、と思い切り滲ませて俺は自らの胸をドンと叩く。
「……君はいくらで買われたかわかるかな? 私が君をその連れという相手から買ってあげるよ。私ならこんな使用人みたいな扱いはしないよ? たくさん可愛がってあげよう」
これでいなくなるだろうと思っていた俺の耳へ入ってきたのは、あまりにも予想外で気持ちの悪い声音の台詞だ。
「…………は?」
理解出来ず……というかしたくなくて、数秒固まった後、俺の口からは幼児らしからぬ低い声が出てしまう。
自分がそんな風に見られたことより、主様やソルドさん達がこんな男と同列になった気がして、怒りでカッと腹の中が熱くなった。
「馬鹿にするな! 主様はそんな人じゃない!」
「おや、もうすでに調教済みか」
もうやだ。なにこの脳内ピンクな男は、どう言ったら通じるのよ、となんか若干オネエ言葉になって脳内突っ込みして、男を睨むが動じる訳もなく。
何もされていないのでいきなり暴力に訴える訳にもいかず無言で男を睨み続けていると、何を勘違いされたのか手が伸びてくる。
遠目からは幼児を撫でようとしている人の良さそうな男にしか見えないだろうな、と他人事のように思っていると、無遠慮な手が頬に触れ、さらに猫でも構うように髪へと触れられる。
「黒髪なんて珍しくて触ってみたかったんだが、見た目より柔らかいものだね。銀の目も美しいし、本当に私の物になる気はない?」
「ないって言ってんだろ! ベタベタ触るな!」
俺が本物の猫なら、全身の毛を逆立たせてシャーシャー言ってるところだが、あいにく俺は平和主義な人間なんで、睨み付けて少しの暴言だけにおさめておく。
男の背後にいた護衛らしき冒険者達は、同情の視線と嫌悪の視線を俺へ向けてくるが、そんな視線寄越すぐらいならその前に止めろよって話だ。
これで万が一俺に溺愛系な主人がいて、その主人が狭量だったらどうするんだろう。この男、切り捨て御免とかされるんじゃないか?
「俺は好きで付いてきてるんだよ。使用人みたいなことをしてるのも、これぐらいしか俺に出来ないからだ。何処かで助けを求めている子供を見つけたなら、そっちを助けてやってくれ」
ほんの少しだけ親切心からそう伝えてみたが、気が変わったら夜に私のテントへこっそり来るんだよ、と耳元で囁いて去った男には通じてなさそうだ。
●
「主様? 口に合わなかったか?」
妙な妨害があったため、テントの中でいつもより遅めの夕飯を食べていた俺は、一緒に食べていた主様の食事の手が止まっていることに気付いて首を傾げる。
なかなか食べてくれない主様だが、食べ始めてしまえば、いつもあっという間に食べ終わるのだ。
それが今日はスプーンを手にしたまま、止まって何故かぽやんと俺を見ている。
少しクセのある野草を入れたから、口に合わなかったのかもしれない。風味としては、前世の春菊に似ているので好き嫌いはわかれるのは仕方ない。
「今日は冷えそうだから、体を温めてくれる野草をスープに入れたんだけど、苦手だった?」
「いえ、こうして食べるのは初めてだったので、不思議だと思ってました。味は好き……だと思います」
「そっか、良かったぁ……」
滅多にない……というか初めてかもしれない主様からの好感触に、嬉しくなった俺は笑み崩れながら自信作に変わったスープを食べていく。
スープの効果なのか、好きと言ってもらえた喜びからかはわからないが、頬に熱が集まってきてるし、俺の頬は今真っ赤になってると思う。
「真っ赤ですね」
一人喜色に浸っていた俺は、すぐ近くで聞こえた楽しげな主様の声に驚いて目を見張り、さらに予想外の近さに驚いて、瞬きを繰り返す羽目になる。
いつのまにか食べ終えた主様が、俺のすぐ側に膝をついて俺の顔を覗き込んでいたのだ。
「主様?」
「熱い……。スープの効果すごいですねぇ」
ひんやりとした手がきょとんとする俺の頬を包み、何かを拭うように髪を念入りに撫でてから離れていく。料理してた時に何か付いてたのかもしれない。
「そもそも俺は子供だから、体温高いのもあるけどね」
「人とは、あたたかいものですね」
「……? そうだな」
あまりに当たり前のことを言われたので、雪山で遭難した時は裸でくっつき合って暖を取る、なんて嘘か真かわからない与太話を思い出してたり。
しばらく体温を確かめるように俺を撫でていた主様は、突然ピタリと手を止めてニコリと笑って口を開いた。
「寝ます」
「……あぁ、主様おやすみなさい」
唐突な発言と行動に、相変わらずぽやぽやで自由気ままな人だな、と苦笑した俺はテントの隅で寝る体勢になった主様の背中へ声をかけて夕食の片付けを始める。
「おやすみなさい、ロコ」
「ん」
遅れて返ってきた答えに、つい笑いそうになったので、唇を引き結んで笑わないように短く返しておいた。
月明かりのない夜。
広い野営地のあちこちには大小のテントが建ち並びそこでは焚き火が燃え、寝ずの番の姿がちらほらある。
やがて夜も更けていき、静寂が野営地を包む。
寒くなってきたとはいえやたらといる虫の鳴き声も、昼間でも聞こえていたモンスターや動物の鳴き声も、誰かのいびきすら聞こえない静寂が。
「な、なんなんだ、お前は……っ!」
そんな静寂の中、一際大きなテントの前で立ち番をしていた冒険者の格好をした男の誰何の声が、焚き火の光が届かない闇へ向けて響き渡る。
かなりの大声だったが、背後のテントの中から誰かが出てくることはなく、少し離れている別のテントにも動きはない。
「おい! 敵襲だ……ぁ?」
そこまで口にした瞬間、冒険者の格好をした男の視界はぐるりと宙を仰ぎ、ブツッと真っ黒になって途切れた。
残されたのは、頭を失っても立ち続ける立ち番の鑑のような姿だ。
食い千切られたような断面ながら、不思議と出血する様子はなく、ただ頭がない姿でそこに立っている。
ドサリと重い音をさせて頭がその辺に放り出され、闇の中からゆらりと人影が姿を現す。
焚き火に照らされて染められたかのような髪に、不可思議な色合いで揺れる瞳。口元は、ふんわりとした穏やかな笑みの形を作り。
体重を感じさせない動作で人影は『優秀』過ぎる立ち番の横を通り過ぎ、テントへと侵入する。
不審な人物が侵入したにも関わらず、テントの中は静まり返ったままだ。
しばらくして、何事もなかったかのように入り口から人影が再び姿を現したが、止める声はいつまで経っても聞こえない。
現れた時と反対を辿るように、存在感溢れる色彩を持つ人影は、ゆらりとまた闇の中へ消えていった。
まるでそれを待っていたかのように、立ち番をし続けていた『頭』無しの体がゆっくりと地面へ倒れ込んだ。
そして、それが合図だったとでも言うのか、夜の野営地に色々な音が戻ってくるが、立ち番を失った大きなテントは静かなままだった。
まるでそこに生者など存在しないかのように。
隠れ(きれてない)溺愛がこっそり始まったようです。
主人公以外には気付かれそうです。そこを気付かないのが、主人公クオリティです。