192話目
ここにきて正攻法。
「あ、れ……」
目を覚ますとちゃぷちゃぷと温かいお湯に揺られているという事態を理解出来なかった俺は、しぱしぱと瞬きを繰り返して緩慢な動きで周囲を窺う。
「ロコ、起きましたか?」
「ぬしさま……?」
そんな俺へ聞こえてきたのは、今なら世界一安心出来ると自信を持って言える主様の声で。
なんだ安全なのかと条件反射的に安心しきってしまった俺は、重い瞼を押し開けておくのも出来なくなり、疑問を解決することもなく意識は再び微睡みの中へと帰っていった。
「あれ……?」
ついさっき同じことを呟いた気がするなぁと頭の片隅で考えながら、俺は今度はしっかりと目を開けて周囲を見渡す。
そこはすっかり見慣れてきた俺の部屋だ。
寝転ぶ俺の腕の中には、同じくお馴染みになった謎のぬいぐるみが鎮座している。
体を起こして窓の外を見やるともうすっかり日が落ちている。
「いつ寝ちゃったんだろ。しかも、お風呂入れてもらってたよな」
途中目覚めた時に主様の腕の中で入浴してた気がするし、何より森で土をいじって汗ばんでいた体がすっきりしている。
謎ぬいぐるみをもみもみしながら記憶を辿り、夢ではなかったことをしっかりと確認した俺は苦笑いしつつベッドから降りる。
それを見計らっていたかのように扉がノックされ、プリュイがふるふると部屋へ入ってくる。
「ジル」
「プリュイ、ただいまー。俺、寝ちゃってた?」
言いそびれた帰宅の挨拶と共にパタパタとプリュイへ駆け寄った俺は、ぷるぷるボディに遠慮なく抱きついてその半透明な顔を覗き込んで質問する。
「オ帰りナサイ、ジル。幻日サマの腕ノ中デすやすやデシタ」
挨拶を返してくれながら、俺の質問にもきちんと答えてくれたプリュイは撫で撫でと触手で頭を撫でてくれる。たぶんついでに寝癖直しもしてくれてる、なんせ出来る魔法人形だから。
「主様、この間俺が先にお風呂入りたいってお風呂入ったの覚えてくれてたんだな」
「トテモ楽しソウにオ世話してマシタ」
「そ、そうなんだ」
確かに辛うじて思い出せた薄ぼんやりとした記憶の中で、主様はいつもに増して楽しそうにぽやぽやとして俺のことを見下ろしていた気がする。
「主様って意外と他人の世話焼くの好きなのかな」
じわじわと湧き上がってきた不安と子供じみたヤキモチが言葉になってぽろりと口からこぼれ落ちてしまうと、プリュイから理解不能な物体を見るような眼差しで見られてしまった。
俺自身何言ってんだろって思ってるんだから、あまりまじまじと見ないで欲しい。
「……ごめん、ヤキモチ妬いた」
プリュイにムギュッとしがみついて自分の発言の恥ずかしさから顔を埋めているとプリュイから「オヤ」という声が聞こえてきて、それこそ俺がおやと思っていたら両脇に誰かの手が差し込まれて持ち上げられる。
「ロコだけですから」
主様だとわかっていたので無抵抗で持ち上げられると、そんな言葉と共に背後からギュッと抱き締められた。
抱き締めてくれる腕の力強さと囁かれた言葉に、俺はふへと間の抜けた笑い声を洩らす。
「そうだな。主様に世話焼かせようとするなんて恐れ多いこと、俺ぐらいしかしないよな」
みんなに尊敬され恐れられている主様に世話焼いてもらおうなんてこと普通の人は考えないよなーと、自らの図太さに呆れて笑いながら呟いたら、背後にいる主様から深々とため息を吐かれてしまった。
表情が見えないのでため息の意味がわからず、目の前にいるプリュイを見たら、またさっきみたいな理解不能な物体を見るような眼差しで見られていて、鼻先をふるふるとした指でちょんと突かれる。
「ジルは、チョットオ馬鹿可愛いデス」
「違います。ロコはとてもお馬鹿可愛いんです」
プリュイの言葉を否定してくれるのかと思った主様からの発言に、何だか余計馬鹿にされている気分になったのはおかしくないよな?
気を取り直して主様もプリュイも一応誉めて……くれたかは微妙だけど、お礼を言ってから俺は夕飯作りをしようとプリュイを伴ってキッチンへと向かう。
「ここのところ米とかパンだったし、今日は麺料理にしようっと」
俺の呟きに反応して中華麺──中華がないのにそう呼ばれてる俺にはお馴染みの蒸し麺が主様の収納からドサドサ出て来たため、今日は焼そばに決定だ。
名前からしても麺の感じからしても、明らかに異世界転生か転移をしてきた先人の発明だろう。
なにせ焼そば用のソースまで開発されてるぐらいだし。
主様が用意してくれた調味料棚にしれっと並んでるのをたまたま見つけてしまった俺は、料理好きだったらしい先人に感謝してソース焼そばの準備を始める。
ソース焼そばの味付けなんかわからないから、塩焼そばにするか、いっそのことケチャップぶっかけてなんちゃってナポリタンにするところだったので余計に有り難い。
焼そばに合うスープ……なんて俺にそこまでのレパートリーはないんで、無難に生姜をきかせたとろみのあるたまごスープとかでいっかとメニューを決めた俺は、手伝い待ちのプリュイへ指示を出し、早速夕ご飯を作り始める。
思いがけずヒロインちゃんと遭遇し、さらに穴を埋めるなんて力仕事までして疲れてたのか、仮眠と言うには爆睡し過ぎだよなぁと思いながら、ザクザクと野菜を切っていく。
入れる野菜は、キャベツ、玉ねぎ、人参だ。まぁ、普通の焼そばの具だろう。ここにもやしとかピーマンを入れても美味しい。
この段階で異世界的な要素と言えば、入れる肉がモンスターのものだってことぐらいだろう。
あとは俺の隣で手伝ってくれるのが、ぷるぷる半透明ボディな魔法人形なこととか?
自分で考えたことにおかしくなって俺がふへへと笑っていると、見守ってくれていた主様がすたすたと近づいてきて、無言で熱を確認されてしまった。
料理しながら突然声を上げて笑うのは、さすがの主様にも異様に見えてしまったらしいので反省しておく。
青のりもあったのでたっぷり乗せた焼そばにしたのだが、不思議なことに主様の歯には全く付着しなかった。
美人なチートは歯までチートらしい。
俺? 俺はばっちり唇まで青のり付いて、そこはすぐ気付いた主様によって舐め取られたあと、口の中まで気にされるのですぐに歯を磨きに行っといた。
放っておくと口の中まで舐められそうだったし。
●
その後、入浴は済ませていたので、プリュイに手伝ってもらって片付けを終えた俺は、ベッドに潜り込んでプリュイの読み聞かせを聞いていた。
本日は無難におじーさんのシリーズの新刊だ。
これは、あまりに後見らしいことが出来てないと気に病んだ『森の守護者』パーティーからのプレゼントだったりする。
ちょうど王都へ戻って来たとわざわざ今朝顔を見せに来てくれて、聖獣の森の様子を教えてくれた上に贈り物まで用意してくれてたのだ。
お見舞いのお礼は言えたけど、また俺の方が貰ってしまうという事態に困っていたら「子供は甘えるもんだ」とパーティーメンバー全員から順番に頭を撫でられた。
何故か対抗意識を持ったらしい主様まで並んでいて誰よりも長く頭を撫でられ、森の守護者の面々から微笑ましげに見られてしまったのは良い思い出だ。
そんな今朝の出来事を思い出して布団の中でこっそり笑っていると、プリュイから微笑ましげに見られていて、伸びてきた手に優しく頬をふにふにと揉まれる。
そのまま優しい声での読み聞かせは続き、おじーさんの今回の冒険が終わる頃には俺の意識はほとんど夢の中で。
「……今日は冷えますから」
寝落ちする直前に大好きな人の声が聞こえてきてそんなことを言ってきた気がして、俺は辛うじて「ん」とだけ答えたがそれもきちんと口から出たかはわからない。
ただ主様の笑ったような気配と、プリュイの呆れたようなため息を微睡みの中へと落ちていく中で感じていた。
いつもありがとうございますm(_ _)m
忍び込まず、本人の許可を得てみた主様です。
寝落ち寸前に来て、拒否をさせない策士でもあります(*ノω・*)テヘ
感想などなどいただけたら嬉しいです(^^)




