187話目
季節の変わり目、皆様体調にはお気をつけくださいm(_ _)m
帰り道は特に大きなハプニングもなく、無事に家へと辿り着けそうだ。
強いて言うなら、道中主様を見た人が数人、あまりの美しさに見惚れたのか真っ青な顔して逃げて行ったぐらいだ。
いくら主様が綺麗過ぎるからって、あの反応はさすがに主様も気分を悪くしたんじゃ、と俺が顔を覗き込むと、気にした様子もなく……何だったら機嫌良さそうにぽやぽやとしていたので、主様はあの反応に慣れてしまってるのかもしれない。
「みんなもったいないなぁ。俺だったらこんな美人見れば、ずっと眺めちゃうけど……」
一目惚れで半ば無理矢理くっついてきてここまで来てしまった俺が言うとなかなかに重みのあるであろう台詞を呟いてると、主様の右手が伸びて来て頬をむにむにと揉まれる。
「あ、あに……?」
なに? と言いたかったのだが、頬をむにむにされてるので不明瞭な発音になってしまう。
「私以外を見ないように」
主様に通じてるだろうかと思ったが、どことなくムッとしてるような言葉が返ってきたので何を言いたいかは通じたらしい。
「ぬししゃまが、いちばんだよ」
主様らしくない可愛らしい負けん気に、俺はむにむにされながらも頬を緩めて自信満々に答えておく。
「……っ」
主様はお気に召さない答えだったのか、小さく息を呑むとむにむにと俺の頬を揉み続け、最終的にかぷりと甘噛みされた。
まだ家へと帰るまでの道中なので人目がばっちりあるのだが、大物な主様は気にした様子もなくしばらくあぐあぐと甘噛みして満足そうなので、俺も気にするのは止めた。
●
「幻日サマ、ジル、オ帰りなサイ」
あぐあぐとされた以降は特に何事なく家へと帰り着いた俺達を、玄関で待機していたプリュイが迎えてくれた。
プリュイは玄関でずっと待ってくれている訳ではなく、プリュイも主様ほどの精度ではないが探知魔法が使えるそうだ。
なので俺達の気配が近づいて来たら玄関で待機してくれているとこの間教えてくれた。
「ただいま、プリュイー」
主様の結界内である家の中は安全地帯なため床へと降ろしてもらえた俺は、ぱたぱたとプリュイへ駆け寄って埋まりに行く。
不定形にもなれる体は硬度も自由自在で、ぶつかっていった俺の体はぷにゅと固めのスライムのような感触に包まれる。
感触が面白くてむにむにと揉んで遊んでいると、くすくすと笑ったプリュイから触手で持ち上げられて洗面所へと運ばれる。
相変わらずB級ホラー映画真っ青な光景で洗面所へ到着した俺は、触手で持ち上げられたまま手洗いうがいを済ませる。
さらにそのまま運ばれて行き、降ろされたのはいつも食事をしている暖炉前のソファだ。
そこにはすでに主様が待機していて、触手から離されてその隣へ安置される俺。
テーブルの上に何枚かの手紙を広げて眺めていた主様は、俺の方へ視線を向けることなく引き寄せ、俺を膝上に横向きで寝かせて猫を撫でるように頭を撫でてくる。
その間、一度もこちらを見ていないのに、俺を寝かせる手にも頭を撫でてくる手にも迷いはない。
視界の端で捉えてるのかと膝上から主様の顔を見上げるが、やはり全く見ていない気がする。
それでも俺を撫でる手は的確に俺を撫でてくれていて、心地よさに目を細めているとプリュイが手紙らしき物を持っててちてち近づいて来るのが見える。
「幻日サマ。コチラ、急ぎノ手紙デございマス」
「……はい。ありがとうございます」
自分で造った魔法人形にもきちんとお礼を言うとこも好きだなぁと、主様を見上げてうとうとしながら笑っていると、手紙を見ていたはずの主様が不意に俺の方を向いたのでばっちり目が合う。
俺が見ていたことに驚いたのか、主様の宝石みたいな瞳が軽く見張られたあと細められて、伸びてきた手が俺の頬をむにむにと摘む。
むにむにしたいならプリュイの方が最高のむにむに感だけど、主様から触ってもらえるのは嬉しいので俺はあえて何も言わないでおく。
しばらくむにむにして満足したのか主様の手が離れていき、目の前に先ほどプリュイが持ってきてくれた手紙を差し出される。
「俺が読んでいい内容なのか?」
急ぎの手紙だというそれに俺がためらって訊ねると、主様は無言で頷く。
受け取った手紙は封筒からしてやけに高そうな感じの紙質で、送ってきた相手の身分の高さを感じさせる。
「……んー? グラ殿下から? 明日のお茶会に関してか?」
宛名を確認した俺は、そこにあった名前と案件の予想を口に出して首を傾げる。
グラ殿下から来る俺が読んでも構わない内容となるとそれぐらいしか思いつかない。
「えぇと……『かろうじて血縁関係で兄にあたる第一王子が、本来ならかかるはずもない風邪に似た病へかかり、汚らわしい外から菌を持ち込むなととても愚かしいことを母が言い出したため、お茶会は延期させてもらいます。どう考えても、あの頭の中まで何も考えておらず真っ白そうな令嬢が──』あっ」
そこまで声に出して読み上げたところで、俺の手から手紙がスッと抜かれてしまう。
「という訳です」
お茶会延期を説明するのが面倒だったのかなとこちらを見た主様を見上げていると、鼻先をちょいちょいと突かれる。
俺が少し頭を持ち上げてその指先に鼻先を擦り寄せると、主様は満足げな表情を浮かべて視線をテーブルの上へと戻す。
すぐに紙の上をペンが滑る音が響いてきたので、その音を子守歌にしながら俺はうつらうつらと快適な午睡をさせてもらうことにする。
寝る子は育つって言うからな。
●
次の日、本来ならグラ殿下のお茶会に参加するつもりで予定も入れてなかったので、俺は冒険者ギルドへ寄らず一人で森へ採集に来ていた。
前回の採集で、奥まで行かなければ一人でも大丈夫とアシュレーお姉さんから太鼓判を押してもらえたから、門番している兵士さんにも止められずに済んだ。
かなり心配そうな眼差しで見送られたけど。
また薬草と毒消し草、ついでに主様のお気に入りな野草を採集して持ってきた籠に詰め込んでると、またあちこちから動物達が姿を現して手伝ってくれる。
もちろんあのテーミアスもやって来ていて、俺の後頭部へ張りついて森であった色んなことを教えてくれてるのだが、やたらとヒロインちゃんぽい人間の話が出てくるので、ヒロインちゃんもこの辺で採集とかしているんだろうか。
俺はあまり会いたくないので、ヒロインちゃんかヤバい生き物が来たら教えてくれと動物達に頼んだら、張り切って良い返事をくれたのでヒロインちゃんとの遭遇は避けられそうだ。
そんなこんなで動物達と楽しく採集をしていた俺が、持ってきた昼ご飯を安全地帯であるあの広場で食べていた時だった。
その辺で草を食んでいたウサギ達が揃って耳をピンと立て、テーミアスも尻尾を膨らませて警戒を始める。
明らかにナニカが来た反応をした動物達は、盛んに俺へ逃げろと告げてくる。
モンスターでもヒトでもないナニカが来る、と。
ウサギ達はバッと駆け出して逃げて行ったので心配ないし、俺の肩で蜜がけナッツを食べていたテーミアスもいざとなれば飛んで逃げれるだろう。
あとは俺自身が逃げるだけ、と広場を飛び出した俺の横手で大きく草藪が揺れて……テーミアスが、ぢゅっ! と大きく威嚇の声を上げる。
ここまで動物達を怯えさせてる生き物の恐ろしいであろう気配が感じられず、俺は自分の敵を察知する能力が弱まったのかと疑問を抱きながらも揺れる草藪から目を離さずゆっくりと後退りをしていく。
動物達が怯える中、何だったら俺はちょっと落ち着く気配がしてくるような気すらする。
相手が何かはわからないが、まずは相手の姿を視認しなければ対処の仕様が……。
俺が緊張感からゴクリとつばを飲み、汗ばんできた手をギュッと握った時だった。
「ロコ。迎えに来ました」
一際大きく草藪が揺れた後、俺と一緒に朝出かけたはずの主様が、ぽやぽやと微笑みながらそこに立っていて。
そういえば主様も『ヒト』ではなくましてや『モンスター』じゃない。
動物達を怯えさせていた存在は、俺を迎えに来てくれた俺の大好きな主様だったようです。
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