185話目
コメントありがとうございます\(^o^)/
「やっちまったなぁ……」
男は……と脳内で続けて、現実逃避したがる俺が前世でみたことのあるお笑い芸人さんのネタを脳内再生してるが、迷子になったという事実が消える訳もなく。
左右を見渡してみてもどちらも似たような廊下が続き、内装も似たりよったりだ。
よく見ると飾られている絵画とか壺とか違うようだが、もともと興味がない上にトイレを見つけることだけに集中していたので、左右どちらの内装にも見覚えがない。
ここでじっとしてれば主様が探しに来てくれるかもしれないが、いつになるかわからないし、とてつもなくバツが悪い。
「壁に左手をつけて歩いて行けば抜けられるんだっけ……」
それは迷路の抜け方だという突っ込みを入れてくれる人間は不在で、俺が間違いに気付いたのはさらに迷った後だった。
「……違うって、これ。迷路から出る時のやつじゃん」
窓もないため良く言えばムーディー、身も蓋も無い言い方で言えば薄暗い廊下で、俺は左手を壁に置いたまま数分前の自分へやっと突っ込みを入れて足を止める。
「叫んだら主様来てくれるかな」
絶対来ないだろうなぁと思いながら呟いて自分の発言にくすくすと笑い、そんな自分に虚しくなってため息を吐く。
休憩がてら、俺は改めて周囲を見渡してみるがやはり見覚えはない。
もうじっとしてるのが一番かと悩んでいると、足音が近づいて来る。それとあまり品が良くない話し声も。
粘っこく神経を逆撫でるような男の声が誰かを一方的に嘲り笑い、それに追従するような笑い声まで聞こえてきて、俺は顔を顰めて廊下の端に寄る。
見通しの良い廊下に隠れる場所なんてなかったのでそうしたのだが、これは悪手だった。
冷静に考えれば声から離れるように引き返せば良かったのだと気付いたのは、声の主であろうでっぷりと太った中年の男の粘っこい眼差しに捕捉された瞬間だ。
「おやおや、貴様の腐った臭いだけでなく何処からか臭うと思えば、こんな所にドブ臭い平民の餓鬼が紛れ込んでいるとは……だから、こんな平民も入れるような店など来たくはなかったのだ」
わかりやすい自己紹介みたいな発言をしてくれた中年男に、俺は相手がどんな奴かを嫌と言うほど悟って先ほどここから逃げ損ねたことを心底悔やみながら大人しく目を伏せて暴言を聞き流しておく。
大人しくしておけば、まさか何もしてない平民のガキに手を出して来たりはしないだろうと考えたのだ。
その考えが甘かったことを俺はすぐに知る。
伏せた視界の中、趣味の悪いゴテゴテとした靴が通り過ぎることなく俺の方へつま先を向けている。
つまりは何故か中年男は俺の前で足を止めたらしい。
連れが二人ほどいた気もするが、少し離れているのかつま先は一人分だ。
「薄汚い平民風情がワシの視界を汚すとは……」
あれもしかしてこれ殴られ蹴られる流れか? と俺が今さらながら危機感を覚えて身構えたのと、俺と中年男の間に人影が割って入って来たのは同時だった。
やはり蹴ろうとしていた中年男の蹴りから庇ってくれた人影に、ほんの一瞬だけヒーローのように主様が……と期待したがそっと上げた視線の先にあったのは控えめな照明に照らされる主様とは色合いの違う赤い髪色だ。
仄かな明かりに照らされた赤はワイン……鮮血っぽくもあり、生命の色という感じがして俺が状況も忘れて見惚れてると、その赤の持ち主が振り返って深い色の目と視線が合う。
それは見覚えのある相手で、思わず声を上げそうになったが、俺の反応見た相手が唇に人差し指を宛てて『黙ってろ』なジェスチャーをしたので言葉を飲み込む。
「お前の性根のように腐った沼色の瞳」
「下賎な母親のせいだ」
「この出来損ない」
俺を庇ったせいで中年男の怒りの矛先を向けられた赤の持ち主である青年は、延々と続くかと思われる耳が腐りそうな罵倒を僅かに微笑んで聞き流しているようだ。
この感じからすると、先ほど嘲り笑われていたのは赤の持ち主である庇ってくれたこの青年なんだろう。
ひとしきり青年を罵倒して満足したのか、中年男は従者らしき陰険そうな男を連れて去っていったようだ。
「もう大丈夫だ」
思いの外優しい青年の声に顔を上げると、そこには先ほどの罵倒など気にした様子もなく飄々とした笑顔を浮かべる先日出会ったばかりの攻略対象の青年の顔がある。
「やっぱりこの間のちびか。迷ったのか? ここはお貴族様の場所だからな?」
ぐりぐりと頭を撫でられ、苦笑いした青年が『ここ』と言いながら足で床を叩くのを見ていると、俺の反応が薄いので呆れられたのか、ため息を吐かれてしまった。
「で、まさかまたトイレか?」
「トイレは行ったよ! 帰り道わからなくなっただけ……」
呆れを隠さない青年の言葉に思わず反論してしまったが、自分の今の状態を思い出してしまい、徐々に語尾が小さくなる。
「……あ! 庇ってくれてありがと。怪我しなかったか?」
自分の情けない状態を再確認して凹んでいたが、それより大切なことを思い出した俺は、勢い込んで青年へと詰め寄って下から顔を覗き込む。
「これでも一応A級の冒険者だ。あんな蹴りぐらいならどうってことはないさ」
気にするなと笑う青年の顔は何処か歪んで見え、俺は思わず青年の服を掴んでいた。
ヒロインちゃんじゃない俺に出来ることなんてないけど、つい掴んでしまっていた。で、掴んでから後悔して青年を見上げると、楽しそうにくくくと喉奥で笑われる。
予想外の反応にしぱしぱと瞬きを繰り返してると、またぐりぐりと頭を撫でられた。
「そんな心配そうな顔をしなくても、きちんと一般側の席まで連れてってやる」
俺の妙な心配が通じた訳ではなく、ただ迷子で不安になってると思われたらしい。
それはそれでちょっと複雑な気分だった。
●
「ほら、離れるなよ。ここにはああいうのばっかりだからな」
皮肉げな笑みと共に繋がれた手は存外優しくて、俺は無下にも出来ず青年の手をしっかりと握り返す。
「俺はジルヴァラ。お兄さんは?」
特に話すこともないが沈黙は気まずいので、一番当たり障りないであろう自己紹介をして青年改めお兄さんを仰ぎ見る。
「俺はまぁ……」
偽名でも言うのかなぁとじっとお兄さんを見つめていると、しばらく考え込んだ後に自嘲するようにフッと笑われる。
「グロゼイユ」
簡潔過ぎる自己紹介だったが偽名ではないことを俺は『知って』いる。
名乗ってもらったことで、ほんの少しだけれど俺のうっすいゲームの記憶が浮かんできたのだ。
お兄さん──グロゼイユは確か複雑な出生で、愛人の子……とかではなく、確かあの中年男の出来の良い弟の子つまりは甥っ子、それでその弟夫婦が亡くなってあの中年男に引き取られたというのがストーリーだったはず。
で、出来の良い弟にコンプレックスがあった兄は、引き取ったグロゼイユをいじめて罵倒し続ける。
あの中年男の子が出来が悪いせいもあり、グロゼイユへの風当たりはどんどん強くなり、グロゼイユは身を守るため今の退廃的な雰囲気で悪ぶって他人と距離を……。
「おい、聞いてるのか?」
「え? あ、ごめん、聞いてなかった」
記憶を辿るのに夢中になっていた俺は、グロゼイユさんから話しかけられていたことに気付かなかったらしい。
強めに声をかけられてハッとすると、目の前に色気のある退廃的な美貌があり、俺はとりあえず誤魔化すようにへらっと笑っておく。
「ったく。で、もうすぐあちら側へ着くが、おちびの保護者はどんな見た目だ? またあの怖い美人の魔女さんと一緒か?」
「ソーサラさんは怖くないし。今日はソーサラさんとじゃないけど、綺麗な夕陽色の髪に宝石みたいな目をしたとびきりの美人と一緒」
悪戯っぽく問いかけて来たグロゼイユさんに、俺もへらっと笑って軽い口調で……でもしっかりと主様の美人さんぶりを伝えておく。
「そ、そうか」
何か微妙な表情で頷いてくれたグロゼイユさんだったが、不意にその表情が強張る。
その表情の意味が──、
「まだ彷徨いていたのか!?」
わからない訳がない声が聞こえてきてしまい、俺はグロゼイユさんの背後に庇われる。
グロゼイユさんの後ろから窺い見た先には、立ち去ったと思っていたグロゼイユさんの伯父である中年男が嫌悪と苛虐心で歪んだ顔でこちらを睨みつけていた。
いつもありがとうございますm(_ _)m
感想などなどいただけたら嬉しいです(^^)




