182話目
おっ買い物〜(*´Д`)
「ロコ、これを……」
買い物に行こうと準備をしていた俺に、主様が不承不承なぽやぽや感で差し出したのは、小さな子供が持っていそうな首からかけるがま口財布らしき物だ。
らしき物と表現したのは、それが黒猫の顔の形をしており、銀糸で縫われた瞳でこちらを見ているからだ。
「主様、これは?」
自惚れとかではなくどう見ても俺をモチーフにしたであろう銀目の黒猫というがま口財布に、俺は首を傾げて主様を見上げる。
「トレフォイルの三人からです」
その瞬間、舌打ちでもしそうな表情で告げられたような気もするが、俺はそれより手の中にあるがま口財布に釘付けだ。
「俺が財布持ってなかったから、プレゼントしてくれたのか」
嬉しさからふへへと気の抜けた笑い声を洩らしながら、俺は早速がま口財布を開けて中に硬貨を入れていく。
俺が持つには可愛過ぎる見た目なのはちょっと気になるが、あの三人の気持ちが嬉しい。……手作りっぽいけど、誰が作ってくれたんだろ。
「今度会ったらお礼言わないとな」
中に入れた金額は買い物するには心許ない気もするが、そんなに高い物を買いたい訳ではなく見て回りたいのが主な感じなので、これぐらい持っていれば大丈夫だろと思いながら財布を閉じようとしたのだが、直前に伸びて来た指が数枚の硬貨を放り込んでくる。
「主様……俺みたいな幼児がこんな大金持ってたら、あっという間に絡まれて金目当てでさらわれ……」
気のせいでなければ金色をしていた硬貨に、俺が苦笑いしながら冗談混じりに答えて財布を閉じようとしてたら、主様から財布ごとというか俺を含めて抱え上げられてしまった。
「なら私がさらいます」
「いや、そもそも入れたの主様だし、お金も主様の金だろ。それにこれじゃさらうというより、いつも通りだろ」
「これでロコはさらわれません」
俺の突っ込みを聞いてないのか、主様はドヤッとしてぽやぽやという器用な表情で、俺をしっかりとホールドしている。
「俺は今日用事がないから買い物行けるけど、主様は大丈夫なのか?」
抵抗を諦めた俺は主様へと身を預けながら、首を傾げて主様を見上げて問いかける。
主様がついてきてくれるなら重い物も買えるんだけどなぁとズルい俺がちょっと囁いて、当社比程度な甘え方でちょいちょいと主様の服を引っ張ってみる。
「倒せと言われていたモノは全て倒しましたから」
またドヤッてぽやぽやとしてる主様の表情からはわからないが、わざわざ主様に依頼が来る程度にヤバいモノが相手だったんだろう。
今更すぎるけどそう考えたら、
「……主様に怪我なくて良かった」
ポロリと出てしまった心の声に、主様は心底不思議そうに俺を見下ろしている。
「私は強いですし、死ねませんから」
呆れているというより、何言ってるんだ?と理解出来てなさそうな主様に、俺はへらっと笑いかけて主様の頬をそっと撫でる。
「それは知ってるけど、好きな人が怪我したり辛い思いしてたら、俺も同じぐらい痛いし辛いよ」
こういう気持ちの機微みたいなところが通じにくいのは、主様の性格というより、本人が『人ではない』と人と接して来なかったせいなのかなぁと思いながら、さわさわと触れていた全女性から嫉妬されそうな主様の頬から手を離す。
昨日頬擦りされた時にも思ったけど、主様の肌は赤ん坊並みにつるっつるだ。
まぁ今の俺も肌のもちもち具合なら結構負けてないと思うけど。
こちとらリアル幼児だからな。
●
心の中で主様に謎のマウントを取ってしまった俺だったが、一緒に買い物へ出かけられるのは素直に嬉しい。
抱き上げられた状態から、何とかおねだりをして降ろしてもらい、手を繋ぐことで譲歩してもらって主様と並んで大通りを歩く。
もちろん首からはトレフォイルの三人から貰ったがま口財布を下げている。
主様と一緒ならスリとか人さらいの心配はなさそうだから、主様から貰ったお小遣いは遠慮なく使わせてもらおう。
「何を買うんですか?」
「んー、特に決めてないな。食材系は主様が注文してくれてるし、主様の収納からもバンバン出てくるし……あ、クッキーの抜き型とケーキ型欲しい。あと漬け物のお店も」
主様に問われて思いつくままに行きたい所を口にすると、ぽやぽやと微笑んで見下ろしてくる主様と目が合う。
初対面からよく見る表情だけど、初対面と違うのはきちんと『俺』を認識してくれていることだろう。
「ロコの仰せのままに」
ふふと珍しく……いや初めて主様の冗談を聞いた気がしたが、美人さんのこういう冗談は心臓に悪い。
無駄に心臓がバクバクしてしまい、動悸息切れなんて症状を起こしかけたせいで、危うく行き先が買い物からドリドル先生の所へ変わるところだった。
「そんなにちらちら見るなよ。大丈夫だって。さっきのは主様が好き過ぎてドキドキしてただけだから」
言ってて妙な気恥ずかしさを覚えた俺は、隣からじっと見つめてくる主様へ苦笑いして元気なことをアピールしておく。
この世界へ転生した俺はチートなスキルとかは貰えなかったが、その分肉体はとても頑丈で高機能にしてもらえたようで、筋肉痛とか疲れはほとんどなく元気アピールに嘘はない。
「何だったら全力疾走で冒険者ギルドぐらいまでなら行けるぜ」
まだ疑わしげな主様に、実際走ってみせようかとグッと身構えた俺は、流れるような動作の主様からひょいと抱え上げられてしまう。
「私から離れてはいけません」
出かける前に言った冗談が悪かったかなぁと真剣な表情でぽやぽやしてる主様を、抱き上げられた状態で間近に見つめていた俺は、視界の端で青くなって固まっている男に気付いて首を傾げる。
距離的には手を伸ばせばさっきまでそこにいたであろう俺を捕らえられるぐらいの近距離だ。
そんな近距離だったので、主様から抱えられていてもそこまで離れてはおらず、固まっている男とバッチリ目が合ってしまったので、日本人の性みたいなのもので反射的に当たり障りないようにとへらっと笑ってしまう。
幼児の笑顔は青くなって固まっている男を解す程度の効果はあったらしく、たぶん主様の美貌のせいで固まっていた男の頬が緩んで……やたらと気持ち悪い緩みきった笑顔で俺を見てくる。
それはそれは、ニヤニヤニマニマと擬音がつきそうな緩みきった笑顔で。
あれ?これもしかしてただの幼児好きな変態さんなのでは?と俺が思いかけた瞬間、目を見張った男の喉から「ひぃーっ!」という絞め殺される鶏みたいな悲鳴が上がり、あっという間に走り去ってしまった。
「主様?」
「少し魔力で威嚇しただけです」
まさか俺の呆れた眼差しで逃げた訳では無いだろうから、原因であろう主様を振り返ると、返ってきたのは簡潔なそんな台詞と絶対零度な冷めきった微笑みだった。
──あの逃げ足の速い男は、命拾いしたのだと思う。
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