181話目
フシロ団長みたいなムキムキになったジルヴァラ……私もちょっと見たくはないですね。
目が覚めた瞬間寝ているのが自室だと確認し、今日は寝惚けて主様のベッドへ入り込まなかったようだと安心した俺だったが、直後に隣で熟睡する美人さんを見つけるという寝起きドッキリを食らってしまった。
上げそうになった声を気合で飲み込み、俺はそっと主様の寝顔を見つめる。
眠り続けている主様からは微かな寝息しか聞こえないので、起こしたという心配はなさそうだ。
「今日は主様が寝惚けたのか」
それとも、昨夜はあの体が温まるスープを飲んだから、冷え込んできた真夜中に俺の子供体温が恋しくなったのかな、とか都合の良い想像をして一人でくすくすと笑う。
わざわざ起こすことでもないので、俺は主様へ掛け布団を掛け直してから、静かに部屋を後にしてふわふわとした気分で廊下を歩いていた結果、毎度お馴染みになりつつあるふるふる物体と衝突してしまう。
やんわりと叱られて洗面所へ運ばれる道中、主様が寝惚けてベッドにいることを伝えると、プリュイは呆れきった眼差しを俺の部屋の方へと向けていた。
「主様まで寝惚けるなんて、寒くなってきたせいかもな」
あったかいメニューの割合増やすかなぁと思いながら洗顔を終えて顔を上げると、鏡越しにすごい表情をしたプリュイと目が合う。
「プリュイ?」
「なんデモないデス」
名前を呼ぶとプリュイは「まぁいいか」という感じで微笑み、濡れていた俺の顔をタオルで優しく拭ってくれる。
「今日の朝はミルク粥にしよっか」
子供体温を求めて主様がベッドへ潜り込んでくるぐらいに寒くなってきたようだし。
俺はミルク粥と果物ぐらいで十分だけど、主様には物足りないだろうから何か適当な副菜でも付けるか。
「プリュイ、手伝いよろしくな?」
「ハイ」
気合が入り過ぎて踏み台から落ちそうになり、目が笑ってない微笑みを浮かべたプリュイから拘束されてキッチンへ運ばれる羽目になった。
●
「みんな俺に過保護過ぎるんだよなぁ。最近は主様までちょっと過保護だし」
「幻日サマはチョット過保護デスか」
ミルク粥の味付けをする俺の隣で、茹でたじゃがいもの皮を剥いて潰してマッシュしていたプリュイがボソリと何か呟き、なんといえない表情で俺を見ている気がする。
「プリュイ、何か言ったか?」
首を傾げてミルク粥の鍋からプリュイへと視線を移したが、返ってきたのはあからさまに誤魔化すような微笑みだけだ。
答える気はないらしいプリュイに俺は少しだけ気にはなったが、大したことはないのだろうと思い直して、プリュイにはポテトサラダへ入れる具材を刻んでもらうことにする。
「何か肉々しい物もいるか?」
主様も俺も冒険者な訳だし、筋肉を育てるためにも鶏ささみとか……あ、鶏ハムなら作れるかも。
「肉デスか?」
「俺も筋肉つけたいから」
プリュイに聞き返されたので、俺はえへへと笑いながら力こぶを作る真似をしてみせる。
真似なので実際は力こぶなど全く出来ていないが、ほんの少し力を入れた部分が硬くなった気がするのは俺の希望だろうか。
「目指すはフシロ団長みたいなムキムキだぜ」
正確に言うとフシロ団長は冒険者じゃなくて騎士だけど。
「エ?」
「え?」
かなり素っ頓狂な「え」という声がプリュイから洩れるほど、俺の目標は難しそうに思えるのだろうか。
しかも、反響したのかプリュイの声が二重になって聞こえた気すらする。
「……駄目です」
というのは勘違いで、ちょうど主様が起きてきていたらしい。
二重に聞こえてきたのはプリュイの声に、主様の声が綺麗に重なったせいだったようだ。
「ムキムキは駄目なのか?」
「……ロコは駄目です」
主様を振り返ってそう訊ねると、どことなく不服そうな表情付きでの否定の言葉が返ってくる。
「確かに俺は避けて攻撃する感じだし、今の体格でムキムキになると動きづらいか」
主様のアドバイスを聞いた俺は一人でうんうんと頷いて、焦げそうになっていたミルク粥の火を止める。
「ま、今日の朝ご飯は、肉無しでもいいか」
朝に食べなくても昼や夜に調節すれば良いよな、と俺は一人で自己完結した俺は、出来上がったミルク粥を皿へと盛っていく。
ポテトサラダはプリュイがちゃんと仕上げて、皿に盛ってくれてあったので、後は俺にはホットミルク、主様の分はカフェオレにして朝ご飯の完成だ。
出来上がった料理はプリュイがお盆に乗せて運んでくれ、手ぶらな俺はというと背後からにじり寄ってきていた主様から抱え上げられて、主様の荷物となって運ばれていく。
暖炉前に着くと、テーブルにはミルク粥とポテトサラダ、それと飲み物の入ったカップが並べられていて、それを見た俺は思わずポツリと洩らす。
「白いな」
デザートとして付けた果物も剥いたバナナだったため、テーブル上の白さに拍車をかけている気がする。
「美味しそうです。……いただきます」
ぽやぽやしてる主様はフォローしてくれたのか、本当に気にしてないのかはわからないが、俺を膝上に乗せたまま食前の挨拶をして食べ始めている。
それを見た俺も「いただきます!」と口にすると細かいことを気にするのは止めて食事を始める。
「今日も冒険者ギルドへ行くんですか?」
「んー、とりあえず三日……今日だと二日後か。二日後に配達の依頼受けてるから、二日後行くのは決定してるけど、今日は買い物行こうかと思ってたんだけど」
食後にバナナをはむはむと食べていると、主様が俺の顔を覗き込んで訊ねて来たので、俺は指折り数えながらへらっと笑って答える。
主様のおかげでそこまで切迫した生活ではないので『いのちだいじに』で、そこまで無理に依頼を受けるつもりはない。
ゲームだったら一晩寝れば完全回復で次の日に疲れなんて残らなかったが、現実世界なここでは疲れは残るし、ヒロインちゃんみたいなチートのない俺は慎重に行かないと。
あと、昨日の今日で冒険者ギルドへ行くとヒロインちゃんがいそうな気がするので、今日は止めた方が吉だろう。
「そうですか。明日の予定は?」
「明日は特にないけど。何かあるのか?」
珍しくグイグイ来るなぁと思いながら主様の顔を見上げていると、伸びて来た主様の指先に頬をちょいちょいと突かれる。
「……第二王子から、個人的なお茶会のお誘いが来てます」
「グラ殿下から? もちろん俺は大丈夫だぜ? 服はお茶会用の服で良いのか?」
「……新しいお下がりが、届いています」
聞いててムズムズする矛盾してそうな言葉だが、主様の言いたいことはわかったので、俺はへらっと笑って大きく頷く。
「…………そうですか。では、行ける旨を返信しておきます」
やけに妙な間のある『そうですか』に、俺は首を傾げて主様を見つめたが、返ってきたのはぽやぽやとした微笑みだけだった。
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