178話目
当たり前ですが、この異世界でも動物達は人語を喋りません。
ジルヴァラはあまりにもナチュラルに理解出来てるし、誰も突っ込んでくれないので、こういうものなんだなと思ってます←
「エジリンさん、ただいま戻りました」
本日はオーアさんの所ではなく、行く前に注意事項を教えてくれたエジリンさんの元へと報告へ向かう。
正確にはカウンターの手前でアシュレーお姉さんに抱っこされてしまったので、そのままエジリンさんの元へと運ばれての報告になっただけなのだが。
「おかえりなさい、ジルヴァラくん。……オーア、納品の確認をしてあげてください。その後で良いので、少し奥でお話を聞かせてください」
相変わらず生真面目な社畜サラリーマンのようで親近感を覚えるエジリンさんは、自らの背後の扉を目線で示してから俺の方を見てそう話しかけてくる。
ばっちりと目が合ってるから話しかけられたのは俺で間違いないようなので、「はい!」と返事をして薬草と毒消し草が入った鞄をカウンターへ置く。
もちろん薬草と毒消し草はより分け済みだ。
ウサギ達も仕分けを手伝ってくれたので意外と早く終わった。
テーミアスは俺の肩の上で木の実をカリカリしながら応援だけしてくれたが。
「薬草と毒消し草の仕分けはきちんとされていて、採集の仕方も丁寧です。他の草が混じったりもしてませんね。ジルヴァラくん、これは全て買い取りでよろしいでしょうか?」
「はい、お願いします」
「では、先ほどの分の報酬も含めてご用意いたしますね」
そう言って微笑んだオーアさんは薬草と毒消し草を持って奥へと消えていく。
「では、報酬も奥で受け取りでよろしいですか? アシュレーの話を信じない訳では無いですが、念のためジルヴァラくんからも話を聞かせてください」
オーアさんを見送ってると、カチャッと眼鏡を直したエジリンさんから声をかけられ、再度奥の方へと促されたので俺はへらっと笑って頷く。
「俺は構いません」
「じゃ、行きましょ」
今日はネペンテスさんが不在なため「えこひいき」コールはなく、俺達は何事もなく奥の扉の中へと案内される。
こちらはアルマナさんの所へ向かう扉とは別の扉なので、開かれた先の風景は普通の廊下で、通されたのも普通の応接室のようなテーブルとソファだけが置かれた部屋だ。
「そこへ座ってください」
エジリンさんが示したソファに、アシュレーお姉さんが腰かけ、抱えられていた俺はそのままアシュレーお姉さんの膝の上だ。
もう色々諦めた俺はアシュレーお姉さんの膝の上に落ち着いたまま、テーブルを挟んで向かい側に腰かけたエジリンさんを見る。
「早速ですが、ジルヴァラくんも特に怪しい人間は見ていないのですね」
「……えぇと、見てないです。あの……アシュレーお姉さんが持ってきた箱みたいなの何だったんですか?」
質問の意図はわからないが、今日怪しい人間を見てないことは紛うことなき事実なので肯定してから、質問の原因であろうアシュレーお姉さんが抱えていた箱について質問する。
「あら、まだ言ってなかったかしら。あれは使用するのに冒険者ギルドの許可が必要な強力な獣避けよ。何だったら弱いモンスターも避けられるぐらい強力なの」
「強力な獣避け? どうして獣避けに冒険者ギルドの許可がいるんですか? そこまで危険な物ではないですよね?」
エジリンさんに代わり、アシュレーお姉さんが答えてくれたので、俺はさらに湧いてきた疑問を訊ねてみると、アシュレーお姉さんは頬に指をあてた色っぽい仕草で答えてくれる。
「んーそうねぇ、確かに危険な物とは言えないけれど、下手に獣避けを置いたりするとそれをして避けた強い獣が思いがけない方へ行ってしまったり、モンスターが変に刺激されて暴れたりしてしまうこともあるのよ」
「へぇ、そんな問題があるんですね」
そんな便利な物があるならあちこちに置いとけば良いという訳じゃないのかと感心して頷いていると、アシュレーお姉さんからは優しく頭を撫でられ、エジリンさんからもやたらと優しい眼差しが向けられていることに気付いて首を傾げる。
「みんなジルちゃんみたいに聞き分けが良いとエジリンも楽よねぇ」
「この件に関しては、大人ですら納得してない方もいますからね」
「効果だけ聞けば便利だから、使いたくなるんでしょうか。……あ、じゃあ、アシュレーお姉さんが見つけてくれたのって、無許可の獣避け?」
「ええ。冒険者ギルドで貸し出しをしている獣避けは、ギルドマスターが魔法で刻印をしてあるの」
「それにですが、今現在貸し出している物はきちんと所在が確認されています」
仕事の出来るエジリンさんは、アシュレーお姉さんから託された獣避けの道具を受け取ってすぐに貸し出しの有無と現在あるかどうかの確認へと動いていたらしい。
さすがだなぁと思って尊敬の眼差しを向けていると、エジリンさんは少し照れた様子でテーブルの上の書類へと視線を落としている。
そこにある書類の文字を読むと、それは聞き取り調査用の書類のようだ。
それによると獣避けを発見した経緯は『A級冒険者アシュレーの経験と勘によって』と几帳面な文字で書かれていて、俺はしぱしぱと瞬きを繰り返す。
別に手柄を声高に叫ぶ訳では無いが、俺のことが全く触れられていない点に違和感を抱いたのだ。
アシュレーお姉さんが手柄を独り占めするなんて万に一つ……いや億に一つだってあり得ないと思うから、余計に違和感がパないというやつだ。
「うふふ、ジルちゃんのことが書いてないのが気になった? ごめんなさいね? 事件として犯人を追求するにあたって『どうやって』見つけたか書かないといけなかったのよ」
「ジルヴァラくんが動物達から聞いたと書いてしまうと、ジルヴァラくんが悪目立ちしてしまいますし、設置した犯人から逆恨みを受ける可能性もありますので」
「え? じゃあ、アシュレーお姉さんも危ないんじゃ……」
そう心配した俺は膝の上で身を捩ってアシュレーお姉さんを振り返る。
そこには、うふふと優しい顔で笑っている最強の『オネエさん』がいる。
うん。
たぶん主様クラスが襲って来なければ何とかしそうなので、俺はひとまず無駄な心配をすることを止めた。
●
その後、動物達から聞いていた犯人の特徴……と言っても『小さな人間の雌と、大人の雄。どちらも騒がしかったが、特に雌がうるさかった』ぐらいの情報でしかないが、それをエジリンさんへ伝えておいた。
これに関しては書類には書けないが、覚えておいてもらえば犯人を探す手がかりになるかと思ったのだ。
「……本当に動物達と意思疎通してるんですね」
と、エジリンさんからは何とも言えない表情で見られたのは何でだろう。
オーアさんが報酬を持ってきてくれたので、受け取って中身を確認して受領のサインをして用事が終わった俺は帰宅しても良いと言われたので、遠慮せず帰ることにする。
夕飯の準備もあるからな。
一人で帰るつもりだったが、アシュレーお姉さんも帰る方向が同じだと送ってくれることになった。
手を繋いで奥の扉を出てホールに出ると、何か騒がしい。
「あたしが置いといた獣避けが退かされてたの! 早く退かした犯人を見つけてよ! せっかくウザい動物達が入れないようにしてたのに、元の木阿弥じゃない……」
聞き覚えのある元気な声がなかなかな問題発言を大声で訴えていて、周囲からの視線が声の主がいるであろう方向へ突き刺さっている。
視線の方向を辿ろうとした俺だったが、その前に俺の手をアシュレーお姉さんが引っ張り、そのまま建物の外へと連れ出されてしまう。
「アシュレーお姉さん?」
「ジルちゃんは、あれと関わらない方が良いわ」
見に行っちゃ駄目? と無邪気な幼児っぽく(当社比)アシュレーお姉さんを見つめてみたが、返ってきたのは真剣な表情としっかり目のダメ出しで。
ヒロインちゃんはさっきまでの俺と同じで、無断での獣避けの使用が禁止されてるのを知らなかっただけだろうからフォローしてあげられたらとか思っちゃったけど、良く考えればヒロインちゃんの傍には攻略対象者の誰かがいるだろう。
というか、俺はヒロインちゃんに敵視されてるから、向こうも擁護なんてされたくないよな。
──そんな今更過ぎる突っ込みを出歯亀したがる自分へ入れて、俺は後ろ髪引かれながらもアシュレーお姉さんと一緒に帰宅の途につくのだった。
いつもありがとうございますm(_ _)m
ぶっ飛んでるヒロインちゃんも感性は現代日本人なので、獣避けられるなら使ってもいいじゃない!派です。
で、ジルヴァラと同じ説明されても理解しようとせず、あたしが使っちゃ悪いの!?とブチ切れると思います。そういう子です。
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