160話目
ついに160話目です。
そして、死にそうな暑さの中、物語の中は冬へと向かっていくという違和感(*´Д`)
途中、視点変更あります。
「あー、しんど……」
目覚めた瞬間襲って来た、ある意味懐かしい重苦しい感覚に、自身の状態を悟った俺は深くため息を吐く。
これは最悪のタイミングで風邪を引いてしまったかもしれない。
きっと意外と気にしいな主様は、自分のせいで、と気に病んでしまうだろう。
いくら俺が小さめ六歳児でも、真冬の雪の中でも毛皮一枚で森の中にいたような野生児なんだから、今さら氷風呂程度で風邪なんか引かないはず……たぶん。
原因は、ちょうど疲れが出たか、人通りの多い所でうつされたかだろ?
「ジル?」
ベッドに座り込んで悩んでいると、俺を抱き締めていたのプリュイの一部が本体へと引っ張られ、本体が部屋へとやって来る。
ちょうどいいからプリュイで誤魔化せるか試してみようかと、体調不良は隠していく方向で行くつもりの俺は、ベッドにぺたりと座り込んだままプリュイを見上げて首を傾げる。
「プリュイ、おは……っ」
挨拶はみなまで言わせてもらえず、俺は伸びて来たプリュイの触手により、ころんとベッドに転がされしまい、ばふっと勢いよく掛け布団で包まれてしまう。
これは、え? と疑問に思うすら間もなくバレたらしい。
「ジル? 何カワタクシに言うコトハ?」
つるりとした面にニコリと貼りつけたような笑顔のプリュイに睨まれ、俺はひとまずふにゃふにゃと笑って、
「おはよ?」
と、言ってみたところ、ふるふるな指先でピンッと鼻先を弾かれてしまった。
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[視点変更]
ジルの異常ニハ少し前カラ気付いていたノデ、ワタクシはジルが起床ノ気配ヲ感じた瞬間、分体ヲ引き戻しテ部屋ヘト向かいマス。
「ジル?」
名前ヲ呼ぶト、ベッドの上ニぺたりト座ったジルがワタクシを見テ首ヲ傾げテマスが、ぷにぷにトした頬ニハ赤みガ射シ、ワタクシを見上ゲル銀ノ目ハうるうるとしてマス。
ドウ見てモ、何トモなくないデス。
間髪入レズ、ジルを布団ノ中ヘ押シ戻シマス。
「ジル? 何カワタクシに言うコトハ?」
思ワズ睨ムようニシテ問うト、返っテきたノハ、いつもヨリ幼く見エルふにゃふにゃとした笑顔ト、呑気ナ挨拶デス。
ワタクシが脱力シタのは、言うマデもないデス。
鼻先ヲちょっと弾くダケデ許しマシタが、次はオ尻ペンペンデス。
ソンナワタクシの決意が伝わっテしまっタのか、ジルはおとなしく布団ノ中デ、ハァハァと…………大変デス、コレは熱ガ上がっテおとなシクなったダケのようデス。
生憎ト人外デ頑丈ナ主ノため、コノ屋敷ニハ人用ノ薬ナドありマセン。
あったトしてモ、やたラと飲まセル訳ニハいきマセン。
ワタクシがオロオロしてるト、いつもヨリ熱くテ弱々シイ手がワタクシノ一部ヲ掴ミ、ペタリと熱い頬ヲ寄セられたトコロで、ワタクシはすべきコトを思い出しマス。
掴まレタ箇所ハそのママに、向かうノハ未だニ凹んでイル幻日サマのところデス。
幻日サマは看病ノ頼りニなりマセンが、オ医者サマを呼んデもらうニハ幻日サマに頼むシカありマセン。
ワタクシは出来うる限りノ最高速デ主の元へト向かうのデシタ。
●
「ジルの具合が悪い」
魔法人形からその報告を聞いた瞬間、自分の部屋をじめじめとさせていた青年はさっきまでどんよりをあっという間に振り払って子供の部屋を目指す。
青年の魔法によって強化された屋敷は、青年の暴走としか言えない勢いの疾走にも耐え、窓ガラスに数枚ヒビが入った程度で青年は子供の部屋へ飛び込んでいた。
「ロコ!」
具合が悪くて眠っていても青年の呼び声は聞こえるのか、子供の口元が僅かにゴニョゴニョと動いて、ふにゃりとした弱々しい笑顔を浮かべる。
反応はそこまでで、子供の瞼が震えることはなく、ただ喘ぐような呼吸音と時おり咳き込む音だけが部屋へ響く。
痛ましげに顔を歪めた青年は、崩れ落ちるようにベッドの傍らの床に膝をつき、祈り請う人のように子供の手を取って自らの額へ当てている。
「ワタクシの見立てデスと風邪ノようなノデ、ドリドル先生へ連絡ヲオ願いいたしマス」
「…………迎えに行ってきます」
悲劇のヒロインかと思うようなことをしていた青年は、幾分か冷静な魔法人形の言葉を受けてハッとした表情をして、そう言い放ったかと思うと飛び出していった。
──外までの最短距離だったであろう、部屋の窓から。
●
[視点変更]
ゴンゴンゴンッ!
ノックというには荒々し過ぎる音に、私は眉を顰めて音の発生源である扉の方を見る。
こんな早朝にこの勢いからすると、朝の鍛錬で何かあったかと私は診察に使う鞄を手に腰を上げて扉へ向けて声をかける。
「どうぞ」
「すみません! ドリドル先生!」
飛び込んで来たのは緑の髪を持つ礼儀正しい青年──つまりは、こんな荒々しいノックをするなど滅多にない相手だったため、私は相当な緊急事態かと腰を浮かせる。
「ジルヴァラに何かあったみたいで幻日様がいらっしゃって……」
青年──オズワルドの台詞を私は最後まで聞くことは出来ず、気付いた時は不可視な何かに掴まれて宙に浮き、王都の街並みを屋根の上から眺めていた。
混乱しても仕方ない事態だろうが、視界の端で揺れる赤が原因であろうことは明白で、私はある意味冷静な状態であの方に運ばれて行く。
行き先はわかっている。それに診察に必要な鞄は持っている。
慌てる必要もなく…………何よりこの方をここまで慌てさせているであろうジルヴァラの容態が心配な私は、おとなしく流れて行く王都の街並みを何ともなしに眺めていた。
「連れてきました」
なかなかに失礼な言われようだと一瞬思った私だったが、そもそもそれ以前な扱いでここへ連れて来られたことを思い出し、最終的にどうでも良くなる。
まず気にするべきはここまでして私を連れて来た原因であるジルヴァラの具合だ。
窓からの訪問という初体験をして踏み込んだ部屋の中、いつもなら元気良く響くであろう部屋の主の声はない。
微かに聞こえてくるのは、ゴホゴホと咳き込む音とゼェゼェという息遣いのみだ。
「ジルヴァラ」
呼びかけながら近寄るが、ジルヴァラはよく眠っているらしく返って来たのは喘ぐような呼吸音で。
「……初依頼の話を聞くのを楽しみにしてたんですが」
その疲れが出たんでしょうか、と独り言を洩らしながら、私はジルヴァラの額へ手を乗せる。
体温計を使うまでもなく発熱しているのがわかり、私はため息を吐いて部屋の隅で控えていた魔法人形を手招きする。
「すみませんが、あなたの体で氷枕のようなことは出来ますか?」
私が、私が、という顔をしたあの方が視界の端に見えているが、氷の塊を出されても扱いに困るので、私は見ないふりをして魔法人形へとお願いする。
「ハイ」
「出来れば眠りやすいような固さで」
「大丈夫デス」
つるりとした顔なのでわかりにくいが、自信満々に答えた魔法人形はゆらりと伸ばした体の一部をジルヴァラの頭の下へと潜り込ませる。
これがモンスターなら危険過ぎる光景だが、これはジルヴァラを溺愛して止まないあの方が造った魔法人形なのだ。
「ジルハ大丈夫デスか?」
ジルヴァラのために氷枕となった魔法人形は、そのままジルヴァラの傍らに控えながら私を振り返って不安げに訊ねてくる。
起こして診察したいところだが、無理矢理起こすのも忍びないと私が少し逡巡していると、ジルヴァラの瞼が震えて潤んだ銀色が現れる。
「あれ……ドリドルせんせ……?」
私を呼ぶ声は掠れていて、症状は喉にも出ているのがわかる。
私を見て体を起こそうとするジルヴァラに対して、氷枕をしている魔法人形が背もたれとなって上体を起こすのを手伝っている。
あの方は相変わらず視界の端でふわふわしながら、どう見ても焦燥を滲ませている。
魔法人形のような看病は出来なくとも、あの方が隣で手を握っているだけでジルヴァラは元気になりそうな気はするが、今の状態でジルヴァラに張り切られても困るのであえて口にしないでおく。
「ドリドルせんせ……診察にきてくれたの……?」
熱に浮かされているせいか喉の痛みのせいか、いつもより拙くあどけない口調のジルヴァラが俺を見て、申し訳なさそうな顔をして首を傾げるので、私は気にしないで、と微笑んで汗で湿っている髪を撫でる。
「さぁ、いい子で口を開けて。診察が終わったら、薬を飲みましょうね」
薬という言葉を聞いたその瞬間、ふわふわとしていたジルヴァラの表情が目に見えて嫌そうに歪んで、私は状況も忘れて少しだけくすりと笑ってしまう。
笑われたと気付いたジルヴァラは、熱でぼんやりとしているせいか普段より仕草が幼く、赤い頬を可愛らしく頬を膨らませてみせたので、私は微笑ましさからさらに笑いそうになる口を引き結んで、ジルヴァラの頭を誤魔化すように撫でておいた。
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