16話目
これぐらいならもう隠す気のない主様。
どっちにしろ自分に対する危機感ゼロで全く気づかないジルヴァラ。
そして、知らないところで死亡フラグ建ちそうなオズ兄。
主様の髪色と同じ夕陽の中を、主様と手を繋いでテントへ戻った俺は、早速夕飯の準備を始める。
ドリドル先生から、まだ胃腸は本調子ではないですから、と言われててミルク粥しか食べられない俺とは違い、主様はミルク粥だけではお腹が空くだろうと、オズ兄から分けてもらったふかふかパンに、主様収納から出て来た謎の肉を塩胡椒して焼いて、レタス的な野菜と共に挟んでおく。
主様はお腹空いてるのか、今日は俺の背後に待機してて、出来上がった料理を運んだりしてくれている。
「な、なぁ、ぼう……」
おかげで早く終わったな、と使った道具を片付けていた俺は、誰かに話しかけられた気がしてそちらへ視線を向けるが、そこにいたのはぽやぽやしている主様だけだ。
「主様? 今誰かいなかったか?」
「さあ? 私は見てません」
「そっか。じゃあ、気のせいだな」
フシロ団長が変態に気を付けろとか言うから過敏になってたか、と苦笑いした俺は、手招きする主様に誘われてパタパタと駆け出す。
戻るのはもちろん主様のテントの方だ。
今さらだけど、主様のテントは一人用にしては大きめだから、俺も余裕で一緒に並んで寝てられる。
冒険者になって稼げるようになったら俺用のテントを買うのもいいな、とか考えながら走っていたせいか、思い切り蹴躓いて転びそうになってしまい、伸びてきた主様の腕にキャッチされる。
主様の収納にフライパンとか預けて手ぶらで良かった。
「ごめん、ありがと……あの、離してもらって大丈夫だぞ?」
主様にキャッチされて僅かに浮きかけていた足が抱えられたせいで完全に地面から離れてしまい、俺はきょとんとして主様の顔を見上げる。
「まだ本調子じゃないんですから、無理はしないでください」
「お、おう」
ドリドル先生の影響か、なんか主様少し変わったなぁとか思いながら、抱き上げられた腕の中から主様の顔を見上げる。
これは、ほとんど意識はなかったはずの初対面と同じような構図だと思うと、まだそんなに経ってないはずなのに懐かしい。
夕陽はほぼ沈んでしまい、あちこちで焚かれている松明と焚き火が照らし出す夕陽色の髪と宝石のような瞳。
「着きました」
無心で見惚れていたら、いつの間にかテントへ到着していて、困ったように笑った主様から地面へそっと降ろされる。
「ありがと!」
照れ臭さから勢いよくお礼を言った俺に、主様からはぽやぽやしたいつも通りの笑顔が返ってくる。
「夕飯にしようぜ」
「ええ、楽しみです」
そう言ってぽやぽやとミルク粥の鍋を取り出した主様を見て、俺はふと今さらな不安を抱いてしまう。
「えぇとさ、今言う事じゃないと思うんだけど、ミルク粥食べたら、明日すぐ出発するのか?」
「そうですね」
やっぱりか、と落ち込みかけた俺だったが──、
「いくら治りかけているとはいえ、ロコを走らせるのは駄目だと、王都までは騎士団の馬車での移動になってしまいますが」
「へ?」
続いた言葉に気の抜けた声を洩らし、主様の顔を見上げて固まってしまう。
「騎士団と一緒はやはり嫌ですよね。断りましょう」
俺の間の抜けた反応を何故か騎士団が嫌だという風にとったらしい主様が、いつものぽやぽやにキラキラを混ぜて一人で納得して頷いている。
「それって、主様は? 主様が一緒なら、騎士団の馬車でも、俺はなんでもいい!」
ぽやぽやキラキラしている主様に、触れる寸前までぐっと身を寄せて、上背のある相手を見上げる形でじっと見つめる。
「ロコがそう言うなら、そうしましょう」
しばらく無言で俺を見下ろしていた主様は、いつも通りのぽやぽや笑顔に戻ってそう答えると、確かめるように俺の黒髪を撫でている。
「それって、俺と一緒に馬車で移動してくれるって意味だよな?」
自分でも顔が緩みきってるのがわかるけれど、込み上げてくる安堵と嬉しさでどうにもならない。
「ええ、そうですが……?」
あまりにも俺の顔が緩んでいて心配になったのか、髪へ触れていた主様の手が移動して、ふにふにと頬を押してくる。
「そっかぁ、良かった。……あ、そうだ、冷める前に食べてみてくれよ」
くすぐったさと安堵からへらっと笑った俺は、やっとミルク粥の存在を思い出して、床に置かれている鍋へ視線を向ける。
「ほら、座って座って」
「はい」
主様は緩んだ俺の頬がまだ気になるのか、動き回る俺の頬へ座った状態でもちょいちょい手を伸ばしてくる。危ないので止めて欲しいが、悪戯してくる猫みたいで可愛くて止め損ねた。
ミルク粥を深皿に盛って主様へ渡すと、手が塞がってそこでやっと頬へ触るのを止めてくれた。
「いただきます」
「おう、いただきます」
食前の挨拶をして早速ミルク粥を口へ運ぶ主様を堂々とガン見しながら、俺も反射的に挨拶をして、ミルク粥を口へ運ぶ。
口の中に広がるのは、当たり前だがオズ兄と味見した時と同じ味。
主様の反応が気になり過ぎて、口の中をちょっと火傷したのは内緒だ。
「どうだ?」
わくわくと不安、半分半分で主様を見守っていると、ミルク粥を口へ運んだ主様は宝石のような瞳を細めてほわほわとした笑顔になる。
「ロコみたいなあたたかい味がします」
その笑顔のまま、そう答えた主様は味わうようにいつもより気持ちゆっくりと食べている。
気に入ってくれたらしい様子に、俺は喜色を隠せず、ニマニマとしながら自分の分のミルク粥を食べ進める。
「口にあって良かった。オズ兄は美味しいって言ってくれたけど、主様の口に合うかはわからなかったから」
「……オズ兄?」
ミルク粥へと視線を落として、えへへと照れ臭さから笑い続けていた俺は、主様の方から常とは違い過ぎる声質の呟きが聞こえた気がして、ん? と首を傾げて主様を見やる。
「オズ兄とは誰です?」
じっと俺を見ていたらしい主様は、ぽやぽやと微笑んで首を傾げて尋ねてくるが、その声はいつも通りの声で、さっきのは空耳だったようだ。
「ミルク粥の作り方教えてくれた炊事担当の騎士さんだよ。ほら、倒れてた俺を最初に助けてくれた人で、迎えに来てくれた時にいただろ?」
「……へぇ」
なんでだろう、美人が少し含みのあるような感じの答え方すると、やけに不穏に聞こえるのは。
「えっと、爽やかで格好良いし、俺はオズ兄好きだなぁ」
何処かに主様がオズ兄を警戒する何かがあったのかと、俺は必死にオズ兄をフォローしてみたのだが……、
「へぇ」
ごめん、オズ兄。
心の中で、ここにはいない相手へどうにもならない謝罪をして、俺はフォローを諦めてミルク粥を食べることにする。
「オズ兄、ですか」
なんか余計に警戒させたみたいで、本当に申し訳ない。
オズ兄に聞こえる訳ないが、もう一度謝っておく。
明日から騎士団と一緒の予定だし、何とかオズ兄のフォローしておこうと心に誓い、俺は残りのミルク粥を一気にかき込み、盛大に噎せてしまった。
反応いつもありがとうございますm(_ _)m
えへへと笑いながら、何故か緑の手の続編へ手を出しそうになり、そっと止めておく今日この頃。