146話目
主様欠乏症になってきて、主様が出て来ようとするのを引っ込めるのが大変です←
注意事項です。勘違いされる方もいないと思いますが、この世界での愛人さんの位置づけは、罵倒されるようなものではありません。
一応、なんちゃって中世ぐらいの貴族いるような世界観なので。
それを踏まえて、まぁ生温い目で見てあげてくださいm(_ _)m
このはじめてのお使い状態って今回だけだよなぁと思いながら、俺はカフェへと向かう道すがら背後をチラチラと振り返る。
そこには隠れる気のないソーサラさんがいて、俺と目が合う度にひらひらと手を振っている。
さらにそれより遥か彼方に小さくソルドさんっぽい頭もひょこひょこしてるのが見える。
おとなしく冒険者ギルドで待ってくれてるのはアーチェさんだけらしい。
俺は色々を諦めてため息を吐くと、無事にたどり着いたカフェの中へと入る。
カフェの店長さんは、俺が冒険者ギルドから来ましたと言うと、にこやかだった笑顔を明らかに引きつらせた。
ここもなのかヒロインちゃん、とは思ったが、それを飲み込んで愛想よく笑っておく。
「これが商品だよ。決して傾けたり、中身を食べてしまったり、お届け先の方を貶めるようなことは言わないでくれよ?」
どんな注意事項だと突っ込みたくなる注意と共に渡されたのは、よくケーキとかが入れられている白い紙の箱だ。
「わかりました」
商品の代金は届け先にまとめて請求されるので、俺の仕事はこの白い箱を無事に届けるだけだ。
心配そうな店長さんに大きく頷いて返し、俺は箱を傾けないように注意して歩き出す。
中身はケーキだという話だから急ぎたいが、それで中身が崩れたりしたら本末転倒なので、箱を揺らさないようになる早で目的地へ向かう。
アーチェさんが治安がいいと言ってただけあって通りは綺麗だし、立ち並ぶ家もお屋敷と呼べそうな立派なものばかりだ。
箱を気にするあまりちょこちょことした足取りで進む俺の背後で、ソーサラさんの「かわいいわぁ」という声が聞こえたのはきっと気のせいだろう。
ちょこちょこと早足という無駄に疲れる歩き方で到着したのは、小さめのお屋敷だ。
小さめとは言っても周りの豪邸から比べて小さめなだけで、十分立派なお屋敷だ。
常に門開けっ放しな主様宅とは違い、このお屋敷はこちらも立派な鉄製の門がきっちりと閉められていて門番までいる。
ただここは住宅街なのであまり強面な男性は置けないのか、門番は強そうなお姉さんだ。
俺が門へ近づくと、門番のお姉さんがすかさず声をかけてくる。
「誰だ。この屋敷に何用だ」
「冒険者ギルドからの依頼で、お届け物を持って参りました。ご主人様にお目通りかないますでしょうか?」
俺が見た目は子供なせいかあまり厳しい表情をしていなかった門番のお姉さんの表情が、俺が冒険者ギルドからと言った瞬間目に見えて歪む。
「冒険者ギルドめ! あのような無礼な小娘を寄越しておいて、今度はさらに幼い子供を寄越すとは……っ」
ギリギリと歯を食いしばる音が聞こえそうな門番のお姉さんの呟きに、俺は思わず天を仰ぐ。
ヒロインちゃん、ここでもさらに何かをしたんだろうか。
本当にいくら主人公だとしても破天荒過ぎる。
「あ、あの、前の人が失礼なこと言ったなら、本当にごめんなさい。俺が謝っても仕方ないですけど、冒険者が皆そんな感じな訳じゃないんで! それで、ご主人様に会えなくても俺は構わないんで、荷物だけは確認して受け取ってもらえますか?」
憤慨し続けている門番のお姉さんへ頭を下げて謝罪し、俺はケーキの入った箱をそっと両手で差し出す。
本当は依頼人であるここのお屋敷のご主人様にサインを貰わないといけないが、この門番のお姉さんの怒り具合からするとご主人様の方も会いたくないだろう。
一応、門番のお姉さんにサインを貰って、オーアさんへ事情を伝えれば少しは…………って、また「えこひいきだ!」って叫ばれそうだから止めておこう。
ここ一つぐらい不達成でも違う依頼でポイント稼げばいいか、と考えながら、箱を差し出したまま門番のお姉さんをじっと見つめる。
「……わかった」
しばらくして門番のお姉さんは渋面のまま箱を受け取ってくれ、少し蓋を開けて中を確認してくれている。
「傾けないように気をつけて運んで来ましたが、大丈夫ですか? もちろん途中で中を開けたりはしてません」
「そのようだな。前回の者が異常だったようだ。失礼した。まさか、中身がぐちゃぐちゃになるほど傾けた上、どうせ食べないでしょう、と盗み食いしたことをあそこまで堂々と宣うとは……」
ヒロインちゃーん、貴族のご令嬢が何してるんだよー!?
心の中で叫んだがヒロインちゃんに聞こえる訳もなく、店長さんの謎の注意事項の意味を理解した俺は、引きつった笑顔で誤魔化すように笑っておくしか出来なかった。
●
「奥様がお会いになるそうだ。……念のために訊きたいのだが、お前は初対面の相手を罵倒したりする趣味は?」
「えぇと、幸いにもそんな愉快な趣味はないですね……」
話の流れからすると、これも犯人はヒロインちゃんなのかなぁと思いながら、俺は苦笑いを浮かべて大きく首を横に振る。
「武器はここへ置いていってもらおう」
「わかりました。リュックサックの中に解体用のナイフあるんですが、それはどうしますか?」
「一応置いていってもらえるか」
初対面より幾分か軟化した態度になった門番のお姉さんは少しだけ笑顔を見せてくれ、武器を入れる箱を指差している。
「じゃあ、置いていきますね。あの、どっちも俺の大好きな人達がくれた物なんで……」
「大丈夫だ。ちゃんと見張ってる」
フッと不敵に笑った門番のお姉さんを信じて、俺はお願いしますと頭を下げてから建物の方へと向かう。
もちろんケーキの箱は返されて持ったままなので、ちょこちょこ歩きのままだ。
話は通っているのか、玄関前までたどり着くと執事さんっぽい人が待っていてくれて、庭の方へと案内される。
綺麗に整えられた趣味の良い庭には丸テーブルと椅子がセットされていて、そこには奥様というには可愛らしいドレス姿の女性が座っている。
「こんにちは。こちらは何処へ置けばよろしいでしょうか」
あまり近づくのも失礼かと少し離れた場所から声をかけると、少し警戒するような眼差しが俺へと注がれる。
「……あたし、貴族の愛人なの知ってる?」
警戒されてるなぁと思っていると、唐突過ぎる問いかけをされてしまい、執事さんを見上げて首を傾げつつ、ついでにケーキの箱も渡してしまう。
「お荷物の確認をしていただいて、問題が無ければ受領のサインをいただけますか?」
さっきの質問は聞かなかったことして、あえて淡々と進めさせてもらっておいた。
「……気にならないの?」
奥様のお茶の用意をする執事さんを、恐縮されながらも手伝っていると、奥様からまた話しかけられる。
これは答えないと駄目なやつ? と初老の執事さんへ目で問いかけたら、いい笑顔で頷かれた。
「……失礼ながら発言させていただきます。別にあなたが納得しているなら構わないのでは? 別に愛人を作るのが禁止されてたり、本妻さんに内緒じゃないのなら、恥じるようなことでも無いですし」
俺のいた世界でも一夫多妻制は現役な制度だったし、きちんと全員愛せてるなら他人が口を出すことじゃないだろう。
この立派なお屋敷と質の高い使用人さん達を見る限り、冷遇されてるってことも無さそうだし。
考えただけで言えなかった部分を飲み込んで、俺はへらっと笑って肩を竦めて見せる。
「そう、よね。別に愛人だからって、何なのよって話よね?」
俺が否定しなかったことによって、グンッと元気になった奥様というか愛人さん……いや、このお屋敷の奥様だから奥様で良いか……ここにいない誰かを睨むような仕草を見せる。
「愛人で何が悪いってのよ! うちの旦那様は、きちんと均等に愛してくれてるわよ!」
怒鳴った後、ハァハァと肩で息をする奥様の前に執事さんがそっとお茶を出して、俺が運んで来た箱から出て来たケーキが三つテーブルへと並ぶ。
これからストレス発散に甘い物食べまくるんだなぁと微笑ましく思いながらサインを待っていた俺は──。
「にーに、あーん?」
可愛らしいショタにケーキをあーんされることになりました。
いつもお読みいただきありがとうございますm(_ _)m
ジルヴァラの中では、ヒロインちゃんの愚行は、ヒロインちゃんって妙に正義感強いからなぁで終わってます。
もう少し疑問に思おうよ、ジルヴァラ。
好きな相手以外は基本的にどうでもいいジルヴァラです。
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