13話目
カウンセラードリドル先生。
なんだかんだでぽやぽやときちんと話してあげるいい人。
主人公未だにご乱心中(。>﹏<。)
「ロコ」
すっかり耳に馴染んだ大好きな人の呼び声が聞こえて、俺は重い瞼をなんとか持ち上げる。
動き回ったせいか、犯人達からの扱いの悪さのせいかはわからないが、少し下がってきていた熱はまた上がり、視界は生理的な涙で歪んでいる。
「主様……」
滲んだ世界でもすぐに見つけられた夕陽色に、俺は思わず手を伸ばす。
触れることも、握り返されることもないとわかっていても、ただ無事を確かめたかったのだ。
それと同じぐらい、まだ怒りは収まらない。
「おれ、おこってるんだからな?」
主様へ届くことのない手を、怒りと悔しさからシーツの上でギュッと握り込んでいると、ひんやりとした体温が握り込んだ手に触れる。
触れたかったはずなのに、俺は思わず手を引っ込めて、勢いで上体を跳ね起こす。
「あんな、けが、して! たくさん、ちがでてた……っ!」
主様へ言っても仕方無いとはわかっていたし、なんだったら俺のせいなのは理解はしていたけど、堰を切ったように言葉が涙と共にポンポンと口から飛び出していく。
「いたかったよな? おれのせいで、ごめん……」
興奮し過ぎて熱が上がったのか、勢いで起こした上体がくらりと揺れ、俺の体はゆっくりと前のめりに倒れていく。
主様が無事か確かめたかったのに、一方的に喚いてしまった自分に嫌気が差す。
「ごめんなさい、ぬしさま……」
迷惑かけたくなくて離れようとして、結局また迷惑をかけてしまった。
無意識に謝罪を繰り返して、俺の意識はまた暗闇の中へ転がり落ちていった。
●
「痛くありません。もう治りました」
もう聞こえていないであろう相手へ答える青年は、微笑みを消して戸惑いを露わにし、前屈するように上体を前のめりに倒したジルヴァラを受け止めていた。
「どうして、ロコが泣くんです?」
ジルヴァラの頬に残る涙の跡をそっと指でなぞり、前屈している体を元へと戻して、不思議そうに青年が呟いていると、氷を入れた桶を手にドリドルが戻ってくる。
「なにかありましたか?」
「……怒られました」
誰に何を、と言われなくとも青年の様子から察したのか、ドリドルは仕方ない子だと言いたげな表情でジルヴァラの頭を一撫でする。
無意識なのか、相変わらずじーっと見つめてくる青年を無視し、ドリドルは手早く氷枕の準備をしてジルヴァラの頭を乗せる。
「……ジルヴァラは、本当にあなたのことが好きなんです。ついてきて欲しくないなら、一言告げればいいんです。邪魔だからついてくるな、とでも。そうすればこの子はいい子ですから、あなたから離れます。あなたが本当に望まないなら、そう一言言えばいい」
青年に聞かせるというより、てめぇ言いやがれ的なプレッシャーを若干感じる発言をしたドリドルは、微笑んで青年を見つめ──否、睨んでいる。
「ロコは、痛くないんでしょうか……」
「何故ですか?」
何当たり前のこと聞いてやがる、という副音声が聞こえてきそうな目つきで青年をチラと見ながら、ドリドルはため息混じりで問いを返しつつ、ジルヴァラを清拭した道具一式を片付けて、布のすぐ向こうで待機していた騎士へと渡している。
「一度も、痛いとは言いません。私の怪我ばかり心配するんです」
ぽやぽやと微笑んで首を傾げている青年に、まるで言葉を覚えたての獣が初めてきちんと人間と触れ合っているのを見たようだ、という妙な感想を抱いたドリドルは、本日何度目になるかわからないため息を吐く。
「だから、それはジルヴァラがあなたを好きだからでしょう。心配させたくない、迷惑かけたくない、と痛みを隠し、あなたが怪我をしたら痛くないか、と心を痛める」
「……私はロコよりはるかに強いですし、簡単には死ねません」
「そういう問題では……はぁ、またジルヴァラに怒られるといいですよ」
頭痛を堪えるように額を押さえたドリドルは、そう言い捨てて青年との会話を終わらせる。
「そこに黙って突っ立っているくらいなら、椅子でも持ってきてジルヴァラの手でも握っていてあげてください。熱が高いと悪夢ばかり見ますから」
「わかりました」
青年がコクリと頷くのを確認して、ドリドルはジルヴァラの薬を用意するため、調合用の道具が置かれた机へと向かう。
その背後で、何やらある程度の高さから木製のある程度の重さの物が落ちる音がしたが、悟りきった顔をしたドリドルは一瞥もくれない。
ここで看病を頼まないあたり、ドリドルは青年の生活能力の無さを短い付き合いながらよくわかっていた。
●
それから、一通り捜査を終えたフシロが戻ってきたり、王都近くにあった子供特化な人身売買組織が、某有名三人組パーティーと娘ラブなリーダーのいる大所帯パーティーの共闘により壊滅したという報告が入ってきたりしたが、青年はドリドルの言葉に従ってジルヴァラの手を握り続けていた。
熱が下がらないジルヴァラは、何度か目覚めるが、水や少しだけ果物を口にして、また眠ってしまう生活を繰り返していたが、その間もほとんど青年は付きっきりで──手を握っていた。
「いや、さすがにもういいから」
ドリドルや製氷機団長、騎士達の献身的な看病で熱も下がってきた何度目かの覚醒時、ベッドの上で体を起こしたジルヴァラは、苦笑いして繋がれたままの手を軽く持ち上げて見せる。
「悪夢を見ると……」
「ありがとう。熱も下がってきたから大丈夫だよ。逆に……」
動きにくいと言いかけたジルヴァラは、明らかにしょぼんとした青年に気付いて言葉をそこで切って、誤魔化すようにへらっと笑う。
「ジルヴァラ、包帯を替えますよ」
結局離されない手にジルヴァラが戸惑っていると、治療にやって来たドリドルにより、その手は簡単にぺいっと引き剥がされる。
「主様、たまにはちゃんと横になって休んでくれよ。ずっと俺に付いててくれたんだろ?」
引き剥がされた手をじっと見つめて動かなくなった青年に、ジルヴァラはへらっと笑って自分達のテントの方向を指差した。
「……わかりました」
青年がコクリと頷いたので、ジルヴァラはパタパタと軽い足音をたてて、包帯を手に待つドリドルの元へと不格好なワンピース状態なシャツの裾を揺らして駆けていく。
「病み上がりで、傷口も塞がったばかりなんですから、あまり無茶はしないでください」
「はーい」
おどけて挙手をしてみせたジルヴァラをひょいと抱えたドリドルは、そのままジルヴァラを自らの前に置いた丸椅子へと座らせ、銀の目を覗き込む。
「本当にわかってます? またあの薬を飲んでもらう事になりますよ?」
「げ!? それはちょっと……」
「なら、無茶はしないように」
「それより、主様は大丈夫なのか? ドリドル先生の治療受けてないみたいだけど」
苦い薬を回避したいのか、あからさまに顔を強張らせて話題をそらしたジルヴァラに、ドリドルは、ああ、と気のない返事をして手早くジルヴァラの包帯を替えていく。
「大丈夫みたいですよ。本人に確認してみれば……」
手元を見なくても慣れたもので、包帯を巻く手はそのままに、ドリドルは視線だけをジルヴァラの背後──青年のいた辺りへ向けておざなりにしか聞こえない相槌を打つが、それは唐突に止まってしまう。
「ドリドル先生?」
不自然過ぎるドリドルの沈黙に、ジルヴァラは首を傾げて自らの背後を振り返り、納得した様子でへらっと笑う。
「……そこで寝ちゃったか」
そこには先ほどまでジルヴァラが寝ていたベッドで横になる青年の姿があって、ジルヴァラは苦笑いして丸椅子に座ったまま足を揺らす。
「ジルヴァラはまだ帰せませんと言ったからですかねえ」
「こうパッパと治せる魔法とかないの?」
たぁってさぁ、と青年へ手の平を向けて気合を入れるジルヴァラを、ドリドルは微笑ましげに見つめている。
「そこで自分の傷を治そうと思わないんですね」
小声でそう呟いて、ふふ、と笑ったドリドルから頭を撫でられながら、ジルヴァラは残念そうに唇を尖らせている。
「せめて魔法とか使えたら、犯人から逃げ出せたのになぁ」
「そもそも捕まらない方向でお願いしたいんですが? あと、回復魔法なんて使えるのは、おとぎ話の聖女様ぐらいですよ」
こら、と困ったように笑ったドリドルに頭を小突かれたジルヴァラだが、何故か目を見張って固まっていた。
「ジルヴァラ? どうしたんですか? ジルヴァラ!」
ジルヴァラの異変に気付いたドリドルが名前を呼びながら肩を掴んで揺らしても、ジルヴァラは瞬きを忘れたように目を見張り続け、油の切れた機械のような動きで青年の方へと視線を動かし、座っていた椅子からゆっくりと崩れ落ちる。
「ジルヴァラ!」
声を上げたドリドルが伸ばした腕が届く寸前、いつの間にかすぐ側にいた青年が意識を失ったジルヴァラを受け止めていた。
「ロコ?」
青年の呼ぶ声に、ジルヴァラはうっすらと目を開けて青年を確認して安心したように微笑むと、再び目を閉じて意識を手放してしまった。
「ロコ? どうしたんです?」
「……大丈夫、気を失っているだけです。でも、突然どうしたんでしょう。毒もほとんど抜けていたはずですが、まだ影響が残ってたんでしょうか?」
青年に抱かれたままのジルヴァラを診察し、安堵の息を吐いたドリドルだったが、すぐに深刻な表情になってブツブツと呟いている。
「あちらで寝かせます」
ドリドルの手から取り戻すようにジルヴァラを抱き込んだ青年は、そう言ってぽやぽや微笑みながらベッドの方へと戻っていった。
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