12話目
ドリドル先生は裏のない子供好きないい人です。口は悪いですが。
フシロ団長は、ちょっと食えないところはありますが、属性はいい人です。
部下に製氷機扱いされても笑って許せる心の広い人なのです。
張り切り過ぎなぐらい張り切った騎士達の活躍と、やたらと目立つ夕陽色の青年のおかげで、目撃情報はあっという間に集まって来た。
それを元に推測された犯人達の隠れ家であろう小屋も発見され、フシロが有志(無言じゃんけん)の騎士と共に突撃した時には全てが終わっていた。
辿り着いた現場でフシロ達が見たのは、血塗れでぽやぽやしながら困りきった表情で立ち尽くしている青年と、その足にしがみついて気を失っているジルヴァラ。
その周辺には、謎の黒い灰の塊が三つ。それは風に吹かれたせいか、徐々に崩れていくところだった。
「おい、無事……ではなさそうだが、治療はいるか?」
突撃メンバーには、当然というかジルヴァラを心配したドリドルもついてきていたため、フシロはそちらをチラリと見てから血塗れの青年へとそう声をかけた。
「いりません。……私より、ロコを」
「言われなくとも!」
血塗れの青年の姿に二の足を踏む騎士達の間からドリドルが転げそうな勢いで飛び出し、その勢いとは裏腹の優しい手つきでジルヴァラを青年の足から剥がそうとする。
しかし、ジルヴァラの手はしっかりと青年の服を掴んでいて、意識が無いにも関わらず離そうとしない。
「ジルヴァラ、離しなさい。ベッドで休みましょう?」
意識のないまま嫌々と首を振るジルヴァラをなんとか引き剥がして抱き上げたドリドルは、こちらをジッと見ている青年の様子に呆れを隠さずため息を吐く。
「あなたも一応来てください。その姿で彷徨かれると、いらぬ騒ぎになりそうですから」
「……はい」
ぽやぽやとしながら不承不承といった風に頷いた青年は、ドリドルが抱き上げたジルヴァラをガン見しておとなしくドリドルの後へ続いて歩いて行く。
「フシロ団長、後処理お願いしますね」
数歩進んで思い出したように振り返ったドリドルは、左腕だけでジルヴァラを抱え、空いている右手で犯人が潜んでいたであろう小屋を指差す。
「ああ。ジルヴァラのことは頼んだ。何人かは道中の護衛につけ。残りはこの辺りの調査だ。まだ仲間がいる可能性もある。 絶対に気を抜くなよ」
「「「はい!」」」
疲れも見せず綺麗に揃った返事をした騎士達は、今度は揉めることなく護衛担当と現場担当に別れて動き出す。
ドリドルが護衛の騎士とぽやぽやを連れて去って行くの見送ってから、フシロは周囲を警戒している騎士達へと指示を出す。
「まずは周辺を警戒しつつ、小屋の中を確認するぞ!」
「「はい!」」
犯人の末路は皆気付いていたが、気を抜く者は一人もなく、早朝の冷え切った空気の中をゆっくりかつ忍び足で出来得る限り速度で小屋へと近づいていく。
一人の騎士が身を屈めて窓から室内の安全を確認し、視線はそちらへ向けたまま待機しているフシロと残りの騎士達を手招きする。
「人の気配はない、か。そこの二人は俺と小屋内の捜索だ。残りは小屋の周囲を探れ」
フシロは開きっぱなしになっていたドアの隙間から室内を窺い、騎士達へ指示を出して指名した二人を連れて小屋の中へと入っていく。
残された騎士達は無言で頷き合うと、隊列を組んで指示された通り周囲の捜索のため歩き出した。
小屋の中へと踏み込んだフシロは、四角いテーブルとその周りの木箱とベッドという隠れる場所の無いほぼがらんどうな室内を見渡してから、埃の積もったベッドへと歩み寄る。
「ジルヴァラはここに寝かされてたようだな」
ちょうどあの小さな子供の寝ていた大きさ程度の範囲で積もった埃の薄くなっているベッドを確認し、フシロは大きくため息を吐く。
「団長、どうされましたか?」
「いや、こんな所にジルヴァラが寝かされてたと知ったら、ドリドルがブチギレるだろうな、と思ってな」
いなくて良かったよ、と肩を竦めて苦笑いしたフシロに、騎士達も納得した様子で同意を示して頷いている。
「ここはほんの少しの間、身を潜めていただけのようだな」
椅子代わりに使っていたらしい木箱の中や、ベッドの下まで覗き込んで隅々まで見回った後、フシロはそう結論づける。
「食料らしき物は、このテーブルの上の酒だけですし、水瓶もほとんど空ですから、その可能性は高いですね」
そう言って一人の騎士が示すのはテーブルの上の空になった酒瓶だ。他にテーブルに乗ってるのは、薄汚れたカップが四つと空になった皿だけ。
「組織に繋がるような証拠もなし、か」
当てが外れたな、と独りごち、顎髭を撫でているフシロに、今いる騎士の中で一番年嵩の騎士が声をひそめて話しかける。
「……団長、幻日様はかなり深い傷を負われていたようですが」
「立って動けているなら、あいつにとって問題ない程度の傷だ。下手に騒ぎ立てるな」
いいな、と常にない真剣な表情で念押しをしたフシロは、話しかけてきた騎士が頷くのを確認して、いつも通りの飄々とした笑顔で騎士の背中を叩く。
「まぁ、あいつ自身は気にしないだろうがな……」
窓の外へと視線をやったフシロは、誰にともなく呟いて、室内の探索へと戻っていった。
●
何事もなく騎士団のテントへたどり着いたドリドルは、青年の血で汚れたジルヴァラの姿に慌てふためく留守番組の騎士二人を前にして、盛大にため息を吐く。
「ジルヴァラの着替えはありますか? ついでにあなた自身の着替えも」
ドリドルの問いに、ジルヴァラだけをじっと見つめていた青年の視線が、やっとドリドルの方へと動く。
「……ロコのはたぶんテントに。私はここにあります」
青年は首を傾げてジルヴァラを見ながらドリドルの問いへ答え、ここに、と言うのと同時に中空から自らの着替え一式を取り出して見せる。
突然現れた衣服に一瞬だけ驚いた様子を見せたドリドルだったが、すぐに何事もなかったかのようにジルヴァラを抱え直す。
「……二人分のお湯とタオルの用意、それとジルヴァラの着替えをテントから持ってきてください」
収納魔法だ、とざわめいている騎士達へキビキビと指示を出して、ドリドルは眠っているジルヴァラから血に汚れた服を剥ぎ取っていく。
その様子を相変わらずぽやぽやと見つめてボーッと突っ立っている青年に、ドリドルはまた深々とため息を吐く。
「とりあえず体を拭く用意が出来るまで、あなたはテントの隅の方でおとなしくしててください」
「はい」
すっかり青年の扱いがぞんざいになっているドリドルだが、青年は気にもせず指示通りおとなしくテントの隅へ移動して、またぽやぽやと突っ立っている。
「こちらへどうぞ」
しばらくして準備を終えた騎士から呼ばれた青年は、ジルヴァラの方をちらちらと気にしながらテントを出ていく。
抱えて拭けるサイズのジルヴァラとは違い、髪まで汚れている大人サイズの青年は、テントの中でちまちま拭くより、思い切り洗える方がいいだろうという騎士の配慮だ。
ジルヴァラから離れたくなさそうな青年にとっては、ありがた迷惑だったのかもしれないが。
「……あれで名前知らないとは、意味がわからないですね」
ジルヴァラを抱えた瞬間からまとわりついてきていた粘度すら感じる視線が消え、ドリドルは人知れず安堵の息を吐いてジルヴァラの体をお湯で濡らしたタオルで拭いていく。
「あちらに離す気はなさそうですよ」
ぽやぽやと人畜無害にしか見えない顔をして笑っていた青年の顔を思い出したのか、ドリドルは意識のないジルヴァラへ話しかけ、顔についた血を拭ってやり、次は首筋を拭いていこうとして、何かに気付いてギョッとして手を止める。
「……っ、これは、あの方の血が付いただけではなかったのか!」
動揺のあまり口調を乱したドリドルの目に映ったのは、浅いとはいえない首筋の傷。せめてもの幸いなのは出血が止まっていることだ。
ドリドルに知る由もないが、それはジルヴァラが人質にされた時に犯人へ抵抗した際に、突きつけられていたナイフが当たったもので。
髪で隠れる位置だったのと、直後にもっと出血している青年の血をぼたぼた浴びたため、ほとんど目立たなくなってしまっていたのだ。
「ごめんなさい、ジルヴァラ……痛かったでしょう?」
意識のないジルヴァラへ痛ましげな顔で謝罪をして、その艷やかな黒髪を撫でたドリドルは、手早く治療をして包帯を巻いていく。
そこへ目隠しの仕切り布がまくられ、ジルヴァラのリュックを持った騎士が顔を覗かせる。
「ドリドル先生、ジルヴァラの荷物をお持ちしま……先生!? ジルヴァラが怪我を?」
そう言ってリュックを掲げてみせた騎士は、ジルヴァラの首に巻かれた新たな包帯に気付き、転げそうな勢いでジルヴァラの元へと駆け寄ってくる。
「ええ。幸いにも血は止まってます。脇腹の傷も開いたりはしなかったようで良かったですよ」
怒りを押し殺しているのか、ことさらおっとりとした口調で説明しながら、手早く脇腹の傷の方の治療も終わらせたドリドルは、騎士から受け取ったリュックの中身を確認して……無言で自分の荷物からシンプルな白い半袖シャツを取り出し、ジルヴァラへ着せてベッドへ寝かせる。
「あの……」
「着替えは下着しか入ってません。洗濯して干してあるのか、今着ている一枚を洗ってすぐ着てたのか……後者だった場合、ジルヴァラは私が何が何でも引き取ります」
据わった目つきでブツブツと言い出したドリドルに、騎士は若干怯えを滲ませてコクコクと大きく頷きながら声を張り上げる。
「ほ、干してありました!」
「そうですか」
見ようによってはダボダボなワンピースを着ているような格好のジルヴァラに毛布を掛けてやりながら、ドリドルは平板な声で気のない相槌を打つ。
「洗濯をお願い出来ますか? 着替えがないと困るでしょうから」
「はい! 喜んで!」
ビシッと棒を飲んだように背筋を伸ばして返事をした騎士は、ほぼ引ったくるような勢いでドリドルの手から洗濯物を受け取って外へと飛び出していった。
呆れたような笑顔で騎士を見送ったドリドルは、夢の中で何か食べているのかモゴモゴと口を動かしているジルヴァラに気付き、頬を緩める。
「起きたら何か食べられるといいですが」
ふふ、と笑ってジルヴァラの血の跡の無くなったまろい頬を突いていたドリドルは、急な悪寒を感じて顔を上げる。
「…………何か?」
向けられた目線の先にいて、不審さを一切隠さない問いかけをドリドルから向けられたのは、気配もなく仕切りの布の側に立っていた夕陽色の青年だ。
「ロコが怪我をした、と」
「ああ。犯人に脅されたかしたのでしょうね」
傷に障らないようにそっと包帯の上から撫でて告げるドリドルの言葉に、青年はゆっくりと瞬きをして首を傾げる。
「犯人は何処に?」
その口から飛び出したいっそ無邪気な気すらする質問に、ドリドルは半眼で青年を見て、その顔をじっと見て首を傾げ返す。
「あなたが証拠も残さず消し去ったのでしょう?」
「……そう、でしたね」
どこか残念そうに呟いた青年は、そこで初めてゆっくりとジルヴァラの寝かされているベッドへ近寄ってくる。
線が引かれているように一定の距離を保って足を止めた青年は、初めて火を見て触れようとしている人間かと思うような慎重さで、ゆっくりとジルヴァラへと手を伸ばす。
「あたたかいですね」
先ほどのドリドルを真似ているのか、青年はジルヴァラの頬をつついて、ほわと微笑んでポツリと洩らす。
「発熱してますから。フシロ団長からもう少し氷を出しておいてもらうべきでした」
青年にジルヴァラを害すつもりがないのなら青年を追い出す理由はなく、少しだけ態度を軟化させたドリドルは、心配そうにジルヴァラを見つめて独り言のように答える。
ドリドルの独り言を聞き留めた青年は、小首を傾げてジルヴァラの寝顔を見つめる。
「……氷」
ぽやぽやと微笑んだままボソリと小さく呟き、青年は宝石のように妖しく煌めく瞳をゆっくりと瞬かせた。
その直後、テントの外からドォンと重い音が響いて地面が揺れ、騎士達が慌てふためく声が聞こえてくる。
咄嗟にジルヴァラを庇うように覆い被さったドリドルは、もしかして、と何事も無かったようにぽやぽや微笑んでいる青年へ視線をやる。
「氷出しました」
「……どうも、ありがとうございます」
音の正体を何となく悟ったドリドルは、力無く笑いながらため息を吐いて、外で慌てふためいている騎士達へ状況を説明するために外へ向かおうとするが、ふと足を止めて青年を睨む。
「ジルヴァラが起きたら、すぐに私を呼んでください」
青年へ向けて強い口調で念押しをしてから、ドリドルはかなりのサイズで出現したであろう氷の元へと急ぐのだった。
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