幕の外
本日、2話目の投稿です。
話は続きではないので、こちらから読んでも大丈夫ですm(_ _)m
内容は番外編というか、ジルヴァラの知らないところで起きていたこと、という感じです。
●指輪の行方
『子供ばかりを狙う卑劣な大規模人身売買組織、ほぼ壊滅。
関係者も根こそぎ捕まえると、騎士団長フシロ様は語る』
「どうして死んでないのよ!?」
街角の掲示板に貼られた新聞を読んでそう呟いた白い髪の少女は、呆然とした表情で城の方へと視線を向ける。
「おかしいじゃない。騎士団長がここで死なないと、オズワルドのルートが始まらないのよ? あの街医者も、いくら探してもいないし……」
ブツブツと不穏なことを呟く少女に、周囲の人達は不審者を見るような眼差しを向けているが、少女本人は全く気にした様子はない。
徐々に少女の周りから人が離れていき、空間が出来ていくがやはり少女は気にしていない。
「聖獣の森も、異変が起きてないみたいだし……もー、なんで転移魔法ないのよ! あんな田舎、行くまでにとんでもなくかかるじゃない」
見た目だけならかなり可愛らしい少女だが、大き過ぎる独り言も行動も不穏なので、周囲からは『頭のおかしい子』と思われたようで可哀想なものを見るような眼差しが注がれ始めている。
「何してるんだ? お前が騒いでると呼ばれたんだが」
そんな中、呆れたような表情で現れて少女を声をかけたのは、暗い色の赤毛に濃い緑色の瞳を持つ夜の気配がする青年だ。
「ほら、衛兵呼ばれる前に行くぞ」
そう軽い口調で告げて少女を促す仕草には年上の余裕と退廃的な色気が漂う。
「でも、グロゼイユ。おかしいのよ?」
「わかった、わかった。向こうで聞く」
そんな言動には慣れているのか、少女からグロゼイユと呼ばれた青年は少女の背中を押して歩き出す。
「開始前の時期に色々しちゃったから、変わっちゃったのかもしれないわ。オーガも……だったし」
ゴニョゴニョとまだ何事か呟いている少女に、グロゼイユはちらりと視線を向けて肩を竦めるのみだ。
「スリジエ、新しいダンジョンの場所はわからないのか? あのお方がせっついてきてるんだが。……聖獣の暴走の気配も無いようだし」
「え? ダンジョン……そうね、そっちがあった! ありがとう、グロゼイユ。ついでに、あのキーアイテムも見つけたいわ」
パッと表情を明るくした少女だったが、すぐにまた「あれは街中に隠されてるはず……」などと遠い目をしてブツブツ呟き出す。
「こういうところがなければ見た目は可愛いんだが」
「もう! あたしは可愛くなんてないよ!」
都合良く可愛いと言われた部分だけを拾い上げて反応をした少女は、明らかに「謙遜です!」という表情で頬を染めてくねくねする。
「で、何処かへ行く? それとも家へ送る?」
そんな少女を面白そうに眺めながら、グロゼイユは笑みを含んだ声で問いかける。
「寄り道するわ! えぇとね、とても良い物が見つかる予感がするの。便利な指輪なのよ? どんな探知魔法とか結界でも無効化出来て……あ、これで幻日様の家へ入れるはずよ! そうよ、どうして忘れてたんだろう」
「また、それはずいぶんと具体的な『予感』だ」
「うふふ、でしょ? 行こう、グロゼイユ」
皮肉げなグロゼイユの言葉を、皮肉部分を抜いて受け取った少女は、明るく笑いながらグロゼイユの手を無理矢理取って駆け出す。
「はいはい、お付き合いいたしますよ、お嬢様」
苦笑いしながらも、グロゼイユは少女の手を振り解くことなく、手を引かれるままに駆け出した。
少し走っただけで息が切れてしまった少女をグロゼイユが背負ってやり、辿り着いたのは街外れのただの空き家だ。
「なんで、無いの? ここにあるはずなのよ?」
そう鬼気迫る真剣な表情で言いながら、少女が手を突っ込んでいるのは空き家の塀にあった穴だ。
少女の腕が何とか入るほどの大きさの穴は結構深く……というか、少女の腕は明らかに塀の厚さより深く入ってるが向こうへ突き抜ける気配はない。
「……空間魔法なのか? そんな所へ手を突っ込んで平気なのか?」
心配そうに話しかけてくるグロゼイユに、少女は自信に溢れる表情で「大丈夫」とだけ返して、再び穴の中を探る。
そのまま数時間が経ち、夕日が周囲を染める頃、やっと少女は塀の穴から手を抜いた。
「たぶん、まだフラグ立ってないのよ。何が足りないのかしら」
キリッと真剣な顔をして呟く少女の傍ら、律儀に待っていたらしいグロゼイユが欠伸をしている。
「グロゼイユ、家まで送ってくれる?」
「了解しました、お嬢様」
「もう、からかわないでよぉ」
内容は文句ながらも、少女は頬を染めて満更でもない顔でグロゼイユに返して、穴に突っ込んでいたせいで汚れた手でグロゼイユの手を躊躇なく握る。
「……行くぞ」
ほんの一瞬、ピクリと表情を歪めたグロゼイユだったが、すぐに貼りつけたような笑い方で少女の手を引いて歩き出すのだった。
フラグ何処かしら、と楽しげに呟く少女は知らない。
とある子供によって、その指輪は回収されているなんて。
すでにフラグは壊されたということに。
●とあるB級冒険者の独白
「さっきのちっこいのは……どう見てもあの子だよな……」
『幻日』という二つ名を持つ青年が、選ばれた者しか入れないと噂されている扉へ消えた後、口汚く彼を罵る声や畏怖の滲む声を聞きながら、俺は思わずそう呟く。
俺はソロのB級冒険者。名前は……まぁいいだろう。
討伐より、哨戒や探査を得意としていて、それで生計を立てている身だ。
ソロの上、得意分野がそんなものなので、安全第一、石橋は叩き壊して回り道をするタイプだ。
そんな俺が定期的に受けている任務が、
『聖獣の森の見守り』
だ。
本来ならパーティーでしか受けられないものだが、俺は腕前と実績から特別にお声がかかった。
俺の他にもあるパーティーが継続的に受けてる任務で、そのパーティーのメンバーとは知り合いとなって、酒を酌み交わす仲となった。
知り合いになったのは、俺が報告へ帰ってきた時、たまたまそのパーティーのリーダーが次の見守りの任務を受けに来ていたのだ。
依頼料はそこそこ高くはあるが、場所はあの聖獣の森であり距離もある。そこまで定期的に受ける旨みがある任務でもないので、俺の他にも定期的に受けるパーティーがいるということに少し驚いたのを覚えている。
しかし、話してみて納得した。
俺と同じような理由だったのだ。
誰にも話せはしないが、聖獣の森には『妖精』がいるのだ。
初めて見たのは五年程前になるだろうか。
依頼料の良さから受けた任務ながら、聖獣の森という恐ろしくも美しい森に気圧されて油断して、普段なら屁でもないようなモンスターに殺られかけた時だった。
目の前のモンスターからではない恐ろしい吠え声が聞こえたかと思うと、俺を襲おうとしていたモンスターが一目散に逃げ出した。
動けない俺の目に映ったのは、巨大な熊だ。モンスターではないようだが、迫力はさっきのモンスターの比ではない。
それでも恐怖を感じなかったのは、その熊がまるで俺が聖獣の森を見守るために来ている冒険者だと気付いてるかのような、そんな眼差しで俺を見ていた…………なんて気付けたのは熊がいなくなった後思い起こしただけで、俺から恐怖を奪ったのは熊の背中にいた存在だ。
「あう?」
熊の背中に乗って、不思議そうにこちらを見ているのは、ほとんど赤ん坊といって差し支えない、可愛らしい幼児で。
夜の闇のような珍しい真っ黒な髪に、俺を不思議そうに見つめる瞳はさらに稀有な銀色だ。
なんでこんな所に……と驚く俺をよそに、熊はちらりともう一度だけ俺を見て何もしてくることなく去っていった。
残された俺は、見たものが信じられず、ひとまず大きな熊を見たことだけを変わったこととして報告を出した。
別に起こったことを全て報告しろという任務ではなく、危険な兆候がないかを見守るものなので違反ではない……だろう。
「とりあえず帰るか」
こうして一回目の聖獣の森の見守りが終わってしばらく後、またどうですか? とギルドで受付嬢に声をかけられた俺は──聖獣の森を再び訪れていた。
今回は慣れたこともあり、何事もなく森を見回り、動物達を見守って終わるかと思った任務だったが、もふもふと集まっている動物達を遠くから眺めていて、その中に黒髪の子供を見つけて二度見してしまった。
遠目でわかりにくく、子供がしがみついてるのは黒茶っぽい岩かと思っていたが、よく見るとあの大きな熊だと気付く。
「幻覚じゃなかったか……」
あれは捨て子だろうか。保護かギルドへ報告か。
俺がそう考えた瞬間、眠っているように見えた熊の目が気配を殺して隠れている俺をしっかりと捕らえていることに気付く。
その目に殺意や敵意は見えないが、まるで探るような問いかけるような眼差しに、俺は何を問われているか気付いて大きく頷く。
俺は何も見ていません、と。
正解だったのか、熊の目は俺から外れて自らの上で眠る子供へと移り、俺が安堵の息を吐いた瞬間だった。
ゾワリ、と。
俺は会ったことはないが、ドラゴンに会ったら感じるのではないかというぐらいの怖気が背筋に走る。
指一本でも動かしたら死ぬのではないかという恐怖の中、俺は何とか目だけをゆっくりと動かして、怖気の元の方をそっと窺う。
そこに『在』ったのは、聖獣の森と呼ばれるこの森の絶対的存在──聖獣である巨大な白い狼だ。
《あれに手を出すな》
脳裏へとそんな声が響いた気がしたが、畏怖で凍りついていた俺は深く考える余裕はなく。
今回の報告書にも書くのだろう。
『聖獣の森は何事もなく平和でした』
と。
聖獣に睨まれたあの恐怖は忘れられず、次の任務は頼まれても断ろうと思っていたが、ついあの子供のことが気になって受けてしまうことを繰り返し、そして同じような経験をしたパーティーと知り合ったのだ。
連続で任務依頼が来ないとは思っていたのだが、このパーティーと交互で割り振られていたらしい。
パーティーの方は、聖獣の森の方にある町に拠点があり、定期的に受けているそうだ。
で、もちろん、俺と同じようにあの子供を見かけてしまい、やはり同じように見守っていたらしい。
いつからか、俺達はお互い任務を終えた後、酒を酌み交わしながらあの子供のことを『妖精』と呼んで様子を報告し合うのが恒例になっていた。
そして、今回は俺の番だったのだが、聖獣の森にオーガが現れたという報告があり、常より早めの来訪となった。
いつもは数ヶ月の間隔を空けて様子を見に来るのだが、今回はあちらのパーティーが来訪した直後に近い。
オーガ程度、あの熊や聖獣の前では赤子の手をひねるように倒されるのでは、とも思ったが、稀にだがあの熊と聖獣の姿が子供の傍に見えない時があった。
万が一、その時に襲われたとしたなら、あの子供は──。
俺は矢も盾もたまらず準備もそこそこに聖獣の森へと向かった。
そこで待っていたのは、無惨に荒らされた森の木々と、あちこちにある激しい襲撃の跡。
それを見た俺は、襲撃は最悪の時機に行われてしまったことを悟る。
まるで、ここの防御が手薄になることを『知って』いたかのようにオーガは襲ってきたのだと。
すぐにそんな馬鹿馬鹿しい考えを振り払った俺は、様変わりしてしまった森の中を調査する。
幸いというか、オーガは一体だけだったようで、他のモンスターが入って来た様子はなく、遭遇するのは普段から聖獣の森で見かけるモンスターのみだ。
彼らはこちらが敵意を見せなければ、俺の存在など見過ごしてくれる。
真っ直ぐ向かうのは、動物達と子供がいつも穏やかに過ごしていたあの美しい泉だ。
「ひどい有り様だ……」
ここでオーガが暴れたのか、この時期咲き乱れているはずの花は踏み散らされ、何本もの木が倒されている。
誰かが葬ったのか、それとも食べられたのかはわからないが、あちこちに血の跡はあるが死体は見当たらない。
動物の物も……あの子供の物も。
「あの子は何処に……」
俺の力ない呟きに答える声はなく、俺は意気消沈しながらも本来の任務である聖獣の森の調査をしっかり済ませて、重い足取りで王都へ帰ってきた。
もちろん調査をしながらも、あの子の痕跡を探したが、まるで元より存在しなかったように何の痕跡もなく、子供の保護者のようだった熊の姿も見られなかった。
森からの帰り際、木々の間にちらりと大きな白を見た気がしたが、それだけだった。
聖獣の森にオーガが出たことは、王都でも話題になっていたらしく、帰ってきた俺はすぐあのパーティーに呼び出されて、悪い報告を伝えるしかなかった。
その日の夜は、皆で通夜のような雰囲気で酒を浴びるほど飲んで、仲良く二日酔いになった。
ほんの少し幸いだったのは、件のオーガはあの高名な幻日様によって倒されたということだろう。
また数ヶ月もすれば、あの任務のお声がかかるだろうが、俺はどうしようか悩んでいた。
そんなある日、俺は適当な日銭を稼ごうと冒険者ギルドへ顔を出して、オーガを倒してくれた幻日様を見かけて……そこにくっついているあの子供を見た。
生きて動いて、森で過ごしていた時のように無邪気に笑う姿を見て、気付いたら泣いていた。
少し離れた所で、同じように泣いているあのパーティーのリーダーを見つけた俺は、目を合わせて無言で頷き合う。
──ああ、今日は美味しい酒が飲めそうだ。
いつもありがとうございますm(_ _)m
聖獣の森見守り隊、書いてて楽しかったです(ㆁωㆁ*)
パーティーの方は、ジルヴァラが自分達を観察してることに気付いて、わざと大きな声で話したりしてそうです(^^)




