11話目
血塗れ注意。
ジルヴァラは自分のことでは泣かない子です。
中身は年齢不詳ですが、一応約六歳児です。
「……し……い……か」
何度目かわからない覚醒のタイミングで、今一番聞きたかった声が聞こえた気がして、俺の意識はかなりハッキリする。
現金過ぎるのと、やっぱり好きなんだよな、と自分に内心で苦笑いして、そっと薄目を開けて周囲を窺う。
グッタリしている子供に監視はいらないと判断されたのか、建物の中に俺以外の姿はない。
一つしかないドアは外へ続く出入り口のようで、建物の中にトイレとかは無い、本当にシンプルな小屋っぽい建物のようだ。
薬の効果は抜けたのか、だいぶ体は動くようになったが、熱のせいかやっとこさ起こした体は重い。
それでも動けないほどではないので、俺はそっとベッドから降りて、裸足のまま窓へと近づいていく。
この建物にある窓は一つだけだが、そこにはカーテンすら無いので念の為身を屈めてペタペタと板張りの床を歩く。
俺の願望や聞き間違えでなければ、主様の声が聞こえたのだ。
たまたまか、フシロ団長に頼まれたとかかもしれないが、俺を探しに来てくれたんじゃないかと期待してしまう。
埃で曇っているが外が見えない程ではないので、俺は目から上だけを窓から覗かせて、外を窺う。
夜明けが近いのか、空は朝焼けで明るくなり始めていて、少し離れた所で向かい合う複数の人影が何とか視認出来た。
片方は二人いて、二人共見覚えがある。
何でだろうと、首を傾げて記憶を辿った俺は、その二人がドリドル先生を呼びに来た冒険者達だと気付いて思わず、
「あっ」
と、声を洩らしてしまい、意味がないのはわかってるが、思わず口元を手で覆う。
幸いにも向こうまで声は届かなったらしく、俺の方を気にする様子はない。
一応、しばらくじっとしてから、再び窓から外を窺う。
冒険者達と向かい合っているのは、やはりというか、俺の聞き間違いではなく、ぽやぽやと微笑む主様だった。
何を話してるかわからないが、冒険者達の手には抜身の剣が握られていて、どこからどう見ても穏やかな話し合いではなさそうだ。
(まさか、主様相手に俺の身代金要求とかしてないよな? 絶対払ってもらえないぞ?)
そんな聞こえる訳のない忠告を心の中で犯人へ向けてしていた俺は、すっかり油断しきっていた。
眺めている間があったなら、隙を突いて逃げるべきだったのだ。
後悔先に立たずとはよく言ったもので、俺はいつの間にかドアから入ってきた第三の男により、あっさり捕獲されてしまった。
「なっ、はなせ!」
必死に手足をバタつかせるが、もともとそこまで力がある訳でもなく、そこに来て怪我による発熱で俺の抵抗など大人からすればほとんど無いにも等しい。
「死にたくなければおとなしくしているんだな。あの男を殺したあと、可愛がってやろう。いい子にしてたら、優しくしてやるぞ?」
そう言って捕獲した俺の頬を挟むようにして片手で押さえてくる男に、俺はせめてもの抵抗でキッと睨み返すが、全く効果はない。
「本当に銀の目してやがる」
逆に気持ちの悪い眼差しで全身を舐め回され、そのまま捕獲された状態で外へと連れ出される。
寒いかと思った外は、冬近いこの時期の夜明け前とは思えない程暖かく、俺は状況も忘れて思わず瞬きを繰り返す。それほどに暖か……というか、ちょっと熱い?
「おい! このガキがどうなってもいいのか!?」
熱のせいもあり、色々混乱していると俺を拘束した男が怒鳴って、主様の視線を自分へと向けさせる。
相変わらず宝石のような美しい瞳がこちらへと向けられ、俺を確認して少しだけ見張られた……気がする。
熱か俺の願望が見せた幻かもしれないが。
「このガキを殺されたくなければ、じっとして動くな」
ああ、最悪の展開だ。
首筋に感じる尖った金属の感触は、突きつけられたナイフか何かだろう。
ドリドル先生は怒ってたし、フシロ団長は呆れていたけど、主様はちゃんと優しいんだ。少しわかりにくいけれど。
元はといえば、俺が傷を我慢して隠さなければよかった。だから、こんな事になってしまった。
冒険者達が構えた剣が、俺を見つめ続けている主様を傷つけるために振るわれる。
俺の出来ることは──。
「いってぇ!? このガキが、何しやがる! 優しくしてたら、つけ上がりやがって!」
こんな子供が抵抗するとは思わなかったのか、拘束していた男の腕へ思い切り噛みついてやると、思いの外簡単に拘束が外れて俺は地面へと投げ出される。
予定では、颯爽と駆け出すつもりだったが、病み上がり……病み最中な体は言うことを聞かず、膝がかくりと力を失い、立ち上がれず盛大に転がる。
「うわっ!」
立ち上がる間もなく、すぐ立ち直った男により俺の体はうつ伏せで地面へと押し付けられる。
「この際、多少傷物になっても構わねぇな。その方がおとなしくなって一石二鳥だろ」
ニヤニヤと笑う気配がし、俺は襲い来るであろう痛みを想像して、歯を食いしばる。悲鳴なんて意地でもあげてやらない。
「なっ!?」
だが、いつまで経っても痛みは訪れず、うつ伏せた背中にポタポタとあたたかい液体が落ちてくるのを感じたのとほぼ同時に男の短い悲鳴が聞こえ、押さえつけて来ていた重みが急に消えた。
「「「え?」」」
間の抜けた声が、俺と主様と向き合っていたはずの二人の方から洩れる。
「ロコ」
俺をそう呼ぶのは主様だけ。
呼ばれた名に惹かれるように顔を上げると、そこには服を髪色より濃い赤に染めた主様がいて、俺を見下ろして微笑んでいる。
「主様、怪我してる……」
どこかおずおずと差し出された手から、ぽたりぽたりと赤い色が滴っている。先ほどから俺に落ちてきていた、あたたかい液体の正体だ。
「こんなのは掠り傷です」
簡単に避けられるであろう一太刀を俺のせいで無抵抗に受け、決して浅くはない傷を負いながら、主様は刺されそうになった俺を助けてくれた。
視界の端では、なんか真っ黒い人型のモノが燃え尽きてるが、それどころじゃない。
血の気が失せていくのを感じながら、俺は主様の手は借りず、震える足で何とか立ち上がる。
きょとんとしている主様を見上げていると、熱でぼんやりとしていた頭が今度は怒りに似た感情で真っ赤に染まる。
「なにしてるんだよ! 主様なら、簡単に避けられるだろ! 俺のせいで、主様が傷つくなんて、嫌だ……っ」
怒りと心配と悲しみと。混乱する感情のせいで、気づくと俺はボロボロ泣きながら、主様の足へ縋りついてポカポカと殴りつけていた。
ほとんど力の入ってない俺のパンチに、主様は困惑した様子でぽやぽや笑い、血のついた手で俺の頬を拭う。
たぶん涙を拭おうとしてくれたのだろうが、俺の顔は今、血と涙でひどい有様だろう。
しかし、この時の俺はそんなことを気にする余裕もなく、主様にしがみついて伸びてくる手を嫌々をするように首を振って拒絶して泣き続け、そのまま意識を手放してしまった。
ゆっくりと落ちていく暗闇の中、遠くで何かが焼ける匂いを感じた気がしたが、包み込むような主様の温もりを感じたおかげでどうでも良くなってしまった。
本当に俺は現金な性格をしていると思う。
お読みいただき、ありがとうございますm(_ _)m




