隣のおばあちゃんとひまわりの種
妹の飼っていた金魚が死んだので、隣のおばあちゃんに、ひまわりの種をもらいに行く。
中三の僕は、まだ保育園の妹の手を引き、隣のおばあちゃんの家を訪ねた。
隣のおばあちゃんは、みんなに「ひまわりのおばあちゃん」と呼ばれている。
僕の知りうる情報では、おばあちゃんに身寄りは無い。昔は巫女をしていたらしい。何故ひまわりの種を配るのかと聞けば「だって私はその化身だから」と微笑む。あとは謎だらけ。とにかく不思議な老人だ。
「おばあちゃん、金魚が死んじゃったよ」
「ほら、手をお出し。この種を死んだ金魚のお墓に一緒に埋めなさい」
おばあちゃんは、妹の手の平に、ひと粒のひまわりの種をにぎらせ、こう続けた。
「悲しむことはない。金魚の命はこの種に継がれる。この種の命はつけた種に継がれる。金魚の命は形を変えて続く。お前の金魚は生き続ける」
この町に住む者は、大切に飼っていたペットが死んだ時や、時には愛する家族が死んだ時でさえ、おばあちゃんにひまわりの種をもらいに行く。奇妙な風習だが、皆おばあちゃんに命の不思議を教わり、もらった種を植え、悲しみを乗り越えて来た。
この日僕は、おばあちゃんの顔色が悪いことに気が付いた。
「おばあちゃん、どこか具合でも悪いの?」
「ほほほ。悪いも何も、医者が『長くは生きられない』と、はっきり言いよった」
「入院をしたら?」
「なあに、死など怖くない。死は硬い種の殻を破って芽を出すようなもの」
そのひと月後、僕は、隣のおばあちゃんの死体の第一発見者になった。
最近見かけないので心配になり家を覗いたら、孤独死をしていた。亡骸は、まるで夏の終わりのひまわりのようだった。
町の皆が、おばあちゃんの為に、有志で葬儀を執り行った。
身寄りのない老人の葬儀に、命の不思議を教わった子供や、かつて子供だった大人が集まり、会場は騒然となった。
やがて、おばあちゃんの家は取り壊され、空き地になる。
しばらくして、誰が言い出したわけでもなく、町じゅうの者が、もらった種から増えたひまわりの種を持ち寄り、それを空き地に撒き始めた。
その夏、幾千の美しいひまわりが空き地いっぱいに咲き誇った。
「おばあちゃんは、ひまわりに生まれ変わったの?」
花々に見惚れる妹に、僕は言う。
「生まれ変わったんじゃない。本来の姿に戻ったんだ」
隣の空き地は、多くの観光客が訪れる名所になった。
今も、幾千のおばあちゃんが、僕らの命に微笑みかけている。