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大人の転機
ありがとうって伝えたくて〜
「まもなく3番線に特急新宿行きが10両編成で参ります。」
もうこの街にはお別れか。この街には何だかんだ29年もいるんだな。
ドアが閉まって電車が走り出した。もう彼はこの街には戻らない。
彼は転勤で大阪に行くことになった。役職こそ平社員から係長になったが、これは左遷だ。やってこの街に戻るには仕事をやめるしかない。
でも彼には62歳になる父がいる。そんな父の生活を支えるために彼は働かなければならない。こればかりはしょうがないのだ。
彼は覚悟を決めてしっかりと手すりを握った。
思い返せばあの街には思い出がたくさんあった。
一駅通過した。
彼の人生が決まったのはこの街だ。
また一駅通過した。地上に出た。
彼の人生が悲しみに染まったのもこの街だ。
また一駅通過した。
彼が喜びに震えたのもこの街だ。
僕はこの街が好きだった。
これからもずっと好きだ。
もう戻ることはない「さようなら、今までありがとう」
そう呟いて彼は俯いた。
彼の目からは色々な感情が溢れた。