王女は隣国の皇太子殿下に恋をする。この世は政略…幸せになりますわ。
初めて彼に会ったのは王宮の夜会だった。
背が高く男前の黒髪碧眼の男性。
沢山の女性達に囲まれて、彼はにこやかに微笑んでいた。
「あの素敵な方はどなた?」
マリリーナは知り合いの令嬢に尋ねる。
令嬢は扇を口元に当てて小声で、マリリーナに教えてくれた。
「これはマリリーナ様。彼は隣国のリード皇太子殿下よ。本当に男前でなんて素敵なのでしょう。」
「リード皇太子殿下ね。わたくしも挨拶したいわ。」
真紅のドレスを翻し、にこやかにリード皇太子に群がる女性達を掻き分け前に出る。
「わたくし、この国の王女マリリーナと申します。隣国の皇太子殿下が我が国に来るなんて聞いていないわ。」
リード皇太子はニヤリと笑って、
「これは公式の訪問ではないから、聞いていないだろう?」
「公式の訪問ではない?では何しにこの国へ来たのかしら。」
「それは…俺は明日から王立学園に通う事になっている。夜は夜会に出て、そこで、婚約者を選ぼうと思っているんだ。なんせ、この国の貴族の女性達は美しく賢いとの事。是非、この国の女性を我が帝国の未来の皇妃にしたいと思ってな。」
「まぁ、そうですの。」
ちょっと、ここに婚約者もいまだいない、この国の最高位の王女がいるんですけれどっ。
どういう事よ。まずは王家に話を持ってくるべきではなくて。
それを他の貴族の令嬢達の中から選ぶだなんて。
物凄く頭にきた。
「ちょっとよろしいかしら。お聞きしたいのですけれども。ここに、いまだ婚約者もいないこの国の王女である わたくし がいるのですわ。それなのに、他の貴族の令嬢の中から?」
リード皇太子を睨みつける。
リード皇太子はニヤリと笑って、
「俺は皇妃は最高の女性を選びたいと思っている。マリリーナ様は他の貴族令嬢達より優れているのか?」
ぐっと言葉に詰まる。
勉学はまぁ真ん中位の出来で、ダンスは王女だからそれなりに踊れるが、自分より上手く踊れる令嬢だっているのだ。容姿だって金髪碧眼。まぁ美人だと言われる部類だが自分が国最高の美人な訳ではない。
「わたくし、カトリーヌ・キリギス公爵令嬢と申しますわ。皇太子殿下。是非、ダンスのお相手をお願いしたいものですわ。」
カトリーヌ・キルギス公爵令嬢。
美しいこの銀の髪の令嬢は、国一番の美人として有名だった。
結婚を望む貴族令息は後を絶たず、しかし、キルギス公爵家は、娘が王立学園を卒業するまで、じっくり相手を選びたいと、いまだ婚約者もいないのだ。
王立学園での成績はいつも一位で、ダンスもそれはもう美しく踊る令嬢だった。
兄のユリウス王太子も、実はカトリーヌに惚れていて、王家としてはカトリーヌをこの国の王妃にと、何度もキルギス公爵家に申し入れているのだが、キルギス公爵家は首を縦に振らない。領地も広く王宮でも力のある公爵家なので、いかに王家とは言え、無理強いは出来なかった。
リード皇太子はカトリーヌの手を取って、
「喜んで。カトリーヌ嬢。」
二人がダンスを踊り始めれば、お似合いのカップルだと皆、ふううっとため息をついて見惚れる。
嫉妬で心がイライラする。
カトリーヌに負けたくない。わたくしはこの国の王女なのよ。
マリリーナはカトリーヌに勝つ為に、自分を磨く事を始めた。
王女として、今まで教育は受けていて、それなりのレベルに達してはいるものの、優秀な美女カトリーヌに勝つためには至難の業である。
最も優秀である宰相子息に家庭教師を頼もうと、アットス・カレント宰相を呼びつけた。
「わたくし、もっと勉強が出来るようになりたいのです。ですから、貴方の息子にわたくしの家庭教師をしてほしいの。」
カレント宰相は困ったように、
「それは…他に家庭教師を用意致しましょう。」
「あら、貴方の息子じゃ困るというの?」
「それは、その…」
カレント宰相らしくない、歯切れの悪い答えに、マリリーナはイラついた。
「貴方らしくないわ。はっきり致しなさい。でないと、貴方のカツラをすっとばすわよ。」
「ちょっと、何故、私がカツラだと解っているのですっ???」
「オホホホホ。みんな知っているわ。知らないのは貴方だけよ。カレント宰相。さぁ、どうして息子だとまずいのかしら。」
カツラを気にしながら、カレント宰相はマリリーナに、
「それは、リード皇太子殿下の機嫌を損ねるからですよ。我が息子は独身。その息子と二人きりで、さすがにまずいでしょう。」
「何故、リード皇太子殿下が機嫌を損ねるのかしら。」
「それはもう、皇太子殿下が一番に婚約を考えるのは貴方様に決まっているからですよ。
当然でしょう。この国の王女なのですぞ。」
「正式にお話があったのかしら?隣国から。」
「いえいえ。それはまだ無いですが。」
「でしたら、リード皇太子殿下にわたくしの家庭教師の事をとやかく言われる事はないですわ。でも、淫らな女と思われたら嫌ですわね。家庭教師は女性にしましょう。優秀な女性をカレント宰相。紹介して頂戴。」
「かしこまりましてございます。」
正式に話があったらよかったのに。
わたくしは籠に沢山入ったリンゴの一つに過ぎないんだわ。
例え王女だとしても。
何だかとても悲しかった。
強烈な一目惚れ…リード皇太子殿下に選ばれたらどんなに幸せか。
カレント宰相の親戚筋の優秀な女性が家庭教師になってくれて、勉強を真面目に教わるうちに、勉強が楽しくなって、家庭教師のジュリエッタに。
「ジュリエッタ。お願いがあるの。この国の歴史をもっと勉強したいわ。わたくしと一緒に王立図書館へ行って下さらない?」
「まぁ王立図書館へ行きたいだなんて、王女様は勉強熱心で素晴らしいですわ。
喜んで。お連れ致しましょう。」
図書館は素晴らしかった。
マリリーナは、貴重な歴史書を見せて貰う事が出来、どんどんと国の歴史にはまっていった。
学園へ行っても歴史書を読み、同じ趣向の貴族女性達と仲良くなって、熱く歴史について語ったりした。
このアリノス王国は歴史も古く、勇者やら、魔王やら過去に出現していて、色々な出来事があって面白いのだ。
勇者や魔王が姿を消した後の歴史も又、興味深くて面白くて。
マリリーナは夜会に出なくなった。
夜会に出たって、リード皇太子は色々な令嬢達とダンスを踊る。
マリリーナは踊っては貰えるが、じっくりと話をする事も無く、辛くて辛くて。
恋をしているからこそ、辛くてたまらない。
カトリーヌと踊るリード皇太子はそれはもうお似合いで。
大輪のバラが咲いたようで、見るのが辛くて。
それでも、自分はこの国の王女。
カトリーヌに対して高圧的に、
「ごきげんよう。カトリーヌ。」
「これはマリリーナ様。相変わらず趣味の悪い色のドレスですこと。」
マリリーナは真紅のドレスを着ていた。真紅のドレスが好きだったから。
負けじとマリリーナも言い返す。
「カトリーヌこそ、銀のドレス、目がチカチカ致しますわ。」
カトリーヌは銀色のドレスを好んで着たのだ。
バチバチと散る火花。
二人が火花を散らしている時でも、リード皇太子は他の令嬢とダンスを踊って。
何だかとても悔しくて…
夜会でカトリーヌと喧嘩をするのも疲れてしまった。
だから、リード皇太子の事を忘れようと歴史書に没頭した。
歴史書にのめり込みたい。その方が心が穏やかでいられる。
とある日、令嬢達と一緒に、歴史の話を楽しくしながら、廊下を歩いていたら、リード皇太子から話しかけられた。
「最近、夜会にも顔を出さないな。」
忘れるようにしていた思いが…胸が高まる。
「あら、ごきげんよう。リード皇太子殿下。わたくし、今、歴史書に凝っていますのよ。この国の歴史が面白くて。」
「そうか。」
その時、カトリーヌが他の令嬢達と共に現れて、
「リード様。共にお昼は如何かしら?」
リード皇太子は首を振って、
「他に先約がある。すまないな。」
背を向けて行ってしまった。
カトリーヌ達とお昼と共にしないリード皇太子殿下を見てほっとする。
ああ、恋をするって本当に辛いわ。
それに比べ、なんて学ぶ事は楽しい。
歴史を学んでみて、マリリーナは思ったのだ。
このアリノス王国を離れたくない。
自分はアリノス王国で一生、生きて行きたいと…
そんな事を思っていたら、父である国王陛下にその夜、呼び出された。
「歴史書に凝っているようだな。マリリーナ。」
兄が二人いるが、王女はマリリーナ一人である。国王はマリリーナを特に可愛がっていた。
「ええ、父上。わたくし、歴史書に今、凝っているのですわ。今度はこの国の地理に凝ってみたいと思っております。わたくし、結婚しないで、出来ればこの国の図書館長になりたい。」
「いやその…それは困る。」
「え?」
「実はな…隣国とアリノス王国の結びつきを強くするためにも、リード皇太子とお前との婚姻を隣国の皇帝と取り決めておったのだ。それをリード皇太子は…色々な令嬢を見たいと言いおって。だが当初の取り決めに変更はない。リード皇太子と婚姻するのはお前だ。マリリーナ。」
マリリーナは叫ぶ。
「何故、言ってくれなかったです?カレント宰相も知りませんでしたわ。」
「それはだな。あまりにも皇太子の態度が酷かったから、思う所があってな。口止めしていた。」
「わたくしは気が進みませんわ。わたくしを大事にしてくれない方なんて。」
「だそうだぞ。リード皇太子殿下。」
すると扉を開けてリード皇太子が部屋に入って来た。
リード皇太子はマリリーナに頭を下げ、
「すまなかった。今までのことは謝る。本当に申し訳ない。」
頭にきた。思いっきり手を振り上げ、
バシっ。
リード皇太子の頬を平手で引っ張たいた。
頬に手をやり驚いたようにこちらを見るリード皇太子。
マリリーナはにっこり笑って、
「わたくしの気はすみましたわ。わたくしとて、アリノス王国の王女。国の利益になるのなら、意に添わぬ結婚でも受け入れましょう。」
「意に添わないのか?」
「わたくしだけをこれからも見つめてくれると言うのなら、わたくしは貴方についていきますわ。」
「ああ、約束する。これからは、マリリーナだけを大事にするから。」
嬉しかった。例え政略とはいえ、諦めていたリード皇太子と結婚出来るのだ。
王宮の夜会に久しぶりに出席した。
リード皇太子のエスコートである。
あれから、リード皇太子はマリリーナを大切にしてくれた。
学園でも共に過ごして、互いの事を話し合い、本当に幸せな時間を過ごす事が出来た。
エスコートされながら、マリリーナが美しき真紅のドレスを着て、金の髪をアップにし、ふと、前を見れば、兄のユリウス王太子に手を引かれて、銀のドレスを着たカトリーヌが現れた。
結局、キルギス公爵家は政略で、王家との結婚を選んだ。
ユリウス王太子の婚約者にカトリーヌは決定した。
こちらに視線を送るカトリーヌ。
マリリーナは、にっこりと微笑んで、優雅にカーテシーをして、
「ごきげんよう。マリリーナ様。」
「ごきげんよう。カトリーヌ。」
互いの視線が交差する。
きっとカトリーヌの心は複雑だろう。
あれだけリード皇太子に執心していたのだ。
しかし、リード皇太子と結婚するのは自分。カトリーヌは兄のユリウス王太子と結婚する。
全て貴族社会は、そして国の結婚は政略。
自分だって、アリノス王国の図書館長を勤めて生涯を終えたい夢を諦めた。
結婚したら祖国に帰っては来れないだろう。
よく知らない隣国の帝宮で一生過ごさなければならない。
リード皇太子への恋心が無ければ、耐えられないだろう。
リード皇太子への想いがあるから、決意したのだ。
扇を口元に当てて、マリリーナは話しかける。
「わたくし、来春には帝国へ嫁ぎますわ。」
「おめでとうございます。わたくしも来春にはユリウス王太子殿下と婚姻致しますの。」
「それはおめでとう。」
見せつけるように、リード皇太子の腕に手を添えて、
「さぁ、参りましょう。皇太子殿下。」
「ああ。」
カトリーヌから背を向けた。
そう、リード皇太子殿下はわたくしのもの。
わたくしは彼と結婚して、幸せになるわ。
翌春、マリリーナは帝国へ嫁いだ。
リード皇太子殿下に愛されて、皇子を2人産んで幸せに暮らした。
一方、ユリウス王太子と結婚したカトリーヌも、後に美しき王妃として名を馳せ、王国で華やかに権勢を誇ったと言う。