565話 健脚
「…どうやって…?
…歩いてだけれど…」
「まさかの徒歩っ!?」
魔界と地上を結ぶ、
中央域はクラシアの町の更に奥だった筈。
そりゃあ高速飛行魔法を使えばすぐだけど、
魔力1の一般人の脚では一体何日かかるんだ?
俺は思わずヴィシルを見た。
「イルーラ様は見た目に違わず健脚なんだよ兄サマ」
いやあ健脚といったレベルなんですかね…?
大魔王直属の高位魔族が国境から聖王都まで一人でトコトコ歩いて来たとか
全然イメージが沸かないんですがそれは。
「そ、それじゃあ…イルーラさんはどうして此処に…
目的は一体?」
俺は続けてイルーラに問いかけた。
「…どうして…?
…ケイガの妹にしてもらう為だけど…」
「ファッ!?」
俺はまたしても素っ頓狂な声を上げてしまった。
「…どうしてそんなに驚くの…?
…私は以前、ケイガにそう言ったのだけれど…
…もしかして忘れちゃった…?」
イルーラはそう言うと悲し気に目線を伏せた。
「いやいやいや!
そんなシュンとしないでくださいっ!
俺は、ちゃんと覚えてますから!
衝撃的な発言だったから忘れる筈もないですよ!」
「…そう、良かった…
…それじゃ早速、妹にして…」
「いやあちょっと待ってくださいイルーラサン!
ナンデ?
ナンデ俺の妹になるんです?」
「…以前に言った通りよ…
…妹になれば、何もはばかることなく、
ケイガの側に居ることが出来るから…」
「確かにそう言ってましたね!
このセカイでは希少な”気”を持った俺を
研究する為にって言ってましたよね!」
俺の返事にイルーラがこくりと頷いた。
「でも、すぐさまエクゼヴが
”魔言将の立場をお忘れなく”と言って、
止めましたよね?」
「…そう、止められたわ…
…だから、魔界に帰る前に…
…魔言将の責務に支障がない…
…最小の魔力分で肉体を分裂させて地上に残して…
…それからずっと聖王国まで歩いて…
…あなたのもとにやって来たという訳よ…」
「ええっー!?
あの時から既にそのつもりだったんですっ?」
「アハハ!
イルーラ様は一度言ったことは曲げないタチだからねェ」
ヴィシルは全く気にすることなく笑って答えた。
いやあ…魔言将配下の魔族に取っては、
イルーラのこういった行動は日常茶飯事なんです??
「兄サマ、アタシも実はイルーラ様に気付いたのは
ついさっきの事なんだよ。
アタシが鍛錬所から自分の部屋に帰ったら、
魔力は全然無いのに、
イルーラ様の匂いがするメイドが居てさ。
顔を確かめて見ればやっぱりイルーラ様でさァ!
流石のアタシも驚いたもんさ」
「…お城の中を掃除していたら、ヴィシルの気配を感じたので来てみたの…
…ここがヴィシルに割り振られた部屋だということはすぐ理解したわ…
…でも、この部屋は何だかものすごく殺風景…
…ヴィシルはね、豪快な女戦士って立ち振る舞いだけれど…
…実は可愛らしいものが好み…
…主として、これは看過できない…
さっそくヴィシル好みの可愛らしいベッドを運び込んで交換していたら…
…ヴィシルが部屋に戻ってきたという顛末よ…」
「ちょっとイルーラ様ァ!
兄サマの前で余計なことは言わなくて良いんだよ!」
「…ヴィシルはケイガの妹なんだから…
…自分の好みは知られておいたほうが良いと思うのだけれど…」
ヴィシルは顔を真っ赤にしながらイルーラに抗議している。
対してイルーラ様は全く動じず、きょとんとした表情。
何というか…
魔族の主従とはとても思えない微笑ましい光景である。
…ん?
さりげにベットを持ち込んだって言ってなかった?
あのベッドは相当大きかった様な気がするんだが…??
それをあの白菊のような細腕で???
これはもしかしなくても…
イルーラは相当強い肉体の持ち主なのでは?
魔力数値1ばかりに目が行っていたが、
国境から聖王都まで歩いてきた件も合わせると、
彼女の肉体強度は高いと考えるのが自然なのである。




