462話 心ある生き物の性(さが)
「急にどうしたんじゃリュシウム?
急に慌てて…ああ、なるほどのう。
若き魔竜よ、別に恥じることは無い。
人間が飼っている家畜に対し情が生まれるが如く、
儂ら魔族も飼っている人間の子供に対し情が生まれて、
その命を無下に奪いたく無いと思うのは、
心を持つ生物の性としてごく自然なことじゃ」
「アポクリファル様、
人間の幼子如きに情など、
ワレはそんなことは決してッ!
奴等は我等魔族に対してあんなにも脆弱すぎて、
哀れ過ぎる存在だと…
ワレはそう思っただけなのですッ!
そんなにも弱く哀れな生物ならばせめて、
長く生きるべきだとッ!」
「フォフォフォ…お前さんがどう取り繕うとものう。
肝心の子供はお主が持つ”情”を見抜いておるわい。
その他らなぬ証拠がお前さんの指の所におるじゃろう?」
魔導将は魔竜の巨大な指にひとりの少女が寄り添って、
布団を被って眠っている姿を指さしながら言葉を述べる。
「こ、これは…
この幼子が勝手にワレに懐いてッ…」
「その子供はのう、
お前さんの隠し切れ無い”情”に気付いて、
慕っておるんじゃよ。
お主の指は実験中は常に魔導具を嵌めておるからのう。
せめて自分が側に居て少しでも癒してやりたいと思っておるんじゃ。
さあリュシウム?
これも儂ら魔族が人間を従順な奴隷とするための研究の一貫じゃ。
子供が起きて来ん様に、
大人しくしてるんじゃよ」
「…グッ…
アポクリファル様がそう言われるなら是非も無い…
このリュシウム、心得たッ…」
魔竜リュシウムはその巨大な首をまるめると、
観念したかのように横になった。
自分の指に添って気持ちよさそうに眠っている少女を起こさぬように
細心の注意を払いつつゆっくりと静かな動きで。
そしてそのまま瞼を閉じて眠りの態勢に入った。
「…リュシウムよ聞くが良い。
確かに人間の幼子は無力な存在じゃ。
故に人間が、
か弱き愛玩動物に情を注ぐのと同じ思いを
お主が人間の幼子に抱くのもさもありなん。
だがのう若き魔竜よ?
確かに人間は総じて弱いが、
中には我等魔族と渡り合う事が出来る強者も存在するんじゃよ。
お前さんはその様な者にはまだ会った事が無いじゃろう?
お主は今の所…人間という生き物は
自身の力でどうとでもなる弱者と思っておる筈じゃ。
だがのう。
そうはならない人間の強者がいずれ、
お主の前に現れる事になるじゃろう。
その時お前さんはその人間に対し情を一切掛けることなく、
自分の力を一切手抜く事無く、
魔族の戦士として全力で戦わなければならんのじゃよ。
そのことをゆめゆめ忘れず…
人間に決して油断しない事じゃな」
魔導将アポクリファルは
500年前に人間の勇者達と激戦を繰り広げた事を思い出しながら、
眠りにつく若き魔竜に忠告の言葉を掛けた。




